風来梨のブログ

このブログは、筆者であるワテの『オチャメ』な日本全国各地への探勝・訪問・体験記です。

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『ネームトレイン』 第46回  北アルプス

『ネームトレイン』 第46回  北アルプス

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名鉄の車両を使って
名鉄・国鉄(現 JR)・富山地鉄と
3路線を直通した異色の特急【北アルプス】
※ ウィキペディア画像を拝借

  特急【北アルプス】 ・・  私鉄の車両が使用されて、国鉄線に乗り入れていた異色の特急列車である。 名古屋~高山・立山方面を結ぶDC特急で、運転区間は名鉄の神宮前より犬山線を通って新鵜沼に向い、国鉄との連絡線を伝って鵜沼から高山本線に入り、終着立山まで運行の場合は富山から富山地方鉄道に乗り入れ、立山に向かっていた。

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新名古屋駅の駅構造は両挟み式のホームで
始発列車の発車待機ができない為
始発駅を発車待機のできる神宮前にした経緯がある
※『さよなら特急・北アルプス』より

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図で示す新名古屋駅の構造
コレでは発車待ちの待機など
到底無理である
※ ウィキペディア画像を拝借

ここで、何故に始発駅が名鉄の中心駅・新名古屋(現在は名鉄名古屋に駅名改称)ではなく、2つ豊橋寄りの神宮前となっていた事については、新名古屋は両挟みホームの3面4線(中央の島式ホームが降車ホームで、両側の外側ホームが上下本線の乗車ホームとなっている)で、列車の待避機能がなく列車の始発着が困難だった為、始発着駅は島式2面4線で始発着における発車・到着の待機機能を有する神宮前となっていた。

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富山地方鉄道線に乗り入れた
特急【北アルプス】
※『さよなら特急・北アルプス』より

この北アルプスは名鉄・国鉄・富山地鉄という鉄道3社に乗り入いれるという、当時としてはかなり異色の存在で、営業全線が電化している名鉄(2000年前後より赤字の支線で電化施設を撤去しレールバス型の気動車が投入されている→広見線・新可児~御嵩の電車運転復活を除き、投入路線は全て路線廃止となった)では初の特急専用車両を自社発注している。

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デビュー当初は急行塗装で
準急〔たかやま〕として登場した
※ 名古屋鉄道のウェブサイトより

列車としての登場は、1965年8月に準急〔たかやま〕としてデビューし、翌年の国鉄の列車種別制度の改正により急行【たかやま】に格上げとなっている。 その後1976年10月1日の改正で特急に格上げされて、特急【北アルプス】と命名されている。

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使用車両は名鉄8000系気動車で
国鉄キハ58に準拠したデザインで
電鉄会社の名鉄が発注した
鳴り物入りの新造気動車だった
※ ウィキペディア画像を拝借

前述の通り使用車両は、保有する全線が電化路線の名鉄が国鉄乗り入れ用に新造した急行用気動車で、1965年8月の準急〔たかやま〕運行開始に合わせて発注された車両である。

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8000系の車内は明るい連続窓に
冷房・転換クロスシート装備という
国鉄急行型のキハ58系より
ハイグレートな内装だった
※ ウィキペディア画像を拝借

車両の概要は国鉄の気動車急行キハ58系に準じた設計であるが、名鉄パノラマカーと同様の明るい連続窓や冷房・転換式クロスシートが装備されていて、キハ58系よりハイグレードな内装であった。

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特急格上げ時にキハ82と同じ
特急のシンボルである『赤髭』が加えられた
だが国鉄特急車両と区別する為か
塗装色は急行時と同じ色であった
※ ウィキペディア画像を拝借

この車両のデビュー当時は国鉄急行用DCのキハ58系と同じ塗装がなされていたが、特急に格上げされた時点で国鉄DC特急のキハ80系列と同じ塗装(但し配色は急行用と同じ)に変更となっている。

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1991年3月より特急車両としては
見劣りする8000系に変わって
JRの新型特急車両キハ85に準拠した
2代目・8500系が投入された
※ ウィキペディア画像を拝借

