風来梨のブログ

このブログは、筆者であるワテの『オチャメ』な日本全国各地への探勝・訪問・体験記です。

TOP >  『日本百景』  >  『日本百景』 秋 >  第95回 剱の谷・秋景 その3

第95回 剱の谷・秋景 その3

『日本百景』 秋  第95回  剱の谷・秋景 その3  〔富山県〕
 

剱の谷へ紅葉狩り 行程図
 
   行程記録                 駐車場・トイレ・山小屋情報
《1日目》 富山地鉄・立山駅よりケーブルカーと高原バス利用(1:10)→室堂(2:40)→剱沢
《2日目》 剱沢(2:20)→真砂沢小屋前
《3日目》 真砂沢小屋前(1:40)→ハシゴ谷乗越(1:40)→内蔵助平 
     (2:20)→内蔵助谷出合(1:40)→黒部第四ダムよりトロリーバス利用
     (0:15)→扇沢よりバス(0:35)→JR・信濃大町駅
   ※ 前回『第94回 剱の谷・秋景 その2』からの続きです。
 

朝日に染まる剱の上に月一つ
 
  《3日目》 内蔵助谷を越えて黒部ダムへ
昨日の歩行時間は2時間少々で、睡眠時間が13時間。 沢で-イオンをたっぷりと吸い込み、素晴らしい情景に癒され、そして爽やかな朝の情景。 これだけ身体を労われば、《黒部ダム》までの道中をダレる事なく歩ききる程には回復してるだろう。 いや、ちょっと不安かも。 何せ、筋金入りの『ヘタレ』ですさかいに。
 

かぎろいの空に後立山の盟主が浮き立つ

昨日夕飯食って寝たのが18時半で、目覚めたのは5時半。 その間の11時間はほぼ爆睡で、朝が明けるまで目覚める事はなかった。 テントから出て鹿島槍や剱の本峰が赤く染まるのを見ながら、昨日の残りのパンを朝飯として食う。 ひと通りの準備をしての出発はAM6時半。 さて、今日はどんな素晴らしい情景を魅せてくれるのか。 何はともあれ、一晩お世話になった《真砂沢》に感謝の礼をして、さあ出発だ。
 
シーズンが終わってやや荒れ始めてきた登山道を《仙人池》の方向に進む。 何度も剱の山懐を歩いたが、この《黒部ダム》へのルートは不思議に縁がなかったなぁ。 “初めての道”という事もあって、多少なりとも緊張する。 石コロが転がる道を10分ほど歩くと、ドでかいスノーブリッジが沢を完全に覆い尽くした所に出る。
 

一見何でもないように見えますが
崩れたら生き埋め確実の“スノーブリッジ”です
 
そこには看板が立ててあり、そこにはこのように記されてあった。 『真砂沢の橋は外されています 黒四ダムへはこのスノーブリッジを渡る』と。 まぁ、結構ぶ厚そうなスノーブリッジで恐怖感はなかったが、『秋の残雪のスノーブリッジを渡れ!』とは常識で考えたらかなりおっかないのである。
崩落でもしたら、もちろん生き埋めとなって助からないだろうし。

このスノーブリッジを渡った対岸の土手にはロープが垂れ下がっており、道を示す『道標リボンの花』もチラホラと咲いていた。 これを渡って、この垂れ下がったロープで土手に取り付く。 これが結構な急傾斜で、のっけからふくら脛が爆発しそうになったよ。 この土手をよじ登ると、樹林帯の中を縫うように歩いていく。
 
やかて《真砂沢》の橋へのアプローチ道分岐へと出るのだが、今現在は橋が外されていて“行き止まり”となるので、橋方向へは進入できぬようにゼブラロープで封じられていた。 そしてクドイ位に、「橋が落とされているので巻き道を使え!」との警告看板が立てられていた。 この分岐を過ぎたあたりから、《黒部》に向けての道程の『瞼』の如く立ちはばかる黒部別山 2353メートル の山体越えの急登が始まる。

