2015-09-21 (Mon)✎
名峰次選の山々 第120回 『170 富士山』 静岡県・山梨県
独立峰 3776m (富士伊豆箱根国立公園) コース難度 ★ 体力度 ★★
富士はやはり眺めるべき山だ
富士山 ふじさん (富士伊豆箱根国立公園)
富士山の標高は3776m・・。 誰もが知る日本最高峰で、標高の憶え方も“富士山のようにみななろ・3776m”というように、小さい頃から教わったものだ。
富士山の標高は3776m・・。 誰もが知る日本最高峰で、標高の憶え方も“富士山のようにみななろ・3776m”というように、小さい頃から教わったものだ。
富士山は裾野を直径40kmにも広げる典型的なコニーデ型火山で、その秀麗な山容は世界に誇れるものの一つである。 しかし、『登山』に関しての魅力はかなり乏しく、あまり登山意欲の湧かない山である。 なぜなら、この山が比較的新しい山で高山植物がほとんど咲かない事、そして登山客と山頂神社の専横でかなり俗化しているからではなかろうか。
山頂での『県境の線引き』をめぐっての“人間の思惑”による争いが未だに続いている現状に、唖然とするばかりである。 山は“神”が作ったのではない。 ましてや、神社のいう“神”とやらの所有物でもない。
山は、大自然が長い年月を経て創造しえたものである。 俗世間の垢を落とす為に山へ登りに来たというのに、山頂での醜い“人間の思惑”を見せられたらたまったものでない。
この醜い“人間の思惑”が消えない限り、ワテの中では登山の魅力あふれる“登ってみたい山”とはなりえないであろう。 結論からいって、この山は何らかのキッカケでもなければ、『登る』よりも『眺める』べき対象の山なのであろう。
この醜い“人間の思惑”が消えない限り、ワテの中では登山の魅力あふれる“登ってみたい山”とはなりえないであろう。 結論からいって、この山は何らかのキッカケでもなければ、『登る』よりも『眺める』べき対象の山なのであろう。
富士山・吉田口ルート 行程図
行程表 駐車場・トイレ・山小屋情報
《1日目》 富士吉田駅(現 富士山駅)よりバス(1:00)→富士山五合目・吉田口登山口
(1:20)→七合目・入口(1:20)→七合目・山荘《東洋館》前
《2日目》 七合目・山荘《東洋館》前(1:20)→本八合目(1:00)→九合目(1:00)→吉田口頂上
《2日目》 七合目・山荘《東洋館》前(1:20)→本八合目(1:00)→九合目(1:00)→吉田口頂上
0:40)→富士山・剣ヶ峰(0:40)→吉田口頂上(2:20)→七合目・山荘《東洋館》前
(1:00)→七合目・入口(1:00)→富士山五合目・吉田口登山口よりバス
(1:00)→富士吉田駅(現 富士山駅)
《1日目》 拠所ない事情で八合目手前でビバーク
項目説明でも述べた通り、富士山は高山植物が少なく、また宗教という名の人間の思惑に毒されているなど、登山としての魅力は今イチといっていいだろう。 だが、我が国の山岳の最高峰として、山好きであるならばいずれは登らねばならぬ山なのだ・・とも思う。
かく言うワテも、この『我が国の最高峰』は「登るべき意志を抱く山」の最後に登頂を目指すべく想定していた。 そして、天候や身体の都合により最後ではなかったが、「登るべき意志を抱く山」=〔名峰次選〕の『ラス前』の山として登る機会がやってきたのであった。 それでは、この時の登山の出来事を交えて記していこうか。
我が国で最も高い所へ
平成25年の6月に文化遺産として世界遺産登録された(私的には山そのモノでなくて、『山のデキモノ=不純物』である宗教構築物が登録されただけ・・と言う時点で、客寄せの道具として以外は無意味だと思うのだが)事によって、ワテの住む関西圏から富士山登山の基点である富士吉田まで直通の夜行バスが定期運行しているのである。
まぁ、この点においては、「世界遺産登録・・様々」な事なのであるが。 そして、その富士急線の富士吉田駅は、『富士山』駅に名称変更されていたのである。 でも、駅の名称から大切な自らの市の名前を下ろして『富士山』とした所に、「調子に乗り過ぎ」の感が否めないが。
