風来梨のブログ

このブログは、筆者であるワテの『オチャメ』な日本全国各地への探勝・訪問・体験記です。

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廃線鉄道  第112回  山野線 その2

廃線鉄道  第112回  山野線 その2 〔熊本県・鹿児島県〕

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薩摩大口駅での昼下がり
ローカル線の駅には
今の時代は忘れかけられた
穏やかな時の流れがあった
※『鉄道ピクトリアル '75年9月号』より

山野線(やまのせん)は、かつて熊本県水俣市の水俣から鹿児島県姶良郡湧水町(当時は栗野町)の栗野までを結んでいたJR九州の鉄道路線である。 国鉄再建法施行によって1984年に第2次特定地方交通線に指定され、国鉄分割民営化後の1988年2月1日をもって全線廃止となった。

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国鉄山野線の予想路線図
ウェブサイトに載ってある地図を
真似て作成しただけなので
あくまでも『予想図』の範疇です

《路線データ》
廃止区間と路線距離(営業キロ): 水俣~栗野 55.7km
軌間:1067mm、電化区間:ナシ(全線非電化)、複線区間:ナシ(全線単線)
駅数:16駅(起終点駅含む)〔水俣〕・東水俣・肥後深川・深渡瀬・久木野・薩摩布計・西山野・山野・
             郡山八幡・薩摩大口・西菱刈・菱刈・前目・湯之尾・稲葉崎・〔栗野〕

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急行【からくに】が運行していた
当時の山野線時刻表
※『日本交通公社・全国時刻表』より

廃止時の運行形態及び運行本数:水俣~栗野 下り6本・上り3本
               水俣~薩摩大口 下り1本(昼間運行)、上り3本
               水俣~久木野 朝に1往復
               山野~栗野 下り3本(朝2本・夕1本)、上り2本(朝1本・夕1本)
               薩摩大口~栗野 下り2本(昼間運行)、上り4本
  ※ 山野発着列車は休日は山野~薩摩大口で区間運休していて、薩摩大口~栗野の運行だった

  ※ 1966年3月5日のダイヤ改正より、出水~宮崎で急行【からくに】が運行され、水俣~栗野
    で山野線を経由していた(1962年に準急〔からくに〕で登場し、1966年に急行に格上げ)
  ※ 急行【からくに】は肥薩線の吉松で急行【えびの】に併結されていた
  ※ 急行【からくに】は、山野線内ではキハ52による単行運転だった
  ※ 1972年のダイヤ改正で、愛称ナシの快速に格下げとなり愛称消滅となる
    なお、愛称の由来は、霧島連山最高峰の韓国岳(からくにたけ)から採られている
急行【からくに】の山野線内での停車駅水俣・久木野・山野・薩摩大口・菱刈・栗野

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山野線関連で撮った足跡は
薩摩大口で発車を待つ
宮之城線のキハ40だけに終わった

  《乗車記》
ぢ・つ・わ・・、乗車した日が大雨で車窓は曇って真っ白けで、ふて腐れてほとんど車内では寝ていたので、あんまり所か全くと言っていいほどに記憶がない。

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山野線は『大川ループ』はあったものの
廃止路線では地味目な存在で
追っかけてた葬式鉄も少なく
このスタンプとて
かなりレアアイテムとなっている

唯一、薩摩大口で乗り換えた時に、薩摩大口の切り欠きホーム『0番線』に停まっていた宮之城線のキハ40を撮った事と、『曾木の滝』の絵柄の駅スタンプを押した事くらいしか記憶にない。

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薩摩布計駅に掲示してあった
大川ループ線の概要説明版
※『在りし日の国鉄山野線』より

また『撮り鉄』も『大川ループ』で撮るべく久木野側から歩いていこうとしたが、途中で雨に降られて引き返したよ。 なお、『大川ループ』は薩摩布計からの方が500mほど近いが、周囲に店屋がある有人駅だったなど、下車駅としては久木野の方がいいと判断したし、また『大川ループ』を撮るにはループの下側である久木野寄りから撮る方が判りやすい写真が撮れると思ったので、久木野から歩く事にしたのである。
でも、こういう事は一端に深い考えをもって行動するね・・、このタワケ。