この登りは「キツくもなく、さりとて緩くもなく」といった案配で、樹林帯の中なれどつづらを切る事なく斜め一直線に登っていく。 足場は大きな岩が埋まる歩き辛い状況だ。 振り返ると、樹林の合い間から剱の本峰がデンと立ちはばかっているのが見える。 でも、下から見た紅葉のある情景の方がそそるし、今は登高の最中って事もあり『写真タイム』は取らずに行く。

この樹林帯の登りをつめていくと大きな岩が転がるゴーロ地帯(岩崩れでもあったのだろうか)を跨いで、今までとは明らかに植生の異なる潅木の樹林帯に突入する。 この樹林帯に突入すると頭上に青空や光が見え隠れし、これを目にすると否応なしに「もうちょっとだ!」と気がはやる。 
だが、ここからがしつこい。 樹林帯の上に出てもその先は尾根上を伝うように続いていて、尾根の段差毎に木製のハシゴが立てかけてあった。 その数10ヶ所あまり。

たぶん、このハシゴがこの乗越の名称《ハシゴ谷乗越》の所以だろうが、ヘタレたる登高者(筆者)にとってはあまり有難くない代物であった。 ハシゴを昇る事でかなり高度を稼ぎ、いつのまにか視界から剱本峰が消えて、針葉樹林を針山のように突き出した黒部別山の山体がデンと立ちはばかる情景となる。
そして、なかなか尽きる事のない登りが、この針山の方へ向けて続いている。 これを見ると「もしや、この針山を登らなアカンの?」と、少々不安になってくる(ヘタレなのでこのように考えます、ハイ)。

黒部別山がハッキリと横に見え出すと、ようやく長い登りが終わってクマザサが覆う通路となる。
そして、峠と思しき吊り尾根状の所に出る。 ここで90°左に折れて緩やかに下り出す。
たぶんここが《ハシゴ谷乗越》なのだと思うが、それを示す標識が一切見当たらない。
なので、ちょっと日陰になった所で“峠に登りついた”と解釈して休憩を入れる。
ここまで、1時間40分程だった。 登りに関してはコースタイム通りで、まずまずの結果となった。
 

涼風が舞う峠で鹿島槍の双耳峰を
見ながらの贅沢な一服だった
 
木陰の先に鹿島槍ヶ岳がそびえ、涼風が舞うなかなかの休憩場所だ。 ちょっと呆けていると10分位あっという間に過ぎたので、やや慌て気味に腰を上げる。 この木陰より100mほど歩くと、黒部別山への踏跡と《黒部ダム》への下山路との分岐を示す看板が見えてくる。

この分岐を直進すると、先程の針山のような黒部別山への登路となる。 ちょっと行った所に剱本峰を望む展望台があるそうなのだが、この先どれ程時間がかかるか読めないので自重する事にした(“もう登りたくない”との気持ちが勝ったとの説もある)。 という訳で、残念ながら“この地より剱本峰を撮った写真はナシ”という事で。
 

代わりに立山と紅葉おば

下山路は右手に折れ、痩せ尾根から斜めを切って急下降していく。 足元は岩がゴロゴロして歩き辛いが、眼下に広がる《内蔵助平》とこれを囲むようにそびえる立山三山の情景が格別だ。 
山に囲まれたカール地形のような“うつわ”の中が紅葉で色めき立っている。 これを目にすると、早くその“うつわ”の中に立ちたいと心がはやる。
 

秋色が立山三山と
カールを染め上げて

だが、その思いとは裏腹に、登山道は左端に刻まれた枯れ沢の筋に潜り込んでいく。
つまり、この“うつわ”の外周に切られた枯れ沢を伝っていくのである。 なので、立山三山と《内蔵助カール》(立山と真砂岳との間にある本物のカールです)が魅せる、スラッとした山姿と山肌を彩る紅葉を時折目にする事ができるだけである。 でも、この“時折”も、また格別なんだな。
 

