風来梨のブログ

このブログは、筆者であるワテの『オチャメ』な日本全国各地への探勝・訪問・体験記です。

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第140回  朝日連峰の秋

『日本百景』  秋  第140回  朝日連峰の秋  〔山形県・新潟県〕
 

大朝日岳とその肩に建つ大朝日小屋
標高2000m未満とは信じ難い
スケールのデカイ山なみを魅せてくれる
 
今回は、ある秋の行った朝日連峰への『オチャメ過ぎる』山旅から。
でも当初の『オチャメ』は、記すのもハズいので割愛という事で(最後のリンクを押せばオチャメが明らかになる←押してね ・・この頃ワテのHPはジリ貧だしィ)。
 

朝日連峰・日暮沢小屋起点一周ルート行程図
 
   行程記録  「本文の行程時間と違うだろ~!」という突っ込みはナシね。
《1日目》 月山口バス停より路線バス (0:30)→根子バス停 (1:25)→日暮沢小屋
《2日目》 日暮沢小屋 (2:40)→清太岩山 (1:20)→竜門山 (1:30)→西朝日岳
      (1:30)→大朝日小屋・大朝日岳頂上まで15分
《3日目》 大朝日小屋 (0:30)→銀玉水 (0:30)→小朝日岳分岐 (0:40)→古寺山
      (1:10)→ハナヌキ峰 (1:20)→竜門滝 (0:20)→日暮沢小屋(のハズだったが)車で
      (1:10)→月山銘水館 (0:45)→羽前高松駅
 
 
  《1日目》 日暮沢小屋へ
今日は『アプローチ日』という事で、登山起点となる根子のバス停より、今夜の宿泊先である日暮沢小屋までの6.4km(道標には『小屋まで7km』とあるが)を歩くだけである。
道は半分位が舗装道で500m毎にキロポストもあり、道幅も適度で歩き良く、またこれとないいい天気で、しかも4km地点に《長命水》なる山からの恵みがドババ~と出ているのである。
 

林道歩きの最中に見た錦絵巻

思わずハイペースとなり、6.4km(道標は7kmだったが、6.4kmだった)を1時間20分で駆け抜けた。
18㎏(今回はテントナシなので、3㎏ほど軽い)を担いで・・では、驚異的だろう。
これに気を良くして、「かつての体力の復活」とバラ色に膿んだ脳ミソを晒すタワケ(筆者)が、今宵の日暮沢小屋の宿泊者となる。

小屋は朝日連峰全般に言える事だが建付けが良く、床は綺麗なフローリングで中トイレの充実小屋である。 水場も、すぐ近くに日暮沢が林道を冠水させる位に流れていて心配はない。
 

真っ赤に燃えるナナカマドの実

また車を置いて登り出す人が数名いただけで、利用者もワテ以外にいない。
そして、前泊者の残したローソクがこれまた嬉しい残置品となって、快適な小屋ライフを過ごせたのである。

さて明日は、夜明け時の6時を出発としましょうか。 設備は充実しているが、基本的には電気もない山奥の避難小屋なので何もする事はなく、メシ食って夜6時半(もう、外は真っ暗)には就寝する。
明日は、4時半起きで、十分6時前には出発できるだろう。
 


 

湧き立つ雲の先にそびえる
朝日連峰のワン・ツーへ・・
 
  《2日目》 日暮沢小屋から稜線を通って大朝日のテッペンへ
目覚ましを4:30にセットしたが、4時には目覚める。 昨日のバスで狭くて眠れなかった分を爆睡したとはいえ、夕方の6時に寝れば9時間半後の4時には目覚めてしまうだろう。 昨日も述べたが、設備は充実しているが、基本的には電気もない山奥の避難小屋である。 まだ真っ暗で、なおかつ暖かいシュラフから出ると寒い。 でも、10度そこそこなんだよね。 やっぱり、テントと違って暖かいのである。
 
さて、のんびり準備しても、5時過ぎには出発準備が整う。 取り敢えず薄っすらと明るくなり出したので、沢に水を汲みに行って帰ってくると、歩ける程には明るくなっていた。 5:40に小屋を出発。
 

