2012-04-23 (Mon)✎
名峰次選の山々 第56回 『191 大峰・大普賢岳』 奈良県
大峰山系 1780m (吉野熊野国立公園) コース難度 ★★★ 体力度 ★★★
行程表 駐車場・トイレ・山小屋情報
《1日目》 大阪・阿部野橋駅より鉄道(1:15)→下市口駅よりバス(1:30)→洞川バス停
《1日目》 大阪・阿部野橋駅より鉄道(1:15)→下市口駅よりバス(1:30)→洞川バス停
(0:15)→稲村ヶ岳登山口(2:20)→山上辻(0:50)→稲村ヶ岳(1:30)→山上ヶ岳
(0:55)→小笹ノ宿跡
《2日目》 小笹ノ宿跡(2:00)→大普賢岳(2:45)→行者還岳(2:00)→石休場ノ宿跡
《2日目》 小笹ノ宿跡(2:00)→大普賢岳(2:45)→行者還岳(2:00)→石休場ノ宿跡
(1:00)→聖宝ノ宿跡(1:00)→弥山小屋
《3日目》 弥山小屋(0:35)→大峰・八剣山(2:00)→舟ノ垰(3:50)→釈迦ヶ岳
(1:00)→太古ノ辻(1:50)→前鬼
《4日目》 前鬼(0:40)→林道ゲート(0:30)→不動七重ノ滝展望台
《3日目》 弥山小屋(0:35)→大峰・八剣山(2:00)→舟ノ垰(3:50)→釈迦ヶ岳
(1:00)→太古ノ辻(1:50)→前鬼
《4日目》 前鬼(0:40)→林道ゲート(0:30)→不動七重ノ滝展望台
(1:20)→前鬼口バス停よりバス(2:25)→大和上市駅より鉄道
(1:20)→大阪・阿部野橋駅
※ 前回《1日目》行程は、『名峰百選 第56回 山上ヶ岳』をご覧下さい。
《2日目》 大普賢岳・行者還岳を経て弥山頂上へ・・
この日の行程を歩く前に、まず頭の整理をしなければなるまい。 それは、この行程が徹底的に長い・・という事である。 山岳ガイド等が記する8時間強の歩行時間では、たとえ空身でも到底たどり着けそうにないのである。
この日の行程を歩く前に、まず頭の整理をしなければなるまい。 それは、この行程が徹底的に長い・・という事である。 山岳ガイド等が記する8時間強の歩行時間では、たとえ空身でも到底たどり着けそうにないのである。
もちろん、『奥駈』縦走の荷物持ちの者には“言わんやかな”である。 途中に見つけた道標に記してあった山上ヶ岳~弥山の距離17.7kmも、あながちオーバーに感じないのもうなづけるのである。
それを踏まえて出発しよう。
やはり、このコースは“行場”である。 “苦労”を伴わずに行ける訳がないのだ。 《小笹ノ宿跡》のキャンプ場で、1日の行動水を水筒に汲んでいこう。 キャンプ場から石畳の崩れたような坂道を登っていく。 この坂をつめて竜ヶ岳の肩を乗っ越すと、《阿弥陀ヶ森》へ向かってトウヒ・シラベの美林の中を縫っていく。
やはり、このコースは“行場”である。 “苦労”を伴わずに行ける訳がないのだ。 《小笹ノ宿跡》のキャンプ場で、1日の行動水を水筒に汲んでいこう。 キャンプ場から石畳の崩れたような坂道を登っていく。 この坂をつめて竜ヶ岳の肩を乗っ越すと、《阿弥陀ヶ森》へ向かってトウヒ・シラベの美林の中を縫っていく。
やがて、樹海の中にポツンと『女人結界門』の立つ《阿弥陀ヶ森》に出る。 ここから《川上村・柏木》へのエスケープルートが分かれているので、体調不良などの時に備えて憶えておこう。 《阿弥陀ヶ森》の分岐からは、樹海の中をえぐるように深く下っていく。 約120m程の標高差を下りきると、《脇ノ宿跡》の広場に出る。 ここも沢が流れる好キャンプ地である。 この広場を底として、大普賢岳への長い登り返しとなる。
まずは、別名“明王ヶ岳”と呼ばれる小普賢岳への登りだ。 際立った岩登りなどはないものの、汗をじっくりと搾られる急坂だ。 これを乗りきると、刹那札の備えられた岩不動が据えられた小普賢岳の頂上だ。 この頂から大普賢岳までは一投足の距離位置なのだが、樹海の中へ一度深く切れ込むので距離感を感じる。
雨天の大普賢岳にて
途中に《経筥石》なる宗教色の強い岩屋があるとの事だが、無視して大普賢岳へ登っていく。
登りきると、樹海が開けて狭い空地の上に頂上標柱の立つ大普賢岳 1780メートル だ。
登りきると、樹海が開けて狭い空地の上に頂上標柱の立つ大普賢岳 1780メートル だ。
ワテの登った時はあいにくの雨模様だったので展望はなかったが、晴天ならば孤高の山より望む大パノラマが楽しめるだろう。