秋に色めく樹々を織り交ぜて
秋を演出してみた
 
時折魅せる絶景に浸りながらこの枯れ沢の筋を伝っていくが、それにしても長い。 白い大きな岩コロが転がる沢筋を炎天下(昨日も述べたように、今の季節は昼夜の温度差がまた“カクベツ”)に延々と歩かされると、徐々にではあるが干上がってくる。
 
それに大きな岩コロが転がる河原状の道筋で、ヘタすればつまづいて石を蹴飛ばしたり挫いたりして足が潰れてしまう危険もあるのだ。 気力がドンドン減退していって、注意が散漫となりつまづくといった悪循環に陥りそうな状況の道だ。
 

ルートはゴロゴロとした
巨岩が転がる枯れ沢だった

実際、最後の方はヘタって顔の側面から汗が垂れてきた。 この状況はさすがに「ヤバイ」と思って即座に日陰に入って水を飲んだのだが。 それでもつまづいて、膝をシコタマ打ってしまったよ(この時は顔面もヤバかったが、何とか岩に腕を突っ張らせて回避)。 

あまりの長さに「もう、1時間以上河原きをしたか」と思えた頃、河原の真ん中に赤ペンキで『トマレ! NO!』と殴り書きされた大岩が見えてくる。 その横に、赤ペンキで書かれた矢印をわざわざ黄色ペンキで囲んで浮き立たせた道しるべを記した岩があった。 あまりにも目ざといので『いたずら書き』にも見えるが、どうやらいずれも道標のようだ。
 
ちなみに、『トマレ! NO!』の岩を進むと枯れ沢から本流へ落ち込んでしまうようである。
正規の道は“めざとい矢印”に従って右側の土手に這い上がっていくのだが、土手の上に上がって《内蔵助平》の“うつわ”の中に入ると清らかな水のおりなす楽園が広がっていた。
 

エメラルドに輝く清水の沢を渡る

湧水思しき澄みきってキラキラと輝く水がエメラルドの淵を魅せ、立山の山なみから続くカールの“うつわ”が色とりどりの秋の色彩で彩られていた。 「夏ならばこの“うつわ”が花盛りとなるのだろうな」などと想像しながら歩いていく。 エメラルドに光る沢を簡易ハシゴで渡りると、《内蔵助平》の分岐に着く。

素晴らしいカールの楽園を魅せる《内蔵助平》だが、この分岐だけは何か荒れ果てたように見えて雰囲気はあまり良くなかった。 ここで時計を見ると、「ギョッ、もう10時過ぎ」。 乗越から河原を伝ってカール地形の底に出るだけで、1時間半もかかってるでやんの。 コースタイム30分オーバーだ。
やはり、いつまでたっても『下りは遅い』という悪癖は直らんな。

とにかく、カール地形の底に着いた。 「乗越からここまでかなりの高低差を下ったから、後はそんなに厳しい下りはないだろう」とこの先の道程を楽観的に考えていたが、それは『甘い考え』であった。
これからが、《黒部渓谷》の《下ノ廊下》に勝るとも劣らない難路だったのである。
 

黒部別山の南峰は
最も秋色に染まっていた

ルートは切り立った崖の中腹につけられ、その左手100m下に乗越から歩いてきたあの枯れ沢が今や大きな沢に出世した《内蔵助沢》が寄り添う『へつり道』となるのだ。 しかもその幅はかなり狭く、岩がゴツゴツして歩き辛い。 また、一枚岩の大岩を下ったり、架ける所に乏しいのか、アサッテの方向を向いたハシゴを伝っての岩崖下りを強いられる場面もあった。
 

