風来梨のブログ

このブログは、筆者であるワテの『オチャメ』な日本全国各地への探勝・訪問・体験記です。

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第572回  傾山・霧氷

『日本百景』 冬  第572回  傾山・霧氷 〔大分県・宮崎県〕

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尾平・九折鉱山で産出された
斧石というスカルン鉱石
※ ウィキペディア画像を拝借

  九折〔豊栄〕鉱山 つづら〔ほうえい〕こうざん (祖母傾国定公園)
大野郡緒方町(現在は豊後大野市)の大分県と宮崎県との県境に接する辺りにあった鉱山で、上畑(うわはた)、傾山北西麓の九折〔豊栄〕鉱山が主坑となっていた。 なお、鉱山の主鉱脈は最奥の県境にあった尾平鉱山で、九折鉱山はその支坑である。

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鉱山跡には素掘りの
坑口跡が点在している
※『九折(豊栄)鉱山』より

この地帯は花崗岩と石灰岩が境界を成す地層で、石灰岩が花崗岩に浸食する事により熱水が発生し、その熱作用で石灰石が単斜輝石や柘榴石などに変性する典型的なスカルン鉱床であった。 このスカルンの作用により、鉄や銅をはじめ亜鉛や鉛などの有用な金属が、酸化物や硫化物の形で一緒に沈殿する事があり、これが大規模に発達したのが同鉱床である。

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スカルン鉱床は表面に露出
している場合が多く発見され易い
※『スカルン鉱床』より

スカルン鉱床は表面に露出してる場合が多く発見されやすく、江戸時代から竹田藩により九折鉱山(つづらこうざん)とし経営され、銅・錫を採掘していた。 明治以後は財閥系の数氏の経営を経て、1956年に蔵内金属鉱業の経営となって錫・亜鉛・硫化鉱・銅を産出した。 1967年には錫の採掘量が日本最大の錫鉱山であった兵庫県の明延鉱山に次ぐ産出量を記録したが、採掘過剰により良質な鉱石が採掘されなくなり、採掘量が激減して1975年閉山している。

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祖母山と傾山を源とする奥嶽川は
亜鉛・銅を産出する鉱山の弊害として
カドミウム汚染の問題が上がっている
※ ウィキペディア画像を拝借

閉山後は錫や亜鉛・銅を鉱山を産出する鉱山の弊害として、主に亜鉛に含有する有毒物質のカドミウムの流出による水質汚染で、奥岳川流域はカドミウム汚染要観察地域となっている。



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傾山周回ルート行程図

   行程表             駐車場・トイレ・山小屋情報
《1日目》 JR緒方駅よりバス〔途中乗換あり〕(1:10)→上畑バス停
     (0:50)→九折鉱山・傾山登山口(2:30)→九折越避難小屋
《2日目》 九折越避難小屋(1:20)→傾山より一般ルート経由(2:00)→三ッ尾
     (1:10)→観音滝(0:30)→九折鉱山・傾山登山口
     (0:50)→上畑バス停よりバス〔途中乗換あり〕(1:10)→JR緒方駅
   ※ 冬季や雨天の場合は滑落の危険がある為、一般ルートで下山する事

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傾山登山口バス停付近から望む
傾山の岩塔群

九州・五指の高さを示す祖母山と対峙してそびえる傾山は、その独特な山容と登山者の心をくすぐる坊主越えの難路を抱く山である。

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春はアケボノツツジのピンク色の花が
咲き乱れる情景を魅せてくれるが

標高こそ盟主の祖母山に一歩譲るが、その魅力は春夏秋冬問わず盟主の祖母山に勝るとも劣らない魅力を備えている。 特に冬の樹氷林などは、盟主の祖母山より際立った様相を魅せて、登山者の心を冬山登山へ誘うのである。

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大分交通が運行していた当時は
お古となったバスが回されていた
※ ウィキペディア画像を拝借

だが、そのアプローチは、かなり厳しいモノとなる。 登山口までの交通機関は町営の生活路線バスに乗り換えて・・のモノで、行程表で挙げてはみたが1日僅か2便で、しかも乗り換えがあるなどちょっと使えたものでないのである。

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現在は豊後大野市(写真は緒方町時代)の
コミニュニティバスが運行している
※ ウィキペディア画像を拝借

  ※ 豊後大野市のコミニュティバスの運行となった現在は、傾山登山口(九折鉱山跡登山口
    まで約4km離れている)経由で尾平鉱山までは緒方駅11時台の1日1本(当バス路線は1日
    3本の運行だが、他2本は途中の小原止)の完全な生活バス路線と化して、土・休日は3便
    全便運休と登山には全く使えなくなってしまっている。 なお、緒方駅への帰りのバス便
    は9時・13時台の1日2本で、こちらも土・休日は全便運休との事である。

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冬は九州と言えども傾山で
50cmの雪となるので
アプローチに向かう道路の日陰部分は
道が凍っている場合が多分にある
※ 傾山の三ッ尾登山道にて

そしてこの尾平越の道は冬季は完全に凍結し、タイヤチェーンを装着しないとアプローチできないのである。 もちろん、宿泊施設も皆無だ。 従って、登山口までのアプローチで挫けてしまうのだ。

