風来梨のブログ

このブログは、筆者であるワテの『オチャメ』な日本全国各地への探勝・訪問・体験記です。

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私の訪ねた路線  第77回  美幸線

『私の訪ねた路線』  第77回  美幸線  〔北海道〕
 

美幸線 列車標示サボ
 
《路線データ》
         営業区間と営業キロ         輸送密度(’79) / 営業係数(’83)
        美深~仁宇布 21.2km            32  /  4780            
       廃止年月日          転換処置          廃止時運行本数
       ’85/ 9/17             名士バス              4往復
 
  《路線史》
内陸部の美深とオホーツク沿岸の港・枝幸を短絡し、札幌への貨客輸送の強化を目的として建設された路線。 しかし、道路の整備と沿線地域の過疎化で、建設計画そのものが頓挫した。

『オホーツク縦貫鉄道構想』を掛け声に計画路線の全通を訴えた時の美深町長氏が、東京で“日本一の赤字線”を逆手に取っての切符販売や、『お見合い列車』などのイベント列車を走らせた事は有名。
廃止選定基準期間の営業係数は、3859とダントツのワースト1。 そのような中で国鉄再建法が施行され、真っ先に廃止対象の一次候補に指定される。

廃止対象の指定がされた後も興浜線と合せて第三セクター化する『オホーツク縦貫鉄道構想』を掲げ、全線開通による存続を目指したが、経営コンサルタントの試算で「黒字に転換する可能性はない」と断じられ断念。 その後の存続運動は空洞化し、1985年9月に廃止された。 
なお、廃止された現在は、廃線跡を利用したトロッコ施設が稼動している。
 

美幸線のあゆみ
 
未成線区間は大部分が完成していたが、開通間近という所で国鉄再建法により工事が凍結される。
また、廃止問題が浮上する直前には、既に路盤が完成して後はレールを敷設するのみであった北見枝幸~歌登を先行開業させる案も取り沙汰されたが、興浜線や越美南・北線のように分断されたままとなる事を危惧した地元民によって全線一括開業の要望が強く出され開業を見送った・・という経緯がある。

この未成線だが、無人の原野地帯に壮大な鉄道軌道の築堤などが残り、廃線跡探索のメッカとなっている。 ちなみに、未成線区間の第二大曲トンネルは、道道120号線の『天の川トンネル』として転用されている。
 

 

仁宇布駅入場券
 
  《乗車記》
宗谷本線の美深と興浜北線の終着駅の北見枝幸を結ぶ路線で、始終点の駅名(町名)の一字づつ取って『美幸線』と呼ばれた路線である。 その路線名は「美しく幸を呼ぶ美幸(みゆき)線」とも称されて、日本一の赤字ローカル線という事実と共に、廃線前は大いに注目された路線である。
 

美深駅の
『びふか松山湿原』スタンプ
 
でも、実際に乗車する・・、撮影する・・となれば、かなり困難な路線でもあった。 それは1日4往復で、しかも終点で5分の折り返しのダイヤが踏襲され、また終点の仁宇布は美深町の字である小集落に過ぎず、宿泊場所も若者宿が1件(美幸線の廃止と共に川湯へ移転)のみで、車でやってこない限りどうしようもない条件の所を走る路線であったからだ。 つまり、趣味を実行するに当たっては、徹底的に“使えない”路線だったのだ。
 
それを、車の免許も持たぬ小僧だった自分が走行写真を撮っている事自体、奇跡的な事なのである。
だからこの際は、撮影のウデの未熟は問わないようにしよう・・と言うのは、筆者の偽らざる本心である。
それでは、「美しく幸を呼ぶ美幸線」に乗って、そして撮影してみよう。
 

美幸線乗車証明書
 
美幸線は、美深駅の母屋から最も離れた3番線より発車する。 車両は音威子府より連結された気動車の1両が切り離されて、その車両が単行で美幸線を4往復して、また宗谷本線の音威子府行に増結されて車庫に帰っていく・・という車両配車であった。
 
美深を出ると、すぐに宗谷本線と分かれて東へ進んでいく。 きらら397(北海道産の米)の産地である田園地帯を行くと、程なく東美深に着く。 本州のローカル線の無人駅でよく見かける初期型のカプセル待合室が棒線ホームに乗っかるだけの駅だった。
 
