風来梨のブログ

このブログは、筆者であるワテの『オチャメ』な日本全国各地への探勝・訪問・体験記です。

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よも”ヤマ”話  第206話  開田高原・秋 act 2

よも”ヤマ”話  第206話  開田高原・秋 act 2 〔長野県〕  '98・11

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美しい紅葉が広がる開田高原

  開田高原 かいだこうげん
標高が1,100~1,300mと高く、真夏でも平均気温が18度という爽やかな高原で、高原の各所から雄大で美しい御岳山を見る事ができる。 また、昼夜の寒暖差が大きいこの高原では、他には類を見ないほどの美しい色づきの紅葉を見る事ができる。

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農耕馬として飼育されていた為
小柄のズングリムックリの体型だが
足腰が強く開田高原の坂場にも強い馬だ
※ ウィキペディア画像を拝借

また、『木曽馬』と呼ばれる日本固有の馬の飼育がおこなわれている馬牧場があり、本州では唯一の日本固有種の馬との事である。 昔は山間地の農耕作業の為に飼育されていたが、近代に入り農作業は機械化されて、観光及び観賞用に飼育されているとの事。



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開田高原と御岳山の位置図

   アプローチ
中央道・伊那ICより国道361号線経由で開田高原まで約1時間40分
中津川市街より木曽福島経由で開田高原まで2時間20分
高山市街より開田高原まで約2時間

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日の出直前の御岳山と開田高原

今回は山行から離れ、かつて所属したカメラの会の定期撮影会で訪れた体験を記す事にしようかっていうか、開田高原は2年前の '96年の秋にも定期撮影会で訪れてるのだよね。 それでは、今回はいつもの『奇跡の体力』たる体力に任せたブリバリは控えて、車移動(しかも、他の会員さんの運転なので楽ちんだし、経費も参加会員での割り勘なので食費を含めても10000円以内で済む)でほとんど歩いていないので、久々に歩かない『よも“ヤマ”話』をしましょうか。

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この日は御岳山に笠雲が掛かっていて
天気は下り坂に思えたよ

けれど、この撮影会以降はカメラの会の方針が変わって、ワテの大嫌いな『コンテストで評価を得る』べく写真コンテストに応募しまくる傾向となり、また“見せたがり”が会の上層部を仕切るようになって、ギャラリーを借りるなど多大な経費がかかる写真展を開催したり・・と、ワテの肌に合わなくなってきたので、この定例撮影会の後に辞めちまったよ。

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予測通り晴れ間は出たものの
雲が多く紅葉も終期を迎え始めた
茶色かかった紅葉だったよ
少し来るのが遅かったかな?

でも、『有名写真家の指導を受けない←コレ、ワテがこの写真の会を気に入っていた理由の一つ』って事は、有名写真家同士のカルテルで受賞作品が決まるコンテスト入賞者が誰もいないって事で、世間の写真家から見れば、そんなショボイ写真クラブの写真展など目にもかけない訳であり・・。

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このカメラの会の方針に
疑問を感じ始めた時の撮影会で
この時はやる気が高まらず
イイのは数枚だったよ

即ち、ムダな写真展を開くだけ、写真展の開催費用の分担と全紙サイズに大伸ばしする現像代やらで、最低でも1人頭で3~4万の金が飛ぶのである。 それは、ごく小さなスペースのギャラリーを借りての写真展であっても・・である。

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写真展を開催しても来客は
身内や知り合いがほとんどで
ギャラリーの前を通る人は見向きもしないし

そんなムダな金を使うなら、山に登ったり撮影旅に赴く費用の足しにするよ、ワテは。 それに、“コンテスト出したがり”の傾向として、風景写真よりヒューマン(表情)写真やレポート写真・ポートレートを重視する傾向にあり、益々ワテとの肌が合わなくなってきたのである。

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空模様が今イチの日でも
日の光が縞模様になったりするので
まんざら捨てたモノでもない

だが、何故に“コンテスト出したがり”が風景写真を嫌って、ヒューマンやポートレートに走るかというと、それらのジャンルの方がコンテスト審査員の目に留まりやすくて入賞する確率が高いからである。

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写真と記事の内容は
見事に合致しませんねぇ
いつもながら・・

要するに、風景写真はコンテストでは日の目を見る事がなくコンテストでの入賞は絶望的で、敢えて風景写真で入賞を狙うなら、風景写真のプロの指導を受けて風景写真限定(例えば山岳写真コンテストなど)のコンテストに出すしかないのだ。

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山に日が当たり始めたよ
でも「光を活かす為にこのように撮れ」
なんて指図されるとイッキに
撮影熱が冷めちまう

