風来梨のブログ

このブログは、筆者であるワテの『オチャメ』な日本全国各地への探勝・訪問・体験記です。

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岬めぐり・・  日ノ出岬

岬めぐり・・  日ノ出岬

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展望櫓があるだけで
全く観光地化されていなかった
40年前の日ノ出岬

  日ノ出岬  ひのでみさき
雄武と興部の間にあるオホーツク海に少し飛び出した岬で、岬の名の通りオホーツク海から昇る朝日を望む名所である事は元より、高い緯度の北海道の広大な水平線ゆえに初夏から夏にかけてはオホーツク海に沈む夕陽も望む事ができるとの事である。

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現在はガラス張りの展望ゲストハウス
『ラ・ルーナ』が建っている
※『雄武町観光協会』より

岬の高台の上には『ラ・ルーナ』という全面ガラス張りの2階建て展望台がある。 だが、ガラス張り構造ゆえに、夏は耐える程ができない程に暑くなり冬の流氷の無い時は雪に埋もれて閉鎖するなど、ただの土産物売り場の様相を呈している。

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展望台『ラ・ルーナ』より望む流氷の朝
※『雄武町観光協会』より

そして、この日の出岬の最もお勧めしたい時は、冬の流氷接岸時の情景だろう。 この時ばかりは無粋な土産物売り場の『ラ・ルーナ』も前面ガラス張りで中は冷気が遮断されていて、寒さに晒される事なく流氷と日の出風景を楽しめるとの事である。

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夏は岬の高台がキャンプ場になるなど
観光地化が推し進められているが
※『北海道新聞』より

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けれど観光地化されきった
こういう光景はあまり見たくない
※『マップルガイド』より

今はガラス張りの展望台『ラ・ルーナ』の他にも夏はキャンプ場が開設され、岬の付け根の海岸段丘の上には温泉ホテルが建設され、また冬の流氷接岸時には『ラ・ルーナ』が夜間ライトアップされるなど観光化が進んでいる。

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40年もの昔には岬の海岸段丘に
国鉄の廃止ローカル線が行き交っていた

だが、この展望台『ラ・ルーナ』が建つ前のもう40年もの昔には、旧国鉄の赤字廃止路線『興浜南線』が岬の付け根の海岸段丘を伝っていて、冬の流氷接岸時には車窓から雄大な流氷情景を魅る事ができたのである。 そしてこの日ノ出岬も全く観光地化されておらず、幕末の松前藩がオホーツク沿岸警備の為に設けた烽火台跡の史跡と展望櫓があっただけで、「これぞ岬情景」という岬情緒あふれる情景だったのである。

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日ノ出岬の流氷風景
※『雄武町観光協会』より

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40年前の大切なお宝情景たる
岬情景をここに
※ 興浜南線の乗車証明書

今の展望台『ラ・ルーナ』を介しての岬情景は、数多のツーリスト会社が宣伝を打って広めているし、訪れた旅行者が岬情景をブログやSNSにアップして語り尽くされているだろうけど、ワテが感動した烽火台跡の史跡と展望櫓と国鉄の廃止路線から眺める流氷情景は、もう過去のモノとなってネット上では全くなかった事となっているが、今回はそのワテが感動した40年前の岬と流氷情景を語っていこうと思う。



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興浜南線の路線詳細図
※『廃線鉄道 第87回 興浜南線』より

   行程表
雄武町と興部町(いずれも旧国鉄の駅跡は『道の駅』及び路線バスのターミナルとなっている)を結ぶ国道238号線のほぼ中間地点にある岬で、距離はどちらの町からも約11kmで、車なら20分あれば訪れる事ができる。
   ・岬の上には100台収容の駐車場があり、岬の前まで車での往来が可能。
   ・路線バスは紋別~雄武で1日5往復の運行。 日ノ出岬の最寄りのバス停は『オホーツク温泉・
    日ノ出岬ホテル前』となっている。

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もう40年も前の夢幻に等しい
ワテのとっておきの岬情景

これから語る岬情景は、もう40年も昔のほとんどの人が見た事のない岬情景となっているだろうと思う。 それは40年という月日は世代を越える長さで、当時大人だった人はもう老人となり寿命を迎えているかもしれない。 そして当時子供だったなら、あの岬情景に絆されて記録に残したいと考える年齢は、高校生から青年の世代のみとなるだろう。 このように、この時にこの岬情景に絆されて写真という記録を残した者は、極々稀な存在でしかないのである。

