2013-08-25 (Sun)✎
『日本百景』 晩夏 第86回 鋸岳 act 2 〔長野県・山梨県〕
第二高点より望む
鋸岳・第一高点
今回は晴れてリベンジを果たすドタバタ山行記の完結編おば・・。
なお『お約束』として、決して筆者のマネはしないようにしましょう。
行程記録 駐車場・トイレ・山小屋情報
《1日目》 伊那市街(バス0:50)→戸台よりバス(バス1:00)→北沢峠
《2日目》 北沢峠(1:30)→赤河原分岐(0:40)→角兵衛沢出合(2:30)→大岩下ノ岩小屋
《3日目》 大岩下ノ岩小屋にて沈殿・・
《4日目》 大岩下ノ岩小屋(2:30)→鋸岳・第一高点(2:30)→大岩下ノ岩小屋
(1:35)→角兵衛沢出合(2:30)→戸台川ゲート〔ヒッチハイク成功〕→戸台
(バス0:50)→伊那市街
※ 前回『第85回 鋸岳 act 1』からの続きです。
台風が呼び込んだ雨雲が
残っているが下界も見渡せる
:
暑くなくてベストの
登高日和かもしんないね
《4日目》 ようやく『石の海を泳ぐ』
しかし、悪運に溺れると必ず“しっぺ返し”がくるものである。 テントの中でゴロゴロし過ぎたので、腰痛が出てきたのだ。 それでロクに寝る事ができなかったのである。 翌朝4時の時点ではガスに覆われた曇り空、現段階では“GOサイン”である。 でも、「寝不足であの石の海を泳ぐのはチトヤバいかも」と言う事で、「しんどくなったら引き返す」と決めて4:40出発。
でも、寝不足なのに、シンドイハズなのに、足が往時の如くよく動く。 空身であるという事を差し引いても、浮石だらけのデンジャラスゾーンまでの行程差300mを50分程で登りきる。 「もう、ここまできたら行くしかないだろう」という事で、最初の弱気も何のその・・と『石の海の中でも超デンジャラスゾーン』に乗り出す。
上から見た石の海の一部
コレ全部浮石だよ
この『超デンジャラスゾーン』とは、のめり出す毎に「カンラ、カンラ」と落石を起こす石の海の“濁流”部分である。 ここに転がる石は全て“浮石”だ。 信じられないかもしれないが、人間大の巨石でさえもグラグラと動き出す“浮石”なのである。 ちょっと体重を乗せたら石がグラっと動き出す恐ろしさは、結構“クル”ものがある。
それよりも“オトロシイ”のは、体重をかけた石が“地滑り”の如く「ズザザァ~」と崩れ去っていく事である。 もちろん、一緒に「ズザザァ~」と流されたなら、石の海で溺死する事は必定だろう。
但し、死因は『窒息死』ではなくて『全身打撲』だと思うが。
そんな危険がまとわり着くデンジャラスゾーンの横断でちょっと戸惑ったが、何と『石の海』の頂点である《角兵衛沢のコル》まで2時間足らずで登りきってしまった。 まぁ、ちょっと気が入ると、疲れも眠気も忘れてしまうものなのですね。
石の海を登りつめた御褒美をひとつまみ
タカネビランジ?
オトギリソウ
タカネウスユキソウ(エーデルワイス)
コルの上は小さなお花畑となっていて、霧の雫を乗せた花びらがキラキラと輝いている。
後は、コルの上にそびえる岩塔を100m程よじ登っていくだけだ。
こんな崖
20分で登れねえよ!
この岩塔登りはいつもの『ダメっ子の私』に立ち戻り、20分のコースタイムを喘ぎ喘ぎ30分かかって登りつめる。
落雷か?