まぁ、この点においては、「世界遺産登録・・様々」な事なのであるが。 そして、その富士急線の富士吉田駅は、『富士山』駅に名称変更されていたのである。 でも、駅の名称から大切な自らの市の名前を下ろして『富士山』とした所に、「調子に乗り過ぎ」の感が否めないが。
バスロータリーから望む富士山
これよりあの頂へいくのだ
これよりあの頂へいくのだ
夜行バスはつづがなく『富士山』駅前のバスロータリーに到着する。 登山口となる《富士山五合目》行きのバスも、このバスロータリーから発車する。 バスの本数は一日5~6本だ。 夏休みシーズンならば時刻表に乗らない臨時バスの増発で、恐らくこの倍の本数はありそうだ。 バスは1時間程で《富士山五合目》に着くが、かなり込み合うので始発の富士吉田駅(どうも、『富士山』といった調子に乗り過ぎの駅名には抵抗がある)から乗った方が賢明だろう。
バスが着いた《富士山五合目》であるが、「これから登山をする場所」とは到底思えない『都会の観光地』そのものの光景に、気合いが完全に萎えてしまう事だろう。 のっけから気合いを殺がれると長丁場となる登山では著しく不利だが、ここは耐えるより他に策はあるまい。
スバルラインの砂利道より望む
富士五湖の一つ・山中湖
富士五湖の一つ・山中湖
実質の登山ルートの入口となる《泉ヶ滝》は湧水の枯れた「水ナシ滝」で、これは語る程の事もないが、その横にある立て看板は「記された内容を語る必要」があったのである。 それは、「富士山・吉田口ルートの山荘の全てが9/15の敬老の日をもって閉鎖となる」営業終了と登山道の冬季期間閉鎖の告知であった。 でも、9/15とは目を疑ったよ。
下調べを全くせずにやってきた弊害がここに発生したのである。 これで、「本日は山荘に泊まる」という予定は、完全に「ハシゴを外された」のである。 登山道は簡易的にゼブラロープで進入を防いでいたが、日帰りで山頂往復なら通行可の想定なのだろう。 ここで、なぜ「ハシゴを外された」と表現したのかと言うと、山荘への宿泊を見越して幕営用具を持ってこなかったからだ。
幸いな事に自炊用具とシュラフは持って来ていたので、一泊二日の登山行程の継続は可能である。
だがこれは、秋の標高3000mで「ゴザ敷いてゴロ寝」という、浮浪者スタイルでの野宿といった『オチャメ』を経ねばならぬ事が確定した訳である。
10月手前の秋の標高3000mは昼は蒸し暑く、夜は底冷えする「出入りの激しい」気候条件だから、普通の人はマネしない方が身の為だろう。 これを回避するには「今日は営業中の佐藤小屋に泊まって翌朝日帰りで頂上往復する」方法があるが、残念ながら筆者の所持金は「往復ギリギリという持ち合わせ不足」という現実に苛まれていたのである。 従って、この『オチャメ』の回避不能と相成ったのである。
10月手前の秋の標高3000mは昼は蒸し暑く、夜は底冷えする「出入りの激しい」気候条件だから、普通の人はマネしない方が身の為だろう。 これを回避するには「今日は営業中の佐藤小屋に泊まって翌朝日帰りで頂上往復する」方法があるが、残念ながら筆者の所持金は「往復ギリギリという持ち合わせ不足」という現実に苛まれていたのである。 従って、この『オチャメ』の回避不能と相成ったのである。
またまた『オチャメ』事の発生で『ガイド』の内容から外れてしまったが、行程を先進めていこう。
《泉ヶ滝》からは登山道然とした道が続くと思いきや、《富士スバルライン》と変わらぬ砂利道が続く。
時折、シェルター状のトンネルや砂利の途切れた石段となるので、馬車は下の《スバルライン》以外は通れないだろう。 約30分程で、シーズン中は登山指導所の建つ《六合目》に着く。
ここからは傾斜は増すものの、ブルドーザーが通れる位の幅の砂利道のつづら折りとなる。
ここからは傾斜は増すものの、ブルドーザーが通れる位の幅の砂利道のつづら折りとなる。
周囲は山腹の崩壊を防ぐ巨大な土堰がグサグサと突き立てられ、見た目にも雰囲気の思わしくない登山道だ。
そして、つづら折りの折り返す地点で山肌が薙っている所では、実際にブルトーザーが作業していた。 どうやら完全に段差を取り払った下り専用のルートを、ブルトーザーが実際に往来しているみたいなのである。