そもそも趣味でしかない写真で、他人の指図通り撮っても面白い訳がないのである。 『先生』と呼ばれる奴が選んだ被写体を撮り方や光線状態、そして機材や道具(三脚は必須)の使用まで指図されて機械的に撮らされる。 そうして出来上がった写真であるが、理詰めで見た目の完成度は高いが、中身はスカスカで思い入れのない写真ばかりが量産されるのだ。

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撮った時の『思い入れのない』
他人に指図されて撮らされた写真
そしてそれを捏造処理して更に別モノにした
ブロイラーのような『コンテスト作品』は
本人の意思が欠片もないモヌケの殻なのだ

その『思い入れ』のないブロイラーのような写真からコンテストへ提出する『作品』を決めるのだが、コンテストに提出する写真は自身で選べるのではなく、指導する写真家の『先生』とやらが選んでコンテストで入賞するべく写真(デジタルなら画像)を『捏造』して、元の写真とは全く別の『作品』にする訳である。 そしてデジタルとなった今は、パソコンを使って画像の偽造のし放題な訳である。

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ワテがヤマを撮るのは写真を通じて
撮った時の体験談を語りたいから

ワテは写真を撮っていて常々思っている。 ワテが撮りたいのは見たままの感動をフイルムに刻む『写真』であって、捏造を過程とする『作品』は撮りたくはないし、そんなモノに全く興味もない。

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ワテが廃止ローカル線を題材にするのは
「かつてここに路線があった」と語りたいから
そして風景を題材にするのは
「日本という国はこんな素晴らしい
景色がある」と語りたいから

そんなコンテストでの入賞を目論んで『作品』を造るのが写真撮影の常道で、『写真撮りの目指すべき道』と言うならキッパリと写真はヤメるよ。 ワテは、コンテストでの入賞だけを目論んだ中身がスカスカな『作品』など造りたくはない。 ワテが撮りたいのは、一枚の写真で一晩でも足りない位に撮影の思い入れを語る事ができる『写真』なのである。

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奴らが言う「何もない」は
人工建造物が何もないって事なのだ

で・・、ワテに次回の撮影会の幹事の番が周ってきて、ワテお気に入りの風景写真の撮影地を次の撮影会の候補地に挙げると、多数を占め始めた“コンテスト出したがり”の奴らが「そんな何もない所で写真なんか撮れない!」とクレームをつけてきて、ワテが全く興味のないモデルを立てて(もちろんモデル料は数万円要るよ)のポートレート撮影への変更を求めたのである。 ワテのお気に入りの撮影地を「写真が撮れない何もない場所」と貶された事に腹が立って、その日の内にこの会を辞めたのである。

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トロフィーも賞状も要らない
金一封は欲しいけど
欲しいのは体験を元にした
ひと晩中でも語る事ができる
撮影の『思い入れ』だ

要するに、開田高原とかに行けたのは、会を立ち上げた方の一人が風景写真に理解があった事と、ワテと同じくコンテストの内情を良く知っていて、「特定の写真家の指導を受けずにコンテストで入賞するのは不可能で、それは金の大いなるムダ」、「写真は撮った後より撮ってる最中を楽しもう」という同じ考え方の持ち主だっからだろうね。 その人も、この撮影会の後にプッツリと、このカメラの会に出なくなったよ。 恐らく、この撮影会の後で会の方針でモメたのだろうね。

コンテストへの愚痴はヤメにして
コレよりは開田高原の事を語るとしよう
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頂上に掛かる笠雲によって
差し込む朝日が
ヤマにピンクの縞模様を描いたよ

ア・ラ・ラ・・、また脱線しちまっけど、元に戻すとしよう。 今回向かう開田高原は、木曽福島の北方のより御岳山に近い所にあった高原の村・開田村(現在は木曽福島町などと合併して木曽町となっている)の高原リゾート地である。 ここは冒頭で記した通り、標高が1100~1300と高く、秋の早い内に高原全体が金蘭豪華な紅葉絵巻となって染め上がるのである。

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日の出となると笠雲を突き破る
光が大きくなって
ヤマがオレンジ色に輝く始める

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朝日が昇って朝の光が
開田高原全体を朝日で染め始める

アプローチであるが、中央道を使って訪れたと思うが運転者ではなかった(車内で爆睡・・スンマセン)ので、どのような経路を辿ったかは判らない。 だが、中央道も恵那山トンネルから伊那谷へ離れていくので、中央道での最短の伊那ICからでもアプローチに2時間近くかかる事と思う。 また、岐阜県の高山からもアプローチできるが、秋の高原道は凍結の危険が多々あり、冬タイヤも準備せねばならないかもしれない。

