風来梨のブログ

このブログは、筆者であるワテの『オチャメ』な日本全国各地への探勝・訪問・体験記です。

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『路線の思い出』  第555回  根室本線・東鹿越駅

『路線の思い出』  第555回  根室本線・東鹿越駅 〔北海道

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東鹿越駅舎
1日平均利用客0~1人の秘境駅が
台風災害により先が不通となり
終着駅&代行バス乗継駅に出世した

《路線データ》
根室本線
       営業区間と営業キロ            輸送密度 / 営業係数(’22)  
      滝川~根室 446.8km                 52  /   2283
                             ※ 富良野~新得の数値
富良野~新得 運行列車・代行バス(’24)
   富良野~東鹿越 普通 下り3本・上り4本
             (下り2本・上り3本は滝川始発着・上下各1本は富良野始発着)
   滝 川~東鹿越 快速〔狩勝〕1往復
              (下り快速〔狩勝〕は富良野~東鹿越の各駅に停車、
               上り快速〔狩勝〕は富良野~東鹿越で下金山・布部通過)
   東鹿越~新 得 代行バス4往復  
     ※ 2016年の台風災害により、現在は東鹿越~新得は不通となっている
       現在は不通区間に代行バスを運行

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駅舎にひらがなで駅名・・
昔の国鉄の香りが漂う

東鹿越駅(ひがししかごええき)は、北海道空知郡南富良野町字東鹿越にあるJR北海道及びJR貨物・根室本線の駅である。 島式ホーム1面2線と木造駅舎を有する駅で、跨線橋はなく駅舎とホームは構内踏切で連絡している。 現在は島式ホームの外側に折り返し列車が発着する片面使用となっている。

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駅の窓口は板で封鎖され
記載台には本立てが設置され
駅の小文庫となっていた

貨物列車の運行が打ち切りとなった以降は無人駅となっている。 ホーム上には『石灰石』と書かれた大きな岩がある。 駅名は、先に設置された鹿越駅(信号場及び仮乗降場格下げの後に、1986年11月1日に駅廃止)の東側に所在した事に由来する。

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ホームに置かれた
石灰石の大きな鉱石
※ ウィキペディア画像を拝借

当駅の周辺では、鉄道開通間もない明治30年代末ごろから石灰石の採掘が行われており、1908年より現在の東鹿越駅付近で王子製紙による鉱山経営が行われていた。 この鉱山から産した石灰石は、1924年に完成した馬車軌道(のちにガソリン機関車や蒸気機関車に動力切り替え)によって運搬し、隣駅の鹿越駅から発送していた。

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駅周辺の現在はダム湖がたたずむ
だけの秘境地帯だが背後には
石灰石鉱山の施設が残っている

しかし、1941年の太平洋戦争開戦を受け、特に製鉄用としての石灰石の増産命令が政府から出され、同年には石灰石発送の為の専用線と専用線を分岐する信号場を根室本線上に設置する事となった。
これが当駅の起源である。 この鉱山で産出された石灰石は、日本製鐵(初代・現在の日本製鉄の前身の一つ)・輪西製鉄所(現:日鉄北日本製鉄所室蘭地区)で使用され、1943年には鉱山の経営も王子製紙から日鉄傘下企業の日鉄鉱業に移管されている。

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この駅舎は戦後石灰石鉱山を運営した
日鉄鉱業によって建てられたものだった

東鹿越信号場は、開業後に仮乗降場として旅客の取り扱いも行うようになったが、日鉄鉱業の鉱山開発・発展に伴う乗降人員の増加により、仮乗降場としての取り扱いでは支障をきたすようになり、日鉄鉱業・北海道農材工業と地元住民の運動により、1946年に正規の駅に昇格している。 正規駅への昇格に際して、日鉄鉱業は駅舎・ホーム・宿舎を建設して国鉄に提供している。

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1986年の貨物取扱休止まで
釧網本線の中斜里まで
貨物列車が1往復運行していた

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生産される糖類にコクを出すべく
石灰の粉を甜菜に混入して炭酸カルシウム
を配合するとは一つ知識が増えたよ
※『ホクレン・中斜里製糖工場』より

その後石灰石は、製鉄の他にも製糖(甜菜に炭酸カルシウム成分を配合する為に配合)、パルプ製造(苛性ソーダ精製の為にパルプ材に投入)向けに発送が続いたが、1997年に釧網本線の中斜里駅に隣接したホクレン中斜里製糖工場向けの貨物列車が終了し、旅客列車のみの発着となった。

