風来梨のブログ

このブログは、筆者であるワテの『オチャメ』な日本全国各地への探勝・訪問・体験記です。

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『ネームトレイン』 第50回  北斗

『ネームトレイン』 第50回  北斗

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渡島駒ヶ岳を背に改装する
キハ261白塗装の特急【北斗】
※ ウィキペディア画像を拝借

  特急【北斗】 ・・  JR北海道が函館~札幌を函館本線・室蘭本線・千歳線経由で運行する特別急行列車である。 特急【北斗】は、1965年11月1日に函館~旭川を函館本線・室蘭本線・千歳線経由(東室蘭・苫小牧経由)で運行開始された。

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急行【すずらん】の昇格という形で
登場した特急【北斗】
その後の急行【すずらん】は
【北斗】の補完列車から臨時列車となり
一時名称消滅した後
札幌~東室蘭の特急としてネーム復活した

1968年10月のダイヤ改正で急行【すずらん】が特急【北斗】に格上げされて2往復となったが、1971年7月1日のダイヤ改正で1往復が函館~札幌の運行に縮小されて、1972年3月15日のダイヤ改正からは全列車が函館~札幌の運行となった。 その後、急行【すずらん】との統合や、別経路(函館本線直行で倶知安・小樽経由)で並行して運行されていた特急【北海】などの併合により、1986年11月1日からは最大8往復が運行されていた。

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登場時は釧路方面の【おおぞら】
網走方面の【おおとり】共に
函館始発着だったが
1988年の津軽海峡線開業以降は
函館~札幌は特急【北斗】に統一されている
※ ウィキペディア画像を拝借

1988年3月13日の津軽海峡線開業以降は、【おおとり】の廃止により函館を発着する昼行特急列車が【北斗】に統一された。 1994年3月1日には車体傾斜式車両(振り子式車両)であるキハ281系の投入により1日11往復運転に増発され、最高速度130 km/hでの営業運転を開始している。

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振り子機能が備わった
新型の281系や261系気動車は
【スーバー北斗】となって
表定速度100km/h超の高速運行が為された
※ ウィキペディア画像を拝借

以後、従来のキハ183系気動車を使用する列車及び臨時列車は【北斗】、キハ281系気動車やキハ261系気動車を使用する列車名を【スーバー北斗】として運転されている。 2018年3月17日のダイヤ改正でキハ183系気動車が定期運用から離脱した事により、全ての定期列車が【スーバー北斗】となったが、2020年3月14日のダイヤ改正で全列車が元の【北斗】に改称されている。

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北の空に輝く北斗七星が図案化された
特急【北斗】の絵入りヘットマーク
※『ヘッドマーク辞典』より

列車名【北斗】の由来は、北の夜空に輝く北斗七星に由来する。 北斗七星が北極星を指し示す星座とされる事から、『北都 = 札幌行きの列車』とのイメージで、青函連絡船からの旅客を受けて北へ向かう特急列車の愛称として採用されたといわれる。 但し、当初の運行区間は函館~札幌~旭川であり、純粋な函館~札幌の特急列車には、別に【エルム】の列車名が与えられていた。

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以外にも【北斗】のトレインネームは
以前は急行【十和田】と同じ区間を
行き交った夜行急行列車だった
※『国鉄急行列車・東日本編 廣田尚敬著』より

なお、【北斗】の名称は、元々は1950年11月8日~1965年10月1日までの間で、上野~青森を常磐線・東北本線経由で運行する夜行急行列車に使用されていた。 即ち、急行【十和田】の前身の列車である。
これは、当時の列車愛称命名方法の基準であった『夜行列車名は天体名にちなんで名づけられる』という原則が元となっている。

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北海道のトレインネームの最古参は
函館~釧路(現在は札幌~釧路)の
特急【おおぞら】であった
※ 東追分のシェルターに進入する特急【おおぞら】

