風来梨のブログ

このブログは、筆者であるワテの『オチャメ』な日本全国各地への探勝・訪問・体験記です。

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『ネームトレイン』 第48回  だいせん

『ネームトレイン』 第48回  だいせん

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20系時代の
列車名及び行先表示幕
※『鉄道ジャーナル別冊・
ドキュメント列車追跡 昭和54年度版』より

  急行【だいせん】 ・・  かつて、国鉄及び経営を引き継いだJR西日本が、大阪~米子・浜田を東海道本線・福知山線・山陰本線経由で運行していた急行列車である。 最盛期は昼行を含めて4往復が運行され、運転区間は最長で益田まで運転されていた。 

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福知山で小荷物積み込みの為に
長時間停車する急行【だいせん】
※『鉄道ジャーナル別冊・
ドキュメント列車追跡 昭和54年度版』より

トレインネーム・急行【だいせん】の先駆けは、国鉄が1968年10月より大阪~鳥取・米子・出雲市・益田など山陰本線の主要駅間を福知山線経由で運転を開始した列車につけられた愛称である。

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西日本地域の名峰・大山が
トレインネームの由来だ

列車名の由来は、鳥取県にある伯耆大山(ほうきだいせん) 標高1729m に因むものとされている。
この事から、その周辺に近い鳥取県西部および島根県東部が終着駅となる列車の名称として使用されていた。

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日輪を浴びる伯耆の名峰・大山

〔だいせん〕の名称自体は、1953年3月より岡山~松江を伯備線経由で運転を開始した快速列車につけられていたが、1968年10月のダイヤ改正により伯備線経由の快速〔だいせん〕を〔おき〕(このダイヤ改正当時の〔おき〕はまだ快速列車で、特急化されるのは1975年3月のダイヤ改正によってである)に変更して、福知山線経由で運行する急行列車に【だいせん】の名称が使用されるようになった。

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末期は余ったエーデル改造気動車
2両固定編成で
寝台車も廃止されていた
※『思い出鉄道探偵団』より

最盛期には1日4往復運転されていたが、他の列車などに代替される形で徐々に運転本数を減らされて、廃止直前の末期は夜行運行で1日1往復のみの運転となっていた。 また、大阪~篠山口と倉吉~米子では始発・最終列車としての性格も持っていた。 特に倉吉~米子では快速列車として運行され、普通急行券なしでも乗車する事ができる通勤・通学列車となっていた。

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大幅な割引だった周遊券のあった時代は
大阪行の急行【だいせん】の
自由席はいつも満員だったそうだ
※『消えゆくブルートレイン』より

周遊券が周遊きっぷとなる前は、山陰側において『京阪神ミニ周遊券』を購入すれば急行料金不要となって、競合するバスと運賃が同等となる上に、同周遊券は滋賀県の草津までの広いフリー区間が設定されていて草津までの移動が無料であった事から、夜行の自由席が大混雑したが周遊券が廃止された事に加えて激安のツアーバスの台頭などによって、夜行のみとなっていた当列車の需要が激減する事となった。
これは、北陸方面の急行【きたぐに】でも同様のケースがみられたという。

t48-hm.jpg
急行【だいせん】の絵入りテールマーク
※『ヘッドマーク辞典』より

《列車データ》
運行区間と運行距離:大阪~米子・出雲市・大社・益田(福知山線経由)
 大阪~益田 540.2km、大阪~出雲市 410.3km(出雲市~大社 7.5km)、大阪~米子 348.7km

t48-blue (3)
大阪と山陰地方を結ぶ
主要列車だった急行【だいせん】
※『消えゆくブルートレイン』より

運行期間:1968年10月  1日ヨンサントオの大規模ダイヤ改正により、次のように変更となる
              伯備線経由の快速〔だいせん〕は、快速〔おき〕に変更
              大阪発着の急行【山陰観光】・【三瓶】・【白兎】・【おき】が
              統合されて、福知山線経由の急行【たいせん】として運転開始
              急行【だいせん】は、大阪~松江・出雲市・大社・益田で合計4往復
              (このうち1往復は臨時列車)運転された
              なお、大社行きの出雲市~大社は普通列車であった