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駅前に立つ代行バス乗り場を
示すバス停ポール

2016年には利用客僅少により駅廃止の検討がされていたが、同年8月31日に襲来した台風10号による被災により、根室本線は当駅と新得の間で不通となり鉄道運行を休止した為、当駅は代行バスと列車の乗り継ぎ拠点となった。

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2016年の台風災害より7年半
列車が来なくなった駅
根室本線・落合駅

その後、新得方面は復旧のめどが立つ事なく、JR北海道は路線維持困難な線区として、当駅を含む富良野~新得を指定してバス転換の意向を表明し、2024年4月1日での富良野~新得の路線廃止が決定した。
この路線廃止に伴って、当駅はこの記事公開の5日後に路線と共に廃駅となる予定である。

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貨物側線などは一切撤去されて
島式ホームと広大な貨物ヤード跡
が残るのみとなった東鹿越駅

なお、JR貨物としての駅は、車扱貨物の臨時取扱駅(事実上は休止駅)となっている。
前述したように、当駅の設置理由であった日鉄鉱業東鹿越鉱業所へ続く専用線が分岐していたが、1997年3月に釧網本線・中斜里のホクレン農業協同組合連合会中斜里製糖工場向けの1日1往復(末期の本数)の石灰石輸送列車が廃止されて以降は貨物列車の発着はなく、貨物設備や接続する専用線も撤去されている。

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鹿越仮乗降場があった付近をゆく
根室本線の気動車列車

駅設置の経緯から元々は駅前に集落はなく、駅背後の日鉄鉱業鉱業所に附随した鉱山住宅街があるのみであった。 また、駅と石灰石鉱山は空知川が作り出した谷の中腹に設けられていたが、金山ダム建設によって空知川の水位が上昇し、駅前は人造湖のかなやま湖となっている。 この他、駅から谷を下った空知川のほとりには農村もあったが、かなやま湖に水没している。

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鉱山住宅跡があるのみの
無人地帯で日の利用が0~1人の駅が
バスの乗継駅となり日に20数名の
利用客がカウントされる事となった

2022年度の1日平均の乗車人員は24人との事で、これはバス乗り継ぎの利用客もカウントしている為と思われる。 ちなみに、バス代行以前の1日平均乗車人員は、0~1人との事であった。
また、1955年の年間石灰石貨物発送トン数は197000トン(1日平均539.7トン)との事である。



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東鹿越駅名標と駅舎

前述の通りこの駅は、この記事の公開5日後の4月1日に路線廃止と共に駅廃止となる事が決定している駅である。 この記事は、この年末年始に追っかけに行った際に駅を訪ねたモノで、巷で言ういわゆる『葬式鉄』での事である。 けれど、この『追っかけ』の為だけに北海道に渡ったのではないよ。
メインの目的はあくまでも、タンチョウのテイクオフなのだから・・。

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『道の駅・南ふらの』のトイレ
※『マピオン』より

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北海道での『HOT CHEF』率は
全食事の5割を越えたりして
※『セイコーマート』のウェブサイトより

さて、帯広でレンタカーを借りて、この春先を以って路線廃止となる根室本線の廃止区間に向かう。
でも、かつての廃止路線のように人煙稀な原野の辺境地帯である事もなく、廃止区間の中心駅である幾寅駅の所在する南富良野町は、コンビニはあるし道の駅はあるし、タウンホールもある普通の地方の町である。 まぁ、『街』でない事は、隣駅まで街並みが持たずに原野となる事が物語っているのであるが・・。

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南富良野町の中心である幾寅も
不通バス代行区間にある

さて、訪れたこの根室本線の廃止区間は、2日に渡って攻める事にしたのである。 なぜ2日にしたのかっていうと、この区間は周知の通り東鹿越から南の区間は2016年の台風災害で不通となり、そのまま復旧放棄されてバス代行輸送となっているのである。

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金山~東鹿越は全く無人の
北海道の原野地帯をゆく
この区間の列車本数は4.5往復だ

従って、『撮り鉄』はバス代行区間となった廃止予定区間の中心駅・幾寅より北側で、しかも1日下り4本・上り5本と運行本数が僅かで、『撮り鉄』可能なのは7~9時台の上下各1本と14~15時の上下1本のみだ。 即ち、朝の便を撮り終えれば、5時間以上何もする事がないのである。 ホント、『レンタカー』という逃げ場がなければ、真剣に寒さで行き倒れしそうな所である。