北海道内の特急列車の愛称としては、【おおぞら】(現在は札幌~釧路の運行でかつては函館発着)・【おおとり】(現在は廃止・函館~網走運行)に次いで3番目に誕生した列車名で、現存する列車としては2番目に古い歴史のある。

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藤城線と砂原線が敷設された理由は
札幌方面の渡島駒ヶ岳の裾野をゆく
勾配区間の緩和と砂原線沿線に
鹿部という町があった為である

  運行経路
かつての函館~札幌の区間は、室蘭本線・千歳線経由の特急【北斗】と函館本線を直行する俱知安・小樽経由の特急【北海】が1往復づつ(後に2往復づつに増便)であったが、通称『山線区間』と呼ばれる函館本線の長万部~小樽の沿線の過疎化が進行し、函館本線を直行する特急【北海】が、1986年11月のダイヤ改正で室蘭本線・千歳線経由の特急【北斗】に統一されて廃止となっている。

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藤城線開通当時は非力のキハ82形気動車で
日本各地で同形式が坂路で登り切れず
立ち往生した事故が多発した為だと思われる
三笠鉄道公園『クロフォード公園』で
静態保存されたキハ82系気動車
※ ウィキペディア画像を拝借

また、函館本線の七飯~大沼~森では藤城支線や砂原支線などの迂回・別経由路線が存在するが、北海道新幹線の開業以前は札幌方面へ向かう下り列車は、勾配緩和の為に藤城支線経由で運転されていた。
だが、2016年3月26日の北海道新幹線の開業に伴うダイヤ改正で、本線上にある渡島大野が新函館北斗に改称されて北海道新幹線の乗り入れ駅となった為に、定期列車で運行される全ての特急【北斗】が北海道新幹線と接続するべく本線経由の新函館北斗停車で運転されている。 

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現在は気動車の高性能・ハイパワー化で
勾配の通過の問題は解消されている
『HET261』のロゴが入っているキハ261系
※ ウィキペディア画像を拝借

それゆえに、原則として藤城支線や砂原支線(渡島砂原経由)で運行される事はなくなっている。
但し、臨時列車については上り列車が砂原支線経由で運転される事がある他、輸送障害が発生した場合などは定期列車が砂原支線を迂回運転する事もある。 なお、新函館北斗の停車であるが、駅名改称以前も準備期間として北海道新幹線の開業半年前から停車していた。

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NHK大河ドラマで『新選組!』が放映されて
人気絶頂時のSMAPメンバーが主役となった事から
ラッピング車が運行されて
車内販売で『新選組!』グッズが販売された
※ ウィキペディア画像を拝借

  車内販売
JR北海道の在来線特急列車では車内販売を営業する唯一の列車であったが、売上の減少や人手不足の影響等で2019年2月28日をもって車内販売は全て終了している。 以前は全ての定期列車で行われたが、最終的には6・8・10・13・15・17号で実施され、臨時列車では実施されない事があった。

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北海道に本拠地を置くサッカーチーム
『コンサドーレ』ラッピングされた
特急【北斗】のハイデッカーグリーン車
車内販売ではコンサドーレの
マスコット絵柄入りの
グッズが販売されていた
※ ウィキペディア画像を拝借

2018年6月より7・9・11・12・14・16号で車内販売に代わり、グリーン車デッキに設けられた短区間の待ち受け販売に変更され、販売する商品もソフトドリンクや菓子類、おつまみのみとなった。
販売区間は札幌~苫小牧と函館~森駅間で行われたが、利用者数が少なく販売員の確保が困難である事を理由に、2019年1月で販売終了している。

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函館~札幌を結ぶ
パイオニア列車となった特急【北斗】
※『北海道鉄道百景・国鉄北海道総局 監修』より

《列車データ》
運行区間と運行距離:函館~札幌(室蘭本線・千歳線経由)318.7km
  ※ 登場時は函館~旭川の運行だったが、1972年3月のダイヤ改正で全列車が函館~札幌の
    運行となっている

