風来梨のブログ

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私の訪ねた路線  第124回  津軽鉄道

 『私の訪ねた路線』  第124回  津軽鉄道  〔青森県〕
 

荒涼たる津軽平野を
軽快気動車はゆく
津軽飯詰~毘沙門にて
 
《路線データ》
      営業区間と営業キロ             ’16年・運行本数
  津軽五所川原~津軽中里 20.7km   津軽五所川原~津軽中里 下り13本・上り14本
                      ※ 昼の3往復は客車によるイベント列車を運行
                        夏季「風鈴列車」、秋季「鈴虫列車」
                        冬季「ストーブ列車」を運行
                      津軽五所川原~金木   下り2本・上り1本
                                 (休日は下り1本のみ)
                      金木~津軽中里       下り1本
                      金木~津軽中里      2往復
                      ※ 一部の駅を通過する列車は準急扱い
 
  《路線史》
川部~五所川原の鉄道運営をしていた『陸奥鉄道』(現 五能線)が国により買収(1927年)されたのに伴い、出資額の倍に相当する補償を受けた株主達が“次なる鉄道”として計画・建設した路線である。
津軽中里へは1930年に開業している。

改正鉄道敷設法では、津軽中里から小泊・三厩を経て青森に至る計画があったが、これは国鉄が1951~58年に『津軽線』として青森~三厩を開通させたのみにとどまっている。

昭和の文豪・太宰治の故郷をゆく路線。 沿線の各地にその遺構を偲ばせる史跡がある。 途中の芦野公園駅には小説『津軽』にも登場するレトロ調の駅喫茶店跡があり、近年まで営業していたとの事。

列車運行上の特徴としては、冬季に車内にダルマストーブを据えつけた『ストーブ列車』が運行される事で有名。 冬の休日期間中は、『ストーブ列車』への乗車が組み込まれた旅ツアーが多数企画される。
 

 

カーブをめぐる構図は
猿がとっても絵になりますね
 
  《乗車記》
「ここは本州の袋小路だ!」と評した文豪・太宰治の故郷をゆく事と、冬季にだるまストーブを設置したイベント列車の「ストーブ列車」が運行される事で有名な路線である。 また、鉄道ファンを中心に、サポータークラブもあるという。
 

入換用みたいな頼りない機関車に
牽引される『ストープ列車』
 
その津軽鉄道線であるが、五能線の五所川原を起点としている。 駅は東西に改札口があり、西側がJRの使用するメインの改札口となっている。 津軽鉄道線の改札口は、裏側にあたる東口となる。
駅は中間側線を跨ぐ跨線橋で東西の入口を結んでいる構造だ。
 
津軽鉄道の列車は、駅北口側の3番線が発車ホームとなる。 五所川原を出た列車は北上し、程なく左へ反れる五能線と反対に右に反れていく。 津軽平野暫く進むと、十川に着く。 お洒落な尖り屋根の待合室を持つ棒線無人駅だ。 次の五農高校前は、五所川原の農林高校の前にある駅だ。 地方私鉄にとっては、高校通学生が第一のお得意様となる傾向がある。
 
次の津軽飯詰は、雰囲気の良い木造駅舎の残る駅。 トタン屋根と木造モルタルの駅舎の前に、通学生の利用客の自転車が置かれている情景は、穏やかな雰囲気を醸し出している。 列車は田園地帯が広がる津軽平野の真っ只中に入っていく。
 
この辺りは季節風が強く、また水捌けの悪い湿地帯であるので、冬季の凍結災害を防止するべく鉄道防風林が植えられている。 水はけの悪い湿地帯だからであろうか、それは太宰治の云うが如く不毛の袋小路の情景に見える。 そんな鈍重な情景を蜘蛛の糸の如く差す光が救ってくれたような気がした。
 

鈍重な空から
蜘蛛の糸の如く光が差して
 
その鉄道防風林に囲まれるように掘られた溝状の所に毘沙門駅がある。 この駅は利用客が最も少ないという事で、準急設定の列車は全て通過する。 毘沙門を出ると、太宰治の故郷・金木町の市街地に入っていく。 程なく嘉瀬に着く。 この駅も津軽飯詰同様のトタン屋根と木造駅舎が残るが、無人駅になったのが津軽飯詰より遅かった分だけ見た目が綺麗である。 この駅の構内に、TVイベントで使われた『落書き列車』が留置されている。
 
次の金木は、金木町の中心で津軽鉄道最大の駅。 駅員も常駐する唯一の交換可能駅だ。 駅舎は近くに太宰治の生家である斜陽館がある事もあって、大正レトロの雰囲気が漂う建物となっている。
また駅舎は、町のイベントプラザが入る合築駅となっている。
 
津軽の「桜の名所」
芦野公園駅にて

次の芦野公園は、みちのくでは有数の桜の名所と知られている芦野公園の最寄り駅だ。 
庭園状となった公園は駅の裏手に広がっている。 春は駅が満開の桜で囲まれる。 旧駅舎は青森県の文化遺産に指定され、旧駅舎の前には太宰治の句碑が立っている。
 
以前は、ランプ灯りのレトロな雰囲気の喫茶店が入店していた(現在、この喫茶店は建て直された新駅舎の横で営業している)。 芦野公園を出ると、再び水はけの悪い平野の湿地帯をゆくようになる。
途中に水はけの悪さを示す溜め池があちこちに点在するのが見られるようになる。 やがて川倉に着く。 田畑に囲まれた中に待合室があるだけの棒線駅だ。

次の大沢内は、元交換設備のあった駅で、津軽飯詰同様のトタン屋根の木造駅舎が建つ。 駅は無人化されて久しく、出札窓口などは完全に塞がれている。 近くに野鳥の憩いの場である大沢内の溜め池があり、遊歩道が設置されている。
 
次の深郷田は、待合室が乗っかるだけの棒線駅。 駅名が『ふこうだ』と『不吉』を示すものとして、いっとき注目された事があった。 次は終点の津軽中里だ。 ホームは片面1面だけだが、ストーブ列車などのイベント列車を牽引する機関車の為の機回し線が存在する。 駅は委託駅となっており、営業開始時間は11:05と途轍もなく遅い(終了は18:55)。 長らく農協スーパーとの合築駅であったが、農協スーパーが閉店し、物産展示兼即売場がテナントとして入っているとの事である。
 
津軽中里は、竜飛崎や十三湖などの観光地への玄関口になっているが、それらに向かう公共交通機関は皆無である。 また、駅手前の踏切脇には以前に使用されていた国鉄譲渡のキハ10系の廃車体が無残な姿で放置されている。
 

新旧交代の無常
言葉にならない無常が心に響く

   ※ 詳細は『魅惑の鉄道写真集』より『津軽鉄道』を御覧下さい。
 
 
 
 
 

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