標高に幻惑されたのか
あまり高くは感じない眺めが続く
あまり高くは感じない眺めが続く
この治山工事帯の中を通るつづら折りの砂利道は、約1時間ほどで通り抜ける事ができる。
上を向けば七合目の山荘街の建物が、斜面に建てられた別荘の如く床下を張り出している。
遠目から見ると、小動物の巣のようだ。 この『動物の巣』が近づいてきて、やがてその前に登り着く。
最初に前を通る山荘《花小屋》の入口や窓は鉄板で封じられ、その鉄板に『ココガ七合目 花小屋』と記されてあった。
山荘街は、今まで登ってきたブルドーザーも通れる程に幅が広かった登路に比べると極端に狭く、路地に群れて建つ長屋のような面持ちだった。 七合目の山荘街はこの路地に5件ほどが密集して建ち、残り2件は見上げる上に建つ赤鳥居の《七合五勺》上にあり、この間は砂利道歩道が続く《富士山・吉田口ルート》では稀な『火山岩の岩コロ登り』という極く普通の登山道となる。
七合目の山荘街を抜けると
やっと登山道らしくなる
やっと登山道らしくなる
たが、それは長く続かず、程なく赤鳥居の建つ《七合五勺》に登り着く。 「そろそろ疲れてきたし、山荘の看板に記された標高はそろそろに2900mやら3000mとなってきた事もあるし、この辺りが『オチャメ』処とするのがいいだろう」と、脈絡もなく決め打ちにかかる。
《七合五勺》の赤鳥居に「今夜の乗り切り」を祈願して、更に山荘の土台の石堤となった山肌を脇から石段で登っていくと、七合目最後の山荘である《東洋館》の前に出る。 この山荘も当然にシーズン営業を終えて閉鎖されていたが、山荘の前は木のテラスとなっていて眺望がすごぶる良かった。
《七合五勺》の赤鳥居に「今夜の乗り切り」を祈願して、更に山荘の土台の石堤となった山肌を脇から石段で登っていくと、七合目最後の山荘である《東洋館》の前に出る。 この山荘も当然にシーズン営業を終えて閉鎖されていたが、山荘の前は木のテラスとなっていて眺望がすごぶる良かった。
方角と位置
そして山容からすると
もしかして笊ヶ岳!?
もしかして笊ヶ岳!?
そしてこの木のテラスは、これより『地べたに転がってゴロ寝』をする者にとっては、適度にクッションの効いた『最上級の地べた』なのである。 ここまで書き記すとお解りであろうが、筆者はこの地を『オチャメ』場所と決めたのであった。
時刻は13時過ぎ。 登り始めたのが10時半頃だったので、ここまで2時間半って所だろう。
まだ午後の昼下がりという事で陽も高く時間にも余裕があったが、この先にこれ以上に『上級の地べた』がある保証もないので、ここを今夜の寝床とする。 宿泊地が確定すれば、他にする事と言えば夕飯時までの『昼寝』以外ないだろう。
・・で、建物の隅の風の当たり難い所にゴザとなるシュラフマットを敷き、その上にシュラフを敷いて『ゴロ寝』を味わう。 日のある内は暑い位だったよ。 木のテラスでゴロゴロしていると(このタワケ、浮浪者そのままだな)、時が経って日が陰り始めて『クライマックス』の夕暮れ時を迎える。
雲海のキャンバスが
ピンク色に染まって
クライマックスの時が近づいてきた
クライマックスの時が近づいてきた
その『クライマックス』は、この『オチャメ』事が最大限に幸運な出来事に昇華させてくれた。
木のテラスから望む雲海のキャンパスに描かれた、美しい三角錐の山影・・。 そう、富士の山体の背面が斜陽に照らされて、その影が真綿のような雲海のキャンパスに『影富士』として投影されたのである。
その視線を北東に剥けると
もちろん、こんな所で『地べたに転がってゴロ寝』を選択するタワケなどいるハズもなく、この標高3000mでの『影富士』のシーンはワテ一人だけの情景となったのである。 それでは、その最大限の幸運をとくとごろうじろ。
麓で魅たシルエットそのままの影が
ほのかに染まった雲海のキャンパスに
ほのかに染まった雲海のキャンパスに
今日は空がかぎろい色に染まる
絶好の山日和だ
絶好の山日和だ
《2日目》 我が国最高峰の踏破と下山
