風来梨のブログ

このブログは、筆者であるワテの『オチャメ』な日本全国各地への探勝・訪問・体験記です。

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路線の思い出  第48回  近鉄〔現 伊賀鉄道〕伊賀線・伊賀神戸駅、桑町駅

路線の思い出  第48回  近鉄〔現 伊賀鉄道〕伊賀線・伊賀神戸駅、桑町駅 〔三重県〕
 

『駅撮り』から巣立つ契機となった路線
でも、きっちり、保険(駅撮り)もかけてます
 
《路線データ》
      営業区間と営業キロ             移管時運行本数
   伊賀神戸~伊賀上野 16.6km     伊賀神戸~上野市・上野市~伊賀上野で分割運行
  ’07・10・1より伊賀鉄道に経営移管    いずれも、30~60分毎の運行

伊賀神戸駅(いがかんべえき)は、三重県伊賀市比土にある近鉄と伊賀鉄道の駅である。
両社で構内を共用する共同使用駅であり、近鉄が駅を管理している。 近鉄の大阪線と、伊賀鉄道の伊賀線が乗り入れている。 伊賀線は当駅が終点である。 2016年の1日の平均乗乗人員は、近鉄が2392人・伊賀鉄道1544人との事。

合計3面3線のホームを持つ駅で、駅舎は伊賀鉄道側にある。  伊賀鉄道は駅舎側の単式ホーム1面1線を使用している。 かつては島式1面2線だったが、駅舎改良工事に伴う2007年7月9日の伊賀線のダイヤ変更により6番線が廃止され、跡地は改札口から伊賀鉄道ホームへの通路となった。

その奥に相対式ホーム2面2線の近鉄ホームがある。 かつては単式・島式併用の2面3線で、下りホームが島式であったが、伊賀鉄道側の線路はロープが張られて使用停止の後、駅舎改良工事時に柵が設置され線路も撤去された。 青山町寄りに引き上げ線と大阪線本線上に逆方向の片渡り線が設置されていたが、駅舎改良工事の際に全て廃止され、保線車両の留置線に転用された。

1・2番線の近鉄大阪線の使用ホームは10両編成に対応している。 5番線の伊賀線ホーム有効長は2両で、伊賀鉄道の保有車両は全て2両編成となっている。


桑町駅(くわまちえき)は、三重県伊賀市四十九町にある伊賀鉄道伊賀線の駅である。 単式ホーム1面1線を持つ駅で、線路西側に2両長のホームがある。 無人駅で駅舎はホーム西側にあるが、構内での検札は行われない。 また、棒線駅である為、伊賀神戸行きと上野市行きの双方が同一ホームに発着する。

駅の裏手に高校があり、通学生の利用が多い。 2018年の1日平均の乗降人員は273人との事。



筆者が初めて一眼レフのカメラを持ったのは、中学に入りたての春だった。 カメラは、親父のカメラ(私物化の経緯はリンク参照)の私物化であった。 その一眼レフで初めて駅撮り以外を志した路線が、近鉄大阪線と伊賀線であった。 まぁ、ほとんどの目的は大阪線を走る近鉄特急であって、伊賀線を撮るなどの想定は全くなかったのであるが。
 

上手いじゃん
厨房なりたてのワテ
 
最初は本線格の大阪線を快走する電車を望遠のカーブ構図で撮る事に熱中していたが、撮っている内に飽きを感じてきたのだった。 それは、「このアングルって、皆が撮ってるのと変わらねえよな」っていう思いからきたのだった。 要するにこのタワケ(筆者)は、小僧であったその当時から偏屈だったのである。
 

種別板付きの急行
筆者写真史上で最も優秀なデキ
今、「コレ撮れ」と云われてもムリ
 
でも、この時に撮った『望遠カーブ構図』の写真は四半世紀以上の時を経て、筆者写真史上で最も優秀なデキとなっているから不思議である。 まぁ、とどのつまりは、「この時が撮影のウデがピークで、後は年を追うごとにウデが退化してる」って事なのであるが。
 
ヨタ話は置いといて、飽きを感じて暫く撮るのをやめて呆けてブラブラと歩きまわっていると、伊賀線のボロ電がモーターの唸り音を上げて鉄橋を通過していくのを目にしたのである。 始めは撮る気は全くなく、ふとカメラでそれを覗いてみる。 これを覗いてみて、筆者の抱く『撮り鉄の世界観』が変わったのだった。
 
「望遠で撮るよりずっといいジャン」、そして「こういうのが撮りたい」と瞬く間に思考が変わってしまったのである。 後は『かかり気味』に、この鉄橋をターゲットに伊賀神戸駅から折り返してくるボロ電を待つ。
 

他愛無いけど
ワテの『ターニングポイント』となった写真です
 
その上がった写真は、従来の中一の小僧の持つ嗜好とはかけ離れたモノであったが、周りと違ったモノを好む偏屈な筆者の『お気に入り』となり、そして撮る手法も、これを契機に徐々に現在の『風景鉄道』に目覚めていったのである。
 
折り返しのボロ電を撮ってからは『望遠カーブ構図』一辺倒に狙うのはやめ、標準レンズ(当時持っていたレンズは、例の100~200mmの『シグマズームカッパー』と標準の2本のみ)を中心にアングルを構築していく。
 

