風来梨のブログ

このブログは、筆者であるワテの『オチャメ』な日本全国各地への探勝・訪問・体験記です。

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『路線の思い出』  第544回  札沼線・あいの里公園駅

『路線の思い出』  第544回  札沼線・あいの里公園駅 〔北海道〕

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バリアフリー化されたあいの里公園駅
※ ウィキペデイア画像を拝借

《路線データ》
営業区間と営業キロ              輸送密度 / 営業係数(’22)
  桑園~北海道医療大学 28.9km            14475 /  107   
運行本数(’23)
札幌~石狩当別及び北海道医療大学 上下とも交互発車で毎時3~4本
        ※ あいの里公園・あいの里教育大止りの区間便アリ
 
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乗客はほぼ全て『鉄』だったという
浦臼~新十津川の1日1往復区間

       廃止区間と営業キロ                廃止年月日    
    新十津川~石狩沼田 34.9km              ’72・6・19
 北海道医療大学~新十津川 47.6km              ’20・5・ 7 
                          ※ 武漢ウイルス対策処置の為
                            ’20・4・17より廃止区間全面運休

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かつて札沼線の終点だった
留萌本線・石狩沼田も
3年後の2026年3月で路線廃止に伴う
駅廃止となる事が確定している

       廃止時運行本数( ’72)              転換処置
      浦臼~石狩沼田 5往復            国鉄バス北海道
                           ’03より北海道中央バス
     廃止時運行本数( ’20)                転換処置      
 石狩当別~新十津川 1往復        石狩当別~石狩月形 当別町コミュニティバス
 石狩当別~浦臼   5往復        石狩月形~浦臼   月形町コミュニティバス
 石狩当別~石狩月形 下り2本、上り1本   浦臼~新十津川   北海道中央バスの既存のバス路線

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札沼線は学研都市線の愛称がついているが
浦臼~新十津川の1日1往復区間も
『学研都市線』の看板で
もの凄く違和感があったよ
※『ユキサキナビ』より

あいの里公園駅(あいのさとこうえんえき)は、北海道札幌市北区あいの里2条8丁目にあるJR北海道・札沼線の駅である。 現在の駅は桑園駅管理の無人駅で、相対式ホーム2面2線(ホーム幅2m、長さ135m、6両対応)を持つ駅で、駅舎に面した上下本線ホームが2番線、対向の上り副本線ホームが1番線となっている。

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対向式2面2線となって
当駅始発着列車も設定されている
あいの里公園駅
※ ウィキペディア画像を拝借

交換列車の同時進入に対応する為、2番線の北海道医療大学方と1番線の桑園方には安全側線が設けられている。 両ホームは、構内の北海道医療大学方に設けられた跨線橋(エレベーター併設)で結ばれている。 駅舎はレンガを外壁に使用し、中央には蒸気機関車をイメージした円形のドームを配している。
駅舎内には待合施設のほか、自動改札機・自動券売機・トイレが設置されている。

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駅前にはかつての釜谷臼駅の
歴史を記した立て看板がある
※『ユキサキナビ』より

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その看板には開業時の
釜谷臼駅の駅舎の写真がある

なお、釜谷臼駅時代は現在同様に無人駅で、1面1線の棒線構造の駅だった。 釜谷臼駅の開業時には地元民の寄付金で建てられた待合室があったが、隣駅に『あいの里教育大前』が設置されると、隣駅と近すぎる為に当別方向に630m移転して廃貨車を改造した待合室が設置された。

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1990年に電化開業準備として
釜谷臼駅が相対式2面2線の
交換可能駅に改装されている
※ ウィキペディア画像を拝借

その後、JR北海道に経営移管されて3年経った1990年11月に交換設備を有した相対式2面2線ホームと新駅舎が建設されて、翌年1991年3月に跨線橋やエレベーターの設置も含めた駅改装工事が完了して現在の駅の姿となっている。 なお、新駅舎の供用開始日より4年後の1995年3月16日に、駅名が『釜谷臼』から『あいの里公園』に改称されている。