だが、8000系は1990年代に入ると特急車両としては装備が見劣りしてきた為、1991年3月16日に名鉄の新車で2代目の8500系へ切り替えられている。

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剱・立山への鉄道駅の拠点である
立山までの季節乗り入れを実現し
名鉄・国鉄・富山地鉄の3路線直通運転となった
※ ウィキペディア画像を拝借

運行面での特急【北アルプス】であるが、1976年10月1日の特急格上げ当初は準急・急行時代と同じく神宮前~飛騨古川であったが、急行【たかやま】時代の1970年7月より、4月~11月の夏期には飛騨古川より富山を経て富山地方鉄道線の立山まで延長運転を開始して、後にも先にも例のない私鉄(自社路線)~国鉄~私鉄(他社路線)の3路線直通運転となった。

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だが1983年の夏季ダイヤ限りで
立山への乗り入れ運行は中止となり
翌年は運転されず1985年のダイヤ改正で
正式に乗り入れ廃止となった
※ ウィキペディア画像を拝借

しかし、1983年の夏季ダイヤ限りで富山地方鉄道への乗り入れ運行が打ち切られ、1984年7月1日には運行区間が正式に神宮前~飛騨古川に変更となった。 だが、この時点では富山地鉄への延長運行に含みを持たせたのか、正式な乗り入れ廃止の発表はなかった。 だが、翌1985年3月14日に、富山地方鉄道への乗り入れが正式に廃止されている。 また同時に、国鉄の特急【ひだ】用の車両キハ82の老朽化に伴い、金沢行きの特急【ひだ】の代替運行として、神宮前~富山の運行に変更となった。

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見た目もボロく登坂最中に
機関故障を引き起こすなど
性能的にもポンコツだったキハ82

その後、1990年にJR東海(1987年4月に国鉄分割民営化により発足)により、特急【ひだ】がキハ82系から新型車両のキハ85系に置き換えられた事によって、富山への代替運転が廃止されて運行区間が飛騨古川に短縮となり、1991年3月の老朽化した8000系から2代目の8500系への置き換えなどを経て、末期には飛騨古川より高山に運行期間が短縮され、2001年10月1日のダイヤ改正をもって名鉄の赤字支線が廃止される事と同タイミングで、特急【北アルプス】も運行廃止となった。

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特急【北アルプス】の廃止後は
車両は会津鉄道に譲渡されている
快速〔AIZUマウントエクスプレス
で使用される8500系
※ ウィキペディア画像を拝借

国鉄の分割民営化や第3セクターの鉄道が多数ある現在では他の鉄道会社線への相互乗り入れは珍しくないが、料金を取る優等列車である特急【北アルプス】の私鉄(自社路線)・国鉄・私鉄(他社路線)の3路線直通運行は、当時としてはかなり際立った存在であった。

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連絡線を渡って高山本線に転線する
8500系特急【北アルプス】
※『中日新聞・ウェブ版』より

  運用
1972年9月27日から廃止されるまで、列車は犬山橋北側から分岐する連絡線(事実上は新鵜沼駅と鵜沼駅各構内扱い)を通過して高山本線に入線していた事から、鵜沼~美濃太田も名鉄が乗務を担当し、美濃太田で旧国鉄・JR東海の乗務員と交代していた。

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金沢までの走行が厳しかった
ポンコツキハ82に変わって
富山行きとなった8000系【北アルプス】
※『さよなら特急・北アルプス』より

1983年の夏季ダイヤ限りで富山地方鉄道への乗り入れ運行が打ち切られた後は、JRの特急列車【ひだ】の補完的な役割を果たしていて、国鉄特急車両キハ82の老朽化の代替え処置として富山までの定期運転も行われていたが、国鉄特急車両のキハ85への置き換えが始まると飛騨古川止まりとなり、末期は高山行きのJR特急【ひだ】と併結運転となって単独運行も消滅していた。

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JR東海でキハ82から新型車両の
キハ85への置き換えが実施され
それに伴って富山から飛騨古川に
運転区間が短縮となる
※ ウィキペディア画像を拝借