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線路があった時は絶好の
撮影ポイントだったであろう
だが列車との写真がない事から
線路際で撮影不能な所だったのだろう
※『在りし日の国鉄山野線』より

それによくよく考えたら、徒歩で行って撮影列車に間に合うか微妙な距離だったしィ。 もちろん撮り逃す事は元より、帰りの列車に間に合わなければ夜まで4時間待ちとなって、旅行程が崩壊してしまいかねなかったしィ。 でも、悔しさいっぱいでリベンジも叶わなかったので、心に残る悔いの一つになってるよ。

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廃止後四半世紀が経ってから訪れたが
線路の無くなったループ線跡は
タダの土手上の高台だった

そして、廃線になって四半世紀後にレンタカーで訪れる機会があったけど、ただの土手跡の砂利敷だったよ。 でも、こういうのが『聖地』となるのだろうね。

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廃線跡は無常感が漂ってきて
苛まれないので
『百名滝』の関之尾ノ滝や

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ストレートの滝で『百名滝』より
魅惑的な霧島の千里ノ滝へと向かったよ

取り敢えず適当に撮ってから、足早に曾木ノ滝や関之尾ノ滝へと向かったよ。 なので、真に中途半端であるが、各駅紹介で乗車記の代わりとしたいと思う。



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リニューアル前の水俣駅
※ ウィキペディア画像を拝借

水俣駅(みなまたえき)は、熊本県水俣市桜井町一丁目1番地にある肥薩おれんじ鉄道線の駅である。
かつてはJR九州・鹿児島本線の駅で、1988年1月末まで山野線が分岐していた。 駅舎落成から60年が経ち老朽化が著しくなってきたため、2014年11月より総事業費1億1400万円をかけて駅舎改装工事が行われている。

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肥薩おれんじ鉄道様式の駅名標
九州新幹線の鹿児島延伸で
肥薩おれんじ鉄道に経営移管されている
※ ウィキペディア画像を拝借

NPO法人ななうらステーションが管理する有人駅(簡易委託駅)であり、島式1面2線と相対式1面1線のホームで中線(通過線)もある。 だが、肥薩おれんじ鉄道線に経営移管された現在は、中線と島式ホーム外側の3番線は使用停止状態になっており、相対式2面2線で運用されている。 トイレは駅舎内にあり、男女別の水洗式となっている。

水俣市の中心駅であり、普通列車・快速列車・観光列車〔おれんじ食堂〕の全列車が停車する。
また、2016年4月7日からのクルーズトレイン【ななつ星 in 九州】の乗り入れ期間中は当駅も停車駅となった。 2019年の1日平均の乗車人員は360人との事である。

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かつては対向ホームの外側に貨物側線や
チッソへの専用線の線路があったが
全て撤去されて現在1~2両の気動車が
長いホームを持て余し気味に
停車するのみの対向式2面2線となっている
※ ウィキペディア画像を拝借

国鉄時代は、山野線が発着していた3番線の隣に広大な貨車入換用の側線と駅の北西側にチッソ水俣工場への入換線と専用線を持ち、1986年に全ての貨物取取り扱いが廃止されるまでは八代駅・出水駅・川内駅などと並ぶ鹿児島本線の主要貨物取扱駅・支線中継駅の一つであった。

だが、チッソ(当時は日本窒素肥料)のメチル水銀の廃液垂れ流しによる公害・水俣病などを引き起こした激動の歴史を有するなど重苦しいイメージがあり、鉄道貨物もチッソの操業停止後は廃れて、1982年の山野線の貨物輸送が廃止となったのを皮切りに、1986年に当駅から分岐していたチッソ専用線を含む全貨物の取扱いが廃止されている。 現在の貨物側線跡地は、駐車場や自動車教習所の敷地となっている。



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南九州の路線でよく見られた
風雨も凌げないような吹きっ晒しの待合所と
棒線ホームの駅だった
※『東水俣駅』(主サイトは閉鎖された模様)より