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でもかつては『乗り鉄&撮り鉄』で
この4.5往復より厳しいローカル線を
『北海道・真冬の駅寝』を
駆使して追っかけていたよ

けれど、かつて廃止線を追っかけた頃は、コレよりもキツい3往復の路線を駅寝しながら、撮影地まで徒歩で挑んでいたのである。 だが、当時は無人駅も閉め切れる駅舎が多くあり、また夜行列車もシッカリ運行していて、しかも特急も含めて乗り放題の周遊券全盛時代で、アプローチ・前夜の宿共に確保が容易だったのである。 これに加えてかつての若さと体力、そして野宿グッズがあれば食事も確保できたのである。

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幾寅駅の『鉄道員』ロケセット
鉄道から離れた時期に初めて見た
胴体輪切りにされた気動車を見て
「映画撮りは鉄道へのリスペクトを
持ってないな」と思ったよ

話がかつての『全盛時代』に逸れたが、元に戻すとしよう。 廃止を控えた路線は『お定まり』事項として、『撮り鉄』の他に可能な限りの廃止区間『全駅めぐり』と、廃止区間の『通し乗り』が必須となるのである。 それを思えば、『レンタカー』って便利だねぇ。 かつては『可能な限り』だった『全駅めぐり』が、容易に成就できるようになったし、寧ろ列車のない空き時間を使ってコナせるようになったしィ。

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このかなやま湖を渡る撮影地も
幾寅から10km以上離れていて
レンタカーがなければ撮影不能だ

かつての『追っかけ時代』は列車利用だったので、廃止線の『全駅めぐり』は困難を極めたのである。 『全駅めぐり』をするなら駅間歩行は当たり前で、駅間距離7~8kmの歩行も当たり前だったのである。 だから、駅間歩行を最短距離とするべく線路を歩く事などしょっちゅうで、今なら摘発を受けかねない『線路歩き』も、この頃は原野の農地にある集落などでは線路が自宅と駅をつなぐ『歩道』であったなど、普通に歩かれていたのである。

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全国コンビニで
評価№1のセイコーマート
※ ウィキペディア画像を拝借

それに食料、北海道は全国コンビニで№1評価の『セイコーマート』の本拠地で、コンビニで暖かいカツ丼や海苔弁が食えるなど、都会の生活と遜色のない食生活(但し食生活のレベルはワテの基準)も確保できるのである。

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もう北海道ではセイコーマート
以外のコンビニに入る事はないよ
※ ウィキペディア画像を拝借

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爆弾おにぎりも暖かいから美味い
※ ウィキペディア画像を拝借

なので、朝は前夜にパンの買い置き、昼と夜は『セイコーマート』で作り立ての丼モノ、宿泊場所は翌朝に『撮影場所』に向かえる事とトイレの確保で南富良野町の道の駅、風呂は新得と富良野で確保してるので時間のある時に行けばいいし、同じくコインランドリーも新得と富良野にあり、旅の『三種の神器』が容易に確保できるのである。

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かなやまでは雪の情感がある
写真が撮れて意気揚々と
レンタカーに戻ったが

だから、朝の1往復を『撮り鉄』して、列車のない空白の5時間に廃止区間の駅めぐりの計画を立てたのである。 だが、レンタカーは宿を兼ねた安い(普通のレンタカー会社より5泊6日利用で25000円安い)『ニコニコレンタカー』で、車種は10年以上落ちのファンカーゴで馬力がないっていうか、トヨタの中古車は性能劣化が激しいというか・・で、坂の下にある金山駅では、帰りに道道に戻る坂を上りきれずに駅で『カンヅメ』になりかけたよ。

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その後すぐに車が坂を上れずに
カンズメとなる恐怖を味わったよ
※『マピオン』の地図を加工

最後のひと上りが越えられずにタイヤが空転して、エンジンを噴かしているのに坂をズルズ後退してしまうのだ。 そして金山の駅舎は坂道の正面に建っていて、助走距離も確保し辛いのである。
それで、4回ズルズルと後退したよ。 なので、坂の最上部にできた雪の盛り上がりがカチコチに凍ったのを、石で叩き割って車に積んであったシャベルで均して再度アタック。 これを繰り返す事3度の通算5度目のアタックで、何とか坂の上の道道に戻れたよ。

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冬季閉鎖で夏も入場料と駐車場で
2~3000円要るのなら
『北の国から』はコレで十分と思えたよ