真っ二つに裂けて
判読不能の棒切れとなっていた
・・で、登りつめたその頂上はというと、頂上標が落雷で真っ二つに裂けて、文字が判別不能なまでに真っ黒に焦げていたよ。 一応200名山の鋸岳だが、100から外れると『放置プレイ』扱いみたいである。
芋虫のように這う林道バス
下の南アルプス林道を見やると、林道バスが芋虫のように山中に切られた道を這いでいる。
只今朝の7:15。 昨日は台風だった事を考えると、この時間に甲斐駒ケ岳から鋸岳に及ぶ稜線上に立っているのは、恐らくワテ以外の誰もいないだろう。
鉄剱の突き刺さる
鋸岳・第二高点が間近に
鋸岳の三角点は何故か
最高点より80mも低い『第5高点』にあります
でも、30分もいると肌寒くなってくる。 で・・、7:45に下山開始。
「またくるよ!」と、裂けた真っ黒焦げの木のササクレと軽く約束を交わして帰路へ向かう。
再訪のエールを交わして
この地を後にしよう
さて、下りは登り以上に厳しい。 なぜなら、あの石の海を下らねばならないのだから。
また、帰ってから知った事であるが、6日前に鋸の頂上付近で転落して額縁の人になられたのが一人出ているらしいしね。 一つ解っている事は、ここで石の海側に落っこっちゃったら、まず額縁に飾られて花を手向けられる事だろう・・という事である。
下の沢まで
1400mを下っていくのだ
ここはヤバく感じたら、お尻をついて丁寧に降りましょうか。 結局の所、「躓きの一つが跳ねて、身体ごと谷底や崖下にドボン」ってのが、滑落の大多数の事例なのだから。 「だから、下りは時間をかけていいのです!」と、下りがやたら遅い筆者が説得力皆無の主張をするデスト。
さて、鋸の急な下りを終えると、角兵衛ノコルのお花畑だ。 中でも、オトギリソウが水滴を浴びて輝いていたのが美味しい被写体だった。 しばし、お花畑の撮影に興じよう。
角兵衛沢のコルに咲く
濡れて輝く花たち
オトギリソウ
タカネビランジ?
タカネウスユキソウ
この撮影を終えた時が、『決戦の金曜日』(本当に金曜だった)である。 全てが浮石・転石の巨大なガラ沢・角兵衛沢の『石の海遊泳』である。 中でも、コル直下から200mがデンジャラスである。
この石の海は
下が見えない程に傾斜が急なのだ
そして全てが“純粋”な浮石
セオリーとして、小粒の砂利石は『滑りやすいが、大怪我はない、でも地滑りはあるよ』って感じである。
大きな石は、『積み重なりがしっかりしてたら安定感はあるが、体重を乗せ過ぎるとガラガラっと崩れて溺れるよ』って所である。
砂利石は縁にあり、大石は海の中ほどに位置している。 とりあえず、雪渓を降りるように、縁の砂利石帯に足を横に差し込みながらカニ歩きで下っていこう。 地滑りを防ぐ為に、ピッケルを差し込んで抑えながら。
でも、やがてはカニ歩きが不能となる本流の合流点に着く。 本流・・即ち、大岩の積み重なりだ。
そして、「この荒波(大崩れしそうな石の重なり)を渡ってコッチに来い!」という事を命じるピンクリボンが対岸に掲げてあった。
本当は本流を渡るのは嫌なのだが、このまま真っ直ぐ下ってしまうと『地獄に向かって一直線』となるので、おっかなびっくりトラバースを始める。 案の定、石の6割がグラグラの浮石で、人間大の岩でも手を着いただけで『ゴリッ』と崩れる律義者もあった。 そして一番怖いのは、上の方から『カッカッカラァン』との共鳴音が山峡に響き渡る事だ。 実際、石の海を渡っている最中でこの音を耳にすると心臓がバクバク鳴るよ。
この音がすると、上を見上げて「やめてよぉ~」て叫んでしまう事だろう。 上から転がってきたら確実に濁流に沈んで『額縁』となるので、当然と言えば当然だろう。 このトラバースさえ乗り切って樹林帯の中に潜り込むと、超デンジャラスゾーンは終わりとなる。 後は樹林帯の中をジグザクに切られた砂利坂をカニ歩きで下っていくだけだ。 ヤバ目の所を抜け出してほっとした事で、ペースはガクンと落ちる。
登りで50分で登った300mを1時間かけて下っていく。
朝4:40に出て、11:00帰着の予定が1時間早く大岩下のテントまで戻ってこれた。 上り下り共に2時間30分の所要は上出来だ。 テントの撤収に手間取り(ウンニョが臭かったからだよ!)、10:36に丸2日間お世話になった『伝説の岩小屋』を後にする。
