風来梨のブログ

このブログは、筆者であるワテの『オチャメ』な日本全国各地への探勝・訪問・体験記です。

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路線の思い出   第99回  宮津線(現 北近畿タンゴ鉄道)・丹後神崎駅

路線の思い出   第99回  宮津線(現 北近畿タンゴ鉄道)・丹後神崎駅  〔京都府〕


田圃に囲まれただけの
何もない棒線駅が名撮影地の玄関口だ

《路線データ》
       営業区間と営業キロ          輸送密度 / 営業係数(’83)  
      西舞鶴~豊岡 84.0km          2590  /  435     
           移管年月日                転換処置 
            ’90/ 4/ 1              北近畿タンゴ鉄道
移管時運行本数
            西舞鶴~豊岡     11往復【内 特急1往復】
            西舞鶴~宮津     1往復
            西舞鶴~天橋立    2往復【内 急行1往復】
            西舞鶴~丹後山田 2往復
            西舞鶴~網野     1往復【急行】
            宮津~網野          1往復
            宮津~豊岡          3往復
                       丹後山田~豊岡     1往復

丹後神崎駅(たんごかんざきえき)は、京都府舞鶴市油江にある京都丹後鉄道・宮津線の駅である。
『宮舞線』の愛称区間に含まれている。 2017年度の1日の平均乗車人員は8人との事。

宮津方面に向かって左側に単式1面1線のホームを持つ駅で無人駅となっている。 分岐器や絶対信号機がないため、停留所に分類される。 宮津寄りに駅舎があり、ホーム上に男女共用で水洗の多目的トイレが設置されている。

神崎海水浴場の最寄駅であり、『神崎海水浴場駅』の愛称が付けられている。 以前は、臨時で夏期などに特急が停車する事があったが、2008年3月改正で【タンゴディスカバリー】の宮津線・宮津駅以東への乗り入れが廃止されてからは、普通列車(宮津線内は各駅停車となる快速〔丹後あおまつ〕を含む)のみの停車となっている。 西舞鶴駅から当駅までは、舞鶴市内を走る。



今回取り上げた丹後神崎駅の思い出は、今の第三セクターに移管されてからの観光駅仕様に建て替えられた教会のようなミスマッチの駅ではなく、旧国鉄時代の待合室だけの『田舎の棒線駅』の時の思い出である。

以前のこの駅の周辺は広大な田畑で、田畑越しに棒線駅がある長閑な風景だった。 でも、今はちょこちょこと田畑は住宅地に変わり、そして風景とはミスマッチな青いとんがり屋根のデザイン駅となっている。 第三セクター転換線でよく見かける、建替えの駅舎に周囲の風景と合わない西洋風の建物を建てたがる傾向である。


周囲の風景とミスマッチな
西洋教会風デザインの現駅舎
※ グーグル画像より拝借

でも、周囲の風景が田畑という純日本風景なのに、西洋の建物を建てた所で周囲より浮き出てミスマッチとなるのは必定である。 デザイナーっていうのは、そういう事を考慮しないのかねぇ~って常々思うのだが。

さて、愚痴は置いといて、大方四半世紀以上前の若き日にこの駅に降りたのは、この駅の近くに有名な撮り鉄の撮影地が存在するからである。 その撮影地は、丹後地方の大河・由良川が海に注ぐ河口の際に長い鉄橋が架かっていて、そこを通る列車を海と川の挟間で波も立つ由良川と併せて撮る事ができる有名処である。


河口近くで戻し波の波紋が
ここまで伝わってくる

当時はまだハイティーン(お里がしれる死語だねェ)だったワテは、何らかの鉄道雑誌に掲載されてたこの鉄橋を渡る写真に釣られて、「右に倣え」でノコノコやってきたのである。 でも、このタワケは、熱心に撮り鉄する方々とは少し違う当時から『○鉄』(ナンチャッテな鉄)だったのである。