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もう二度と撮れない情景を
デジタルの機構の為に失ってしまったら
ワテはデジタルを猛烈に恨むだろうね
※ 今はもう見る事が叶わない『流氷列車』

また写真も、世代を越えて映像記録を残せないデジタルへと変わり、貴重な情景を後世に残す事がかなり難しくなっている。 なぜなら、デジタルはデータにノイズ一つ入ると他のデータを道連れに全て消し飛んでしまうのだ。 下手すると、生まれた時の写真を結婚式の時に残せないという弊害があるって事である。 そして、そこまで考えてデータを残す作業は、一般人ならば並大抵なモノでないからだ。

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流氷のおりなす毛嵐により
流氷原から昇る朝日が四角くなった

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流氷を伝って渡っていけそうな
近くて遠い島・国後島
もう撮れない情景を
フイルムで刻んできたワテからしたら
デジタルなんて怖くて使えない
※ 2枚いずれも根室標津沖にて

こういう事からも、つくづく写真を知った時がフイルム時代で本当に良かったと思うし、「助かった・・、自身の歴史を失わずに済んだ」との安堵の気持ちを大いに抱いているのである。 だから、今もフイルムの灯をつなぐワテ・・。 フイルムは無くなる事はないとは思うけど、無くなったら写真が本当につまらなくなるので写真から手を退くよ・・ワテは。

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この路線に再度訪れたいと
思った時に路線廃止となって
適わぬ夢となってしまった
『道の駅・おうむ』の
フロアの一角に設けられた
興浜南線の鉄道資料室
※ 『道の駅・おうむ』のウェブサイトより

話はそれたが、先程に述べた当時高校世代で廃止ローカル線の『興浜南線』を追っかける事のできた(流氷が接岸する2月=3学期のど真ん中に、北海道に行ける高校生ってコレ如何に!?という疑念を問うと、筆者〔タワケ〕が窮してしまうので問わないように・・)稀少な奴として、40年経ってヘタレきってもまだ色褪せずに残るあの時に流氷の岬に立った感動と体験を語っていきましょうか。

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興浜南線の終着駅・雄武に置いてあった
日の出岬の思い出スタンプ
・・少し絵が下手(汗)

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比べて秀逸な図柄の
『DISCOVER JAPAN』のスタンプ

  《オホーツク縦貫鉄道の夢》より加筆修正
夜行急行【大雪】と遠軽からの名寄本線(コチラも1989年4月末で廃止)の始発列車を乗り継ぐと、興部駅に朝6時ちょうどに着く。 興部駅で真ん中のホーム・2番線に停車している興浜南線の単行気動車に乗り込むとしよう。

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雄武駅に掲げられていた時刻表
興浜南線は1日6往復と
当時の赤字ローカル線の
スタンダードな運行本数だった

廃止ローカル線は本数は1日6往復と少ない(それでも今のJRと比べたら、格段に便利で運行本数が多い)が、全列車に列車接続がキチンと組まれていて、今のJRでは『夢物語』となっている鉄道での『旅』ができたのである。

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もう叶わぬ夢となった
列車の車窓から望む流氷風景

車窓を眺めるなら、季節は何と言っても冬・・、それも2月だろう。 もちろん、座席は進行方向右側のオホーツク海側である。 単行気動車ではあるが、閑散線区ゆえに乗客で座席が埋まる事もないので、恐らく希望通りに海側の座席を確保する事は叶うであろう。

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興部からの名寄本線と興浜南線は
この観光案内図ように分かれていた

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興浜南線の路盤跡と名寄本線の線路
興浜南線は興部駅を出ると
感覚とは逆に紋別方向に1kmほど進んで
南進する名寄本線と分かれて
180度方向を変えて分岐・北進していた

興浜南線の列車はやや内陸に入った所に設けられた興部駅から、スイッチバックの如く紋別の方向へ走り出す。 町外れの分岐点でオホーツク沿岸を南下する名寄本線と分かれて、180°反転して北上していく。 海岸段丘を形成する丘陵地帯と興部川が形成する沼地帯を越えると、いよいよオホーツク海の辺に踊り出る。