登り始めはどんよりと
雲が垂れ込めていた

秋色満開だが曇天でスッキリしない色合いの中を登っていく。
写真を撮る上ではハズレだが、登る分にはこういう曇天の方が暑くなくていい。

徐々に坂の傾斜がキツくなっていって、足もついていかなくなってゆく。
やはり、昨日の小屋までの6.4km・1:20のタイムは、『直線番長』(直線だけ勢いがあり、カーブになるとまるっきりダメダメなワテのようなナンチャッテライダーの事)ならぬ『平坦プリンス』(過去の栄光にすがりまくりの、今のワテのようなダメダメ過ぎる山ノボラー)だったのであった。

キツい坂に喘ぎながら登っていると、どうしても脳みそが『バラ色』になる。 「もう、500以上登った(何の脈絡もなく勝手に500m登った事になっている)ので、あと200mほどで清太岩山だ」と、自己完結に向かっていく。 だが、事実は脳内妄想で500m登っただけで何の裏付けもなく、しかも小屋から清太岩山までの標高差も、実際は900mの所を700mとしているオチャメたっぷりの大タワケが筆者そのものなのである。
 

朝日連峰の山域で魅た秋
 
だから・・である。 「見逃した」と思い込んでいた水場(地図で小屋より350~400m登った所にある水場マークがある)の看板が眼前に現れた時は、愕然となったよ。 今まで信じていた事が全て音を立てて崩れる瞬間だったのだから。 これで完全にダレてしまって、これよりは『100m進んだら立ち止まる』を繰り返すヘバリモードに突入したのであった。
 
ひたすらダラダラと、「アト200mの標高差」と思い込んでいた標高差500mを登っていく。
だが、シャキシャキ登っても、筆者のように後ろから蹴り上げたくなるようなダラダラ登りでも、やがてはその高みに辿り着くのだ。 ただ所要時間と、その登っていく姿が清々しいか鬱陶しいかの違いがあるだけである。 そうでなければ、ナンチャッテなワテのような山ノボラーは存在を許されないのだ。
で、いつの間にか、清太岩山 1495メートル の頂上へ。
 
稜線上に出て最初に魅せられたもの







それは
スカイブルーと雲海と晩秋の山なみと
 
頂上に出ると、そこは雲海の上となり朝日連峰の山なみがそびえる快晴の山岳日和であった。
白い綿のような雲海、スカイブルーの空、秋の黄土色に染まった山々。
目に入る情景の何もかも爽快であった。 ただ一つ、訓練せずに山に登って、案の定ヘタレている筆者の姿を除いて。
 

竜門山へ続く一筋の道
 
ここからは、稜線上の竜門山へと続く一筋の登路が見える。 だがその登道は、手前で見えなくなっているのである。 なぜなら、大きく下って登り返す地形だからだ。 これを見た途端「ウェ~」と思ったが、登り返してみればヘタレでも行ける位に大した事はなかった。
 

朝日の主稜線を見ながら登っていこう
 
そして、次の高みであるユウフン山 1565メートル へ。 更に稜線の山なみが近づき、そして竜門山の肩に建つ竜門小屋も見えていた。 実をいうと、「今日はこの竜門山でストップしようか」と考えていたのである。
 

肩に建つ竜門小屋が見えてくると
“衝動”(怠け心)に駆られてしまいそう
 
だから、「あと、もうちょっと」なのである。 その事に勢いを取り戻した単純な筆者は、この登りは今までダレていた事を露とも忘れて人なみ以上の速さで乗り切り、10時前には竜門山の分岐点に立ったのである。
 

清太岩山の先の雲海に頂を突き出す月山
この天気で10時ストップは
さすがにタブーだよね

ここまで4時間00分とコースタイムより20分オーバーだが、清太岩山から竜門山まではコースタイム1:20と、ユウフン山での休憩時間を含めてコースタイム通りに行ってしまったのである。
この予想外の『ガンバリ』によって小屋へ予定通りに向かってしまうと、図らずも『快晴の山岳日和の朝10時に小屋に沈殿』という無駄・矛盾を招いてしまう事になってしまったのである。
 

綿雲の衣装をまとって凛々しくそびえる
朝日連峰№1と№2
 
なので、仕方なく大朝日岳へと進路を取る。 コースタイムは竜門山から2時間程だが、「1時頃までに着いたらいいや」と考えた途端に元のヘタレに逆戻りして、これよりは究極のダラケ歩きとなる。
 