なお、国鉄線や他私鉄路線を跨ぐ運行だった事で、乗車券や特急料金の扱いに制限があった。
名鉄線内では社線内特急券を購入すれば【北アルプス】に乗車できたが、利用できる乗車券は普通乗車券に限られ、フリー乗車券や定期・回数乗車券などでは社線内特急券を購入しても一切乗車できなかった。

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異色の運行だったがゆえに
割引切符などは全て対象外となっていた
特急【北アルプス】
※ ウィキペディア画像を拝借

直通する場合の運賃・料金は、名鉄各駅~新鵜沼と鵜沼~JR各駅の料金を合算していた。
また、新幹線とJR在来線の特急を乗り継ぐ場合に適用される在来線特急料金の割引制度については、【北アルプス】は対象外となっていた。

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初冬の木曽川を渡る特急【北アルプス】
※『高山本線・北アルプス』より

   終焉
【北アルプス】の利用者数は、1990年代の後半よりバブル崩壊による景気悪化や東海北陸自動車道の延伸の進捗などもあって半減し、2000年10月の高速バス〔ひだ高山号〕の運行開始も相俟って列車とバスの競合状態となり、更に利用客数が減少していく。 更には電鉄会社が気動車を保有する非効率さもあり、2001年9月30日限りで運行廃止となった。

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国鉄は名古屋という知名度に拘って
始発着不能駅・名鉄新名古屋を
起点駅とする通達を出していた
※ ウィキペディア画像を拝借

  エピソード
1985年3月14日の国鉄ダイヤ改正では、国鉄の営業施策上から国鉄部内では新名古屋を始発着駅として扱う旨の通告があり、この通告により国鉄側が公表するダイヤなどでは全て新名古屋始発着として表記されていた。 だが、前述の通り新名古屋の駅構造は待機列車のホームがないなど列車の始発着機能を有しておらず、運行は従来通り神宮前発着だった。 また、名鉄側では、従来どおり神宮前を始発着駅として公表していた。

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名鉄は始発着列車の発車待ち機能があり
自社路線の駅でもある神宮前駅が
始発着であるとの公表を変えなかった
※ ウィキペディア画像を拝借

国鉄側が始発着駅を実際の運行とは異なる新名古屋に固執したのは、『名鉄の神宮前駅の知名度が地域限定的で一般的には分かりにくく、長距離客では比較的多数となる地元以外の利用者でも名古屋発着を想起しやすい新名古屋発着として公表・案内したい』という事が理由と言われている。

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特急【北アルプス】の絵入りヘッドマーク
※『ヘッドマーク辞典』より

《列車データ》
運行区間と運行距離:名鉄神宮前~飛騨古川・富山・〔富山地鉄〕立山 278.4km
  ※ 飛騨古川~〔富山地鉄〕立山は4月~11月の夏季運行で、冬季は飛騨古川止まりだった
    名鉄神宮前~飛騨古川 169.9km
  ※ 〔富山地鉄〕立山乗り入れは1983年夏季運行もって取りやめ(正式な乗り入れ廃止は
    1985年3月14日)となり、以降は飛騨古川発着となった
  ※ 1985年3月14日のダイヤ改正で、国鉄特急車両キハ82の老朽化に伴い、代替え運行と
    して飛騨古川~富山の定期運行が実施される
  ※ 1990年3月にJRが新型特急車両キハ85を投入すると同時に富山への延伸運転は廃止と
    なり、以降は高山まで運転区間が短縮となる 名鉄神宮前~高山 155.0km

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私鉄(自社路線)・国鉄・私鉄(他社路線)の
3社3路線の直通運転を行っていた
異色の特急列車【北アルプス】
※ ウィキペディア画像を拝借

運行期間:1965年  8月  5日:名鉄自社発注の専用車両キハ8000系を使用し、国鉄(現在は分割民営
               化されてJR東海)高山本線へ直通する準急〔たかやま〕により神宮前
               ~高山の運転を開始
               私鉄車両としては珍しく一等車(現在のグリーン車)を設定し、
               二等車(現在の普通車)も全席を座席指定席として座席指定料金50円
               を徴収していた
     1966年  3月  5日国鉄の制度改正により、準急〔たかやま〕が急行【たかやま】に格上げ
         12月  1日:運転区間を飛騨古川まで延長
       1969年  8月31日:利用率の低いグリーン車(1969年5月に一等車はグリーン車に名称
              変更)を廃止し、グリーン車車両(キロ8101・キロ8151)は普通車
              に改造・転用(キハ8101・8102)された