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【スーパー北斗】となってからは
英文字表記となった絵入りヘッドマーク
※『ヘッドマーク辞典』より

運行期間:1965年10月  1日函館~旭川(函館本線・室蘭本線・千歳線経由)の特急【北斗】が、
              キハ82系気動車の9両編成で、全車指定席・食堂車及び一等車(後の
              グリーン車)連結で1往復運行開始
              特急【北斗】の登場により、【おおぞら】・【おおとり】と併せて本州
              連絡特急の三本柱が確立された

              最高速度100 km/hで函館~札幌 321.1 kmを4時間40分、函館~旭川
              を6時間40分の所要であった
              【おおぞら】・【おおとり】と同様に函館で青函連絡船5・6便に接続
              し、本州側で上野発着の特急【ゆうづる】へと連絡するダイヤで、乗り
              通しの特急券も発売されていた

              途中の停車駅は洞爺・東室蘭・登別・苫小牧・札幌・岩見沢・滝川だった
              また、急行【すずらん】が設定され、特急・急行の2往復体制となった

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藤城支線を開通させた理由は
非力なキハ82が駒ヶ岳の裾野を登りきる
自信がなかったからと言われている
三笠鉄道公園『クロフォード公園』で
静態保存されたキハ82系気動車
※ ウィキペディア画像を拝借

     1966年10月  1日:七飯~大沼の別線(藤城支線)が開業し、この開業に伴なって下りの
              【北斗】他、優等列車の運転経路が原則として本線経由から藤城支線
              経由に変更された
     1967年  3月  1日沿線からの要望を受けて、函館~旭川に小樽駅経由で運行する特急
              【北海】の運転が開始される
     1968年10月  1日:急行【すずらん】の1往復を特急【北斗】に格上げし、函館~札幌
              を運行し、旭川発着列車と合わせて2往復となる
              また、急行【すずらん】は、【たるまえ】等の急行列車を統合して
              運行本数的には増減なし
     1969年10月  1日:特急【北斗】の札幌発着列車1往復の名称を【エルム】に変更
              急行【すずらん】の1往復を特急に格上げし、函館~旭川の特急【北斗】
              を増発
              これにより、特急【北斗】自体は2往復は維持される
     1970年10月  1日:特急【おおとり】の釧路発着編成を分離し、【おおとり】は函館~
              網走を運行する編成のみとなる(これにより特急【おおとり】は函館
              ~釧路の運行で、札幌より釧路行きが増結される事となった)
     1971年  7月  1日特急【エルム】が【北斗】に編入されて廃止となり、【北斗】は3往復
              となる
              また、【北斗】の旭川発着が札幌発着に縮小されて、【北斗】全列車
              が函館~札幌の運行となる
     1973年  9月  9日千歳線の北広島~白石~苗穂の新線(当時はまだ非電化)が開業し、
              千歳線を通る全列車が新線を通るようになった為、函館~札幌の距離
              が2.4 km短縮されて318.7kmとなる

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絵入りヘッドマークが登場したのはこの頃だ
※ ウィキペディア画像を拝借

     1980年10月  1日:特急【北斗】の補完列車であった急行【すずらん】が全て特急【北斗】
              に格上げされ、臨時列車化される
     1981年10月  1日:特急【おおぞら】の1往復を札幌で系統分割し、札幌~函館が【北斗】
              となって【北斗】は4往復体制となる

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キハ82の置き換えとして
投入されたのは
スラントノースの独特な容姿の
キハ183系初期型だった
※ 写真は石北本線の特急【オホーツク】

     1983年  6月  1日【北斗】1往復にキハ183系気動車を投入
              この後、順次キハ82からキハ183に置き換えとなる
              また、キハ183への切り替えに伴い、順次食堂車が廃止される