大普賢岳からは、仏教に由来する名称の峰々を次々と乗り越えていく。 途中に行場としても指定されている《水太覗》の絶壁や《弥勒岳》の鎖場を過ぎると、南へ直角に向きを変えて《薩摩転げ》の急斜面に深く切り込んでいく。 この下りは鎖・アングル・ハシゴが連なり、足下は至って不安定なので注意が必要だ。 一度グンと下り小さな鞍部を乗り越すと、七曜岳への急登に取り付く。
大普賢岳からは、仏教に由来する名称の峰々を次々と乗り越えていく。 途中に行場としても指定されている《水太覗》の絶壁や《弥勒岳》の鎖場を過ぎると、南へ直角に向きを変えて《薩摩転げ》の急斜面に深く切り込んでいく。 この下りは鎖・アングル・ハシゴが連なり、足下は至って不安定なので注意が必要だ。 一度グンと下り小さな鞍部を乗り越すと、七曜岳への急登に取り付く。
『水太覗』の絶壁
奥駈道の修験行場だ
この登りも足下が不安定で、まるで“覗”の如く《水太谷》が広がり高度感がある。 眺めが良くなってきてからひと登りで、七曜岳 1584メートル だ。 この頂は“国見七曜”と呼ばれる展望の峰との事で、晴天ならば大普賢岳へと続く稜線が鋸歯状を魅せて、また対面に深く切れ込んだ《神童子谷》を挟んでの稲村ヶ岳の姿は素晴らしいとの事である。 この峰は、ひと息着くにはもってこいの場所である。
ひと息着いたなら、先に進もう。
奥駈道よりの眺め
七曜岳頂上から鎖付きの急斜面を下ると、尾根筋に出て小さな起伏を幾つか越える。 やがて、《みなきケルン》という碑を見ると、行者還岳 1546メートル の分岐だ。 この分岐付近は二重山陵気味となっていて、意識をせずに歩いていくと重い荷物を背負っての行者還岳往復となってしまいかねないので注意しよう(ちなみに、筆者は歩荷往復となってしまった)。
荷物をデポって楽な身なりで行者還岳を往復して、分岐を左に折れて沢筋に下っていく。
荷物をデポって楽な身なりで行者還岳を往復して、分岐を左に折れて沢筋に下っていく。
《行者還小屋》の水源となる《宿ノ谷》の源流沢をハシゴで伝う。 小屋の黒いホースが見えてくると、程なく《行者還小屋》だ。 この小屋は無人小屋ながら畳敷で、毛布も備え付けられ利用状況はすごぶる良い。 もし、今日の行程がキツく感じられるなら、ここを中継点にして余裕のある山行とするのもいいだろう。
重い荷物持ちの縦走だと、この辺りが早めの昼食場所となるだろう。 ここで“バタンキュー”にならない限り、まだまだ道程は長い。 食事も軽く済ませた方がいいだろう。 《行者還小屋》からは、樹林帯の中をやや下り気味に伝っていく。 ほとんど起伏状態はないものの、とにかく長いし、また変化に乏しい樹林帯が続き気分も滅入ってくる。
やがて、長い樹海歩きの中で、樹海の中にポツリと半壊状態の“バラック”もとい、避難小屋が見えてくるだろう。 《一ノ垰》である。 この小屋は宿泊に利用する事は、まず無理そうだ。 だが、雨宿り位は何とかなるだろう。 しばし、この“バラック”の中で休憩してから先に進もう。
《一ノ垰》からも同じような樹林帯の中を今度は登り気味に伝っていくと、弥山への最短路線・《トンネル西口》からの登山道を併せる。 この登路を利用する登山者は最近ではかなり多数のようで、分岐には真新しい道標とテラスに置かれる丸太椅子などが設置されていた。
ここからひと登りで1600mの三角点の置かれた《石休場ノ宿跡》である。 本来ならば、今までの道程で越えてきた山なみを見ながらの楽しい森林歩きなのであろうが、ワテの通った時は大雨で、しかも長い行程に疲れていてそれ所ではなかったのが実情である。
ここからひと登りで1600mの三角点の置かれた《石休場ノ宿跡》である。 本来ならば、今までの道程で越えてきた山なみを見ながらの楽しい森林歩きなのであろうが、ワテの通った時は大雨で、しかも長い行程に疲れていてそれ所ではなかったのが実情である。
今日の大雨が残した
深い雲海のうねり
残りは、“胸突八丁”と呼ばれる《聖宝八丁》の急坂を約1時間登りつめると、弥山頂上台地に飛び出る。 今日は明日の好天を願って、大峰随一の眺めといわれる《国見八方覗》の幕営地で一夜を過ごそう。
明日も、《前鬼》までの果てしなく長い道程が待っている。
翌朝のかぎろい色に染まる中
昨日通ってきた稜線を感慨深く望む
※ 続く《3日目》行程は、『名峰百選 第57回 大峰・八剣山 その2』で語る事にしよう。
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