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あいの里ニュータウンの造成が
始まった頃の釜谷臼駅周辺
50年の時を経て
駅の請願が実を結んだ
※ ウィキペディアより
1985年撮影の駅上空写真を拝借

当駅は請願駅であり、札沼線が当地に開通する前の1932年から『札沼線釜谷臼駅設置期成会』が旧篠路村の地元住民を中心に起こっていたが、桑園~石狩当別(現在は当別)が1934年に開通した段階ではには、篠路村には篠路のみの設置とされて、当地に駅は設置されなかった。

地元住民の陳情はその後も続き、1948年4月にも周辺町村と共に請願を実施するが実現せず、篠路村が札幌市に編入された直後の1955年3月18日に、札幌市議会定例会鉄道施設対策特別委員会に簡易乗降場の設置が請願されている。

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国鉄時代の札幌駅
当時は北側に出口は無かった

当時は札幌駅の北口開設の目途が立たない事が札幌市の懸案事項になっている中で、当駅の請願提出には異論もあったが、『(駅の請願地が)札幌市に合併された事により、今後は札幌市郊外の住宅地とならんとも限らないので』として原案通り可決されている。

駅の設置議案が可決された3年後の1958年に、現在の駅の南西約630メートルの位置(札幌市立あいの里東中学校の敷地南東に面する位置)に釜谷臼駅(かまやうすえき)として開業した。 用地は地主から提供され、待合室も地元民の寄付金で建てられたという。

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移転当初は以前と同じく
片面ホーム1面1線の棒線構造で
駅待合室もロングタイプの
廃貨車を利用した貨車駅だった
※『ユキサキナビ』より
道南いさりび鉄道の釜谷駅

1980年頃から札幌のニュータウン『あいの里』の開発が始まると、当駅の桑園方(桑園起点13.6 km)にあいの里教育大駅が請願されて新設されたが、これにより当駅は新駅と駅間距離が短くなりすぎる為に新十津川方(約630m)に移転して、その後駅名も変更された。

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棒線無人駅か華麗なる
出世駅となったあいの里公園駅
※『ユキサキナビ』より

駅名の由来は、旧駅名の『釜谷臼』はアイヌ語で『平岩が・岸に・ついている』という意の『カマヤウㇱ』に由来するとされるが、札幌市によると当地に平たい岩があったという事実はないという。
なお、現在の駅名はニュータウン開発によって、住居表示が『あいの里』となった事と、近くに『あいの里公園』がある事からだとの事。



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ワテが『撮り鉄』に訪れた
当時の釜谷臼は
札幌市最北の原野地帯だったよ

ぢ・つ・わ・・、釜谷臼時代に降りた事あるんだよね・・、この駅。 それは、非電化時代の札沼線の撮影名所である石狩川橋梁があって、その『撮り鉄』の為に降りたのだけれど、この駅を訪れた当時は駅にはそれほど興味はなく、廃止第一次路線や二次路線の駅舎以外は写真を撮らなかったので、当時の駅舎などの足跡を残す事ができなかったよ。

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記憶では四国の堀江駅の
貨車駅と同タイプだったよ
※ ウィキペディア画像を拝借

また、廃止線でもない駅に興味なかったと前述した通り、ほとんど駅の記憶もないのであるが、薄っすらとカプセル駅だったような・・という憶えがあったので、恐らく訪れたのは貨車駅の時だと思う。
訪れた時を時系列で追うと、昭和61~62年の冬という事で、駅移転の時と被っている微妙な時期のようであるし・・。

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当時は今のように除雪もされない
原野の中にポツンと佇む駅だったよ

まぁ、憶えているのは、今の札幌市郊外のベットタウンではなくて、何もない吹きッさらしのゴーストタウンみたいな所だった・・って事である。 住宅はおろか、ほとんど建物も無く、道も通行する人がいないせいか除雪さえされていなかったような・・。