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キハ82の定期運用終了と同時に
食堂車も廃止となった
※ ウィキペディア画像を拝借

       1985年  3月14日:臨時急行【すずらん】を特急【北斗】に格上げし、5往復に増発
              同時に全列車で食堂車の連結が廃止となる(1986年10月31日より
              2日間のみ、キハ82のお別れ運転で食堂車が復活している)

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山線経由の兄弟列車・特急【北海】の
【北斗】への統一廃止と同時に
キハ82も定期の特急運用から退いた
※ ウィキペディア画像を拝借

     1986年11月  1日:特急【北海】の廃止及び【おおぞら】1往復の運転区間見直しにより、
              【北斗】が3往復増発されて8往復となる
              キハ82の定期運用終了(定期運用終了後も臨時列車などで、1992年
              5月まで使用されていた

              また、最高速度が120km/hに引き上げられ、最速列車で表定速度84.2
              km/hを達成し、気動車で表定速度80km超えを実現

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この年よりハイデッカーグリーン車連結で
130km/h運行が可能な
183系の後期型が投入された
※ ウィキペディア画像を拝借

     1987年  4月  1日国鉄分割民営化に伴い、JR北海道による運行に移行
         10月  1日:【北斗】1往復にハイデッカーグリーン車が連結される
              また、3往復には、ハイグレードグリーン車(液晶ディスプレイ付き
              など豪華装備のグリーン車)を連結
       1988年  3月13日:津軽海峡線の開業に伴う青函連絡船の廃止により、連絡線接続ダイヤ
              から東京発着の寝台特急列車【北斗星】接続のダイヤに切り替え

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キハ183系のハイデッカーグリーン車
今のグリーン車より高級感があった
※ ウィキペディア画像を拝借

       1990年  3月10日:特急【北斗】全列車のグリーン車がハイデッカー車で統一される

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281系【スーパー北斗】の最速列車は
函館~札幌を2時間台で快走し
表定速度106.8kmをマークして
在来線で日本一早い特急列車となった
※ ウィキペディア画像を拝借

     1994年  3月  1日振り子式車両キハ281系気動車の投入により、【スーパー北斗】
              5往復の運行が開始される

              これに伴い、【北斗】は2往復減となり6往復となる
              また、キハ183系の基本番台車(110 km/h運転)が定期運用から
              離脱し、キハ183系の後期型車両の6両編成での運行に統一される

              【スーパー北斗】の全列車と【北斗】の一部列車が、全区間で最高
              速度130 km/hに引き上げられ、最速列車で札幌~函館を2時間台
              で運行され、この列車の表定速度が106.8 km/hをマークし、表定
              速度が日本の在来線における最速列車となった
           5月  9日室蘭線を走行中の札幌発函館行きの【スーパー北斗10号】で乗客から
              「床下から異音がする」との申告があり、最寄り駅に停車して点検
              すると、最後尾の車両下部に設置された推進軸の脱落が発見された
     1996年12月  4日:仁山~大沼で貨物列車が脱線事故(函館本線大沼脱線転覆事故)を
              起こし、レールや路盤を損壊したため本線が不通となった
              この事故により普通列車などの殆どの列車が函館~森で運休・区間運休
              されてバス代行運転となる中で、特急【北斗】などの特急列車は上下
              とも、事故現場から離れた所を通る藤城支線を経由して運転を継続した

              下り列車専用の藤城支線を上り列車が通過した事例である
              なお、事故が発生した区間は4日後の8日午前4時35分に復旧し、
              運転再開している

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振り子機能を搭載したキハ281系
及び更なる改良型の283系が投入され
【スーパー北斗】として高速運行を開始する
※ ウィキペディア画像を拝借