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出雲大社を模した大社駅に到着した
急行【だいせん】
(出雲市~大社は普通列車)
※『鉄道ジャーナル別冊・
ドキュメント列車追跡 昭和54年度版』より

       1972年  3月15日:ダイヤ改正により、以下のように変更となった
              下りの急行【だいせん】1号は米子~益田で急行【はぎ】(米子~
              長門市)との併結運転となり、乗り継ぎ料金制度として乗り通す
              事が認められた
              大阪~松江の1往復の運転区間が大阪~鳥取に変更となり、愛称も
              急行【いなば】に改称されて、急行【だいせん】は大阪~大社・
              益田の2往復になる(出雲市~大社は普通列車)
       1975年  3月10日:ダイヤ改正により、次のように変更となる
              下りの急行【だいせん】1号と併結運転していた急行【はぎ】が、
              【ながと】に改称
               マルスシステム拡張に伴い、山陰本線全通時より京都~出雲市で
               運行されていた寝台車連結の夜行普通列車に〔山陰〕の名称が与
               えられる
     1978年10月  2日:【いなば】から【いでゆ】と改称されていた大阪~鳥取の急行列車
               が【だいせん】に改称されて、【だいせん】2号及び3号となる
               夜行列車である【だいせん】5・6号が、20系客車に置き換えられる
       1982年  7月   急行【だいせん】1号【ながと】との併結運転を解消

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夜行の5・6号に自由席が設置され
周遊券利用で料金不要になる事から
周遊券が使える急行【だいせん】の
自由席はいつも混雑していたという
※『消えゆくブルートレイン』より

       1985年  3月14日:夜行の【だいせん】5・6号に自由席が設置され、運転区間が大阪~
              出雲市に変更(下り倉吉~出雲市と上り米子~倉吉は快速列車で、
              上りの出雲市~米子市は普通列車)
              また、京都~出雲市で運行されていた夜行普通列車〔山陰〕が廃止
              となる

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城崎までの電化開業で昼行列車は
全て特急【北近畿】に格上げされて
夜行1往復のみとなった急行【だいせん】
※『全国列車ガイド』より

     1986年11月  1日:福知山線の宝塚から山陰本線の城崎(現在の城崎温泉)までが電化
              されたことにより、急行【だいせん】の昼行列車が当時のエル特急
              【北近畿】に格上げ統合され、急行【だいせん】使用車両を14系
              14形寝台車と12系客車に置き換えられた客車列車に変更されて、
              大阪~出雲市の夜行列車1往復のみになる(下り倉吉~出雲市と上り
              米子~倉吉は快速列車、出雲市~米子は普通列車)
       1991年  3月16日:急行【だいせん】の快速運行区間が倉吉~出雲市に変更
       1994年12月   :寝台車の使用車両を14系14形から14系15形に変更し、B寝台を
              2段寝台化

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1999年10月の改正で寝台車が廃止されて
余剰のエーデル改造車両を使った
2両固定編成となった急行【だいせん】
※ ウィキペディア画像を拝借

     1999年10月  2日:急行【だいせん】の運転区間が大阪~米子となり、使用車両もキハ
              65形改造のエーデル車に変更され、寝台車の連結が廃止となる

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廃止1週間前にかつての寝台編成を再現した
臨時急行【懐かしのだいせん】が運行された
※『データファイル・急行 だいせん』より

     2004年10月  9日:当月中に運行廃止が決定していた急行【だいせん】のお別れ臨時
              列車として、9日夜から11日朝にかけて2日間で14系15形寝台車と
              12系客車の臨時急行【懐かしのだいせん】が運行される
          10月16日:急行【だいせん】が廃止となり、以下のように代替列車が設定された
              新大阪~福知山に特急【北近畿】下り1本増発
              福知山~京都で特急【たんば】上り1本増発
              鳥取~米子で快速〔とっとりライナー〕1往復増発

t48-w2.jpg
末期の急行【だいせん】は
寝台車は外され2両の最短編成で
固定化された寂しい姿であった
※ ウィキペディア画像を拝借

停車駅:廃止を控えた末期の停車駅
大阪・尼崎・宝塚・三田・篠山口・柏原・福知山・和田山・豊岡・城崎・香住・浜坂・鳥取・(浜村)・
(松崎)・倉吉・由良・浦安・赤碕・(下市)・御来屋・大山口・淀江・伯耆大山・米子
  ※ 倉吉~米子は快速列車
  ※ 浜村・松崎上りのみ停車、下市は上り快速のみ停車