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流氷が接岸する冬は車窓から
我が国屈指の鉄道情景を魅せてくれた
※『北海道鉄道百景』
監修・国鉄北海道総局より

2月の流氷接岸時なら、進行方向右側の車窓には流氷が眩いまでに白く輝いている事だろう。 
流氷を眺めつつオホーツク海際の湿地帯を伝っていくと、やがて最初の停車駅である《沢木》に近づく。
駅が近づくと、海風を避けるが如く内側に集まる集落の方に入って海より離れる。

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沢木駅跡
一時は駅跡の公園に
駅名標などが展示されていたが
区画整理に伴って撤去されている

沢木駅・・。 周囲は典型的な海沿いの小集落であった。 海からの潮風を避けるべく、岬の高台の麓の狭いスペースに寄り添うように民家が集まっていた。 廃止されてからも一度訪れた事があるのだが、駅跡は路線バスが転回できるのか・・と思える程の手狭いロータリーとなっていて、沢木の駅名標が墓のように立てかけられていた。

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松前藩のオホーツク沿岸警備の
烽火台跡だった痕跡は
今は全くなくなっている
※『ホテル日の出岬』より

この駅の付近には松前藩のオホーツク沿岸警備の烽火台跡であった日ノ出岬があり、距離も1km程なので徒歩で向かう事が可能であった。 また、この岬の高台よりオホーツク海と流氷、そして沿岸を行き交う興浜南線が俯瞰できたのである。 それでは、この駅で下車して岬を訪れる事にしよう。

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岬から望む点在する流氷

沢木駅から、冬は道が雪に埋もれて誰も立ち寄らない絶景の場所・日ノ出岬の烽火台跡園地まで歩いていく。 その距離は2km足らずだが、誰も立ち寄らぬ故に完全に雪で埋もれていて、ラッセル歩きを強いられた。 若いあの頃でなければ、たぶん音を上げて途中で引き返していただろうね。

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広角でラッセル車をドアップしたり
真冬の北海道で駅寝したりと
『何でもアリ』だった若き日のワテ

ズボズホと雪にハマりながら、深くハマった足を引き上げる為に銀箱(カメラバック)で雪を圧雪したりしながら40~50分かかって、岬の烽火台跡までやってくる。 でも、岬は今の様に観光地として売り出すはるか前の事で、何の造作も加えられず、史跡である松前藩の烽火台跡を説明する案内板もなく、ただ鉄製の中2階構造の展望櫓があるのみだった。

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この時は流氷が点在する
海に敷き詰められた流氷とは
また違った趣のある流氷情景だった

ワテの訪れた時のオホーツク海は、流氷が点在する趣のある情景であった。 展望櫓の上に立つと、対岸の位置となる海岸縁の土手にしがみつくように興浜南線の線路が通っているのが見えて、果てしなく広がるオホーツク海の蒼と点在する流氷、そして海岸に迫る海岸段丘の中腹を行く興浜南線の列車を一望できたのである。 真に流氷があったなら絶好の撮影スポットだったのである。

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岬に着くと天候が崩れ出し
展望櫓だけの吹きっ晒しの岬で
小吹雪状態となっていた
その中で辛うじて撮った1枚

だが、沢木駅を出る頃には晴れていた天気が岬に着く頃には崩れ出し、展望櫓の上からの興浜南線は吹雪模様の白飛びの情景となっていた。 この情景にガッカリした小僧だったワテは、小僧の稚拙な考えでこの岬に見切りをつけて、1本撮っただけで引き上げてしまったよ。 でも、晴れていれば、恐らく・・そして上手く撮れたらの話であるが、ホームページの『日本百景』やこのブログなど、ワテの製作するあらゆるメディアのトップを飾る『一番星』な写真となっただろうね。

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これより1年後の夏に路線廃止となって
「まだ2~3年は持つだろう」との甘い見通しは
もう二度と出会えぬ情景となってしまった
※ 旭川鉄道管理局発行の
『さよなら興浜南線』タトウ