       1998年  4月11日:このダイヤ改正により【スーパー北斗】にキハ281及びキハ283系
              気動車を導入し、【北斗】1往復を【スーパー北斗】に昇格させた
              これに伴って【スーパー北斗】6往復、【北斗】は5往復(130 km/h
              運転3往復、120 km/h運転2往復)となる
       2000年  3月29日:有珠山の火山活動に伴い、室蘭本線の長万部~東室蘭が運転見合わせ
              なった為、この日の長万部17時28分着の北斗15号以降より函館本線
              直行(山線経由)で迂回運転となる

              その後は、山線経由の函館~札幌【北斗】は6往復、室蘭方面の補完
              列車として札幌~東室蘭に7往復の臨時特急が運行された
              2日後の3月31日に有珠山が噴火し、長万部で運行を打ち切った札幌
              行き【北斗】の車両で噴火被災元の虻田町町民の避難列車として使用
              された(札幌への乗客は代行バスで移動)
           6月  1日:山線区間の迂回運転だった一部の列車が、室蘭本線経由の通常運行に
              戻される
              この後、順次通常ルート経由に戻され、6月8日に全列車が通常ルート
              の運行に戻る

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2013年は車両事故が相次いで発生し
特に7月6日に発生した
走行中の車両からの出火事故は
重要インシデント事故として
JR北海道の安全軽視の体質が批判された
※『北海道新聞』より

       2013年  3月24日:車両の床下から発煙する事故が発生したのを皮切りに、4月8日の
              エンジン破損事故、7月6日のエンジンブローに伴う出火事故など、
              立て続けに機関トラブルによる事故が発生
              7月6日の出火事故は重大インシデントに指定され、出火したキハ183
              は当面の間使用中止となり、同形式を使用する列車が運休となる
         11月  1日:キハ283系の定期運転を終了し、全列車がキハ281系での運転となる
              また、出火事故を起こしたキハ183使用の号数は欠番のまま、【北斗】
              は5往復に減便となる
              事故の影響を受けて130km/h運転を取りやめ、120km/h運転に
              引き下げとなる
       2014年  3月15日:ダイヤ改正により、青函連絡特急の【白鳥】・【スーパー白鳥】
              との接続が改善される
              出火事故以来欠番となっていた号数を解消し、正式に2往復減となる
           8月  1日運休となっていた定期列車の運行を再開し、出火事故以前の状態に戻る
       2016年  3月26日:北海道新幹線の新青森~新函館北斗開業に伴い、全列車が新函館北斗
              に停車し、1・24号を除く全列車が新幹線と接続となる
              これに伴い、下り列車の運転経路が藤城支線経由から本線経由に変更
              となる

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事故続きで赤字問題も重なって
批判続きのJR北海道は
最新鋭キハ261系への車両置き換えと
運行速度ダウンの処置をおこなった
※ ウィキペディア画像を拝借

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出火事故で運用から外されていた183系は
キハ261に置き換えとなって運用終了となった
※ ウィキペディア画像を拝借

       2017年  2月23日:洞爺~有珠で発生した貨物列車脱線事故の影響で全列車運休となり、
              札幌~伊達紋別と長万部~函館に臨時特急、伊達紋別~長万部に代行
              バスを3往復、札幌から小樽経由の臨時特急を1往復、札幌~東室蘭に
              臨時特急を3往復運行
           3月17日:キハ183の運用終了に伴い、キハ183使用の全列車が261系に置き換え
              列車名が【スーパー北斗】に統一されて、【北斗】が定期列車から消滅
       2020年  3月14日:全列車が【スーパー北斗】から【北斗】に戻される

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     2022年10月  1日:キハ281系が定期運用から離脱し、全列車がキハ261系での運行と
              なる

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全車指定席になる予定となった
北海道の特急列車
恐らくシンカンセンからの乗り換えの
不興に対しての対応だろうけど
指定席を取れなかった客は
デッキでの立席が確定となるのだろうね
※ ウィキペディア画像を拝借

2024年・春(予定)     :自由席の廃止による全車の指定席化

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渡島駒ヶ岳をバックに快走する
281系特急【北斗】
※ ウィキペディア画像を拝借