立山の秋色は
淡い山吹色が主役のようだ

地図上でこの区間のコースタイムは『上り2:00、下り1:20』とあったが、到底1:20では行けそうにない。 なぜなら、急いてバタバタと下るとつまづいたり、最悪は細い通路を踏み外して沢へ転げ落ちる危険性があるからだ。 この区間は足場をよく見て慎重に下っていかねばならない所なのだが、沢を挟んだ対岸にはこれまた絢爛豪華に彩られた《大タテガビン》の屏風絵巻が煌びやかに続き、集中力と視線を奪い去ってしまうのだ。
 

大タテガビンの三兄弟も
淡い山吹色からほのかな紅色まで
思い思いの衣を纏っていた
 
だが、前述のように足場が覚束ない所なのでザックを下ろすスペースはほとんどなく、危険な『へつり道』地帯の通過であるのにカメラを首にぶら下げてザックを背負ったまま、幾度となく立ち止まっては写真を撮るという危険を繰り返す。 まぁ、すれ違う人がいなくて良かったよって、そういえば《2日目》の《剱沢》で登山者3人グループと遭遇して以来、全く人と遭っていないなぁ。
 
「小屋が閉鎖されただけで、こんなに山は静寂になるものなのか」と少し呆れる状況だ。
結局、『山小屋』という手助けがなければ、(多くの人の思考としては)山は入れないという事だなって思う。 人が自然適応能力を失って久しい(もちろん、ワテも含めて)っていう“悲しい現実”を思い知らされた感がある。
 

崖上の細い獣道で
身動きが取れない身に
この錦絵巻は酷なのかも

さて、この厳しい『へつり道』を2時間ほど行くと、いよいよ出合が近いのか《内蔵助沢》が落差のある瀬滝となり、段をなして瀬を落としていくのが見えてくる。 落差にして、都合50~60mって所だろうか。
もちろん、この瀬滝に名前などあるはずもなく、『《内蔵助沢》の無名滝』としか呼びようがないのである。
 

幾重にも段を重ねる
内蔵助沢の無名滝

この瀬滝前でひと息着こうと沢に出てみると、ここでようやく26時間ぶりに人にあったよ。
荷物の大きさから、恐らく《黒部渓谷》からの日帰りハイカーだと思われる。 話をしてみるとやはり予想通りで、「下ノ廊下が通行止なのでここに来た」との事であった。 

ちなみに、嬉しい事にこの方のカメラは、私と同じ『Canon F-1』だったよ。
まぁ、無限に広がる素晴らしい色を魅せる情景を、“ある”“なし”だけの限られた集合体である『デジタル』では到底表現しきれないのだから。 ワテがあの情景を『デジタル』で撮ったとしたなら、「表現しきれない現実を思い知らされる」というもどかしさと悔しさを猛烈に感じる事と思う。 そんな思いを感じる位なら、ワテは写真という世界に見切りをつけるだろう。
 
さて、『《内蔵助沢》の無名滝』を過ぎたら出合は近いハズなのだが、ここからもエグかった。
高度的に沢に近づいて“沢に転げ落ちる”心配はなくなったものの、ロープを手繰っての『土砂崖下り3連発』が待ち受けていたのであった。 手はパンパンに張るわ、屈み腰で腰が疼くわと、かなり肉体的に辛い下りであった。
 

黒部渓谷・下ノ廊下が見えてきたが
ここからが長かった

そんな、こんなで無名滝から出合に出るだけで30分使い、《内蔵助平》から出合で《下ノ廊下》に乗るまで都合2時間20分もかかってしまった・・。 だが、ここからの“本家”『へつり道』の《下ノ廊下》は完全な“安全パイ”で、取り立てて危険な所はなかった。 まぁ、『危険なへつり道』の“本家”である《欅平》側の方は、「《黒部別山谷》に残雪があり通行できません」と書かれた看板とゼブラロープで進入が封じられていたが。
 

黒部渓谷に掛かる無名滝
 

針ノ木の尖峰が見え出すと
ゴールも近い
 
後は色めく紅葉と標高差2000m以上で“天を突くが如く”そびえ立つ針ノ木岳を見ながら歩いていくと、巨大な黒い要塞のような《黒部ダム》の堰堤が見えてくる事だろう。 これが見えたら長い下山行程も終わりで・・はない。
 