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この原野駅に降りたのは
この鉄橋で『撮り鉄』する為である
着いた当初は晴れていたが
一時もすると地吹雪となったよ

何でそんな雪の吹き溜まりしか見当たらないゴーストタウンの駅に降りたかというと、前述の如く、この駅が石狩川橋梁の最寄り駅だったから・・である。 でも、今考えると、コンビニみたいなのはまだ出回っておらず、下車と同時に補給が断たれるわ、人っ子一人見当たらないゴーストタウンな所で地吹雪が荒れ狂う中だわ・・と、結構”命がけ”だったりする。

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雪の少ない穏やかな情景に見えるが
枝の雪は突風で全て
飛ばされているのである

写真は穏やかに写っているが、ここで地吹雪の風に煽られて傘が一瞬の内に破砕した事や、プラスチックの何かが飛んできて当たりかけた事などを憶えている。 それを避ける為に尻もちをついた事も。

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プラスチックの物体が
飛んでくるような地吹雪だったよ
飛ばされたモノに当たったら
血まみれとなっていたよ

ホント、『乗り鉄&撮り鉄』は、過酷なミッションなのだよ。 今のヘタれたワテではとてもとても・・。
だって、1日数本の列車を撮る為には、『夜討ち朝駆け』は元より無人駅での野営(駅寝の事ですね)も厭わず、カメラ一式と自炊用具一式で二つ合わせると25㎏は担いでいたと思うしィ。 正直言うと、”若さ”だけではムリじゃないかと。 ブリバリの体力と、なりふり構わぬ『情熱大陸バカ』さが必要だったと思うよ。

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乗り鉄&撮り鉄』+駅寝バージョンは
結構過酷なミッションだったりする
恐らく『若さ』だけならムリで
ブリバリの体力と『情熱大陸バカ』な
熱い情熱が必要だったと思う

まぁ、コンビニなどの便利なのがない・・以前に、人が住んでいない無人荒野の場合がほとんどで、食糧を持たねば寒さと飢えで冗談抜きに逝っちゃう危険があったしィ。 その過酷さの証明は、橋の袂から撮った突風に飛ばされかけながらの珠玉の一枚を掲載しようと思う。

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地吹雪の中で撮ったのを
証明できる写真ですね
失敗写真は時に当時の姿を示す
貴重な写真となり得るのだ

それは、普通なら失敗写真で即ボツ(デジタルなら即効消去して跡形も残らない)のデキの写真であるが、失敗作も大切に保管しておく事で、こういった記事の内容を盛り上げる事ができるのである。
だから、あの時の釜谷臼の貨車駅舎を撮っていれば、更にこの記事のボリュームが倍増していたのである。
これは小さな事だけど、下手すれば失敗写真が人生を変える発見を導いたりする事も有り得るのだ。

これが、それをいとも簡単に捨て去るデジタルでは進化が適わない理由である。 そして、過去を簡単に捨て去る事は、未来をつかむ事も適わないのである。 一例として、結婚式の時に生まれた時の写真がデータ消滅で失っていたり、大切な証拠が消えていて自滅の道に陥ったり・・である。 これは発展し過ぎな事かもしれないが、あり得ない話でもない訳である。

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バリアフリー化前のあいの里公園駅
※『ユキサキナビ』より

話は濃い自我の話になってしまったが、この時から30年位たった頃に時間潰しも兼ねて、元釜谷臼のあいの里公園駅まで往復した事がある。

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駅寝したからこそ撮れる一品です

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廃止6往復区間でのキメ写真は
豊ヶ岡のコレかな

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札沼線きっての秘境駅で
『駅寝&撮り鉄』の後は
次の列車に乗って1日1往復の
終点・新十津川駅へ

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この時に撮った最後の新十津川駅は
心に残るお宝写真となったよ