このタワケは、オチャメを乱発して『大タワケ』に昇格した現在の筆者同様、「事前の下調べやロケハンはしない」、「三脚は持ってこない」、「極めつけは時刻表は持ってこない」の『3ナイ運動実施中!』のナンチャッテ○鉄であった。 でも、『3ナイ』であっても、暇つぶしの漫画雑誌はガッチリと小脇に抱えていたが。

・・で、鉄道雑誌の写真を見ただけの知識だけをアテに、ノコノコと丹後神崎の駅に降りる。
この時の切符は、撮り鉄なら『神の領域』である『西舞鶴から○○円区間』の自動販売機発行の紙(神)切符である。

こういう所に来る鉄なら、沿線を自在にめぐる事ができるようにフリー系の切符を使うのであるが、下車駅『決め打ち』確定の紙切符を丸める(切符を丸めるクセがあったの)このタワケの姿からは、後先何も考えていない事が丸解りであった。


葦が茂るこの場所は
選択しないモノなのですが

要するに、この丹後神崎駅が有名撮影地の由良川鉄橋の最寄り駅でなければ、最寄り駅であっても鉄橋から数キロ離れている状況だったならば、このタワケのこの日の撮り鉄は『ドボン』の撃沈なのである。
まぁ、今はほぼ全ての撮り鉄が車利用で、鉄道使って撮り鉄に来る奴自体が『天然記念物』なみなのだが。

でも、幸いに駅から由良川鉄橋までは1km未満と徒歩アプローチが可能な状況で、『ドボン』は免れたようだ。 なお、当時はまだ地図に目覚めて(車の免許も未)おらず、撮影前に愛用の『ワラヂヤ地図』(潰れたけど、道路地図では秀逸で今も愛用してるよ)に目を通さない頃だった。 何が言いたいかというと、撮影地の位置取りの把握でさえも・・、つまり完全無欠に下調べをしてなかったのである。
何というか、アッパレなタワケ振りである。

・・で、撮影場所探しの付近徘徊を開始。 取り敢えず由良川の川岸へ向かう。 ここで、普通の撮り鉄さんとは違う思考回路が良い方に転がるのである。 それは、鉄橋の袂まで行くのがメンドクサイので、適当に橋の見える位置の茂みが作り出す日陰に陣取ったのである。


大河・由良川を渡る
在りし日の急行【丹後】号
普通の撮り鉄さんと違う思考回路が
ワテの『お気に入り写真』の原動力かも

由良川鉄橋に撮り鉄に来たのなら、普通は川の袂まで近寄ってその周辺が撮影に使えるかをロケハンするモノなのだが、このタワケは春の日差しの暑さを拒否して、茂みの陰で『持参した漫画+眠くなったら昼寝も可能』な場所を選択したのである。

その選択した場所は川の畔で、鉄橋から離れていてアップは到底無理で、茂みや葦に隠されて特急や急行の長大編成を全部撮るのが難しい場所だった。 要するに、ほぼ全ての撮り鉄が拒絶するであろうロケーションだったのである。


邪魔でしかないと思われた葦は
朽ちた波止場を強く表現してくれた

でも、この時のタワケは、ちょっと冴えていた。 岸につながれたボートをアテにしたり、川面に淀む波
をあおるように撮ったりすると、結構いい感じだったのである。 撮影する上で決定的に邪魔と思われた葦の茂みも、「朽ちて使われなくなった船着き場」っぽい飾りつけとなる『いい方向』に転んだようだ。

このように、この時の撮影はダラけるだけダラけたのに、写真のデキは我がナンチャッテな撮り鉄写真でも上なデキ(あくまでも自己満足の観点ですが)で、普通なら有り得ない「自堕落が身を立てる」という『下剋上』となったのである。 こういう事に味をしめて繰り返すから、この後『オチャメ』な人生が待っているんだろうな・・と、記しててつくづく思ったよ。

    ※ 詳細は『魅惑の鉄道写真集』より『宮津線』を御覧下さい。








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