東水俣駅(ひがしみなまたえき)は、かつて熊本県水俣市長野17番地に設置されていたJR九州・山野線の駅である。 山野線の路線廃止に伴い、1988年2月1日に廃駅となった。 無人駅で、1面1線の単式ホームと側線1本を有する停留所規格の駅であった。 有人駅時代にはホームに上がる階段の前に駅舎があったが、無人化後に取り壊されて、廃止時にはホームとその上の待合所があるのみの簡素な駅となっていた。

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駅跡は日本一長〜い運動場』と
名付けられたサイクリングロードの
休憩地点として整備されている
※ ウィキペディア画像を拝借

駅の周辺には県立水俣高校があり、当駅の利用客のほとんどがこの学校に通う生徒であったという。
現在の駅跡は、線路跡を利用した自転車・歩行車道『日本一長い運動場』の休憩ポイントとして、公衆トイレやベンチが設置されている。 また、ホームへ続いていた階段が今でも残っている。



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東水俣と同じく
風雨も凌げないような吹きっ晒しの待合所と
棒線ホームの駅だった
※『肥後深川駅』(主サイトは閉鎖された模様)より

肥後深川駅(ひごふかがわえき)は、かつて熊本県水俣市大字深川974番地に設置されていたJR九州・山野線の駅である。 山野線の路線廃止に伴い、1988年2月1日に廃駅となった。 栗野方面に向かって左側となる構内の北東側に単式ホーム1面1線を有し、側線も1本有した駅であった。 1980年頃までは相対式ホーム2面2線を有していた様で、列車交換も可能だったが、無人化後に駅舎は撤去され、プラットホームとその上の待合所があるのみの駅であった。



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前2駅よりグレードアップの
囲い付きの待合所だった深渡瀬駅
※『深渡瀬駅』(主サイトは閉鎖された模様)より

深渡瀬駅(ふかわたせえき)は、かつて熊本県水俣市深渡瀬193番地に設置されていたJR九州・山野線の駅である。 山野線の路線廃止に伴い、1988年2月1日に廃駅となった。 栗野方面に向かって左側となる構内の北側に単式ホーム1面1線を有し、側線1本も有した駅であった。 無人駅で駅舎はなく、プラットホームとその上の待合所のみの駅であったが、東水俣・肥後深川と異なり、待合室には風避けの囲いがあった。



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庄屋のような立派な
木造駅舎のあった久木野駅
※『久木野駅』(主サイトは閉鎖された模様)より

久木野駅(くぎのえき)は、かつて熊本県水俣市久木野1065番地に設置されていたJR九州・山野線の駅である。 山野線の路線廃止に伴い、1988年2月1日に廃駅となった。 1972年までは、宮崎~出水で運行されていた急行【からくに】の停車駅であった。

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久木野駅の対向ホーム
※『久木野駅』(主サイトは閉鎖された模様)より

相対式ホーム2面2線と側線1本を有する駅で、末期まで当駅折り返し列車も設定されていた。 
駅長配置の直営駅であり、開業当初からの木造の駅舎があった。 現在、駅の跡地には、水俣市久木野ふるさとセンター『愛林館』が建てられている。

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『愛林館』の駐車場の
一角に建てられた駅跡碑
※ ウィキペディア画像を拝借

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山野線の廃止代替バスは
バス事業者が撤退し
現在は水俣市が運行する
コミニニティバスとなっている
※ ウィキペディア画像を拝借

駅跡に設置されたバス停の名前は『愛林館前』だが、待合室の看板には『久木野駅前』との表示がある。 これは山野線の廃止代替バスであった九州産交バスの大川線が、産交バス直営路線から水俣市のコミュニティ路線『みなくるバス』に転換された際、停留所名称が『久木野駅前』から『愛林館前』に変更された為である。 水俣駅付近から山野線の線路跡を利用して整備された自転車歩行者専用道路『日本一長〜い運動場』は、当駅の少し水俣寄りで終点となっている。



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駅務室部分が撤去されるなど
『半分化』された薩摩布計駅舎
※『久木野駅』(主サイトは閉鎖された模様)より