停車駅:2020年3月14日以降(【スーパー北斗】から【北斗】へ戻された以降)の停車駅
函館・五稜郭・新函館北斗・(大沼公園)・森駅・八雲・長万部・(洞爺)・伊達紋別・東室蘭・
(登別)・(白老)・苫小牧・南千歳・新札幌・札幌
  ※ 大沼公園・洞爺・登別・白老は以下の通りの一部列車のみ停車
    大沼公園:1・3・18~22号が停車
    洞爺・登別:2号のみ停車
    白老:2・4・21号のみ停車

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登場時は気動車特急のパイオニアの
キハ82形気動車が運用に就いていた
※ ウィキペディア画像を拝借

使用車両:列車登場時~1986年11月1日の定期運用終了まで、キハ82形気動車が使用されていた
     同形式は気動車特急創成期のパイオニアとも言える車両で、当時は特急列車には当たり前
     だった食堂車も連結されていたが、雪に弱くしかも非力で登坂能力も乏しく、日本の登坂
     路線のあちらこちらで登坂不能でストップしてしまう事故や、雪で機関トラブルが発生
     して、後続の急行用のキハ56を使用した急行【えりも】や【ちとせ】に追い抜き返される
     事が冬の日常茶飯事だったとの事

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スラントノース型の183系初期車と
貫通型の後期型の183系【北斗】の揃い踏み
だが走行性能は段違いで初期型は
1994年に早々に運用離脱し
後期型は130km/h運転で
【スーパー北斗】にも使用された
※ ウィキペディア画像を拝借

     1983年6月1日より183系初期型(基本番台でいわゆるスラントノーズ型)が投入され、
     1994年3月1日に120km/hの高速運転化に伴い運用を離脱している

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同じ形式ながらハイデッカーグリーン車となり
130km/h運行も可能な高速運転で
使用された貫通タイプの183系後期型車両
※ ウィキペディア画像を拝借

     183系の後期型(貫通タイプ)は1986年11月1日より投入されたが、当形式のグリーン
     車はハイデッカー車両となりグリーン車がグレードアップしている
     だが、高速運転の無理が祟ったのか2013年に相次ぐエンジントラブル事故を起こし、
     2018年3月17日に運用離脱している

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『HEAT281』のロゴが記された281系気動車
『HEAT281』の『A』は
『高度な』を意味する『Advanced』との事
※ ウィキペディア画像を拝借

     1998年4月11日~2022年9月30日まではキハ281系気動車が投入された
     同形式は振り子式装置を搭載した曲線区間高速走行可能な車両で、永らく特急【北斗】
     として活躍した

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振り子機能の傾斜度を更にアップして
更に高速対応化したキハ283系
※ ウィキペディア画像を拝借

     1998年4月11日~2013年10月31日までは、キハ281の改良型で更なる高速運行が可能
     であるキハ283系気動車が【スーパー北斗】2往復に充当されていた
     この形式も振り子式装置を搭載した曲線区間高速走行可能な車両で、主たる運用先は
     札幌~帯広・釧路で運行されている【スーバーおおぞら】・【おおぞら】であった

     だが、2011年5月27日に発生した脱線火災事故によって徐々に高速運行列車から外されて
     現在は、石北本線の183系の置き換え車両として、【オホーツク】や【大雪】の運用に
     就いている

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長万部駅に到着した261系特急【北斗】
※『レスポンス』より

