風来梨のブログ

このブログは、筆者であるワテの『オチャメ』な日本全国各地への探勝・訪問・体験記です。

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路線の思い出   第120回  根室本線・新吉野駅

路線の思い出   第120回  根室本線・新吉野駅  〔北海道〕


現在の新吉野駅
プレハブの待合室のみとなっている
※ ウィキペディア画像を拝借

《路線データ》
  営業区間と営業キロ   輸送密度 / 営業係数(’83)      運行本数
 滝川~根室 446.8km    2302  /   464     新吉野駅発着 上下とも8本づつ

新吉野駅(しんよしのえき)は、北海道十勝郡浦幌町字吉野にあるJR北海道・根室本線の駅である。
駅名の由来は当地にあった山桜が吉野桜に似ていた事から、1942年に地名が『下頃部』から『吉野』に改められ、駅名も改称されたとの事である。

駅構造は式・島式ホームを組み合わせた計2面3線の駅で、本線は2番線で通過列車と下り普通列車が、駅舎側の1番線は上り普通列車が使用する。 3番線は、特急列車に追抜かれる待避列車が使用する。
ホーム同士はずれていて、構内踏切でつながっている。 浦幌駅管理の無人駅となっている。
2015年の乗降人員平均は「10名以下」との事。



今回取り上げた新吉野駅であるが、ほとんど『思い出』となる事がない。 だったら何故に『路線の思い出』として掲載したかというと、『マイ鉄道写真』のお蔵を穿っていると、この駅にまつわる貴重で稀少価値(但し、ワテ的に・・ではあるが)のある写真が出てきたからである。


キング・オブ・ローカル線
白糠線のサヨナラ記念切符
コレ・・、ワテのホームページの『ドル箱画像』でっす

それは1983年秋に、この時に廃止路線のトップバッターとして路線廃止された『キング・オブ・ローカル線』の白糠線惜別に旅発ったあの時の事だ。 そう、我がブログの記事コメント史上で、最もコメ参加人員が多かったコノ記事の時の事である。 まぁ、最大参加人員といっても一ケタだけどね。
だって・・、ウチのブログって、トコトンまでに人気ないしィ。


白糠線・上茶路駅で駅寝しての翌朝の写真
とにかく・・コレを撮って
リベンジを果たす事で頭が一杯でした

まぁ、この時は、同じ年の夏休みに「ASA感度に釣られて、間違ってタングステンフイルムを使っちまう」という、筆者(タワケ)のガキ時代ならではのアオい大失態を犯し、写真が全て文字通りアオ(青)味が掛かってしまったので、そのリベンジをすべくかなり焦っていたのである。

・・で、先程のリンク記事のように、タワケ極まるお笑いを誘うオチャメをかましてしまう事になったのだが、そのハチャメチャ旅での往路は、金を節約すべく白糠まで普通列車に乗っていたのである。
その普通列車が上り列車との行き違い列車待ちで、この駅で20分以上の長時間停車をしていたのである。 まぁ、現物の時刻表がないので、「確か・・」という言葉がつくのだが。


何気なく撮ったのか宝石に化けた!
取り壊し前の新吉野駅舎が写ってるよ!

その時にホームに降りて何気なく撮ったのがこの一枚だが、この写真・・新吉野駅の取り壊される前の木造駅舎が写ってますねぇ。 コリはかなり貴重ですヨ。 だって、ネットで新吉野駅をググってみても、今現在のプレハブ待合室しか出てこないし。 それに調べてみると、訪れたこの年の新吉野駅はまだ有人駅で駅員がいたみたい。

いゃあ・・、切符の購入から旅立ちまでオチャメの限りを尽くしたあの旅は、四半世紀以上たった今に稀少価値を抱く『お宝』(但し、筆者基準であるが・・)を釣り上げていたのですね。
今更ながら強く思うよ。 「あの時も、今同様に“ロクデナシ”で本当に良かった」と。


   ※ この写真掲載してないけど
     宜しければ『魅惑の鉄道写真集』より『根室本線』を御覧下さい。




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