昨日は『最大限の幸運』を目にして興奮冷めやらぬまま、落日と共に就寝する。 陽が落ちるとさすがにシュラフに潜り込まねばならぬ程に気温は落ちたが、それでも氷点下まてには至らなかったようで、昼寝したにも関わらず、この『オチャメ』な寝床でも19時から3時前まで8時間近く寝れた。
昨日は『最大限の幸運』を目にして興奮冷めやらぬまま、落日と共に就寝する。 陽が落ちるとさすがにシュラフに潜り込まねばならぬ程に気温は落ちたが、それでも氷点下まてには至らなかったようで、昼寝したにも関わらず、この『オチャメ』な寝床でも19時から3時前まで8時間近く寝れた。
まぁ・・、こういう所が「ゴキブリ並の生命力」と云われる所以ですな。 でも、3時前に目が覚めた途端、昼寝を併せて通算10.5時間寝たツケで、眼が冴えて寝れなくなってしまった。 眠れぬままシュラフに潜っていると、木のテラスを歩いてくる人影とカンテラの光が。
どうやら、いい位置で御来光を拝むべく、深夜に五合目を出発してきた登山者のようである。
そのいでたちは、せいぜい萎んだデーパックのみで、恐らく水のみの完全な空身で登ってきたようである。 それも、1人2人ではなく次々と登ってくるのである。
こうなると『最上級の地べた』の弱点である、木のテラスに寝転がっていると「通り過ぎる登山者の足音が木琴の如くよく響く」という弊害が現れて、寝転がる事が困難となってくる。 なので、寝転がるのを断念して、荷物を袋に入れて寝床となったマットでくるんでシュラフと共に一か所に固めて、これらの通行者と同じ目的を負うべく、カメラ一式と水筒だけ持って出発する。
そのいでたちは、せいぜい萎んだデーパックのみで、恐らく水のみの完全な空身で登ってきたようである。 それも、1人2人ではなく次々と登ってくるのである。
こうなると『最上級の地べた』の弱点である、木のテラスに寝転がっていると「通り過ぎる登山者の足音が木琴の如くよく響く」という弊害が現れて、寝転がる事が困難となってくる。 なので、寝転がるのを断念して、荷物を袋に入れて寝床となったマットでくるんでシュラフと共に一か所に固めて、これらの通行者と同じ目的を負うべく、カメラ一式と水筒だけ持って出発する。
時間は4時前。
まだ空は暗く、カンテラを照らしながら八合目の山荘街に向かって登っていく。 寝床となった『東洋館』から八合目の山荘街までは普通の登山道然とした『岩コロが転がる砂礫帯』であったが、まだ空が暗い時間帯であるのと、この《富士山・吉田口ルート》においては『難路』に値するようである。 まぁ、深夜に歩く『難路』として、慎重に登っていく事にしよう。 一か月半前に、夜道で転んで腹から火を噴いた事もあるし・・。
八合目の太子館より望む
富士の頂上丘
富士の頂上丘
この『難路!?』を登りつめて、山荘の石垣につけられた石段に取り付いて登っていくと、八合目山荘街最初の山荘『太子館』の上に出る。 ここのテラスも展望は良さそうだが『東洋館』の木のテラスに比べれば落ちる(東洋館の建物が入る)し、地べたも最悪の砂利敷きで、寝床を『東洋館』の木のテラスに決めた判断は大正解であった。
八合目からは、再び《富士山・吉田口ルート》のスタンダードである幅の広い砂利道のつづら折りとなる。 若干幅が狭まり、砂利コロの質が少し大粒になったようではあるが。 そして下の砂利道と同じく、大きな山崩れ防止の為に突き立てられた土堰が無粋な風景を見せていた。
八合目の山荘は七合目のように密集せず、どの山荘もつづら折りの砂利道を隔てた一定の間隔で建っている。 そして、各山荘ごとに広い敷地を持ち、雰囲気としては八ヶ岳の山荘風であった。
登っていく毎に空が明るくなってゆき、《八合三勺》の道標と富士浅間神社の境界を示す石柱が建つ《本八合目》に着く。 この《本八合目》に着く前頃が御来光タイムであった。 取り敢えず御来光からは少し過ぎたが、「富士での日の出」をカメラに収める。 でも、この《本八合目》は標高3380mもあるのね。 ここより200m近くも低い北岳の頂に登る方が、断然にキツいんですけど。