薩摩布計駅(さつまふけえき)は、かつて鹿児島県大口市布計3178番地(現・伊佐市大口山野)にあったJR九州・山野線の駅である。 山野線の路線廃止に伴い、1988年2月1日に廃駅となった。
単式ホーム1面1線と側線1本を有する駅であったが、かつては相対式ホーム2面2線を有していた。
無人駅で、駅の無人化時に駅舎の事務室部分を解体し、待合所部分だけが残っていた。

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大川ループを通る
在りし日の山野線列車
※『agui net』より

久木野~当駅には、九州唯一の通過可能なループ線(大川ループ)があった事で知られる。 
当駅駅舎の改札口横にも、大川ループの案内板が掲げられていた。 また、当駅の山深くに金山を擁する布計鉱山があり、この鉱山も山野線が建設された目的の一つとなっている。

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薩摩布駅駅跡碑
※『ユーチューブ』より

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鉄道跡モニュメントと
隣接する家屋の敷地の一部となっていた
薩摩布計駅のホーム跡
※『山野線』(主サイトは閉鎖された模様)より

駅跡には『布計駅跡之碑』の記念碑が建てられ、『薩摩布計駅』の駅名標・線路・踏切が残る鉄道小公園となっている。 また、ホーム跡が隣接する家屋の敷地の一部として残っている。

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薩摩布計駅に到着する山野線列車
※『山野線』(主サイトは閉鎖された模様)より

当駅は山野線廃止代替バスの運行ルートから外れていた為、大口バスセンターから南国交通が代替バスを運行していたが、1995年に廃止されている。 その代替処置として、週2回で運行日に1本運行された伊佐市のコミュニティバスの運行を経て、現在は乗合タクシーに転換されている。 なお、乗合タクシーは布計周辺を基準としてダイヤが組まれている為、現在は山野地区からここへ公共交通機関で往復する事は事実上できなくなっている。



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ボロボロの吹きっ晒しの待合所と
棒線ホームのみの駅だった西山野駅
※『西山野駅』(主サイトは閉鎖された模様)より

西山野駅(にしやまのえき)は、かつて鹿児島県大口市山野4470番地(現・伊佐市大口山野)に存在したJR九州・山野線の駅である。 山野線の路線廃止に伴い、1988年2月1日に廃駅となった。
単式1面1線のホームと側線を1本有する駅で、無人駅だった。 有人駅時代にはホームに上がった階段の前に駅舎があったが、無人化後に取り壊されて、廃止時にはホームとその上の待合所のみの駅であった。

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駅跡は草むらに帰っているが
ホーム跡は残っている模様
※ ウィキペディア画像を拝借

ホームが残っているが、ほとんど草叢に覆われている。 路盤跡には、保線車両のものと思われる車輪が放置されている。 山野コミュニティ協議会から『世間遺産』の認定を受けているとの事である。



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山野線の線名となる駅であったが
廃止が近づく末期は棒線駅で
プレハブの待合室のみの駅となっていた山野駅
※『レイルラボ』より

山野駅(やまのえき)は、かつて鹿児島県大口市小木原870番地(現・伊佐市大口小木原)に設置されていたJR九州・山野線の駅である。 山野線の路線廃止に伴い、1988年2月1日に廃駅となった。
1972年までは宮崎~出水で運行されていた急行【からくに】の停車駅であった。 廃止時には単式ホーム1面1線と側線1本を有する駅であったが、かつては相対式ホーム2面2線を有する列車交換が可能な駅だった。 無人駅で駅舎はなく、ホームとその上の待合所のみの駅であった。

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山野駅跡に設置された
モニュメントと駅跡を示す石碑
※『山野駅跡』より

現在の駅跡は地元の集会所になっており、建物裏には踏切警報機と『山野駅跡之碑』の記念碑と『山野駅』の駅名標がある。



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郡山八幡駅の駅名標
近くにある郡山八幡神社が
駅名の由来となっている