この清々しい登路を
ダラけるだけダラけ登り
 
カメラを取りだしたのが原因なのが、水を飲みだしたのが原因なのか、連絡を取るべく携帯をいじった(ちょっと仕事の連絡があったもので)のが原因なのか、とにかく足が全く前に進まなくなってしまったのである。
 

山肌が秋色に染まる絶景
を見ながらダラけ登り
 
コースタイム上では1時間の西朝日岳まで1時間30分かかり、西朝日岳で何をするでもなく10分留まり、西朝日岳から見える大朝日小屋までの1時間の道程に1時間30分を費やしてしまったのである。
 

晩秋の秋色に染まる西朝日岳
 
もう、足は完全に前に出なくなり、フラフラヘロヘロと稜線上の高低差100m程を上下する。
かつて30分少々で行き交ったこの区間が、15年後には3倍の時間を要する事になろうとは露ほども思わなかったであろう、あの時のワテは。
 

さぁ・・ヘタレに鞭打って
あの尖がりの所まで歩いていこう
 
そして、小屋前の水場・金玉水に着いたのは13:10。 大朝日の避難小屋は水場がなく、水はここで汲んで持ち上げなければならないので、荷物をデポって水を汲みに行く。
ポリタンクを片手に持って、「もう歩きたくない」という気持ちを態度で表現したヘロヘロの千鳥足でガラ場を下っていくが、『やる気がない』・『足が上がらない』・『足が前に出ない』の三拍子が揃っていたので、岩ころに躓いて派手に転んだ。

転び方の様子は『血まみれの大ケガ』級のハデなモノであった(岩で顔の側面をブチそうになった)が、悪運長者のワテである。 運良く岩の前に手の甲が入ってセーフ。 ケガも岩でブチそうになった顔をガードした掌にバルカン傷が入った程度である。 でも確かに、顔から落下して「ヤバい」と直感するほどの転び方であった。 あぁ・・、衰えとは、こういう所に現れるのね。
 

こうして、「あわや・・」の水汲みを終えて小屋までの標高差50mを登っていくが、意識は完全に萎えきっていた。
 
小屋の高台までは10段程の木段が柵のように設置されているが、1段ごとに立ち止まり、15分はかかったのではないかと思う。 こうして、1:40に小屋に着く。

これ程にダレていたにもかかわらず、小屋には一番乗りであった。 すぐに先に頂上に行っていた兄さんがやってきたが。
 
もうしんどいので、山頂は後回しにして寝る。 1時間ほどぐっすり寝て3時過ぎ、大朝日の頂上へ行く。 
 
頂上へ行くといっても、小屋から10分少々の距離だ。 1時間寝て多少復活したので、人なみの10分で頂上へ。
 
←あまりにも立派な
       朝日岳避難小屋

頂上からは、日が傾いて夕暮れ少し前の日のまばゆい光と、順光側の柔らかい斜光線の情景が広がる。 朝日連峰の最高峰から望む鳥海や月山は、そのシルエットが美しい。
また、今日伝ってきた西朝日の山体が、逆光に黒光りしてそそる情景となっていた。
それでは、山頂での山風景をしばしごろうじろ。
 

誰もいない大朝日岳頂上にて
 

ひときわ目立つ以東岳
 

月山へ続くスカイブルー
 

ブロッケン現る
 

道陸神の山々を望む
 
思うがまま山頂で撮って下る。 小屋に戻ったのは4時過ぎ。 あと1時間でクライマックスがやってくる。 もちろん、夕日から落日の情景だ。 そのショータイムは、4:45から5:10位までの30分足らずだ。
だが、この30分足らずで、目まぐるしく情景が変わっていくのだ。
 

西朝日岳が夕日に染まり
 

これより一日で
最も素晴らしい色を魅せてくれる

西朝日の山体が黒光りから赤く染まったかと思うと、いきなりガスが湧き上がって何も見えない状態となり、それがいっとき続いて「今日はもうダメか・・」と思った矢先にサ~っとガスが霧散して、今度は以東岳が赤く染まっていた。 また、月山や鳥海は雲海からその頭だけを突き出し、ほのかに赤く焼けていた。
 