この時は札沼線の新十津川までが廃止となる前年で、北海道医療大~浦臼までの6往復区間は既に豊ヶ丘で駅寝して早朝の雪景色を撮ってるし、1日1往復も早朝の雪景色と『撮り鉄』した次の列車が1日1往復の新十津川行きの『鉄』で満員列車だったので、つづかなく葬式乗車ができたよ。 そして、新十津川駅舎のキメ写真も撮れたよ。

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1日1往復を『撮り鉄』するなら
レンタカーが不可欠ですね

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ついでに下徳富駅にも立ち寄れたよ

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1日1往復を『乗り鉄&撮り鉄』するなら
駅寝とレンタカーは必須ですね

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ちなみにこの時の豊ヶ岡駅の
最低気温は氷点下12度だったよ
でも室内便所とテーブル付き

1日1往復の列車もレンタカーで立ち寄って撮ったし・・で、札沼線の廃止区間におけるミッションは完了してレンタカーを返却した後て、レンタカーがなければ駅寝する以外に廃止区間で『撮り鉄』をする事なんて不可能だしィ。 なので、2~3時間程度の時間の開きでは遠出はムリだし、当然『撮り鉄』もムリという事で、この状況で時間潰しするなら近郊区間である電化区間での乗車往復しかない訳で・・。

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あの時の地吹雪の思い出が
『夢まぼろしなのか』と思える
現在の駅情景だったよ
※『ユキサキナビ』より

そして、「どうせ立ち寄るなら思い出のある駅で・・」って事で選んだのが、旧釜谷臼のあいの里公園だったって訳である。 でも、今の『あいの里公園』駅にあの時の思い出の欠片は皆無であった。
駅が650m移転している事だし、ニュータウンが造成されて住宅地になってるし・・で、あの時の欠片などある筈もないのだが。

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無人駅なのにエレベーターがあるよ
そして階段を使わずキッチリ
このエレベータを使うヘタレのワテ
※ ウィキペディア画像を拝借

しかも、無人駅なのにエレベータがあって、歩行は跨線橋内を相対する線路2線分歩くだけで向こう側にもエレベーターがあるのである。 もちろん、階段もあるがヘタレとなって久しいワテは、キッチリエレベーターで跨線橋に上がって対向ホームに渡ったよ。 ちなみに、駅舎側が下り北海道医療大学方面で、対向ホームが札幌方面である。

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エレベーターを使うと
歩くのは通路のみ
※ ウィキペディア画像を拝借

解っていた事とはいえ、かつての思い出の欠片が無かった事にいささかガッカリして、新しい駅舎は撮る気が起きずに撮らなかったよ。 この時に機転を聞かせて、今のように『B級写真はスマホで』をしておけば良かったよ。 なので、駅の内容はウィキやユキサキナビなど借り物で・・。 暇つぶしを終えて札幌方面に戻る帰りの列車は、リクライニングの『Uシート』車の無料開放だったよ。


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支持率が落ちまくった増税メガネは
このままでは党によって「選挙に勝てない」と
総理を辞めさせられるのに焦ったのか
減税を言い出し始めたけど

肝心な所の減税は皆無で
付け焼き刃的なモノがアリアリだ
この分だと一回の減税の後に増税メガネ
が再復活して消費税アップや票につながる
層へのバラまきの再発となるだろうね

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それに物価高を抑えるには
1回こっきりの減税では焼け石に水で
毎月の消費に対する減税である
消費税の5%減税か3年の時限撤廃だろうがよ

仮に消費税5%にすると
相乗効果で物価は15%は下がるよ
ガソリン代を下げるならトリガーを発動して
1Lで25円下がれば輸送コストが下がる
などの相乗効果で物価が15〜20%下がるよ

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電気代も原発の再稼働推進で
省エネ賦課金を廃止にすれば
現在12%の賦課金が掛けられてるので
電気代がそのまま12%下がりコストダウンの
相乗効果を考えると物価は20%下がるよ

そしてYahoo!掲示板のバカが
円安是正の為に金利を上げろと言ってるが
金利上げるのって増税の最たるものだよ
何せ国が金融機関に回す金に対しての金利だから
金利が上がった分は国が摂取するのだから

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それにこのバカは1ドル75円にすれば
給料が倍増するのと同じとか吐かしてるけど
ミンス政権時代に1ドル70円台に
下がった時の事をもう忘れたの?