伝説の岩小屋よ
美しい花風景を魅せてくれて
心からありがとう
岩が出っ張った庇程度のものだったが、雨が降ってもテントにほとんど雨がかからない頼もしくも不思議な岩の庇であった。 そして、常時滴る岩清水の旨さは格別だった。 そして、岩清水を飾る花もさりげなく嬉しかった。 何の変化もない所なら丸2日を耐える事はしんどかったと思うから、そして私の命も守ってくれたのだから、この恵まれた岩小屋には感謝の心でイッパイである。
伝説の岩小屋よ
護ってくれて心からありがとう
さて、後の難関と言えば、戸台川の素足渡渉であろう。 行きでも語ったが、素足の徒渉はとっても痛いのである。 そして、徒渉ごとに靴下を履き替えるので、渡るのに20分位かかっちゃう。
その上に沢を渡る午後は、嫌でも台風一過のピーカン照りに焼け毟られるのである。
鋸岳の登りを第1フェイズ、下りを第2フェイズとすると、大岩下ノ岩小屋より登山道を下りきって戸台川を渡るまでが第3フェイズ、そして戸台川の河原を下って戸台までが最終フェイズという事になる。
全てのフェイズを約2時間半の所要と見積もっているが如何に。
沢で見た鋸岳と
大ギャップの石の滝
2日前にこの登りで「もの凄い急坂だなぁ」と感じたが、下ってみるとそうでもなく、針葉樹林の葉が落ちて適度にクッションの効いた実に下り易い坂だった。 まぁ、あの石の海の傾斜をこなした後でこの程度の坂を持ってこられても、カワイイという感覚しか持てないよね。 と言う訳で、《角兵衛の岩小屋》の巨石まで1時間、沢まで1時間半に下り着き、時間は12:10と、沢を渡るのを残すだけで50分も余裕が出来た。 でも、沢の徒渉が待っているのだ。
伝説の岩小屋の岩清水を浴びる
ツリガネシャジン
素足で沢を渡る時のあの痛さが記憶にあるので、ついグズグスと準備をしてしまい、沢を渡り終えるのに30分かけちゃいましたね。 続く沢道は所々川の氾濫などで荒れているが、ピンクリボンの花も結構咲いていて概ね判別できる。 だが基本は河原で、ゴツゴツした石で歩き辛い。 そして、午後の台風一過の“いい天気”となり暑い。
食料はなくなったとはいえ、水を含んで倍に重くなったテント(ウンニョの臭いが気になって伏流沢で洗った)を入れて20㎏少々の荷を担いでピーカンは、そりぁあキツイよ。 正直いうとこの河原歩きが、今日の鋸岳の登りよりもしんどいし、石の海のトラバースよりもダルいし、初日の大岩下ノ岩小屋への登りの700mよりもヘタったよ。
朝露を浴びて輝くイワオトギリ
やがて、堰堤の前で地図上最後の沢を徒渉し、沢の右岸を歩いていく。 最初は堰堤の建設道で車も通れそうな砂利道だったが、その砂利道は堰堤下の河原へ下って途切れていた。 そして、その河原は3本も4本にも伏流が分かれており、「おいおいおい! 徒渉じゃねぇか!」という事となる。
通常の人なら飛び石伝いに渡れるかもしれんが、20㎏の荷物担ぎに加えて、寝不足でハード行程を10時間もこなしているワテである。 破れソックスに履き替えて徒渉したので、幅5mの沢を渡るだけで10分を要してしまった。 河原を脱出するまでは徒渉の恐怖が着いてまわったが、堰堤を過ぎて再び堰堤建設用の砂利道に上がるともう何の心配もない。 ただ暑いだけだ。
伝説の岩小屋の岩の模様に映える
初恋のようなピンク色
で、15:09に沢の入口である駐車スペースの車止めゲートの前に着く。 車は5台位止っていて、1人が帰り支度をしていた。 雰囲気的にヒッチハイクは無理っぽく、肩を落としながらこの方の脇を通り過ぎる。 たが、駐車場の奥に続く道は行き止まりのようで、「道は後ろだよ」と声をかけて頂いたのだ。
そして、「乗ってく?」という『蜘蛛の糸』が垂れおちてきた。
声がかすれる位にヘロっていたので、この『蜘蛛の糸』に涙がチョチョ切れたよ。
バス停のある《仙流荘》まで乗せてもらって、《仙流荘》で風呂に入って帰路に着く。
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