まだ、“最後のお努め”が残っていた。 それは、このダム堰堤の頂上部までのイッキ登りである。
下山で気力を使い果たし、そして『終点』のダム堰堤を目にした事で“ヤル気”が殺がれた後での100mを越える高低差のイッキ登りは、かなりコタえるのである。 もちろん、この登りで私が“生ける屍”となったのは言うまでもない。
 

最高の秋風景と
夏の名残りを堪能しました
 
 
   ※ 詳細は、メインサイトの『撮影旅行記』より『剱の谷へ紅葉狩り』を御覧下さい。
 


関連記事
スポンサーサイト



No title * by 風来梨
秋が終わってしまうので、途中書きかけで止まっていたこの記事だけは、メインサイトからの写真コピーで上げました。

早く元通りに戻したいなぁ。

No title * by yamanbou
おかえりなさい。

パソコンのこともよく解りませんが・・・

とりあえず良かったですね。
と言って良いのでしょうか?

No title * by chatelaine
こんにちは♪

数々の素晴らしいお写真を拝見させていただきました。
「朝日に染まる剱の上に月一つ」の光景がとても素敵です。

No title * by 風来梨
yamanbouさん、こんばんは。
お返事が遅れましてスミマセン。

クラッシュして飛んだデータのサルベージの費用がバカ高く(十ンマン円)ピンチです。 高すぎるので、他のデータ屋をあたっています。

これで、年末の北海道鉄道ザンマイはボツになって、初心に帰って
1万円以内で四国の山に登る事にしました。 山は三嶺です。
初心に帰る・・という事で、すべて野宿のヒッチハイク狙い(ダメだったら10㎞歩き 正月3ヶ日運休らしいので)という、若き日のアオい行動で山を目指してきます(笑)。

No title * by 風来梨
chatelaineさん、こんばんは。
お返事が遅れてスミマセン。

朝起きて、モゾモゾっとテントから半身だけ出して撮ったのがコレです。 この年の秋は、秋の絢爛豪華な情景の中に夏の高山植物が咲いていたり・・と、目を見張る素晴らしい景色でした。

コメント






管理者にだけ表示を許可

No title

秋が終わってしまうので、途中書きかけで止まっていたこの記事だけは、メインサイトからの写真コピーで上げました。

早く元通りに戻したいなぁ。
2013-11-24 * 風来梨 [ 編集 ]

No title

おかえりなさい。

パソコンのこともよく解りませんが・・・

とりあえず良かったですね。
と言って良いのでしょうか?
2013-11-24 * yamanbou [ 編集 ]

No title

こんにちは♪

数々の素晴らしいお写真を拝見させていただきました。
「朝日に染まる剱の上に月一つ」の光景がとても素敵です。
2013-11-25 * chatelaine [ 編集 ]

No title

yamanbouさん、こんばんは。
お返事が遅れましてスミマセン。

クラッシュして飛んだデータのサルベージの費用がバカ高く(十ンマン円)ピンチです。 高すぎるので、他のデータ屋をあたっています。

これで、年末の北海道鉄道ザンマイはボツになって、初心に帰って
1万円以内で四国の山に登る事にしました。 山は三嶺です。
初心に帰る・・という事で、すべて野宿のヒッチハイク狙い(ダメだったら10㎞歩き 正月3ヶ日運休らしいので)という、若き日のアオい行動で山を目指してきます(笑)。
2013-11-29 * 風来梨 [ 編集 ]

No title

chatelaineさん、こんばんは。
お返事が遅れてスミマセン。

朝起きて、モゾモゾっとテントから半身だけ出して撮ったのがコレです。 この年の秋は、秋の絢爛豪華な情景の中に夏の高山植物が咲いていたり・・と、目を見張る素晴らしい景色でした。
2013-11-29 * 風来梨 [ 編集 ]