月山・鳥海が
ほのかなオレンジの空に浮かぶ

言葉で書くとこんな感じだが、実際はもっと感動ものなのである。 真に「100聞は一見にしかず」である。 従ってその情景は、掲載写真で魅て頂く事にしようか。
それでは拙い写真なれど、とくとごろうじろ。
 

さぁ・・ショータイムの始まりだ
 

振り返れば
名峰・月山がピンク色の空に浮かび・・
 

蔵王の山も艶やかな色に包まれて
 

これより急速に星空の世界へと
様変わりしていく
 

暮れなずむ情景を叙情的に撮ってみた
 
この夕日のショータイムが終わると、真っ暗となる。 あるのは、ワテとその直後に着いた兄さんの宿泊者2名のカンテラの光だけ・・である。 後はメシ食って、それ以外にする事ないのて7時前には就寝に入る。 明日の朝日のショータイムに期待しながら眠るとしよう。 いやあ、小屋は暖かいね。
湯たんぽもいらねぇや。
 


 

翌朝・・大朝日岳はそれなりに染まってくれた
また筋状の雲もいい感じ

  《3日目》 朝日連峰より下山
さて、朝5時に目覚める。 夜半過ぎにいっとき目が覚めていたので、思った程には熟睡できなかった。 やはり、山頂に行く前に1時間寝たからなのだろうか。 山での起床としてはやや遅めだが、テントの撤収の必要もなく、テントでの寒さを知っているせいか、小屋では全く防寒グッズ(銀マットやエァーマットなど)不要で広げないので、実質はパンを食う時間だけで事足りる。
私は、小屋では場所を取らない模範的な小屋利用者なのだよ。

それはさておき、5:40には出発準備を整えて、朝日のショータイムに魅せられるべく外に出る。
空は晴れているものの、日の出の先にはぶ厚い雲が帯をなして掛かっていて、どうやら陽が昇る瞬間はダメっぽそうである。 ・・ならばと、大朝日岳が染まるシーンや月山や鳥海がかぎろいに浮かぶシーンを待ってみる。
 

夜明け前の美しい情景に
期待が高まって・・
 

湧き立つ雲が荒々しく
そして懐かしく
 

空が微妙に変化してきて
 

日の出の瞬間
 

月山と鳥海を織り交ぜて
 
結果はスーパーなモノは無理だったが、それなりには染まってくれた。
それよりも、ガスのおりなす“山おろし”が迫力があって良かった。 ガスがバックライトを浴びて光輝き、天河の流れの如く迫力をもって流れていく。 その様は、いくらカメラを構えていても、いくらシャッターを押しても撮り足りない。
 

こんなの魅せられると足が止まっちゃう
 
なので、小屋から下りながら写真を撮っていたのだが、気が付けば30分経っても300m程しか歩いていなかったのである。 「これはイカン!」と歩き始めたが、元々下りは遅いので、銀玉水に着くまでに後から来た兄さん(昨日から大朝日小屋に泊まった方)にあっさりと抜かれた。
「まぁ、何ぼ遅くても、大朝日出発だから正午過ぎには根子のバス停に着けるだろう」とタガを括っていたが、ここまで1時間掛かった事を見ると、少しヤバく思え始めた。


大朝日岳と朝日小屋
1時間近く経ってこのシーンが撮れる・・という事は
 
人間は慌てると、何かしら不都合を起こすものだ。 筆者の不都合とは、今までの山行での数ある『オチャメ』である。 そして、その『オチャメ』がこの先で発動されたのである。 足がもつれたのか、石に躓いたのか・・、ド派手に側面ヘディングシュートをかましてしまった。 あまりにも痛くて、2分位は確かにもんどり打っていた。
 
でも、不思議にケガはほとんどなく、そして幸運にもシーズンオフでこの醜態を見られる事もなく、後は「痛いの痛いの・・、飛んでいけぇ~」と転んだ事を痛みと共に『何もなかった事として忘れる』という忘却力を発動するだけである。

だが、忘却力の発動を阻害する事柄が現れた。 昨日の沢での転倒と相俟って、左手首と親指を捻挫しちまったようである。 要するに、手に負荷を掛けると痛みが走り、『転んだ事』を思い出さずにはいられない“ジレンマ”を抱えてしまう事になっちまった。 これで、余計に下りは遅くなりそうである。
やっぱり、石に躓くほどに足が上がらなくなってしまったのね。
 

朝日連峰の主稜線は今朝も美しかった
・・なんて呑気に言ってる場合ではない!