郡山八幡駅(こおりやまはちまんえき)は、かつて鹿児島県大口市牛尾針牟田99番地(現・伊佐市大口牛尾)に設置されていたJR九州・山野線の駅である。 山野線の路線廃止に伴い、1988年2月1日に廃駅となった。 単式ホーム1面1線を有する駅で、開業時からの無人駅であった。 駅舎はなく、ホームとその上の待合所のみの駅だった。

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西山野と同様のボロボロの
待合所のみの棒線駅だった

駅跡地は一般道と化して、駅跡を示す物もなく、どこに駅があったのかほとんど判別できない状態となっている。



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開業時以来の大きな
木造駅舎があった薩摩大口駅

薩摩大口駅(さつまおおくちえき)は、かつて鹿児島県大口市里2873番地(現・鹿児島県伊佐市大口里2845番地2)に設置されていたJR九州の駅である。 当駅構内には吉松機関区薩摩大口機関支区があった。

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薩摩大口駅の入場券

山野線はJR九州に継承されたが、国鉄再建法により第2次特定地方交通線として廃止され、それに伴って1988年2月1日に廃駅となった。 廃止時まで駅長配置の直営駅で、機関区勤務を含めて多数の駅員が常駐していた。

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駅舎のある単式ホームと島式ホームは
構内踏切で渡していた

大口市(現在は伊佐市)の中心駅であり、大きな木造の駅舎があった。 混合ホーム2面3線と切り欠きホームの0番線(国鉄宮之城線廃止の際に使用停止となった)の他、多くの側線を持った駅であった。
当駅からは川内に向けて宮之城線が分岐していたが、宮之城線は山野線より1年早い1987年1月10日に路線廃止となり、以降山野線が路線廃止となるまでは、山野線の単独駅となっていた。

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機関区を有した広大な
敷地の駅であった薩摩大口駅
※『国鉄宮之城線・山野線 薩摩大口駅』より

山野線と宮之城線が乗り入れていた要衝で、機関支区もある大きな駅構内を有していた。
栗野方面への列車が比較的多かった他、県中心部への連絡として、栗野(山野線)・川内(宮之城線)経由共に西鹿児島(当時)までの直通列車の設定があった。

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薩摩大口駅跡地の大部分に公共施設の
『大口ふれあいセンター』が建てられ
残った敷地に車掌車や腕木信号機が
展示された鉄道小公園が設けられている
※『トリップアドバイザー』より

駅跡地の大部分には公共施設の『大口ふれあいセンター』が建てられ、残った敷地には車掌車や腕木信号機が展示された鉄道小公園が設けられている。 また、建物内には、鉄道資料館が設けられている。

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九州のナイヤガラと称される曽木ノ滝
※ 路線廃止後四半世紀たってからの撮影

駅の近くには『九州のナイヤガラ』と称される曾木ノ滝があり、駅スタンプの図案にもこの滝が取り入れられていた。



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掘っ建て小屋系の吹きっ晒し
待合所のみの駅だった西菱刈駅

西菱刈駅(にしひしかりえき)は、かつて鹿児島県伊佐郡菱刈町下手(現・伊佐市菱刈下手)739番地に設置されていたJR九州・山野線の駅である。 山野線の路線廃止に伴い、1988年2月1日に廃駅となった。 単式ホーム1面1線を有する駅で、無人駅であった。 駅舎はなく、ホームとその上に待合所があるのみの駅であった。 駅跡は道路に転用されている。



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昔ながらの木造駅舎が
建っていた菱刈駅
※『菱刈駅』(主サイトは閉鎖された模様)より

菱刈駅(ひしかりえき)は、かつて鹿児島県伊佐郡菱刈町前目694番地(現・伊佐市菱刈前目)に設置されていたJR九州・山野線の駅である。 山野線の路線廃止に伴い、1988年2月1日に廃駅となった。
1972年までは宮崎~出水で運行されていた急行【からくに】の停車駅であった。

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千鳥状のホーム配置で
構内踏切で渡していた

千鳥状に配置された相対式ホーム2面2線と側線1本を有する駅で、駅員配置駅であった。
開業時に建てられた木造の駅舎があった。

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駅構内には
多数の盆栽が植栽されていた
※『菱刈駅』(主サイトは閉鎖された模様)より