さて、この《本八合目》で《須走口ルート》を併せて登っていく。 八合目の最奥の山荘である山荘『御来光館』を過ぎると、白い鳥居の建つ山頂結界門をくぐり、ようやく登山道らしい砂礫道となる。
上を見上げると頂上丘に建つ浅間神社の社殿が乗っかっているのが視認でき、右横を見ると溶岩流跡を示す赤土の薙が遥か下まで掘れていて、左横は遥か下に富士五湖が小さく光っていて、下を見下ろせばこれまで登ってきたつづら折りの砂利道と、それと交差する下山道の直線的に切られた道筋が見渡せる。
でも、あの下山道の直線具合は、恐らくブルトーザーで掘り進めて造った証だろうね。
赤土の山肌に砂利道の登山道が
つづら折りに連なっている
つづら折りに連なっている
この結界門から先の登路を登っていると、ようやく登山している気分になったよ。 これまでは、砂利道だの山肌に突き立てられた土堰だの・・と、道の状況や周囲の様子が到底登山道らしくなかったので、尚更に強く感じたよ。 この砂礫の道を登りつめていくと、両側に狛犬が鎮座する浅間神社奥宮の境内に入る。
狛犬が鎮座する
頂上浅間神社奥宮境内の境界線
頂上浅間神社奥宮境内の境界線
境内に入ると、2~30段の石段を登って《吉田口頂上》となる浅間神社(久須志神社)奥宮の本殿前の広場に出る。 ここには長いベンチとテーブルが置かれ、登り終えた登山者の憩いの場となっているようだ。
だが、この光景はシーズンを終えた今だからの事で、シーズン中は人でごった返して足の踏み場もないとの事である。
富士のお鉢めぐりのコース図
※ グーグル画像より拝借
※ グーグル画像より拝借
さて、富士山の最高点である剣ヶ峰へは、ここから火口壁を半周伝っていく。 剣ヶ峰まで、40分かかるかかからないか・・って所だろう。 ちなみに、火口壁は右回りでも左回りでも距離はほぼ同じ位だが、左回りは最後は標高差70mの急登となるので、右回りの方が断然お得だ。
吉田口・頂上より覗く
富士山の最高点・剣ヶ峰は
富士山の最高点・剣ヶ峰は
月面基地のようだ
奇怪な情景が広がる『シャカの割れ石』
火口壁に鎮座する雷石
富士山の最高点
剣ヶ峰までもうすぐだ
右回りだと、解放されていない富士山の第二高点である白山岳 3756メートル が眼前にそびえ立つ。 火口壁の対面にそびえる最高峰・剣ヶ峰より高く感じるのは気のせいだろうか。 ここから火口原を望みながら整地された砂利道を半周伝っていくと、対面から見ると富士山観測所のドームなどの構造物で頂らしからぬ異様な眺めを見せていた我が国の最高峰、富士山・剣ヶ峰に頂きに登り着く。 到着は8時ちょっと前であった。
登頂の証
『二等三角点・富士山』
『二等三角点・富士山』
富士山測候所のドーム
頂上では、拠所ない事情によって〔名峰次選〕のファイナル峰とはならなかったが、そのつもり・・を演出すべく奇妙な帳面をかざした姿で『我が国最高峰でのアリバイ写真』を撮る。 頂上からの眺めであるが、富士山の標高が他の山を抜きん出ている事もあってか、アルプスの山は雲海に埋もれるなど山岳風景としては今イチであった。
頂上より下界を
どうやら富士山の風景は、昨日の夕方の『クライマックス』がほぼ全てだったのだろう。 頂上の見どころと言えば、《大内院》と呼ばれる富士山の火口と火口壁くらいだし。 でも、せっかく来たのだから、無意味に1時間ほどタムロする。
『大院内』と呼ばれる
富士の爆裂火口
さて、今回は週末の連休にやってきたのだから、今日中に帰路につかねばならない。 今は9時。
そろそろ下山に取り掛かる時間だ。 シーズンも終わって格段に登山者が少なくなった今、敢えて混雑時の対応として設けられた下山ルートを取る必要もない。 まぁ、ゆっくりと下っても2時ごろには下山できるだろう。
さぁ・・下界に向けて
降りていこう
ただ一つ怖い事は、何の下調べもしていない為、《吉田口・五合目》での富士吉田行きのバスの時刻を全く知らないからである。 もし、最終バスが2時より前だったら、限りなく「ドボン」である。
「まぁ、シーズンが終わったとはいえ、そこまで減便されてはいないとは思うが・・」 「いや、御来光を見る為とはいえ、深夜から登ってきた奴はもうとっくに下り始めているし・・ね」 「バスの最終に乗り遅れたら、タクシーは無理 持ち合わせの余裕がないしィ」と、ブツブツと妄想に『ブツブツ念じ』を唱えながら下っていく。
