2014-12-26 (Fri)✎
路線の思い出 第77回 東北本線・盛岡駅 〔岩手県〕
キハ58改造の車輌を使った
釜石線直通の快速〔はまゆり〕
釜石線直通の快速〔はまゆり〕
《路線データ》
営業区間と営業キロ 輸送密度 / 営業係数(’83)
東京~盛岡・岩切~利府 539.5km 54884 / 1297
盛岡~目時 82.0km は《IGR岩手銀河鉄道》
目時~青森 121.9km は《青い森鉄道》へ移管
目時~青森 121.9km は《青い森鉄道》へ移管
盛岡駅(もりおかえき)は、岩手県盛岡市盛岡駅前通にあるJR東日本・IGRいわて銀河鉄道の駅である。 在来線ホーム5面10線、新幹線ホーム2面4線の計7面14線を有する。 在来線ホームは、かつて優等列車が多数発着していた名残で地上ホーム数が東北地域最多であり、かつ各ホームの有効長も長い。
東北新幹線八戸延伸に伴い、0・1番線はIGRいわて銀河鉄道に移管された。
2階がコンコースとなっており、西口とは東西自由通路「さんさこみち」で連絡している。
コンコース上に南改札、北改札、みどりの窓口がある。 改札口は自動改札機が設置されている。
南北みどりの窓口それぞれに、指定席券売機が設置されている。 JRの自動券売機ではIGRいわて銀河鉄道のいわて沼宮内駅までの片道乗車券も購入可能であるが、好摩駅まで同線を経由するJR花輪線各駅の片道乗車券は購入できない。
直営駅であり、管理駅として、東北本線の日詰駅~仙北町駅間、田沢湖線の大釜駅~赤渕駅間、山田線の上盛岡駅~千徳駅間、花輪線の東大更駅から兄畑駅間の各駅を管理している。
在来線は島式ホーム4面8線を有し、花輪線列車は一部を除いて『いわて銀河鉄道線ホーム』(0・1番線)に発着する。 2番線は主に山田線の宮古方面、3・4番線は盛岡を通して『いわて銀河鉄道』方面に直通する列車や貨物列車、5~7番線が東北本線の上り始発列車、8・9番線が田沢湖線の使用ホームとなっている。
0~7番線から渡り線を経由して、車両基地の盛岡車両センターへ出入庫可能な配線となっていて、車両センターまではIGR上下本線と出入庫線の3線区間となっている。 また8・9番線は、秋田新幹線との共通運用である田沢湖線用の標準軌となっているある。
新幹線ホームは、島式ホーム2面4線を有する高架駅(地上3階)である。 定期「こまち」は全ての列車が当駅で「はやぶさ」との分割・併合を行う為、上下とも同じホームで分割併合を行っている福島駅と違い、下り列車の分割は14番線、上り列車の併合は11番線(いずれも外側ホーム)で行われている。
盛岡駅と言えば、ワテが連想するのは『乗換駅』という事だ。 でも、新幹線から在来線っていうのはワテの連想から外れるのである。 ワテが『乗換駅』として連想するのは、同じ線でありながら、先程に挙げた『新幹線』の為に分断された東北本線といわて銀河鉄道の乗換駅であるという事だ。 それと在来線の乗り継ぎが不調に終わった時に降りかかる、『禁断の果実・シンカンセン』による散財災禍である。
ワテの旅スタイルは、これまでの記述の如く駅寝や野宿を厭わない『貧乏旅』であるが、その『貧乏旅』で北海道なりへ行くには、普通列車乗り放題の切符を使って在来線を伝っていくのが常道となる。
だからこの駅では、乗り換えにまつわる出来事が多々あるのである。
雪で列車が大幅に遅れた時などは、普通列車を乗り継いでいく『貧乏旅』ゆえに困った事になるのだが、その行き詰る地点は大抵この盛岡なのである。 遅れても辛抱して普通列車を乗り継ぐのだが、この盛岡で『いわて銀河鉄道』への乗り継ぎが合わなくなり、『禁断の果実』である新幹線に乗らなくてはならなくなるのである。
花輪線直通のキハ58
キハ58もほぼ淘汰されたね
なぜなら、元東北本線だった終点の青森では、普通列車の切符でも特例で乗車できる北海道行きの急行【はまなす】号に乗り継がねばならないからだ。 これに乗り遅れると、青森駅で寒い冬の夜明かしとなってしまうのである。 だから、何が何でも急行【はまなす】号の発車時刻に間に合わねばならないのである。
またこの盛岡駅で、東北本線が新幹線を中心に回っている現実も思い知らされる。 それは、東北本線の始点駅である東京・上野を始発列車で出ても、普通列車を乗り継いで盛岡駅で山田線の3番列車に乗れない事実が判明したのである。
岩泉線が路線災害により廃止となり過去の事となってしまったのであるが、この山田線の16:30発の3番列車に乗れないと、1日3往復の岩泉線の最終列車に乗れなかったのである。 この時は、泣く泣く郡山~福島の1区間で『禁断の果実』シンカンセンを食したよ。
