風来梨のブログ

このブログは、筆者であるワテの『オチャメ』な日本全国各地への探勝・訪問・体験記です。

後半総括

我が国最東端の街・根室より、かつてはオホーツク海に沿って鉄道路線があった。
しかも、その路線はつなぎ合わせると、ほんの2ヶ所を除いて全通していたのだ。
 
だが、この鉄道路線達の建設理由が、地域開拓や水運に頼っていた木材などの資源輸送、一時代前のエネルギー産業である石炭の輸送などであった為に、地域開拓の時代が終わった今、離農や離村で利用者となり得る地域の人口は減り続けた。 貨物輸送でも、鉄道が水運を滅ぼしたように、陸送(トラック輸送)によって鉄道が滅ぼされたのである。
 
また、石炭産業は、エネルギー革命により石油資源に取って代わられ、かつてに隆盛を極めた炭鉱街は閉山により廃墟と化し、また地域からの人口の流出も相俟って、鉄道だけが無人荒野になりつつあるこの地に取り残されたのである。 要するに建設目的であったものが、全てに時の流れと共に終了し、消滅していったのだ。
 
そして、その中での存在価値を見出すべく躍起になったものの、振り向く者は全体を見れば僅かばかりの鉄道マニアや、旅のエトランゼだけであった。 こうして、かつて隆盛を極めた開拓・資源・石炭などの産業の後を追うように消えていったのである。
 
それでは、その消えていった「かつてあったオホーツクの鉄路たち」の名場面を写真によって回想していこう。
 

常呂の丘にある『一本の樹』
 

息を呑むほどに美しい樹氷並木
 

『さよなら湧網号』
“最初で最後の晴れ姿”
 

心に刻むように
“お別れ列車”を撮る
 

有りそうでない鉄道情景
 

渚滑川の水運に頼る木材輸送を鉄道が滅ぼしたのと同じように
今度はより機転が利く陸運(トラック輸送)によって鉄道は滅ぼされた
渚滑線 氷結する滝ノ上渓谷にて
 

天然記念物 浮島
浮島が風に煽られて端っこに固まっていた
でも、長閑な雰囲気だった
 

流氷を望む波戸場の小集落・沙留
 

もうこの国には存在しない鉄道風景
 

闇に星の光
名寄本線・山線区間
 

光と共に駆け抜けた
名寄本線という開拓路線
 

豊かな天塩山域の自然
ウエンシリ岳
 

風光明媚な流氷風景を見ながらの鉄路の旅
 

興浜南線の唯一のまともな写真
 

「ひとえに風の前の塵に同じ」との解そのままに
 

『オホーツクへの夢の如き路線』だった美幸線
 

志し半ばで建設が凍結されて
 

オホーツク・冬の荒波
 

斜内山道の突端に建つ海の“防人”
 

わが国でも屈指の鉄道風景
北見神威岬をめぐる興浜北線
 

駅跡に咲く野花が時の無常を語っていた・・
 

冬は道が閉ざされて近寄る事さえ叶わない
その情景は棄てられた道の魂を冬の波濤が慰めているようであった
それは鎮魂歌を奏でるかのように
 

天北原野を伝う孤独なランナー
浅芽野付近にて
 

神々が宿る沼・カムイト沼
 

急行【天北】
 

日本最北端の地へ
 

通勤時間帯の列車も寂しい限り
 

雄大な大平原を伝う急行【天北】
 

広大たる北の大平原を光の輪で表現してみた
 

雪の原野に沈みゆく太陽が日輪を描いていた
 

稚内港の北防波堤ドーム
かつてはここより樺太への船が出港していた
 

ロールを借景に利尻富士を望む
 
いつまでも、思いは尽きない。 廃止になって既に四半世紀を越えるというのに、まだあの頃の夢を回想する自分がいる。 その大きな思い出を拙い文とあの時の写真で綴った私の夢・・『オホーツク縦貫鉄道の夢』をもう一度。
 
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     (記した自分が言うのも何だが、結構アウトドアっていて面白いよ)。
 
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