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1970年7月に急行【たかやま】
からの改称でネームトレイン
デビューした急行【北アルプス】
※ ウィキペディア画像を拝借

       1970年  7月15日:急行【たかやま】を急行【北アルプス】に改称
              改称と同時に、夏季(4月~11月)は飛騨古川~富山地方鉄道立山線
              の立山までの延長運転を行い、他に例がない『私鉄(自社路線)・
              国鉄・私鉄(他社路線)』の3社3路線の直通運転を開始
              また、全車指定席を取りやめ、自由席が設定される              
              立山到着後は翌日の出発までの間合い運用として、富山地鉄線内特急
              の【アルペン号】(立山~宇奈月温泉)にも使用されていた
              なお、急行【たかやま】の愛称は、後に大阪発着の急行列車の列車名
              に転用されている

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特急【北アルプス】の運行廃止により
使用廃止されて数年の間
放置された鵜沼連絡線
※ ウィキペディア画像を拝借

       1972年  9月27日:新鵜沼駅構内の名鉄犬山線と高山本線を結ぶ短絡線を整備し、鵜沼
              での折り返し運転を廃止
              この連絡線の供用により急行【北アルプス】は同駅を通過とする
              代わりに犬山への停車に変更

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間合い運用で富山地鉄線内の
【アルペン特急】にも使用されていた
※ ウィキペディア画像を拝借

     1976年10月  1日:国鉄ダイヤ改正により特急に格上げとなり、特急【北アルプス】
              となる
              これに合わせて前面塗装を国鉄の特急型車両キハ82系に準じた塗り
              分けに変更(但し、塗色は国鉄急行形のキハ58と同色だった)
       1984年  7月  1日特急【北アルプス】の飛騨古川~立山の季節延長運転を廃止
              事実上は1983年夏季ダイヤ限りで富山地鉄への乗り入れが廃止となり、
              神宮前~飛騨古川の通年運行となっていた
       1985年  3月14日:このダイヤ改正で正式に富山地鉄への乗り入れが廃止となり、運転
              区間が神宮前(国鉄ダイヤ上は新名古屋)~富山となる
              これは、国鉄が当時使用していたキハ80系の老朽化が進んだた為に、
              金沢行きの【ひだ】の代替措置として富山まで運行したものであった
              また、同ダイヤ改正より、国鉄の営業施策上から国鉄部内では新名古屋
              発着として扱う旨の通告があり、国鉄側が公表するダイヤなどでは
              全て新名古屋発着として表記される(但し、名鉄側では従来どおり
              神宮前発着と公表)
       1987年  4月  1日国鉄がJRとなり、名鉄・JR東海・JR西日本の3社直通となる
       1990年  3月10日:特急【ひだ】がキハ85系へ置き換えられた事によって代替措置が終了
              し、運転区間を神宮前駅(JRダイヤ上は新名古屋)~高山に短縮
              これにより、名鉄車両の西日本旅客鉄道エリアでの運転は僅か3年で
              終了した

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8500系の車内
リクライニングシート装備で
特急車両らしくなった
※ ウィキペディア画像を拝借

       1991年  3月16日:キハ8000系に代わって2代目のキハ8500系を導入し、従来より所要
              時間を約30分短縮
              キハ8500系は置き換えられたJRのキハ85系と同等の性能を持ち、
              多客期にはJR名古屋発着の特急【ひだ】との併結運転も行われた

              この為、ダイヤ上ではエル特急となった【ひだ】の一翼として設定
              されていた
       1997年  4月  5日間合い運用の変更により、特急【北アルプス】の運転区間を新名古屋
              ~高山に短縮

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末期はJR特急【ひだ】との併結となり
高山本線での単独運行も無くなっていた
※『さよなら特急・北アルプス』より

     1999年12月  4日:上下列車とも、定期特急の【ひだ7・18号】との併結運転となり、
               JR高山線内の単独運行が消滅した
     2001年10月  1日:名鉄・JR両社のダイヤ改正に合わせて、名鉄・JR直通列車の特急
              【北アルプス】の運行が廃止となる