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大社線をゆく急行【だいせん】
※『鉄道ジャーナル別冊・
ドキュメント列車追跡 昭和54年度版』より

    益田まで運行していた創成期の停車駅
大阪・宝塚・三田・篠山口・谷川・柏原・福知山・和田山・八鹿・江原・豊岡・城崎・香住・浜坂・
(東浜)・岩美・鳥取・浜村・松崎・倉吉・浦安・赤碕・大山口・米子・安来・松江・玉造温泉・
宍道・出雲市・太田市・仁万・温泉津・江津・浜田・三保三隅・益田
  ※ 1986年11月に福知山線の宝塚から山陰本線の城崎までが電化された事によって昼行運行
    が廃止となり、運行区間が大阪~出雲市に短縮となった上に、倉吉~米子~出雲市が快速
    又は普通列車となる

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昼行列車は急行型気動車のキハ58形が
グリーン車付きで運転されていた
※『鉄道ジャーナル別冊・
ドキュメント列車追跡 昭和54年度版』より

使用車両:創成期は昼行列車がキハ58形急行用気動車で、夜行列車は10系寝台と旧型客車が使用
     されていた

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夜行列車のみとなってからは
14系15形置き換えによる2段寝台化など
グレードアップが図られていた
※『消えゆくブルートレイン』より

     その後は夜行列車のみの運行となり、20系寝台→14系15形寝台と12系客車に置き換え
     られて、寝台連結が廃止となる1999年10月の改正まで使用された

t48-henkaku.jpg
キハ65改造のエーデル展望車と
なった急行【だいせん
片側だけエーデルのチグハグな編成で
車両が余った為に
充てられたのが見え見えであった
※『急行 だいせん の変革』より

     1999年10月の改正から廃止となる2004年10月16日までは、キハ65を改造したエーデル
     タイプの展望車両が使用されていたが、エーデル改造車は米子寄りの車両のみでしかも
     2両の固定編成であったので、チグハグな印象があった

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客車時代は自由席が設定された
その年に乗った記憶アリ
※『消えゆくブルートレイン』より

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この時に乗ったエーデルは
この塗装で片側だけエーデルの
チグハグな編成だったよ
※ ウィキペディア画像を拝借

t47-sakyu (1)
乗った理由は
鳥取砂丘の風紋を撮りに行く為
この時は鉄道に冷めていた時期で
見た目ブサイクな
エーデルは眼中になかったよ

乗車経験:20系寝台客車時代の1985年の冬に、出雲市から大阪まで通しで乗った記憶アリ
     気動車の昼行列車は乗車の記憶ナシ
     エーデル改造車となった末期は、大阪~鳥取で鳥取砂丘を訪ねる為に乗った経験アリ 

t48-kiha58.jpgもしかしたら急行【だいせん】かも
いや・・【みささ】【みまさか】かなぁ
小坊の時に大阪駅撮った
キハ58の急行列車
特急より急行の方がカッケーと思う
変なガキだったよ

撮影経験:小学生の頃に大阪駅でキハ58の急行を撮った事があるが、急行【だいせん】かどうか
     は定かでない

t48-edel.jpg
お蔵を掘り返したら
大阪駅で撮った
エーデルが1枚出てきたよ

     エーデル改造車は大阪駅で撮ったのが、お蔵(ネガ・ホジで在庫総数が約8万枚)を掘り
     返したら1枚見つかった(年月の古い順から撮った場所を記載して、Vol番号を振って
     リストを作成しているので、割と見つけ出すのは容易)


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