2013-04-13 (Sat)✎
『路線の思い出』 第2回 矢部線・山内駅 〔福岡県〕
矢部線の写真が
唯一コレだけだった訳を語ろうか
《路線データ》
営業区間と営業キロ 輸送密度 / 営業係数 (’83)
羽犬塚~黒木 19.7km 694 / 892
廃止時運行本数 廃止年月日 転換処置
6往復 ’85/ 4/ 1 堀川バス
山内駅(やまうちえき)は、かつて福岡県八女市山内町に置かれていた国鉄・矢部線の駅である。矢部線の廃止に伴い、1985年(昭和60年)4月1日に廃駅となった。 八女市の廃止当時の市域の東端部にあった。
有人駅時代は2面2線の相対式ホームを有する行き違い可能駅で、貨物取扱設備もあった。
隣の北川内駅と同時に無人駅化された後は、対向側のホームと線路が撤去されて1面1線の単式ホームに縮小され、駅舎も取り壊されてホーム上に待合所があるだけの簡素な駅となっていた。
駅設備縮小で駅前のスペースが広がったため、公民館が建てられたりゲートボール場として使われたりしていた。 駅跡地は、八女市東公民館となっている。
買ってて良かった
皆がノーマークの路線だったので
今や結構貴重に
矢部線は、廃止路線の中でも目立たない存在だった。 廃止時期も11線が一斉に廃止転換された’85年4月と、他の廃止線に話題を奪われた形となっている。 廃止路線を追っかけていた人に「特定地方交通線の1次路線を全て挙げてください」と質問したとしても、果たして矢部線が挙がるかどうかは疑問な位にひっそりと廃止になった路線である。 その矢部線の思い出を語ってみようか。
ワテの矢部線での思い出は、自分の苗字と同じ駅(あっ、苗字がバレちまったぜ)に降りた事と、その駅での撮影で訳の判らぬものをイジくった為に全てがダメとなった浅はかな思い出だけである。
もっとも、筆者がこのように注目の低い線を訪ねたのは『自分と同じ苗字の駅』があったればこそで、この駅がなければ恐らくこの線は見逃していたかもしれないのである。
さて、その自らの苗字と同じ駅に降りて発した第一声は、「飛行甲板タイプの駅だ!」である。
降りたその駅の形は小型空母そのもので、ホーム上に乗っかる庇だけの待合所は真に艦橋のようであり、コンクリートのホームに舗装された路面に刻まれた白い点線は、飛行甲板上の航空機誘導指標のようであった。 また、ホーム路面のアスファルト補修の継ぎはぎは、見様によっては格納庫からのエレベーターにも見えるのである。
周りに広がる畑を海原に例えると、真に洋上に浮かぶ小型空母のように見えたのだ。
当時16~17の小僧だった筆者はミリタリーに興味があり(小僧に有りがちですネ)、鉄道撮影の為にきたという主目的をそっちのけで、この小型空母から1/16スケールのラジコンのゼロ戦が発着艦する姿を妄想していた。
今思えばアオく、アホ過ぎるタワケた妄想だが、当時の筆者はこれでお腹一杯になれたのである。
だが、この妄想ショータイムも1時間も経ては飽きてくる。 しかし、矢部線の運行本数はたったの6往復で、この駅に降りてから次の列車まで3時間ないのである。 要するに、今もっての無計画性が、小僧の頃から延々と脈打つものだったって事が証明された訳である。 まぁ、列車撮影にやって来て、いきなり何も撮れない空白の時間を3時間も空けるなんてのは前代未聞だろうし・・。
それで、ヒマ潰しはないものか・・と駅前をウロウロすると、駅の隣の公民館にゲートボール場があり、ゲートボールの道具が放置されていたのである。 早速コレに熱中する。 特にロングパット狙いはのめり込んで、3時間後の撮影をスッぽかす勢いさえあった。 でも、危うく我に返る。
我に返ると、『お仕事の時間』が迫っていた。 駅で撮るのももう一つなので、黒木側に少し歩いて前面の開けた畑を見つけ、そこを撮影地点とする。 そのまま撮れば何の問題もなかったのだが、アホは訳の判らんレバーをイジくって自滅する。 それは、当時のキャノンカメラの欠陥ともいえる『絞込みレバー』である。
構えて「被写界深度は幾らかなぁ~」と、タワケは『禁断の果実』を手にしてしまう。
この『禁断の果実』=『絞込みレバー』は、確かに被写界深度の確認はできるが、その副作用として次の1コマの露出機能が『お亡くなり』になってしまうのである。 つまり次の1コマは、絞り羽根が固定されたまま動かなくなってしまうのだ。 何とも厄介な機構である。 ・・で、この副作用にハマって「こんなのが上がっちゃいましたぁ~」。
初公開!
『禁断の果実』を手にした代償は
:
「アクセル全開(絞込みレバー)でドアンダー」
by 頭文字Dでの豆腐屋親父の名言より
結局、訳の判らんモノをイジくったツケによって貴重な廃止路線の写真は散々なデキで、黒木駅スタンプが滲んでしまったシクじりも含めて、矢部線の思い出は『自分の苗字と同じ駅で空母を想像してニヤついていた事』と『ゲートボールに熱中した事』だけに終わってしまった。
スタンプまでも
矢部線は全てにおいて
シクじるべくの路線だったかも
帰り際に乗り込む列車を撮ったが、これが唯一の写真となるとは現像が上がるまで知る由もなかったのである。 だが今となっては、この路線を訪ねる事ができただけでも、黒木駅の入場券を買えただけでもラッキーだったと思えるのである。
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