当時の菱刈町(現在は合併により伊佐市となっている)の中心駅であった。 駅前や駅構内に多数の樹木が植栽されており、盆栽の駅として知られていた。

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菱刈駅跡に建てられた石碑に刻まれた
『山野線のあゆみ』
※『伊佐の鉱山を結んだ鉄道路線』より

駅跡地は菱刈鉄道記念公園になっている。 現在の駅跡付近にはAコープ菱刈店が建っている他、日本通運の営業所も残っており、はっきりと駅跡が確認できる。 以前は車掌車ヨ8000型が屋外展示されており、かつて多くのローカル線の線路沿いに見られた通称『ハエたたき』と呼ばれた電信柱もあったが、現在は車掌車は旧湯之尾駅に移設され、電信柱も撤去された。 当駅すぐそばには温泉施設があるが、これは山野線廃止後に設置されたものである。



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山野線の無人駅で
最も粗末な造りであった前目駅

前目駅(まえめえき)は、かつて鹿児島県伊佐郡菱刈町前目2790番地(現・伊佐市菱刈前目)に設置されていたJR九州・山野線の駅である。 山野線の路線廃止に伴い、1988年2月1日に廃駅となった。
単式ホーム1面1線を有する駅で、無人駅であった。 他の無人駅と同様に駅舎はなく、ホームとその上の待合所のみの駅であったが、この駅の待合所は横の覆いさえなかった。



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近くに温泉がある分
待合室もまともな造りだった湯之尾駅
※『湯之尾駅』(主サイトは閉鎖された模様)より

湯之尾駅(ゆのおえき)は、かつて鹿児島県伊佐郡菱刈町川北(現・伊佐市菱刈川北)79番地に設置されていたJR九州・山野線の駅である。 山野線の路線廃止に伴い、1988年2月1日に廃駅となった。
栗野方面に向かって左側の構内の北東側に単式ホーム1面1線と側線1本を有した駅で、無人駅であった。
駅舎はなく、ホームとその上の待合所のみの駅であった。

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駅を模したあずま屋に
車掌車が展示された湯之尾駅跡
※『伊佐の鉱山を結んだ鉄道路線』より

駅跡は記念公園として整備され、集会所も設置されている。 構内には、旧菱刈駅に保存されていたヨ8000型車掌車が移設されて、静態保存されている。



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道路の脇にぼつ然とあった稲葉崎駅
※『プラットホームの旅』より

稲葉崎駅(いなばざきえき)は、かつて鹿児島県姶良郡栗野町(現在の湧水町)内迫330番地に設置されていたJR九州・山野線の駅である。 山野線の路線廃止に伴い、1988年2月1日に廃駅となった。
栗野方面に向かって左側、構内の北東側に単式ホーム1面1線を有する駅で、無人駅であった。 
駅舎はなく、プラットホームとその上の待合所のみの駅であった。 当駅附近の線路跡はサイクリングロードとして整備されているが、駅跡は残っていない。



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比較的大きな駅舎の栗野駅
※ ウィキペディア画像を拝借

栗野駅(くりのえき)は、鹿児島県姶良郡湧水町木場にあるJR九州・肥薩線の駅である。 
1988年1月の末までは、山野線が分岐していた。 島式ホーム1面2線を有する駅で、駅舎に接している単式ホーム(1番線)はかつての山野線用で、現在は使われておらず放置されたレールが草に埋もれ始めている。

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跨線橋は架け替えられ
駅舎とホームをつなぐ跨線橋及び
自由通路となっている
※ ウィキペディア画像を拝借

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自由通路を兼ねた跨線橋と
現在使われている島式ホーム
※ ウィキペディア画像を拝借

駅舎から島式ホームには跨線橋で連絡している。 のりばは駅舎側からそれぞれ2番線・3番線である。 更に跨線橋で、駅のすぐ裏にある丸池(名水百選)にも渡れるようになっている。ホームには、真幸駅と同じような発車の合図の鐘が残っている。 なお、跨線橋を始めとした駅は改装されて、山野線往時の跨線橋とは異なった造りとなっている