信号と木の架線電柱 味あるなぁ
望遠から標準レンズに切り替えて
 
そして、その時にある事に気づく。 それは「望遠に比べてピント合わせが楽でいいや」という、小僧の頃より『ズボラウイルス熱』に冒された筆者にうってつけの、物臭さに有利な退廃嗜好であった。
それ以来は広角に目覚めて、ほとんどピント合わせ不要の28mm広角をメインレンズにしているのである。
 
そしてこの時は、一度ハマると結構行く所まで突っ込む資質の筆者の性格も手伝って、撮影対象を大阪線から伊賀線へと変え、撮影地も伊賀線内へと繰り出すようになる。 ・・で、その伊賀線の撮影場所として初めて降りた無人駅が桑町駅である。
 
撮影構図の思考としては、漫然とではあるが「電車だけでなく周囲の景色も入れたい」という、広角レンズ主体の構想を抱いて、刈田が広がる田園地帯に目をつけて降りたのがこの駅だった。
でも、撮った写真は、小僧故に頭に描いた『風景鉄道』とは程遠い『正面激写系』である。
だがこの写真が、『風景鉄道』の取っ掛かりとなった『貴重な一枚』でもある。
 

これより『風景鉄道』の高みを目指していく
その第一歩の写真
 
・・最近、伊賀に所要があってついでに桑町駅に立ち寄ったのだが、周囲の田んぼは全て宅地となり、マンションが乱立してあの時とは別風景となっていた。 電車もラッピング塗装されたステンレスの車両で、さすがにこれを目にして「撮りに来たいな」との気持ちにはなれなかった。 でも、駅舎だけは当時からの木造掘立て小屋で、それが残っていた事を嬉しく・・懐かしく感じたのを憶えている。
 
 
     ※ 詳細は『魅惑の鉄道写真集』より『近鉄伊賀線』を御覧下さい。
 
 
 
 
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No title * by 風来茄子
こ・・・これはまさに秘蔵写真というヤツで。フツーの厨房鉄なら特急やブルートレインの駅撮りがせいぜいで、私もリコーオートハーフを手に新大阪駅へ出撃を繰り返していたというのに近鉄の骨董品とは・・・私も阪急沿線で最晩年の釣り掛け車や西北のダイヤモンドクロス位は撮っておけば良かったなと今更ながら後悔しています。当時はまるで目もくれなかったもんなぁ。閣下が貸してくれたME-Superと河童ズーム、私の一眼レフデビューでもあります。これまた初めての山旅である北八ヶ岳の思い出とともに懐かしく思い出されます。感謝感謝です。

No title * by 風来梨
>西宮北口のダイヤモンドクロス

あれ、何気に時限爆弾でしたね。 『プラレールの本物版』のようなレール配置だったし。

>阪急沿線で最晩年の釣り掛け車

『わたらせ渓谷鉄道』の車両見て、阪急の700系ボロ電を空想したのは、もしかしてワテだけ?

でも、伊賀線を往来していたボロ電は気品があって、今の車両より断然写真映りがいいような気が・・。 やはり元特急車両だったからかねぇ。

>閣下が貸してくれたME-Superと河童ズーム、私の一眼レフデビューでもあります。

そして時は過ぎ、写真のウデでの下剋上が起こり、ワテは師匠の座を追われ、気づけば殿下の御領地・吹×に上洛を命ぜられ、運転手兼弟子の立場に追われたのでございまするな。

何と激しい風雲急の政変でございました。(爆)

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こ・・・これはまさに秘蔵写真というヤツで。フツーの厨房鉄なら特急やブルートレインの駅撮りがせいぜいで、私もリコーオートハーフを手に新大阪駅へ出撃を繰り返していたというのに近鉄の骨董品とは・・・私も阪急沿線で最晩年の釣り掛け車や西北のダイヤモンドクロス位は撮っておけば良かったなと今更ながら後悔しています。当時はまるで目もくれなかったもんなぁ。閣下が貸してくれたME-Superと河童ズーム、私の一眼レフデビューでもあります。これまた初めての山旅である北八ヶ岳の思い出とともに懐かしく思い出されます。感謝感謝です。
2014-03-09 * 風来茄子 [ 編集 ]

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>西宮北口のダイヤモンドクロス

あれ、何気に時限爆弾でしたね。 『プラレールの本物版』のようなレール配置だったし。

>阪急沿線で最晩年の釣り掛け車

『わたらせ渓谷鉄道』の車両見て、阪急の700系ボロ電を空想したのは、もしかしてワテだけ?

でも、伊賀線を往来していたボロ電は気品があって、今の車両より断然写真映りがいいような気が・・。 やはり元特急車両だったからかねぇ。

>閣下が貸してくれたME-Superと河童ズーム、私の一眼レフデビューでもあります。

そして時は過ぎ、写真のウデでの下剋上が起こり、ワテは師匠の座を追われ、気づけば殿下の御領地・吹×に上洛を命ぜられ、運転手兼弟子の立場に追われたのでございまするな。

何と激しい風雲急の政変でございました。(爆)
2014-03-09 * 風来梨 [ 編集 ]