風来梨のブログ

このブログは、筆者であるワテの『オチャメ』な日本全国各地への探勝・訪問・体験記です。

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路線の思い出   第107回  宮原線・町田駅

路線の思い出   第107回  宮原線・町田駅 〔大分県〕


路線が廃止になった今も
駅名標はあの時の情景を見ている

《路線データ》
        営業区間と営業キロ         輸送密度(’79) / 営業係数(’83)   
      恵良~肥後小国 26.6km          109  /  1860 
          廃止年月日                転換処置         
          ’84/12/ 1                    大分交通バス
廃止時運行本数
       豊後森~肥後小国 3往復(土曜 4往復)
       豊後森~宝泉寺 下り2本・上り1本(内 1往復は休日運休)

町田駅(まちだえき)は、かつて大分県玖珠郡九重町大字町田にあった国鉄・宮原線の駅である。
廃止時点で、単式ホーム1面1線を持つ無人駅であった。 駅跡にプラットホームや駅名標が残っているが、ホーム上にあった駅待合室は撤去されている。

残っていたホーム跡は、国道387号のバイパス工事(道路拡幅工事)により、ホームは半分ほど埋められてしまっている。 当駅の前後の線路跡を含む3.3km区間には、2013年11月6日に町田バイパスが開通している。

すぐ下を通る国道387号の道路脇(町田バス停横)に、当駅への道先案内を示す『町田駅 MACHIDA STN. →』と表記された錆びついた案内板が残っている。

廃止になる前の1980年4月1日に横浜線の原町田駅が町田駅に改称しているが、当時の国鉄側は当駅の存在を理由に難色を示した。 しかし、当時の町田市長が福島駅の重複を挙げて反論し、改名に至った。
その結果、原町田駅が『横浜線町田駅』と改称した1980年より、1984年の当駅廃止までの4年8ヶ月の間、『国鉄町田駅』は2ヶ所存在する事となったエピソードがある。



今回取り上げる町田駅は、神奈川県の衛星都市にあるJR主要駅の町田駅ではない。
そう、今回取り上げるのは、一つの都市の代表駅の駅名に『原』を冠して『原町田』と呼ばせるなど脇に追いやり、正規の『町田駅』を名乗っていた旧国鉄宮原線の町田駅である。

まぁ、ナンチャッテな『〇鉄』を自負するワテにとっては、都会にある商業施設を取り込んだターミナル仕様の駅など対象外なのだから、ワテにとっての『町田駅』とはこの『正規』を名乗った町田駅なのである。(笑)


駅が廃された今も朽ち果てるまで
駅のあった方向を示し続ける

その町田駅の駅訪問は、1往復列車運行の多い土曜日でさえ1日に上下合わせた本数が10本以下の閑散線区故に、始発列車で下車して折り返してくる列車に乗り込む「下車するのが精一杯」の状況であった。

だが、折り返してくる列車を待つ間の僅か1時間足らずであったが、この駅に降りた思い出は大きく心に残っている。 それは、この駅のたたずまいが醸し出す情景が、今で言う『神』情景であったからである。 もう、何かの物語に出てくる情景で、廃止されようとするこの路線が感情を抱くとするなら、この哀愁漂うたたずまいが、消えゆくこの路線の抱く気持ちを端的に表していたのだ。


木造の待合室と、手書きの駅名表と、裸電球と
その情景は感動モノだった
※ グーグル画像より拝借

その駅のたたずまいは感動モノだった。 訪れた当時はハイティーン(死語)の小僧であったが、この駅の醸し出す情景に絆されて、本当に「時間よ・・止まってくれ、時間よ経たないでくれ」と願ったのを憶えている。 この僅か1時間足らずの滞在時間で、この駅に降りた感動を何とか「心に残るモノ」として残そうと足掻き焦った事も。


何とか「心に残るモノ」として残そうと
小僧なりに足掻いたのも「思い出」の一つだ

だから、「心に残る宝物となるように」とカメラアングルを必死に考えたのも、何度も階段を昇り降りしたのも、今・・この時に撮った写真を目にするとハッキリと思い返す事ができる。


明日なきローカル線の
哀愁漂うたたずまい

そして、この時に自分に絵の才能がない事を悔やんだのも、この駅での「思い出」の一つだ。
この駅のたたずまいをスケッチしようとしたが、描き始めてからすぐに「あまりにも絵が下手だ」と気づき、これを続けると反ってこの駅の情景を汚すと思って断念したのも憶えている。

この時は、絵を描く才能がない事を大いに悔やんだものである。 後にも先にも、小僧の頃から「それなりに撮れた」写真撮影以外の手法で記憶を残そうとしたのは、後にも先にもこの町田駅だけなのであるから・・。