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確か前夜は大分駅前の
漫画喫茶で寝泊まりして
緒方からのバスに乗るべく
大分から始発で緒方までやってきた
※ ウィキペディア画像を拝借

その傾山へのアプローチ手段は、九州では完全のエトランゼのワテならば、関西圏からマイカーでやってくるのはかなり厳しく、行きはタクシーかムリヤリのバス利用以外になかったのである。 だが、当時の尾平鉱山方面のバスは、大分交通バスの運行で土日も含む毎日3本の運行(但し、途中の小原バス停で乗り継ぎが必要)があって朝7時台のバスがあったので、登山口最寄りとなる下上畑(現在は傾山登山口)バス停に9時前に到着できたのである。

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まだヘタレていなかった
この当時は冬でも明るい内に
九折越の避難小屋に着けたよ
※ 春の登山時に撮影

当時のピークは過ぎたがヘタれる前の状況ならば、ここから九折鉱山跡の登山口まで4km歩いても、暗くなる前(冬ならば15時には斜陽となる)の14時台には宿泊地の九折越避難小屋まで登り着いたのである。

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冬に九州でレンタカーを借りた時に
冬装備を注文したらシブシブ
ダンボール箱に入ったチェーンを渡されたよ
つまり九州にスタッドレスタイヤはなく
チェーンを自分で巻けという事ですね
※『楽天市場』より

ちなみに雪とは縁の薄い九州地方ではレンタカーの冬タイヤの装着はなく、タイネット(ゴム製の簡単装着チェーン)を持ってくるなどせねば、レンタカーでのアプローチも難しい。 なので、ヘタレとなった現在では、タクシー以外(たぶん、運賃は1万円超)にアプローチ方法はないだろうね。 冬以外なら豊後大野市が、登山者が訪れる土・日に傾山・九折登山口まで相乗りタクシーを運行(傾山方面1日3本・緒方駅方面午後に2本)してくれるみたいだが・・。

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登りは右の九折越に登り
帰りは左(三ッ尾)から戻ってくる
※ 春の登山時に撮影

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清らかな水だけどカドミウム汚染の
危険があるので飲めない
スカルン鉱床跡地を流れる沢だから
※ 春の登山時に撮影

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途中には掘り尽くされた
鉱床の痕が見られる
※ 春の登山時に撮影

さて傾山への行程としては、九折(つづらおれ)鉱山跡の登山口までは車が入れる車道で、登山者のほぼ全てがマイカーで来ているので、登山口前の駐車場には冬なのに10~15台のマイカーが駐車していたよ。
ここから今日の宿泊場所である九折越の避難小屋までが初日の行程だ。 通常は峠の宮崎県側にいい水場があり水の心配はないのだが、冬季はこの水場が凍結する事もあるので、下から持ち上げる事も必要となる。

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建付けも良く土間もあって
人気の小屋だがトイレはない
※ 春の登山時に撮影

また、小屋は土間と寝床がキチンと仕切られた居住性のいい小屋だが、トイレは外の工事現場用のトイレで、冬季はバリバリに凍っていて使用が困難(その後朽ちたので撤去されて、現在はトイレナシ)である。 もちろん避難小屋という事で、照明は一切ない。

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峠まで約1時間ほどで登れる
宮崎県側の九折越登山口
だがアプローチの林道が
極悪林道との事である
※『登山口 info』より

翌日は年越しだったので、初日の出を目当てに宮崎側から夜間登山者が結構登ってきていた。
後で知った事だが、宮崎側は車で奥深く入れるようで、宮崎県側から登ると1時間位で峠までやってこれる・・との事だ。 どうりで不便極まる九折鉱山跡の登山口が寂れ放題なのがよく解ったよ。
でも、本当に傾山の魅力を知るなら、大分側からアプローチすべきだろうと思う。

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夜明け前の空の
摩訶不思議な情景に魅せられる

さて、翌日は元旦だったので、日の出前の4時半に避難小屋を出て、九州の1600mの山とは思えない深い雪をラッセルしながら進む。 宮崎側からやってきた初日の出目当てのハイカーたちはこの雪の多さを熟知しているようで、皆スノーシューをつけていたよ。

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傾山へのに取付くと積雪50cm以上の
雪の中での岩登りとなる

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枝に着いた霧氷や
凍った岩が寒さを物語る

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この時は「雪で20~30分余計にかかった」と
記したがFCブログに引っ越した年の春に
傾山に登った時はヘタれきっていて
所要2時間と雪道の時よりかかってたりして

通常なら1時間そこそこでいけるコースも雪付きの岩登りなら20~30分は余計にかかる。
その内に摩訶不思議な雲を魅せていた空にガスが掛かりだし、初日の出は無理っぽくなってしまったようだ。

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この凍った岩をよじ登った先に
傾山本峰(後傾)がある

初日の出目当てのスノーシュー部隊は、頂上で日が上がる時間が経過するとすぐに降りていったので(もちろん宮崎県側に)、頂上一帯の樹氷情景はワテ一人だけのモノとなった。 それでは、その贅沢な冬景色をごろうじろ。