でも、歩くには問題ない。 まぁ、過去においては、さんざん我が身をイタブッているし。
血まみれで山に登ったり『肋軟骨の日々』なんて事もあったなぁ。 ピッケルの刃先で掌を割った事もあったっけ。 その他にも、お湯をひっくり返して・・もあったなぁ。 まぁ、それでも、ヘラヘラ笑いながら山を上り下りしているのだから。

さて、手を捻挫しようがしまいが、下るのはトコトン遅い私。 かつて、登りで1時間位で来た銀玉水~小朝日の分岐の道だが、なかなか着かない。 なかなか着かない事で、マイナス思考が頭にもたげてくる。 それも、卑屈なマイナス思考が。 それは、「銀玉水で抜かれた兄ちゃんは、もう古寺鉱泉の分岐まで行っとるのかなぁ」などという、遅い自らを対比する嘆き・愚痴である。
 

銀玉水
ここで後発の急行(お兄さん)に抜かれた

愚痴っていても早くはならないが不思議と疲れを忘れて時が経つので、私的な結果においては、この愚痴が出る事は『結果オーライ』なのである。 その証拠といっては何だが、愚痴が出てからすぐに小朝日岳の直下にある分岐に着いたし、ほんの少し歩いただけで、『ハナヌキ峰まで2.5km』の道標が。
だか、この2.5kmの長い事。

それは、手前の古寺山という突起を超えた先にある遥かに低い山なのだが、「あれまでを2.5kmとすると、この古寺山まで何キロなの?」という疑問がふつふつと湧き上がるのである。
歩いた感じでは、古寺山まででも十分2.5kmはあると思うのだか。 そして、古寺山の登りに取り掛かった時、銀玉水のあの兄さんがちょうど古寺山の頂から立ち去ろうとしているのが見えた。
これは、ワテが思ったより早かったのか、それとも・・。
 

古寺山では最後の朝日連峰の情景が望まれる
大朝日岳はあのダイナミックな
山おろしの雲が被さっていた

まぁ、古寺山の登りは標高差で100m程なので、大した事なく登りきる。
古寺山 1501メートル の頂は、朝日連峰の最後の展望台だ。 大きく厚いガスのべールで覆われた大朝日岳の山体と、快晴で雲海より突き出す西朝日岳などのスカイラインが心ゆくまで眺められる。
最後の山の情景を心ゆくまで堪能したなら、後は下り地獄だ。
 
しかし、ただが900m降りるだけで、なんでこんなに時間がかかるのか?と思える急下降である。
感覚としては、「急傾斜の連続で、かなり下りたつもりでいるのに、現実はちっとも下ってないのでは?」という所だろうか。 枯葉で埋まるルンゼ状の坂を足がダルくなる位下って振り返ると、今降りた標高差400mが正面に垂直の高さを魅せてくれる。 でも、感覚としては、「もっと下っててもいいだろう」って程に下った感じがあるので、何か疲れる眺めだ。
 

下っていく内に
紅葉の最前線に突入していく

さて、下りの急坂が一段落すると、古寺鉱泉への下り道との分岐に出る。
この分岐ではメインルートは日暮沢小屋ではなくて、この古寺鉱泉へのルートだ。
まぁ、鄙びた一軒宿の鉱泉宿があると言うし、車があればこちら側を使うだろうね。

その分岐を『サブルート』側の日暮沢小屋へ進路を取る。 ここからはハナヌキ峰への登りだ。
分岐からの登り際は、下りの疲れも伴って“もの凄い傾斜”に見えるが、登ってみると大した事はない。 下りで足がもつれて転倒するような“ナンチャッテ”でも、息が上がらずにこなせたのだから信用してもいいだろう。
 

聞く所によると
この年の紅葉は色艶が今イチ・・との事
 
だが、疑問といえば、「あの道標から“たった2.5km”って事はないだろう」って事である。
「2.5kmと言えば、環状線の天満~京橋(何の脈絡で地元ネタを持ち出しとるんだ?)と同じようなものだ。 自転車で15分前後、歩いても30分チョイだぞ!」と、ブツブツ念じながら歩く。
 