標高差1500mにも及ぶ
富士山の赤土薙
富士山の赤土薙
下りは日が高く上がって写真映像的な魅力も減じてきたので、山頂より連なる溶岩流痕の赤土の薙などを数枚撮っただけで、割と下りに集中する。 そして、登りでは散々貶したつづら折りの砂利道も、登りが苦手な筆者にとっては「普通に歩ける」タイムロスの少ない下山道中だった。
・・で、結構早く荷物をデポった今日の寝床の《東洋館》の木のテラス前に戻り着く。 これよりは七合目の長屋状の山荘街を過ぎるとつづら折りの砂利道となるので、下りにそんなには時間はかからないだろう。
つづら折りの砂利道を急ぎ気味に下れば、つづがなく六合目の登山指導所を過ぎて、相変わらずゼブラロープで進入を阻んでいるだけの《泉ヶ滝》の登山道入口に着く。 後は、馬車馬の馬糞が落ちまくって臭い《富士スバルライン》の観光砂利道を伝っていくと、登り始めに「到底、これより登山を始める場所とは思えない」と記した《吉田口・五合目》に下り着く。
今回の富士の思い出は
この情景に凝縮されていた
着いてすぐさまバスの発車時刻を確認すると、16時位までバスの便はあるみたいだ。
まぁ、観光地だからね。
帰路であるが、バス終点の富士吉田(現 富士山)駅のバスロータリーに降りた時に偶然に接続していた御殿場行きの路線バスに乗れたお陰て、大槻から東京周りで帰るより大幅に費用と時間を浮かせる事ができた。 御殿場から乗ったJR御殿場線の車窓から見た夕暮れ空に浮かぶ富士のシルエットを目にして、「今日、あの頂点に立ち、頂点の突起から裾野まで下って来たんだなぁ」とちょっと感傷的になったよ。
帰路であるが、バス終点の富士吉田(現 富士山)駅のバスロータリーに降りた時に偶然に接続していた御殿場行きの路線バスに乗れたお陰て、大槻から東京周りで帰るより大幅に費用と時間を浮かせる事ができた。 御殿場から乗ったJR御殿場線の車窓から見た夕暮れ空に浮かぶ富士のシルエットを目にして、「今日、あの頂点に立ち、頂点の突起から裾野まで下って来たんだなぁ」とちょっと感傷的になったよ。
御殿場線の車窓から富士のシルエットを魅て
少し感傷的になったよ
少し感傷的になったよ
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No title * by eigekaii
富士山綺麗ですね、NICE
No title * by gre*n*hub*32
➤❮山は、大自然が長い年月を経て創造しえたものである。 俗世間の垢を落とす為に山へ登りに来たというのに、山頂での醜い“人間の思惑”を見せられたらたまったものでない❯・・・全く以って同感です。富士山は仰る様に俗化が進み登山としては魅力に乏しいかも知れませんね!。
其れに!〜、支那人の登山客が山を汚して問題になってる事も原因だと思います。
☆ナイス!〜
其れに!〜、支那人の登山客が山を汚して問題になってる事も原因だと思います。
☆ナイス!〜
No title * by 風来梨
eigekaiさん、こんにちは。 富士は魅る山としてはピカ一ですね。
この山行では、その影姿「影富士」に魅せられました。
この山行では、その影姿「影富士」に魅せられました。
No title * by 風来梨
gre*n*hub*32さん、こんにちは。
世界遺産は、この前の産業歴史遺産登録でも解るようにグダグダです。 特に、文化遺産に関しては、チョンの専横があったなど、政治的な駆け引きがあり、ハッキリいうと文化遺産を守る手法としては×ですね。
富士も、その文化遺産だったりして。 富士はやはり、他の峰より眺める峰ですね。
世界遺産は、この前の産業歴史遺産登録でも解るようにグダグダです。 特に、文化遺産に関しては、チョンの専横があったなど、政治的な駆け引きがあり、ハッキリいうと文化遺産を守る手法としては×ですね。
富士も、その文化遺産だったりして。 富士はやはり、他の峰より眺める峰ですね。