次の辺渓も、田園がビートなどの畑に変わっただけの農耕地帯に、東美深と全く同じ規格の待合室が乗っかる棒線駅である。 だが、この途中駅で降りるとなると、1日4往復で併走する道路にバス等の公共交通機関は皆無なのである。 従って、これらの途中駅で降りてしまえば、美深に向けて歩いていくか、4~6時間の列車待ちをするか・・の選択を迫られるのである。
 

車窓からは
高広ノ滝を見る事ができた
落差50mの2対の滝で
高広ノ滝という
 
なぜなら、辺渓~仁宇布間は完全な原野地帯で、あるのは森林や滝や清流の沢といった有り余るほどの自然だけである。 当時は道も全線が舗装されておらず、またオホーツクに抜ける美深峠の道や歌登に抜ける道道も全線開通していない実情であった。 つまり、路線と平行する道は美深町の字である仁宇布集落への生活道路で、そんな道でヒッチハイクはかなり困難であったのである。
 

小僧だった
当時の自分の精一杯
仁宇布から線路を
4km歩いて見つけた撮影地にて
 
景色は抜群に良いが、そんな所を走る路線を撮るのはかなりの困難が伴うのだ。 だから、手前味噌ではあるが、私の自らの足でこの撮影地まで歩いて撮ったこの写真は、自身ではそのデキ以上に思い入れのあるモノになっている。 それは、小僧だった私がその当時の持てるウデを精一杯出した『平凡な鉄道写真』だからである。
 

手抜き!?
美深駅と同じ図案の
仁宇布駅スタンプ
 
列車は、やがて美深町の字集落である『にっぷ』に着く。 駅名は『仁宇布(にうぷ)』だが、字の呼称は『にっぷ』だそうである。 美幸線の列車の車掌も、車内放送で唯一の乗客である私のいる客室に『次は~、終着 にっぷ』とアナウンスしていた。
 

きちんと除雪され
駅ホームも美しい立派な駅だった
“日本一の赤字線”の終着駅
仁宇布にて
 
終着の仁宇布は、如何にも列車交換駅を予定した島式ホームと低い位置の駅舎が構内路で結ばれているという、典型的なローカル線の駅であった。 貨物もなく、手荷物のみで、1日4往復、乗客は1日20人程の駅にも駅員がいて、切符を販売しているのだ。 かつての、この時の日本という国は、こんな人口希薄地帯にも鉄道を通し、定時運行を確保し、そして駅員まで配置する余力があったのだ。
 

在りし日の仁宇布駅
レンタサイクルや宿案内など
かなり“営業努力”をしていた
 
豊かな日本の象徴・・。 だから駅はいつも清掃され、そして冬はキチンと除雪されていた。
また、少しでも収入を・・と、レンタサイクルの自転車が数台並べてあったのである。 ローカル線のあった時代は、力強き、そして優しい良い時代だったのだと、あの日の面影を思い返す度にそう思うのである。
 

撮ってて良かった
仁宇布駅名標
 
だが、駅より続く線路を敷くだけで走行可能の路盤の前に、『終』の一文字が添えられた車止めが立てかけられている事に、「もうこの路線に未来はないのだよ!」と宣告されている現実がある。
このように、重苦しい雰囲気も併せ持つ『仁宇布』駅なのであった。
 

『終』と記された車止めが
先が無い事を物語る
 
なお、仁宇布の近くには、わが国でも珍しい高層湿生植物のトキソウが咲く美深・松山湿原があるので立ち寄ってみるのもいいだろう。 大自然が広がるワンダーランドを目の前にして、鉄道の遺構めぐりだけで終わらすのはあまりにももったいないから。
 
松山湿原にある滝

雨霧ノ滝


女神ノ滝


激流ノ滝

松山湿原の情景

高層湿原・松山湿原の情景


この時はワタスゲが満開だった


是非とも目にして欲しい
ワタスゲに囲まれた
シルクロードを


高層湿原では貴重な花種
トキソウ
 
   ※ 詳細は『魅惑の鉄道写真集』より『美幸線』を御覧下さい。



 
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No title * by みなみかぜ
こんばんは
訪問コメントありがとうございました。懐かしい美幸線ですね、国鉄で日本一の赤字線はここなんだ!と感激しながらキハを見た日のことを思い出しました。仁宇布から4キロ歩いて納得の場所で撮られたこの構図とてもいいですね。

No title * by 風来梨
みなみかぜさん、こんばんは。

観て頂いてありがとうございます。 トラックバックも御承諾頂き重ねて感謝いたします。

記述の通り、美幸線はとても撮影が難しい路線でした。
だから、もっと撮りたいなぁ・・と思っていたのですが、この回だけになってしまいました。 もっと、周囲の自然を取り入れて撮りたかったなぁ・・と思い返しています。

でも、当時10代の私には、そんな技量や発想など出なかった・・と思いますが。

No title * by Rev.Ren'oh
初めまして…拙ブログへご訪問頂き、どうも有難うございます。トラバも嬉しく思っております♪♪
美幸線、懐かしいです…。あれからもう四半世紀以上も経過しているのに、つい去年の秋のことのように思い出されます(´ー`)
雪中の走行シーン、これまた素晴らしいです。私も撮影したかったです。
ポチッ!