ブツブツ念じながら行くと、あっという間にハナヌキ峰(頂上標柱はなかったみたい)を乗り越えて、紅葉前線の真っ只中に突入する。 今年は天候不順からか「紅葉は今イチ」との評が流れているが、それでも今の紅葉のピークである標高900m前後は圧巻だ。 この艶やかさは言葉では表しきれないので、筆者の拙い写真でもごろうじろ。
 



山の紅葉はそんな評価を
凌駕がする位に秋色を魅せてくれる
 
美しい紅葉を目にして気分も上々と思えたのだが、またもや先程の古寺山からの下り以上に急傾斜で、今度は樹木の根のオマケ付の急下降となる。 もう、膝の膝蓋骨が破裂しそうな下りであった。
 
でも、急な割にはあまり標高差を劇的に駆け下っているような感覚はなく、この急坂は見た目と落ち方(木の根によって掘られて段差がキツイ)だけが凄い“見掛け倒し”のモノのようである。
だが、“見かけ”だけであったとしても、以前から下り技術の進歩がない『ナンチャッテ』の膝蓋骨が悲鳴を上げている事には変わりはない。

この急坂を1時間位か下っていくと、沢音が聞こえ出してきて、「漸く終わり」を感じさせる。
後は、竜門滝を眺めて、程なく日暮沢の小屋に着く手筈である。 でも、「やっぱり」というか「お約束通り」というか、沢音が聞こえ出してからが更に急傾斜となって、横に足を挿しながら下っていく『カニ歩き』でしか下れなくなっていく。 なぜなら、前を向くスタンダードな降り方だと、膝蓋骨が痛くて持たないからだ。


 
ここでも30分位かかって、漸く沢が眼前に見えてくる平坦な所へ降り立つ。
ここから数分で竜門滝だ。
 
この滝の滝つぼは微妙に樹木に隠れ気味で、直下降のザイルがあったが、時間に急いている事と疲れで全くといっていい程に「降りよう」とは思わなかった。
 
そこで、「滝の見えるいい位置はないか」と入ってみると、膝が裏返るような激痛が走った。 やはり、あの坂は膝にはかなり負担があったのだろう。
 
この痛さは2~3分残り、ビッコを引きながら滝が見える位置を探すと、あったよ。 滝全体を見渡せる所が。
 
そこで滝写真を撮って、膝蓋骨の痛みが和らいだのを見計らって出発。

 
 
 
 
 
←秋に包まれた竜門滝
 
もう、ほぼ平坦で膝に負担が掛からなかった事もあり、あの膝の痛みは一過性のモノで済んだようだ。 後は、枯葉で埋まる道を10分ほど行くと、林道の砂利が見えてくる。
そして、そこには『イニシャルD』が横付けされていたのである。 その『イニシャルD』とは、林道の獣王たるミツビシ・デリカである。
 
早速、「乗せて」の懇願をして交渉成立。 林道歩きは元より、バスへの乗継もハショリ、オマケに入れるかどうかの瀬戸際だった温泉にも浸かれ、更には左沢線の○鉄までOKとなってしまったのだ。 つまり、バス便が頻発する国道112号の『道の駅・にしかわ』の銘水館(クアハウス)まで乗っけてくれたのである。

乗せて頂いた『イニシャルD』の所有者の方は、いつも宮城の方から朝日連峰に山菜取りや水を取りに来られている様で、大井沢らクアハウスが出来た事や、山の水の事、小屋の事をかなり熟知されていたようである。

さて、車に乗っけてもらったのは、10:47・・。 下りで4時間半かかったようだ。 コースタイムが4時間なので、ナンチャッテにしては上出来である。 でも、転んで手首捻挫して、膝蓋骨がグキっとなったので、下る技術は底なしに落ちているようである。 そして、ゆっくりと運転してもらっても奇跡の11:40には、立ち寄る事自体不可能だった銘水館のクアハウスの玄関前に立つ事ができたのである。

もし、通常に歩いたなら、林道入口の根子のバス停まで1時間半として、バス時刻の12:58までは、一心不乱に歩いて間に合うか否か・・って所だったので、大いに助かったのである。
ちなみに、この12:58のバスを逃すと、15:30まで待ちぼうけとなるのである。
あんな何もない所で2時間半の待ちぼうけは、かなりキツい『行』なのだ。