ローカル線の光と影

やがて1時間という短い時は過ぎて、折り返しの列車がやってくる。 口惜しさと未練をいっぱいにして、この路線の撮影地にして今晩の宿泊場所の麻生釣へ向かうべく肥後小国行きの列車に乗り込んだ。

   ※ 詳細は『魅惑の鉄道写真集』より『宮原線』を御覧下さい。
      また、メインサイトの『高原鉄道・旧国鉄宮原線』もどうぞ。








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No title * by tom
こんばんは
乗っていない線では明知線と宮原線が最もソソられていた路線でした。結局、乗れませんでした。

二枚目にバス停があるのが、今は気になります。玖珠観光というのが走っているそうですね。古参バスが多いようで気になります。しかし麻生釣に駅寝する前に別の駅を探訪しておこう、という貴殿の情熱に敬服致しました。

No title * by 風来梨
tomさん、こんばんは。

この路線は高校生の時廃止になったので、毎学期ごとに通っていましたね。 そして、その定番宿泊先が四季を問わずの麻生釣駅でした。
あの駅はほとんど山の避難小屋でしたから・・(笑)

町田駅の方が店屋がありそうで、生活環境が上のようです(笑) でも撮影場所のアーチ橋群から離れていたので、駅寝場所は麻生釣の方に決めました(笑)

バス路線は、大分交通の子会社の玖珠観光がマイクロバスで運行してるようです。 でも、運行は県境の麻生釣迄で打ち切られています。

その麻生釣は観光地化が進んだようで、旅籠型の旅館が出来たりして路線があった頃より来訪者が多くなってそうです。 でも、ほとんどがマイカーか観光バスだろうけど。

小国は小国で、九州産交のバスが小国から黒川や奴留湯などの温泉地や県都・熊本に路線を延ばしていますね。

No title * by たけし
韓国が妨害するものより、このような廃線を文化遺産に登録すべきと思いますね!
近代日本を躍動させたのは鉄道という物流資産があればこそですので。

ナイス!

No title * by 風来梨
たけしさん、こんにちは。 世界遺産も、政治が絡んでしまって地に落ちましたね。 それよりも、ヒトモドキの群れであるチョン国を参加させた時点で終わってますが。

この廃止線の遺構であるアーチ橋は国の重要文化財に指定されてます。

仰る通り、チョンの悪意に貶られた世界遺産より、ずっと価値がありますね。

No title * by 風来茄子
宮原線も敷設当時は杉材の搬出で賑わったのでしょうね。確かに我々は地方の小さな産業史への目配せを忘れるべきではありません。それらは地方再創生の貴重なヒントにもなり得るのですから。

町田駅の階段、どう見ても古刹の門前ですよね。写真を見て駅だと気付く人のほうが少ないでしょう。植木の按配といい右手の石碑(?)といいまるでお寺さんにしか見えません(^_^;)

閣下との奇縁(爆)が無ければ知ることも訪れることも無かった小さな路線の物語。感謝感謝でございますぅm(_ _)m

No title * by 風来梨
殿下に御御礼頂き、感激至極にございまする。

殿下への臣下の誓いは、あの「阿下喜の誓い」でございました。 殿下に完膚無きまでに写真床力の差を示されて、臣下の誓いを致しましてございまする。

それまで殿下に不遜なる行いをしでかしました事は平に御容赦下され。

町田駅のあの雰囲気は、神情景でしたな。 古刹の門前・・確かにそうですな。

でも、悲しいかな、今は上はバイパス道路となり、石碑も撤去されて階段とホームのみとなっていまする。 残念至極!

No title * by gre*n*hub*32
記事更新ごとに素晴らしい鉄道、山岳、滝など写真の数々は有難う御座います。
私は海外居住の身では、日本の名勝地には行きたくても、時間の都合が出来ず訪れることは出来ません。
残念ですが、・・・こうしてブログに掲載される写真には心を奪われ、思いを馳せています。
日本の山河の類まれな美しさ独特のもので、天からの至上の贈り物!と言えると思います。
私は海外居住期間が長く、足掛け50年間に亘ります。
日本に里帰り(一時帰国)する度にローカル線が廃止され寂しい思いをしています。
滞在日程を調整して可能な限りローカル線に乗り旅情を満喫しています。

☆ナイス!〜

No title * by 風来梨
gre*n*hub*32さん、こんばんは。 いつも見て頂き、有難うございます。

>日本の山河の類まれな美しさ独特のもので、天からの至上の贈り物!と言えると思います。

仰る通り、四季折々の自然風景を堪能でき、経済的にもトップアスリートたる日本という国は奇跡的な存在なのでしょうね。

その美味し国・日本を妬みやっかむシナやチョンはある意味現れて然るべきなのかも・・。 だから、この美味し自分の国を売ろうとする売国奴どもが許せませんね。

コメント






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こんばんは
乗っていない線では明知線と宮原線が最もソソられていた路線でした。結局、乗れませんでした。