傾山頂上の雪景色
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雪の傾山頂上にて

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頂上より前傾の樹氷を望む

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頂上はガスって
ヤマの展望がなかったので
他の登山者はさっさと降りて
ワテ一人だけとなったよ

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残念ながらヤマの展望はなかったが
それに匹敵するヤマの宝石を撮れたよ


誰もいなくなった頂上で、芸術的な宝石となった枝に乗った霧氷を撮りまくる。 温度計など持ってはいないが、恐らく氷点下で10℃前後の中で1時間近く写真を撮り、そろそろ寒さに耐えられなくなって下山に取り掛かる。

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九州の山で最も難路として知られる
傾山の坊主めぐりルートを
冬に行くのは自殺行為だろう
※ 春に三ッ坊主ルートを下った時に撮影

下りは岩が凍って坊主めぐりは絶対に無理なので、一般ルートを下る。 だが、一般ルートでさえカチコチに凍った岩場の通過があり、かなり困難な下山道中だ。 だから、地図に示されたコースタイムより1時間以上余計にかかってしまったよ。

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眼前にそびえる前傾に
再び会う約束をして下山に取り掛かる

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下山路は少し後戻りして
杉ノ越と三ッ尾及び坊主ルートへの
分岐から三ッ尾に下っていく

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分岐付近の霧氷群が
特に素晴らしかった

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アイゼンはあったけど
凍った岩の下りは猛烈に怖いよ

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特に怖かったのはこの凍った岩の上を
乗り越えて向こう側に下りる場面だ
この後はヒビって
写真はほとんど撮れず

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あの岩の乗り越えた後に
勇気を振り絞って撮った霧氷の一枚

雪が消えても『九州一遭難事故の多い山』として有名な傾山で、坊主越え区間に匹敵する転落死者数を叩き出す危険スポットを通過する。

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観音滝の落ち口の前の沢を渡る
※ 春に三ッ坊主ルートを下った時に撮影 

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滝自体は落差80mあるが
水量が細く迫力はあまりない

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雪でなくても木の根や落ち葉で
滑っても同様である
※ 春に三ッ坊主ルートを下った時に撮影

それは観音滝の周りを馬蹄形にヘツリ道を伝う所である。 ヘツリ道は幅1m未満で、解け残った雪に乗って足を滑らすと滝下に真っ逆さまに落ちるのである。 区間は短いが、整備された黒部渓谷より危険なヘツリ道である。

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下り時は疲れとバスの時刻が気になって
焦りがちだから特に注意
けれど落ちる奴の大半が
滝の写真を撮る為に身を乗り出して
バランスを失って転落した奴だという

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滝前には注意を促す立札もある

最後は落差75mの観音滝の前をヘツるように通って、九折鉱山跡の廃墟が見えてくると、鉱山施設発電用水管の脇の滑り落ちそうな位の急坂を下って九折鉱山跡の登山口に戻る事ができた。

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行きの登坂の時はあまり意識しなかったけど
この上の坂は見た目でこの3倍の傾斜があり
躓いたら転げ落ちそうだったよ

だが、これよりが運命をかけた一大ミッションが展開されるのである。 それは、夜明け前に出たとはいえ、バリバリに凍った下山路でのカチコチに凍った岩場の通過などでコースタイムより1時間以上余計にかかった事で、九折鉱山跡の登山口から4km先の県道のバス停までに12時半までに到着せねばならなくなったのである。

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九折鉱山跡登山口に下山後に
見上げた傾山の岩塔

これは大分交通バス時代の当時も、緒方方面のバスは9時台と13時前の1日2本しかなく、逃すと路上で野宿するハメとなったのだ。 ちなみに、この時はシュラフや自炊用具は持ってきていたが、テントは持ってきていなかったのである。

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春の坊主越えの時は
さすがに13時のバスには間に合わず
上畑小学校の廃校舎利用の
山間体験館・やまびこ塾に泊まったよ
※ やまびこ塾は閉鎖されている

だから、今なら九折鉱山跡の登山口に着いた時点で13時を越えて、タイムオーバーで野宿確定となっていただろうね。 でも、あれからテントは担いできているので、九折鉱山跡の登山口でもライフ環境はかなりマシだろうけど。

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駅ネタ記事の次回予告で
霧氷の写真を出す所が駅の話題が
ほぼゼロな事を示しているよ

なお、この続きは『路線の思い出 第547回 緒方駅』に続けるとしようっていうか、ほとんど駅の話題には触れない内容となるのは必定であろうね。


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日本保守党は、比例でも議席を
得る事はできないだろうね
なぜなら支持者は自民党・参政党と
三股をかけているからである
維新も含めると四つ股だわな

それは党員46000人と言ってるけど
ほとんど票にならんよ
第一この46000人の半分も投票には
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ほぼ得票能力皆無な支持だよ

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ネット支持ってその程度のモノだよ

正直言って選挙でモノになりそうなのは
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そしてコイツらバカだからこれから
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そしてソコをパヨクに突っ込まれれば
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疎ましくなって即座に寝返るよ

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