日本経済の根幹を成す輸出産業が
国際競争力を失って株価が7000円台まで落ちて
巷は失業者で溢れて正社員でも
仕事がなくていつクビになるかと
戦々恐々としていたよね

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その時の物価は失業者で溢れかえり
国民全てに金が無く
購買力もなくて物が買えないので
国内外を通して日本のモノが全く売れず

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売り手も極限まで値を下げると
売っても赤字なのでオープン価格と称した
定価そのままで売ってたよね
だから値切らねば定価以上を吹っかけられたよね
長くなるので次回に続く



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No Subject * by 風旅記
おはようございます。
あいの里公園駅、私は札沼線が電化される前夜に尋ねたことがあります。
もう架線も張られている線路を、まるで電車のようなキハ201形に乗っていきました。
石狩川の長い鉄橋、どのお写真も魅力があります。
ただ記事の解説がなければ、着氷していない雑木を見て、雪の少なくなってきた頃のお写真だと誤解するかもしれません。
そこまでの地吹雪の中、走ってくる列車もすごいと思いますし、列車を待ってシャッターを切っていた撮影者さんも並々ならぬ“写真欲”があったのではないでしょうか。
電化や部分廃止によって札沼線も変わってしまいましたが、まだいつか訪ねてみたいと思っています。

Re: No Subject * by  風来梨
風旅記さん、こんばんは。

オール非電化の写真の頃は、廃止となった新十津川へも『ローカル線のスタンダード』である6往復運行されていて、札幌行きもありました。 新十津川も有人駅で、駅舎も半分化される以前でごく普通の木造駅舎でしたね。
近くに銭湯もあって、バスで滝川にも出れて、かなり便利だったと思います。 ですが、JRになって石狩当別止まりの3往復となって、最後は御承知の通り1日1往復になってました。

石狩川橋梁は、一応街の区間で、日中の単行とラッシュ時の混成(ある車両を全てつないだ)6両編成で運行するなど、隠れた撮影スポットでしたね。

コメント






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No Subject

おはようございます。
あいの里公園駅、私は札沼線が電化される前夜に尋ねたことがあります。
もう架線も張られている線路を、まるで電車のようなキハ201形に乗っていきました。
石狩川の長い鉄橋、どのお写真も魅力があります。
ただ記事の解説がなければ、着氷していない雑木を見て、雪の少なくなってきた頃のお写真だと誤解するかもしれません。
そこまでの地吹雪の中、走ってくる列車もすごいと思いますし、列車を待ってシャッターを切っていた撮影者さんも並々ならぬ“写真欲”があったのではないでしょうか。
電化や部分廃止によって札沼線も変わってしまいましたが、まだいつか訪ねてみたいと思っています。
2023-12-06 * 風旅記 [ 編集 ]

Re: No Subject

風旅記さん、こんばんは。

オール非電化の写真の頃は、廃止となった新十津川へも『ローカル線のスタンダード』である6往復運行されていて、札幌行きもありました。 新十津川も有人駅で、駅舎も半分化される以前でごく普通の木造駅舎でしたね。
近くに銭湯もあって、バスで滝川にも出れて、かなり便利だったと思います。 ですが、JRになって石狩当別止まりの3往復となって、最後は御承知の通り1日1往復になってました。

石狩川橋梁は、一応街の区間で、日中の単行とラッシュ時の混成(ある車両を全てつないだ)6両編成で運行するなど、隠れた撮影スポットでしたね。
2023-12-07 *  風来梨 [ 編集 ]