最近では、この夏に日高の山でコケて腹から火を噴いた(肋骨2本骨折)状態で普通列車の乗継に挑んだ時のエピソードが挙げられる。 肋骨が折れてズンドコと太鼓を打ち鳴らして火を噴き出す脇腹を抑えつつ、小荷物配送を拒否されたカメラやガスコンロなど約10kgの重さの袋を持って帰路に着いていたのだが、この時に僅かながらあった体力的な自信が木っ端微塵に打ち砕かれたのである。
サボもあり、車掌も乗務の
致せり尽くせりの山田線3番列車
乗客は約120名位か・・。 まぁ、20数名が、『残念』となるのである。 最初から戦意のない爺やん婆やんは別として・・というより、大抵の爺やん婆やんは『試合放棄』して新幹線に乗り込むので、『ほぼいない』といっていいだろう。
そして乗り継ぎ者の大半は、『普通列車線専用切符』使いの『鉄』なのである。 ワテのように、山登りに『普通列車専用切符』を使う奇特なのはいないだろうね。
ここは、腹から火を噴いている関係上、何とか上位100位までには入りたいと目論む。
まぁ、敗者の20人の内のほとんどが2~3駅間の利用者なので、長距離乗車の『普通列車専用切符』使いでの敗者は、言葉を言い換えれば『Lost of Lost』・・即ち『敗者の中の特別な敗者』と同様なのである。
例えれば、年賀状の『お年玉くじ』で3等・切手シートの当たり・・、はたまた高校入試に落ちて高校浪人する位のアホと同等の敗者に相当するのである。←こういう事には必死となるタワケ(筆者)
そして、その乗り換え列車でのワテの対面には、重メタボスーツ・機種名『ニクジュバァン・MarkⅡ』で身を完全武装した明らかに鉄オタな奴がいた。 もう首は特殊装甲でガードされて肩とつながり、首の攻撃耐性が著しく強化された新型『ニクジュバァン』の装着主であった。
また、背中には三脚を括りつけたザック型カメラバックを担ぎ、その肩バンドからはち切れんばかりの肉がはみ出していたのである。 これを目にして、ワテは思ったよ。 「この状態(脇腹ズンドコ状態)でも、コイツには勝てる!」と・・。
かつての盛岡駅はおいしかったなぁ
山田線に入る旧国鉄色・キハ52
山田線に入る旧国鉄色・キハ52
だが、いざ試合開始となると、この『ニクジュバァン』に追いつけない。 階段を昇る一歩一歩で、腹の太鼓が盛大に音頭を取ってくる。 昨日はこの状態で沢を下っても痛くなかったのに、今は許されるならのたうち回りたいほど痛い。 でも、駅コンコースでのたうち回ると救急車沙汰→現地病院搬送→入院沙汰となると長期欠勤→ヤバイとなるので精一杯堪える。 まぁ、骨折れたまま沢下ったのも、この一連のルーチンを回避する為だったのだから。
でも、諦める訳にはいかない。 いい展開に差し掛かるまで、この『ニクジュバァン』に着いていく。
そして予想通りに、この『ニクジュバァン』も後方好位置(即ち、ケツから数えて何番目・・って位置)につけていて、展開では最後の階段下りで一気に差し切るつもりだったが、階段下りは下から上に突き上げる『稲妻バージョン』に太鼓の音頭が変わって、さらに痛みが増して失速してしまったよ。
・・で、ついに、敗北。 座席を勝ち取った『ニクジュバァン』は、肩で勝利の祝いを奏でる息をしていた。 それはもう・・、マゾヒスティック的な息遣いであった。 その横で敗者は、同じくズンドコ鳴り響く腹の太鼓を沈める事(椅子に座って安静にする事)もできずに、苦悶のまま2時間半つり革・手すりのお世話となる。 長かったよ・・、骨折れたまま立つ列車の中での2時間半。
・・こうして語ると、ロクでもない事ばかりだなぁ。 なお、挿入している写真は駅での出来事とは何ら関連はありません。 悪しからず。
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No title * by 風来梨
殿下、御来訪頂き感激の極みにございまする。
殿下も北方征伐の際、盛岡の乗換口要害に手をお焼きになられたのですな。
ワテはシンカンセンになってから、ほぼ半数で手痛い損害を受けておりまする。
しかし、花輪線のアレはないでございますな。
まるで、路線廃止や下げ渡しを視野に入れたようで・・。
花輪線、今は蓬トッピングの食パン気動車がいわて銀河線ホームに入ってるんでしょうな。
殿下も北方征伐の際、盛岡の乗換口要害に手をお焼きになられたのですな。
ワテはシンカンセンになってから、ほぼ半数で手痛い損害を受けておりまする。
しかし、花輪線のアレはないでございますな。
まるで、路線廃止や下げ渡しを視野に入れたようで・・。
花輪線、今は蓬トッピングの食パン気動車がいわて銀河線ホームに入ってるんでしょうな。
幸いにして空いている時間帯で難なく着席出来ましたが、あれって乗り継ぎを拒絶する嫌がらせですかね(笑)
挿入されている写真はキハ52とリゾート列車って、狙ってますなぁ閣下、、、