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駅舎には県内の有志が寄贈した
ライトアップピアノが設置されている
※ ウィキペディア画像を拝借

駅舎はコンクリート造り平屋で、駅舎内部には待合所や出札口などがある。 簡易委託駅となっている。 自動券売機は設置されておらず、早朝・夜間は車内精算となる。 待合所には、鹿児島県内の有志によるストリートピアノプロジェクトを通じて、アップライトピアノが設置された。 2013年度の1日平均乗車人員は181人である。


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金から仕事から生活から全てを失うんだよね
それは全部オマエ自身のせいだからだよ
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方法はないかと頭をめぐらせるのである
そして鬱陶しい奴は逆に利用してやればいいし
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それが対人におけるリベンジだ

だからこの言葉は思っていても
心の内に秘めて表に出したらダメで
鬱陶しく思う奴らを上手く使って
浮上する手立てを考えるのである

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皆全ての反感を買うのだ
要するにみんな敵に回して誰も救いの手を
差し伸べてくれないのである

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できないネットの『言葉だけの同情』で
こういう奴らはイザとなると何もしてくれないし
無かった事のように立ち寄らなくなるよ

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No Subject * by hanagon60
山野線は国鉄全線完乗を目指した一環で私も乗ったことがあります。
正直地味な路線で大川ループを含めてあまり印象に残っていないのです。かつては急行も走っていた路線なんですねぇ。
駅スタンプは当時集めていたのですが、いつの間にかなくなってしまいました。そんな事より写真をもっと撮っておけばといまだに悔やまれます。

Re: No Subject * by  風来梨
hanagonさん、こんばんは。

ぢ・つ・わ・・、今さっき剱沢・黒部ダムリベンジは、雪が早くて多すぎた事と今日・明日と100%雨予報のWで撤退してきました。
昨日はいい天気で、取り敢えず雷鳥沢でテント張って、空身で奥大日往復だけでしたけど、冠雪の剱・立山と茜色に焼けた立山連峰を堪能できましたよ。 リベンジは来年に持ち越しですね。 来年は黒部ダムから内蔵助平までの短縮バージョンで確実にリベンジしようかと・・。

脱線した話を戻して、私も撮りに出るも降り出した雨と小僧特有の無計画性でポシャりました。 けど、大川ループは下から見上げるように撮りたかったですね。 それと、薩摩大口で発車待ち1枚コッキリの宮之城線も撮りたかったです。 薩摩大口から1kmに渡って山野線と宮之城線が並走する所も撮りたかったですね。 1日6往復程度では、たぶん同時発車の並走は無かっただろうけど。

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No Subject

山野線は国鉄全線完乗を目指した一環で私も乗ったことがあります。
正直地味な路線で大川ループを含めてあまり印象に残っていないのです。かつては急行も走っていた路線なんですねぇ。
駅スタンプは当時集めていたのですが、いつの間にかなくなってしまいました。そんな事より写真をもっと撮っておけばといまだに悔やまれます。
2023-10-20 * hanagon60 [ 編集 ]

Re: No Subject

hanagonさん、こんばんは。

ぢ・つ・わ・・、今さっき剱沢・黒部ダムリベンジは、雪が早くて多すぎた事と今日・明日と100%雨予報のWで撤退してきました。
昨日はいい天気で、取り敢えず雷鳥沢でテント張って、空身で奥大日往復だけでしたけど、冠雪の剱・立山と茜色に焼けた立山連峰を堪能できましたよ。 リベンジは来年に持ち越しですね。 来年は黒部ダムから内蔵助平までの短縮バージョンで確実にリベンジしようかと・・。

脱線した話を戻して、私も撮りに出るも降り出した雨と小僧特有の無計画性でポシャりました。 けど、大川ループは下から見上げるように撮りたかったですね。 それと、薩摩大口で発車待ち1枚コッキリの宮之城線も撮りたかったです。 薩摩大口から1kmに渡って山野線と宮之城線が並走する所も撮りたかったですね。 1日6往復程度では、たぶん同時発車の並走は無かっただろうけど。
2023-10-20 *  風来梨 [ 編集 ]