そして、この時は「まだ2~3年は廃止にならないだろう」という楽観的な気持ちが心の中にあり、無我夢中で『この日の1枚』を追っかけるという事をしなかったから、ワテが高校を出て社会的に自由な身となるまでに『オホーツク縦貫鉄道の夢』は路線廃止となって、もう二度と出会えぬ情景となってしまったのである。 この時が最初で最後の鉄道情景となってしまったのだ。 だからこの写真に関しては、今も大きな悔いを残している。

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手軽に岬めぐりの趣旨なら
打ってつけなのだろうが
ワテからすれば何か違う岬情景だった
ガラス張りの展望台『ラ・ルーナ』
※『じゃらん』より

なぜなら、興浜南線の廃線はともかくとして、今はこの岬自体が観光地化されていて無粋な施設が建ち並ぶ興ざめな光景に変貌しているのであるから・・。 岬にはガラス張りの展望台が建てられ、その付近はオートキャンプ場となりバンガローが建てかけられ、国道より人を呼び込むべくの舗装道路が岬大地の上まで敷設されているのである。 もちろん、この舗装道路の終点は、岬大地のスペースに大きく設けられた駐車場である。

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あれから30年の時が経って
再度訪れた時には
ホテルが建つなど観光地化
されて愕然としたよ
※ 楽天トラベルの掲載写真より

また、かつて興浜南線が通った海岸段丘の上に巨大な温泉ホテルが建ち、その周囲は展望道路が張りめぐらされるなど、岬情景は全く違う観光地たる情景となってしまったのである。 あの時に魅せられた流氷列車の情景は、廃止された路線と共に『過去のもの』となっていたのであった。

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温泉につかりながら
眺めるオホーツクの流氷情景も
また一つの岬めぐりの手法なのだが
※『雄武町観光協会』より

温泉ホテルで風呂に浸かりながら眺めるオホーツク沿岸の情景は手軽であり、また一つの旅の形である。 
旅という事柄にサービスを求めるのなら、それも悪くはないだろう。 だがそこには、あの時にワテが抱いた感動はないのである。 わざわざ、遠くからその風景を目当てに赴く衝動も湧き上がってはこないのである。 
この情景の変化を目にして愕然とした自分がいた事を決して忘れないだろうし、忘れてはいけない・・とも思うのである。

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岬に行く前の朝に海岸段丘で撮った
興浜南線『流氷列車』のお宝写真
拙い小僧の写真のウデでは
決まったのは残念ながらこの1枚のみ

何か暗い話となってしまったが、駅に戻って旅を続けよう。 《沢木》からは先程にも記した通り、岬から連なる海岸段丘の中腹を横切っていく。 この区間も流氷を眺めるには絶好の区間だ。 右車窓の後方に、先程訪れた《日ノ出岬》の櫓が見える。 その背後は果てしなく続く海であった。

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小さな波止場集落と
仮乗降場の元沢木が見えてくる

興浜南線の線路は、この海岸段丘の中腹を横切るように乗り越えると、屋根の低い民家が点在する集落に出る。 間もなく簡易極まる駅名標が“挿して”ある板張りホームが見えてくるだろう。 ここが、《元沢木》の仮乗降場である。

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元沢木は乗降場ではあったが
利用客は興浜南線の中間駅では随一で
全列車が停車していた

今は、沢木からの興浜南線の線路跡が舗装道路となり、岬園地となっている岬のガラス張りの展望台やキャンプ場・海岸段丘の上に建つ温泉ホテルを結び、元沢木仮乗降場があった付近で国道に合流している。
バス道もこの道に沿っている。

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流氷が接岸するまでは閉鎖されていた
岬の展望台『ラ・ルーナ』

・・ワテが今でも夢を馳せる『オホーツク縦貫鉄道』が廃止淘汰されて大方40年の時が経ち、再度この地を『オホーツク縦貫鉄道』を探しに訪れた時、あの岬から望む景色が一変していた事に愕然としたよ。
さすがに、「あの頃の情景は遠い昔の事だ」とガッカリしたよ。 けれど、一変して便利なホテルとなった内風呂に浸かって、観光地化の御利益をちゃっかりと享受してるワテでもある。

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近い内にまたこの地に
流氷を魅に行こう
そしてかつてあった岬を行く
『流氷列車』に思いを馳せよう


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流氷シーズンだから
敢えて正月に乗せれなかった
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