それが、フロに入れて、ソバ食えて、お土産買えて、風呂から上がって30分で左沢線の駅近くを経由するバスに乗り継げたのである。 そして、その左沢線の羽前高松駅の近くにはスーパーがあり、出来立てのカツ丼弁当がジャストタイムで食えたのだ。 ここまで『神』のような好展開であった。
 
この後の『○鉄』な出来事は、『路線の思い出  第65回  左沢線・羽前高松駅、柴橋駅』にて記しています。 宜しければどうぞ。
 
 
   ※ 詳しくは、メインサイトの『撮影旅行記』より『朝日連峰の秋・・』を御覧下さい。
 
 
 
 


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No title * by 散位 アナリスト杢兵衛
やまの表情の変化が素晴らしいです。
ナイス

No title * by 風来梨
アナリスト杢兵衛さん、こんばんは。

山の秋は目まぐるしく情景が変化します。
この時は紅葉は少しピークを過ぎてましたが、雲の織り成す情景が素晴らしかったです。

見て頂いて有り難うございます。

No title * by たけし
新ハイキングクラブって、ご存じでしょうか?
会員が山行記録を投稿し、本として毎月発行しているやつ。
本屋にも並べられています。
風来梨さんの素晴らしい内容とコ-スタイムはハイレベルなものです。
投稿したら凄い人気になるのでは!
ちなみに、私は千葉支部の会員でした。
その後勤労者山岳連盟に所属して、最近は単独行。
数年前に心筋梗塞を起こしてから今はリタイアしています。

すみません。記事と関係ないコメになってしまいました・・・謝

No title * by 風来梨
たけしさん、こんばんは。 見て頂いて有り難うございます。

十数年前は自分でも驚きの「奇跡の体力」でしたが、今はかつてを懐かしみ涙する日々で(笑)→(涙)。

私は高校時に在籍したワンダーフォーゲル部の知識だけが頼りの「一匹狼」(そんな上等なモノじゃないけど)でした。

私はペースが目茶苦茶で、所構わず休憩を取ったりカメラを取り出したりするので、他の人と一緒に登ると他の人のペースを乱す「ペースブローカ-」になりますね。

今はかつての2倍の所要時間がかかり、まるで別人のようにヘタレていて、普通のペースにもついて行けないかも・・。(嘆)

コメント






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No title

やまの表情の変化が素晴らしいです。
ナイス
2014-10-27 * 散位 アナリスト杢兵衛 [ 編集 ]

No title

アナリスト杢兵衛さん、こんばんは。

山の秋は目まぐるしく情景が変化します。
この時は紅葉は少しピークを過ぎてましたが、雲の織り成す情景が素晴らしかったです。

見て頂いて有り難うございます。
2014-10-27 * 風来梨 [ 編集 ]

No title

新ハイキングクラブって、ご存じでしょうか?
会員が山行記録を投稿し、本として毎月発行しているやつ。
本屋にも並べられています。
風来梨さんの素晴らしい内容とコ-スタイムはハイレベルなものです。
投稿したら凄い人気になるのでは!
ちなみに、私は千葉支部の会員でした。
その後勤労者山岳連盟に所属して、最近は単独行。
数年前に心筋梗塞を起こしてから今はリタイアしています。

すみません。記事と関係ないコメになってしまいました・・・謝
2014-10-29 * たけし [ 編集 ]

No title

たけしさん、こんばんは。 見て頂いて有り難うございます。

十数年前は自分でも驚きの「奇跡の体力」でしたが、今はかつてを懐かしみ涙する日々で(笑)→(涙)。

私は高校時に在籍したワンダーフォーゲル部の知識だけが頼りの「一匹狼」(そんな上等なモノじゃないけど)でした。

私はペースが目茶苦茶で、所構わず休憩を取ったりカメラを取り出したりするので、他の人と一緒に登ると他の人のペースを乱す「ペースブローカ-」になりますね。

今はかつての2倍の所要時間がかかり、まるで別人のようにヘタレていて、普通のペースにもついて行けないかも・・。(嘆)
2014-10-29 * 風来梨 [ 編集 ]