そして、沿線の観光地である『北の国から』の『麓郷の森』も立ち寄るつもりでいたけど、冬季は閉鎖で、夏の開園時も入場料+駐車料で2~3000円取るんだって・・。 コレで、『北の国から』は心の中にしまう『思い出』となる公算大である。

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朝の7時台の列車はまだ薄暗く
シャッター速度が稼げないし

さて、『撮り鉄』であるが、かなやま湖を渡る有名撮影地と、『下金山カーブ』というこれまた有名撮影地で撮る事にしたが、あからさまな有名撮影地以外は撮影地を見つける事が難しいという『車撮り鉄』の弱点が持ち上がるのである。 それに加えてこのファンカーゴは、かなやま湖を渡る撮影地では路肩にある撮り鉄用の車の駐車スペースの雪の塊も1回で越える事ができず、やっとこさ越える事ができても脱出が困難となる『更なる弱点』が露呈したのである。

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コレ撮った後にサブカメラのα303iの
シャッターが切れなくなる不調が生じて
かなやま湖は最後もモノにする事できず

なので、『撮り鉄』が群がるコチラに向かってくる上り列車(9時台と15時台)は、車を止めれないので、800m離れた道道の『かなやま湖展望所』の駐車場に車を止めて歩いて向かったよ。 また、『下金山カーブ』は林道の300m奥に駐車スペースがあり、これも林道で脱出不能となるのを恐れて、林道の入口際のスペースに、国道に脱出できる事を実際に試して轍を作って歩いて撮影地に向かったよ。

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朝は冬では稀である
芦別岳がハッキリと現れたが

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9時台の上りは後追いで
雪を巻き上げて

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こんなのになっちゃいました

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午後は向かってくる列車だったけど

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芦別岳が隠れちゃいますた

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不意を突かれたコレも
ブレたけど何とか
掲載レベル(但しワテ基準)かな?

だから、『撮り鉄』で激混みとなる7時台の下り列車(背後に芦別岳を入れて向かってくる列車を撮れる)は、立ち往生となるのが怖くて行けずに、雪を巻き上げる9時台の上り列車と大抵空が曇り出す午後の撮影となったよ。 けれど、偶然にも排雪モーターカーが撮れたのでヨシとしようか。

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声を大にして言いたい!
この北海道旅のメインは
『葬式鉄』ではなくタンチョウ撮影だと

そして最後のタスクである『乗り鉄』は、メインの茅沼でのタンチョウ撮影を終えてレンタカーを返してから、この旅の次のステージである北秩父別・北一已に向かう時に乗る予定を立てたよ。
でも、1日4往復は乗るのは厳しいよ。 帯広で朝にレンタカーを返してから、東鹿越の駅に着くまで6時間かかったよ。

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帯広でレンタカーを返して
東鹿越に向かうと
新得で4時間の待ちが生じてしまう

それは帯広駅にしても特急は概ね毎時1本あるが、普通は8:56発の新得行きの後は13:20までないのである。 そして新得からの東鹿越行きの代行バスは新得駅前を13:57発と、このバス便に乗るには帯広8:56発の新得行きしかないのである。 だから、新得で4時間近くの待ち時間が発生するのである。
まぁ、特急に乗ればいいんだけど、40kmそこらで1500円の特急料金払うのは勿体ないしィ。 
それに、特急に乗るにしても、帯広駅で4時間位時間を潰さねばならないから同じだしィ。
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サホロリゾートのホテル前にバス停があって
全てのバス便がここに立ち寄るみたい
※『JTB』より

新得からの代行バスは、富良野バスの観光バスだったよ。 そして、列車代行バスというより、サホロリゾートへの定期バスに列車代行バスの運用を引っ付けた感じであった。 だけど、乗客の大半が『乗り鉄』さんや『駅降り鉄』さんだったけど。

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富良野バスの観光バスを使った
根室本線列車代行バス
路線廃止後も運行区間を延長して
任にあたるとの事である
※ ウィキペディア画像を拝借

バスは約1時間ちょいで東鹿越駅の割と広い駅前広場の富良野寄りのバス転回場に着く。
バスが着くと堰を切ったように『乗り鉄&駅降り鉄』さんが駅舎に向けて駆けだす。 乗り継ぎ列車の発車時刻は15:12だから乗り継ぎ時間は8分だが、この8分に青春の全てをぶつけるって言った感じでワラワラと駆け出して行ったよ。

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しんがりでゆっくり行った方が
得てして黒班(人影の事)が入らないみたい