     2016年3月26日から投入が始まったキハ261系1000番台に順次置き換えられて、現在は
     全列車がキハ261系1000番台の運用となっている

t50-w281 (1)
キハ281系は【おおぞら】では
よく乗ったが
【北斗】では1~2回乗ったのみだな
※ ウィキペディア画像を拝借

乗車経験:上下とも全区間で乗車経験アリ
     キハ82時代も乗った経験があるような無いような・・。
     逆にキハ183の初期型・スラントノースは特急【北海】では乗ったが、【北斗】では乗った
     事ないかな

t50-w183 (6)
後期型は渡島駒ヶ岳に登った後に
森から乗った事あるな
※ ウィキペディア画像を拝借

     後期型は、運用離脱が迫った末期には【スーパー北斗】ではなく、森に停車する【北斗】
     に使用されていたので、雄島駒ヶ岳に登った後に日高・ペテガリへ移動する時に乗ったよ
     今のキハ261形は、札幌~苫小牧などの短区間利用でよく乗っている

t39-limted.jpeg
キハ183なら石北本線でスラント型も
後期型も撮った事あるけど
【北斗】は森駅で乗った列車を
撮るのにシクジって持ち弾ナシ
巻き上げずに必死にシャッターを押す
『うれしはずかし』をやっちまったよ

撮影経験:ファースト北海道旅で撮ったキハ82【北斗】は、タングステンのフイルム間違いで全てボツ
     サルベージも失敗して持ち弾ナシ

t50-ho (2)【おおぞら】なら東追分で
キハ261系の交換風景を撮った事あるけど
【北斗】はないなぁ

     今の261は撮ってないなぁっていうか、青い特急は東追分と厚内で【おおぞら】しか
     撮った事がない(掲載写真が無いので【おおぞら】で撮った唯一の特急の持ち弾の
     東追分の写真を掲載しちゃおう


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電気代を下げるなら原発をフル稼働させて
高騰する原油依存から脱却するしかない
税金を下げるなら選挙に頼っても
自民党の議席は減っても20~30って所で
政権交代には至らないだろうし

万が一野党が政権を盗っても
シナ・チョン上げの反日パヨク政党なので
かつてのミンス政権のように
日本の経済が潰される

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要するに自民党は利権によって経済を潰し
東京五輪の開催などで日本の国民の殺害に走る
野党は野党で反日パヨクの牙を剥き
チョンやシナへの隷属と貢物政治となるだろう

物価高を下げるなら消費税の減税と
二重に掛けられたガソリン税に
トリガー条項をかけた後
二重課税は税法違反と指摘して
揮発油税そのものを撤廃させる事だぁね

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ガソリン代が下がると
電気代・輸送コスト・製造コスト
そして生活費の全てが下がり
物価も自然に下がるよ

アホが金利上げを言うが
金利上げこそ増税の最たるモノで
国が銀行に貸し付ける金の金利を上げるので
金利上昇の分は国の懐に入る訳だ

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そして金が借りにくくなり経済が停滞し
現在の不況なのに物価が上がる
スタグフレーションが更に悪化するだけだよ

それに上がった金利で住宅ローンなどが
払えずに破産する奴が出たら
ドミノ倒しのように次々と現れて
リーマンショックのような大不況の再来となるよ

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破綻者が出ると支払先にも影響が及ぶし
銀行も焦げ付きによる
不良債権が嵩むと貸し渋りとなって
資金力のない中小企業が潰れまくって
失業者の嵐となるよ

だが憲法改正も含めて
増税・電気代・ガソリン代・物価高の
全ての問題を解決する方法がただ一つある
それはチョンの背乗り天皇をチョンと看破して
追放する事でチョンを一斉追放する事だ

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それで在日チョンの一斉追放の口実を得て
与野党問わず日本人成りすましの
国会議員共を一斉に追放して
日本国民の手に政治を取り戻すのである

在日チョンやチョンやシナと癒着する
与党議員を追放して政治を国民の手に取り戻せば
憲法改正は元より消費税の減税
揮発油税の廃止に物価の高騰の阻止など
国を良くする全てが容易にできるのである

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でもこのままだと同じ事の繰り返しだし
何一つ解決しないよ
ましてやチョンの背乗り天皇ヒロヒトが
厳守を命じた憲法の改正など夢のまた夢だね





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