二枚目にバス停があるのが、今は気になります。玖珠観光というのが走っているそうですね。古参バスが多いようで気になります。しかし麻生釣に駅寝する前に別の駅を探訪しておこう、という貴殿の情熱に敬服致しました。
2015-07-10 * tom [ 編集 ]

No title

tomさん、こんばんは。

この路線は高校生の時廃止になったので、毎学期ごとに通っていましたね。 そして、その定番宿泊先が四季を問わずの麻生釣駅でした。
あの駅はほとんど山の避難小屋でしたから・・(笑)

町田駅の方が店屋がありそうで、生活環境が上のようです(笑) でも撮影場所のアーチ橋群から離れていたので、駅寝場所は麻生釣の方に決めました(笑)

バス路線は、大分交通の子会社の玖珠観光がマイクロバスで運行してるようです。 でも、運行は県境の麻生釣迄で打ち切られています。

その麻生釣は観光地化が進んだようで、旅籠型の旅館が出来たりして路線があった頃より来訪者が多くなってそうです。 でも、ほとんどがマイカーか観光バスだろうけど。

小国は小国で、九州産交のバスが小国から黒川や奴留湯などの温泉地や県都・熊本に路線を延ばしていますね。
2015-07-10 * 風来梨 [ 編集 ]

No title

韓国が妨害するものより、このような廃線を文化遺産に登録すべきと思いますね!
近代日本を躍動させたのは鉄道という物流資産があればこそですので。

ナイス!
2015-07-11 * たけし [ 編集 ]

No title

たけしさん、こんにちは。 世界遺産も、政治が絡んでしまって地に落ちましたね。 それよりも、ヒトモドキの群れであるチョン国を参加させた時点で終わってますが。

この廃止線の遺構であるアーチ橋は国の重要文化財に指定されてます。

仰る通り、チョンの悪意に貶られた世界遺産より、ずっと価値がありますね。
2015-07-11 * 風来梨 [ 編集 ]

No title

宮原線も敷設当時は杉材の搬出で賑わったのでしょうね。確かに我々は地方の小さな産業史への目配せを忘れるべきではありません。それらは地方再創生の貴重なヒントにもなり得るのですから。

町田駅の階段、どう見ても古刹の門前ですよね。写真を見て駅だと気付く人のほうが少ないでしょう。植木の按配といい右手の石碑(?)といいまるでお寺さんにしか見えません(^_^;)

閣下との奇縁(爆)が無ければ知ることも訪れることも無かった小さな路線の物語。感謝感謝でございますぅm(_ _)m
2015-07-11 * 風来茄子 [ 編集 ]

No title

殿下に御御礼頂き、感激至極にございまする。

殿下への臣下の誓いは、あの「阿下喜の誓い」でございました。 殿下に完膚無きまでに写真床力の差を示されて、臣下の誓いを致しましてございまする。

それまで殿下に不遜なる行いをしでかしました事は平に御容赦下され。

町田駅のあの雰囲気は、神情景でしたな。 古刹の門前・・確かにそうですな。

でも、悲しいかな、今は上はバイパス道路となり、石碑も撤去されて階段とホームのみとなっていまする。 残念至極!
2015-07-12 * 風来梨 [ 編集 ]

No title

記事更新ごとに素晴らしい鉄道、山岳、滝など写真の数々は有難う御座います。
私は海外居住の身では、日本の名勝地には行きたくても、時間の都合が出来ず訪れることは出来ません。
残念ですが、・・・こうしてブログに掲載される写真には心を奪われ、思いを馳せています。
日本の山河の類まれな美しさ独特のもので、天からの至上の贈り物!と言えると思います。
私は海外居住期間が長く、足掛け50年間に亘ります。
日本に里帰り(一時帰国)する度にローカル線が廃止され寂しい思いをしています。
滞在日程を調整して可能な限りローカル線に乗り旅情を満喫しています。

☆ナイス!〜
2015-07-13 * gre*n*hub*32 [ 編集 ]

No title

gre*n*hub*32さん、こんばんは。 いつも見て頂き、有難うございます。

>日本の山河の類まれな美しさ独特のもので、天からの至上の贈り物!と言えると思います。

仰る通り、四季折々の自然風景を堪能でき、経済的にもトップアスリートたる日本という国は奇跡的な存在なのでしょうね。

その美味し国・日本を妬みやっかむシナやチョンはある意味現れて然るべきなのかも・・。 だから、この美味し自分の国を売ろうとする売国奴どもが許せませんね。
2015-07-13 * 風来梨 [ 編集 ]