ヘタレとなったワテは、しんがりから「よっこらしょっ」と重い足取りで駅舎に向かう。
駅舎は、前の2日間で撮影済だったし・・ね。

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夕陽に染まる1ショットが
最後の別れのショットとなった

そして、いい天気となって斜陽に輝くカウントダウンとなった根室本線列車との別れのワンショットを撮って、キハ40のロンシーに陣取る。 このロンシー部分は『鉄』の趣味者は座らないから、駅寝装備一式の大荷物(この日の宿泊場所は石狩沼田駅デス)を担いだワテには好都合で、最近はこのロンシーの着座率が高くなったよ。

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さすがに冬は登れないけど
芦別岳は最盛期にキッチリ登ったよ

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中部日高・コイカクから芦別岳へは
登りが太陽の里キャンプ場で
下山後に山部駅で駅寝したよ

そういえば廃止となるこの区間は、日高・コイカクシュサツナイ岳と芦別岳に登った時にヤマの移動で乗って以来四半世紀ぶりだなぁ。 でも、『名残り乗車』となる時がくるなんて、四半世紀前は思いもしなかった事である。 ほんの四半世紀・・25年ほど前は、急行【狩勝】も走る幹線区間だったのが、1980年台に廃止となったローカル線よりも更に閑散線区となって廃止となるなんて、ホント時の残酷なまでの無常を感じるよ。

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1日4.5往復で廃止区間の
全駅を『駅降り鉄』したら
裕に1週間の日数が必要だろうね

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で・・『葬式鉄』さんたちは
デッキで運転席カブリ着きで動画を撮ったり
駅に着いたら降りずに
デッキから駅を激写していたよ

列車は富良野まではほぼ『鉄』さんで満員となるが、途中で降りるような『駅降り鉄』の『猛者』はいなかったみたい。 1日4.5往復なら列車での駅めぐりは困難を極めるから、駅寝覚悟で挑まないと、『駅降り鉄』のタスクは達成できないしィ。

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旧炭鉱街の赤平は
イルミネーションの町として
売り出している

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次の年末年始の冬の北海道旅は
このイルミネーションめぐりもいいかも

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でも車内から見たイルミネーションは
美しくも寂しげで
人知れず灯っていたよ
※ 3枚とも『赤平観光協会』より

富良野からは残存区間となるので車内は半分に減って、列車は闇の中を突いてかなやま湖と同じような野花南湖というダム湖の畔の原野地帯を進んでいく。 途中に芦別・赤平と炭鉱街の駅に止まるが、これらの町の中心駅はささやかに正月を祝うイルミネーションが人知れず闇を照らしていた。


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株式投資でFIREを目指そうとする奴は
100%失敗して一文無しで
老後生活に突入するだろうね

なぜならFIRE目指そうって目論む奴は
もう50歳を超えているだろうから
残り10年未満でFIREの条件を
満たす程に株式を増やせないからである

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そしてFIREを目指そうって奴は
短期間で成果を求める傾向にあるが
株式投資は最低25年で普通は一生涯賭けて
株式投資をし続けて
株を増やしていかねばならないのである

何でも厚切りジェイソンとかいう外人が
アメ株で成果を出してるのを
真似して資産形成を目論む
FIRE目当ての俄か投資野郎が増えたが

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コロナ蔓延でアメ株が大暴落した際に
身ぐるみ資産を失って「言ってる事と違う」と
逆恨みしてる奴が多くいるって事だけど
こういう奴は株で破産する奴の典型例だよね

それに厚切りジェイソンが株式投資で
5年ほどの短期間で成果を出せたのは
奴が会社役員であり芸能人であり
マンションオーナーでありと

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一般庶民の7〜8倍は金を稼げる身の上だからで
即ち一般庶民の7〜8倍の金を
株式投資に突っ込んで
株を増やす事ができたからだよ

要するにここでもネット=厚切りジェイソンを
ダシにしたウソに騙された訳で
しかも例のオッサンのように

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(フリーランスになったみたいだけど)
仕事を辞めて収入が先細りしたなら
株を増やす事が不能となってしまうしィ

それにフリーランスって恐らく
派遣の所得より低いんじゃね?
それで家族を抱えていたなら
到底株式投資に回す金などねえわなぁ

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だから株が上がったら有頂天になって
換金して持ち株を失い換金した金も
すぐに使い込んで無くなり
そのうちアメが不況になると一発でアウトだわな
長くなるので
次回のバナー下に続く





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