No title * by 風来梨
Ren'ohさん、おはようございます。

美幸線には最終日とか訪れたかったのですが、’85は受験でして行くに行けなかった思いでがあります。

宗谷本線のトラックバックありがとうございます。

No title * by takuthikusu12345
すごく綺麗な自然だと思います。

No title * by 風来梨
takuthikusu12345さん、こんばんは。

素晴らしい所ですよ。 機会があれば訪ねてみて下さい。

No title * by 日本一周
列車の走っている仁宇布駅をみせていただいてありがとうございます。
こんな風だったのですね…。でもトロッコ王国になった後も劇的な変化はなかったみたい。
トラバありがとうございました。折り返させていただきます。

No title * by 風来梨
日本一周さん、こんにちは。
トラックバックの御承認と折り返しを頂き、有難うございます。

仁宇布駅のトロッコ列車はしっかりした運営のようで、廃線跡の観光誘致のモデルケースとなりましたね。 神岡線跡とかも線路を残し、廃線跡を軌道サイクリングで楽しめる施設となっています。

まぁ、あれだけの自然の宝庫だから自然探究趣味の方にはお薦めの場所なんですけど、やっぱり観光地として訪れるには遠いですね。

コメント






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No title

こんばんは
訪問コメントありがとうございました。懐かしい美幸線ですね、国鉄で日本一の赤字線はここなんだ!と感激しながらキハを見た日のことを思い出しました。仁宇布から4キロ歩いて納得の場所で撮られたこの構図とてもいいですね。
2012-02-29 * みなみかぜ [ 編集 ]

No title

みなみかぜさん、こんばんは。

観て頂いてありがとうございます。 トラックバックも御承諾頂き重ねて感謝いたします。

記述の通り、美幸線はとても撮影が難しい路線でした。
だから、もっと撮りたいなぁ・・と思っていたのですが、この回だけになってしまいました。 もっと、周囲の自然を取り入れて撮りたかったなぁ・・と思い返しています。

でも、当時10代の私には、そんな技量や発想など出なかった・・と思いますが。
2012-02-29 * 風来梨 [ 編集 ]

No title

初めまして…拙ブログへご訪問頂き、どうも有難うございます。トラバも嬉しく思っております♪♪
美幸線、懐かしいです…。あれからもう四半世紀以上も経過しているのに、つい去年の秋のことのように思い出されます(´ー`)
雪中の走行シーン、これまた素晴らしいです。私も撮影したかったです。
ポチッ!
2012-03-09 * Rev.Ren'oh [ 編集 ]

No title

Ren'ohさん、おはようございます。

美幸線には最終日とか訪れたかったのですが、’85は受験でして行くに行けなかった思いでがあります。

宗谷本線のトラックバックありがとうございます。
2012-03-09 * 風来梨 [ 編集 ]

No title

すごく綺麗な自然だと思います。
2013-02-17 * takuthikusu12345 [ 編集 ]

No title

takuthikusu12345さん、こんばんは。

素晴らしい所ですよ。 機会があれば訪ねてみて下さい。
2013-02-18 * 風来梨 [ 編集 ]

No title

列車の走っている仁宇布駅をみせていただいてありがとうございます。
こんな風だったのですね…。でもトロッコ王国になった後も劇的な変化はなかったみたい。
トラバありがとうございました。折り返させていただきます。
2014-09-12 * 日本一周 [ 編集 ]

No title

日本一周さん、こんにちは。
トラックバックの御承認と折り返しを頂き、有難うございます。

仁宇布駅のトロッコ列車はしっかりした運営のようで、廃線跡の観光誘致のモデルケースとなりましたね。 神岡線跡とかも線路を残し、廃線跡を軌道サイクリングで楽しめる施設となっています。

まぁ、あれだけの自然の宝庫だから自然探究趣味の方にはお薦めの場所なんですけど、やっぱり観光地として訪れるには遠いですね。
2014-09-14 * 風来梨 [ 編集 ]