風来梨のブログ

このブログは、筆者であるワテの『オチャメ』な日本全国各地への探勝・訪問・体験記です。

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第94回  剱の谷・秋景 その2

『日本百景』 秋  第94回  剱の谷・秋景 その2  〔富山県〕
 

剱の谷へ紅葉狩り 行程図
 
   行程記録               駐車場・トイレ・山小屋情報
《1日目》 富山地鉄・立山駅よりケーブルカーと高原バス利用(1:10)→室堂(2:40)→剱沢
《2日目》 剱沢(2:20)→真砂沢小屋前
《3日目》 真砂沢小屋前(1:40)→ハシゴ谷乗越(1:40)→内蔵助平(2:20)→内蔵助谷出合
     (1:40)→黒部第四ダムよりトロリーバス利用(0:15)→扇沢よりバス
     (0:35)→JR・信濃大町駅
   ※前回『第93回 剱の谷・秋景 その1』からの続きです。
 

こんなに美しく山が染まるのを
目にしたのはいつの日以来か
 
  《2日目》 剱沢雪渓と真砂沢で紅葉狩り・・
昨日の最後に「寝る(つもり)」としたのは、まだ続きがあるからである。 それは、この場所で寝る事がかなりの『重大ミッション』となってしまったからだ。 

テントを設営して、炊事の最中に暮れゆく剱本峰を撮って、飯食って、シュラフを出した所までは通常であった。 そして、テント内温度も許容範囲内の7~8℃(時計に温度計が付いている)であった。
これを見て、何気なしに銀マットの上にシュラフマットを敷いたテント床に、シュラフを敷いてこの中に潜る。だが、2時間程経ったPM8時半頃に、強烈な寒さに叩き起こされる。 

時計の温度計を見ると、+1℃まで下がっているではないか。 「これはたまらん!」と、シュラフから出てコンロに火を点けて水を沸かす。 『湯たんぽ』を作る為だ。 シグボトル(鉄ボトル)に沸騰した湯を入れて『湯たんぽ』を作り、これをシュラフの中に放り込んで足元を温める。
「取り敢えずこれで寝れるだろう」と再び就寝。
 

広大な山肌のキャンパスを染め上げて
剱沢雪渓より

始めの1時間程はウツラウツラできたものの、『湯たんぽ』が冷めてくる3時間後にまた猛烈な寒さが襲い掛かってくる。 時間はPM11時過ぎ。 温度は氷点下の-3℃まで下がってやがる。
「これまた、たまらん!」とシュラフから飛び出して、再びコンロに火を点ける。
『湯たんぽ』を作り直す為だ。 そして、「これだけではこの寒さぱ乗り切れない」と直感的に感じたので、『湯たんぽ』を作った後に『プープー・クッション』(エァーマットですね)を必死の形相で膨らます。

この『プープー・クッション』はかさ張るし、畳む時に空気の排出に手間取ったり袋に収納しきれなくなったりするので、私的には「あまり使いたくないモノ」だったのである。 今回も持参しようかどうか迷ったが、今回は「背に腹は代えられない」と言う以前に「なければ凍えてくたばっていたかもしれない」という位までに重宝したのであった。 これで床からエアーマットの分だけ浮く事ができて、寒さの直撃を避ける事ができたのだから。
 

秋ともなるとクレバスで
いっぱいとなる剱沢雪渓
 
だが、一度寒さで目覚めたなら、なかなかに寝着く事も叶わず、次の『湯たんぽ』タイムのAM4時前まで寒さに震えながらまどろんでいた。 「去年の冬に北海道の駅で-3℃は経験済みであるし、-3℃ってこんなにキツかったけかなぁ」などと考えていたが、今になって考えると締め切った駅室内と吹きっさらしの山の中では違って当然なのである。

それに着ていた防寒着も、寒さを見込んだダウンジャケットと、何も考えずに羽織ってきた秋用ジャンバーという決定的な『自業自得の業』もあったのだし。 夜間の下らぬテント内奮闘記を長々と書き記したが、とどのつまりの『結論』は「秋の山をナメんじゃねぇ!」である。

まぁ、『アホな体験』を一つ積み重ねる事で、また少し賢くなったと思うよ。 『良い様に考えれば』であるが。 それと、着込む事での汗が体温を奪った要因だな・・とも思う。 何か身体がシケっていたもの。

夜半の寝着けぬ間は「今日はどうするか。 《剱岳》を往復して帰ろうか、それとも計画通りに《仙人池》まで行こうか」などと考えていた(そんな事を考えるから寝れなかったんですね)が、AM4時過ぎとなって周囲のテント(私の他に2張あった いずれも防寒対策をしているようだったよ)がガサゴソと出発の準備を始める。 これを聞いて何故だか安心して、6時前まで寝着く事ができた。
 

今日はまたとない好天  
雲一つない空で放射冷却の効果絶大だ

そんなこんなで朝6時に目覚めて、テントより外を見るとまたとない快晴の天気。 
この好天を目にしたなら、「これは《仙人池》まで行くしかないだろう」という答えしか出ないよな。
だが、通算したら3~4時間は寝たものの、寝不足感は否めないのである。 「果たして、《仙人池》まで(徹底的にヘタレな筆者の根性が)持つかどうか」という事が焦点となってきたようである。

テントを畳んで6:45に《剱沢》を出発。 他の2組のテントは私の少し前に《剱御前》の方へ戻っていったみたいである。 《剱沢》の雪渓へ下るのは私だけのようだ。 テント一式を担いでノタノタと下っていく。 秋口の雪渓はクレバスだらけで、道のほとんどが右岸につけられた高巻き道である。
岩コロがゴツゴツして歩き辛い。 根性なしのヘタレから僅かなる“やる気”を奪う事など造作もない状況である。
 