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峠を成す周囲の山の紅葉も
朝日で輝き始めた

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朝日が徐々に紅葉を
輝かせる情景って好きだなぁ
でもデジタルの考え方は違う
同じような写真は連写で数十枚撮って
最もムダのない一枚を選んで
更に捏造で別のモノに仕立てる
それが『コンテスト』で入賞できるように

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恐らくこの完全に日か上がったこの写真は
『コンテスト作品』的には
何にも意味を為さない
『即ボツ』なモノなのだろうね
けれどこの日の朝日を語るなら
無くてはならない写真なのだ

それでは、冬は氷点下20℃をも下回るという厳しい冬を前にした美しい紅葉絵巻と、草木も凍る厳しい冷え込みが魅せるアートをごろうじろ。 でも、会の雰囲気が『コンテストや写真展』方向に変わり始めていた事もあって、今イチ気が乗らずに前回の方がいいのが撮れてたみたいだね。 あぁ・・、初回だけいいのが撮れて後は全くダメな『最初だけ野郎』が、ここでも出現しているなぁ。

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気合が入っていないのは
撮っている画面の変化が
乏しい事で露になってるね

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気合が入っていたら失敗承知で
いろんな事を試したりするのだけど
この時はただ撮っただけだったよ

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紅葉も終期で
茶色掛かってしまったね

それに、冒頭の紹介文で記した『木曽馬牧場』も立ち寄ってないっていうか、前夜に高速を飛ばしての日帰りでは名所を訪ね周る余裕などなく、紅葉撮影と昼食(予約を取っているので遅れる訳にはいかない)を取るだけでタイムオーバーとなってしまうし・・ね。 それに、昼食となる飯屋の座敷での『お駄弁りタイム』の方が、撮影時間より多く撮ってあるし・・ね。 帰りも大阪まで5~6時間かかるから、正午には帰り始めねば深夜になっちまうしィ。

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気合が入らない中で最も撮れた
今回の一番星はコレかな

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あっという間に朝日の時は終わり
後は麓に下りて予約した
飯屋で飯食って帰るだけ

恐らくであるが、今回歩いた距離は合計しても2~300m位だね。 『テント担いで歩いて何ぼ・・』のワテの撮影スタイルでは、歩かないで撮った写真には『思い入れ』は入り辛いって事ですね。

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考える事なく撮ったコレも
案外いいかも


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デジタルのLaw画像に色を着けて
それも好みの色合いに改変して
明暗を自由に調節して
要らないモノを除き省くなどなど

この世の原理である相対性理論にも背いた
夜にピントピッタリなのに画像が荒れてないなど
つまり写したモノと全く別モノとなった
有り得ない気色悪いだけの画像だ

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余計な黒い部分を嫌って省いたりして
余計なモノを全て取り除いた
本当は写っているハズの汚く写ったモノが
全くない完璧な画像

その『完璧な画像』を造り出す為に
タネを1秒に100枚以上という連写で
撮りまくりそのうちの数枚を一つの画像として
パソコン技法によって結合させて1枚の画像に改変し
もちろん残りの数十枚はボツで即消去

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このようにデータを好み通りに改変する事を現像といい
それを編集する事が必要と説いているが
写ったデータを色から明暗から質感からと
何から何まで自身の好みに改変する事など
現像ではなく捏造そのものではないか!

こんな騙しそのものの捏造行為に
写真の『現像』って言葉を
使わないでもらいたいっていうか
ハッキリと捏造というべきだろう

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そしてそんな相対性理論に背く
気色悪い写真は見れるのはその一時だけで
後々に胸糞悪い違和感が漂うのである
それはそうだろう・・有り得ない情景を
パソコン技法で捏造しているのだから

でもプロからして
それを率先して行う事を是とし
皆も評価を受ける為には
写真という真実を写す事から外れる事を
デジタルなら当たり前と追随する

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こんなだから深層心理で
所詮は偽造ありきのつまらぬモノとなり
写真全体が廃れていく一方となるのだ

それはデジタルカメラの
売れ行きを見ると一目瞭然だ
なぜなら何十万とするデジタルの
フラッグシップ機と撮ったのとスマホで撮ったのと
パソコンを使えば同じ画質の写真となるからだ

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もう写真の良し悪しではなく
パソコン技法の練度の上下が
良し悪しを決めているのである

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要するにデジタルは写真ではなく
パソコンで描いたコンピューターグラフィク
そのものでデシタルは画像製造機で
カメラなどではないのだ





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