ダラダラと時間をかけて歩けば歩くほどに
素晴らしい景色を長い時間堪能する事ができるのデス・・ ハイ
 
ダラダラと歩いていくと、昨日の夜半に考えていたものとはまた違った『ヘタレ全開』の案が頭を支配
してくるようになる。 それは、「寝不足だしィ・・、真砂沢でストップして寝ようかなァ」という妙案である。 約1時間程下って《平蔵谷》を見送った後に、下から3名の登山者とすれ違う。
このグループは年配でこの登りでちょっとヘバっているらしく、かなり長く立ち止まっていた。

この登山者達と対面してちょっと立ち話に興じたのだが、その中で《真砂沢出合》の先の橋が落とされている事などを確認できた。 中でも、《阿曽原小屋》がダメだって事を聞いたのは貴重だった。
何でも《別山谷》で雪渓が残っていて、今年は《下ノ廊下》の大半が通行止となっているとの事。
「今年は(通行が)ずっとダメらしいよ」との事である。

コレで決まった。 《仙人池》まで行っても、《下ノ廊下》が通行止では《欅平》へ抜ける事は叶わない、即ち“帰れない”のである。 これは、先程の『ヘタレ案』が『正規の案』に昇格する“渡りに船”の情報だ。 しかも、有り難い事に『ヘタレ案』を充実したものに変更するべくの下山路も教えてくれた。
それは、「《黒部ダム》に抜ける道を下山に使えばいい 私達もそこから登ってきたよ」との事だった。
 

かつての栄光!?
バリエーションルートの長次郎谷出合

ついでに《真砂沢》のテント場の状況も聞いて、その状況の良さ(板が敷いてあって、その上にテントを張れるらしい)にルンルン気分となり、さらに『ヘタレ』に磨きをかけてダラダラと下っていく。
かつての栄光だった長次郎谷(かつては、こういう所も行ったのよ 今の自分を見ると到底信じられないけど)を眺めて写真を撮ったりしながら、下りのコースタイム1時間半の所を2時間半近くかけて《真砂沢ロッジ》前に下り着く。
 

まるで山城の址のような
真砂沢ヒュッテ
 
閉鎖された小屋の周りをグルリと偵察して、先程に仕入れた“美味しい”情報である『テントを張れる板敷き』を探す。 板敷きはすぐに見つかり、“喜んで!”その上にテントを張る。 テントを張り終えてひと息着いた後に時計を見ると、まだ9時半をまわった所だった。
 

完全に“店じまい”だったよ
「冬眠中デス」だって
 
こんなに早く“店じまい”するのは、かつて南アの《千枚小屋》で、下から4時間15分で登りきった時(この時も9時半位だったなぁ)以来か。 あぁ、北海道の《上ホロ小屋》での『7時15分でストップ』って時もあったなぁ。 まぁ、何にせよ、通常では有り得ないフザケた時間でのストップである事には変わりない。

だが、周囲を見渡せば、この“おフザケ行程”も許されるだろうと思う。 “たぶん”であるが。
この情景の前では、何を言っても言葉とならない。 それでは、こんな“おフザケ”行程をしてまで見たかった情景、豪華絢爛・錦絵巻を梳くとごろうじろ。
 

剱の峰と・・ 雪渓と・・ 煌びやかな紅葉と・・
剱の魅力が凝縮されていた
 

錦に染まる山肌と剱の本峰
 

秋に染まる剱の谷と鹿島槍ヶ岳


源次郎尾根が羽織る衣は十二単だった
 

ダケカンバの白い幹枝が造形美を魅せて
 

あまりの鮮やかさに
コメントする言葉にも窮して
 

もはやどう撮っていいかも解らず
ただ夢中にシャッターを切っていた
 

深まる秋の嶮谷に夏の名残が
 

寒暖差がおりなす魔可不思議
夏の花々が野原を彩っていた
 

幾重にも重なる錦の帯
大自然は予想もし得ない情景を魅せてくれた
 
豪華絢爛たる錦絵巻は如何だったでしょうか? まぁ、この旅行記は、紀行文の内容は“おフザケ”の限りを尽くしていますが、筆者もヤル時は(常人の半分位は)ヤルでしょう? この日は、写真撮って寝るだけ(翌朝まで都合13時間寝た)の怠惰な1日であったが、かなり充実していました・・ハイ。
 

雪解け水を集めて地球を育む

ちなみに、テント内の最高気温が30.5℃まで上がってやんの・・。 《剱沢》との温度差は33.5℃だったりする。 最高気温の時はさすがにテント内で昼寝できる状況ではなく、沢へ逃げて水辺で写真撮ってたよ。 でも、日が山に隠れて陰りだすと途端に気温が落ちてきた。 夜半過ぎの最低気温は5.5℃。
だが、昨日の教訓が活きて、『プープークッション』を仕立てて快適に眠れたよ。
 

夏と秋
錦のような秋絵巻に
可憐な夏の息吹が同居していた
 

源次郎尾根の頂より
錦の衣が幾重にも重ねられて
 

秋色は何故にこうも
彩のバランスが絶妙なのだろうか
 
   続く《3日目》は、次回『第95回 剱の谷・秋景 その3』にて
   ※ 詳細は、メインサイトの『撮影旅行記』より『剱の谷へ紅葉狩り』を御覧下さい。








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