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立山・高山・木曽川ラインなどの観光と
中京圏と小京都・高山や富山といった
都市間輸送の2役を担った特急【北アルプス】
※『高山本線・北アルプス』より

特急昇格時停車駅:
神宮前・〔金山橋〕・新名古屋・〔岩倉〕・犬山・美濃太田・下呂・高山・飛騨古川・〔猪谷〕・
〔越中八尾〕・富山・寺田・五百石・岩峅寺・有峰口・立山駅
  ※ 飛騨古川~立山は夏ダイヤ期間(7月中旬~11月上旬・後に4月~11月に延長)のみ運行
    高山~立山は3両編成で運行(夏期期間以外は全編成が飛騨古川行き)
  ※ 金山橋・岩倉・猪谷・越中八尾の各駅は、後に停車駅として追加
  ※ 1983年夏季までが立山行きで、1985年3月までが飛騨古川行き、1990年3月までが富山
    行き、1997年4月に高山止と、行先の変更が多かった
特急【北アルプス】廃止時の停車駅:
神宮前・新名古屋・岩倉・江南・犬山・犬山遊園・美濃太田・白川口(上りのみ)・飛騨金山・
下呂・飛騨萩原(上りのみ)・飛騨小坂・久々野・高山

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特急【北アルプス】の運行廃止後
専用車両の8500系は
全車が会津鉄道に譲渡された
※ ウィキペディア画像を拝借

  運行廃止後の処置
特急【北アルプス】の運行廃止後は以下の措置がとられた。
余剰となった専用車両の8500系は、全車を会津鉄道へ譲渡(快速〔AIZUマウントエクスプレス〕として使用された後、キハ8501と8504は2010年に廃車され、那珂川清流鉄道保存会で保存されている
また、キハ8502と8503はマレーシアのサバ州立鉄道へ再譲渡されている)。

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会津鉄道でも余剰となった8500系は
マレーシア国鉄に再譲渡されている
※ ウィキペディア画像を拝借

新鵜沼駅構内の名鉄犬山線とJR高山本線を繋ぐ短絡線は、廃止後もしばらく残っていたが、同駅のホーム増設工事に伴って一部が撤去されたのを皮切りに、後に完全撤去となり現在は跡地が道路に転用されている。

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連絡線の使用廃止後は
永らく放置されていたが
駅ホーム増設工事に伴っての撤去が始まり
2011年にようやく全てが撤去された
※『中日新聞・ウェブ版』より

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現在の連絡線跡は
駅前に通じる道路となっている
※『中日新聞・ウェブ版』より

JR各社との連絡運輸(連絡乗車券などの発売)範囲は、JR東海の近郊各駅相互間に縮小され、他のJR各社との連絡運輸は解除されている。

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特急【北アルプス】廃止の
名鉄線内における代替措置として
特別車両による特急が
新鵜沼まで運行された

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新型車両の【ミュースカイ】も
投入されている
けれど今の車両って
何故にこんなにブサイクなんだろう
今のデザイナーの能力を疑うよ
※ 上下2枚とも
ウィキペディア画像を拝借

特急【北アルプス】廃止の名鉄線内における代替措置として、1000系使用の新鵜沼発着の全車特別車特急を1往復増発した(2005年以降はさらに2000系に置き換えられている)。

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富山地鉄線内では間合い運用の
8000系により立山~宇奈月温泉を運行する
【アルペン特急】が運行されていた
こういった列車が活躍していた
1980年代は鉄道が
最も輝いていた時代だった

使用車両:初代・キハ8000系気動車  1965年8月5日~1991年3月15日
     2代目・キハ8500系気動車  1991年3月16日~2001年9月30日
      ※ キハ8500系は、特急【北アルプス】廃止後に会津鉄道に譲渡されて、同社の 
        快速〔AIZUマウントエクスプレス〕として使用された

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特急【北アルプス】は
1枚だけ撮っていた

乗車経験特急【北アルプス】としての乗車経験はないが、8500系は会津鉄道の快速〔AIZU
     マウントエクスプレス〕での乗車経験アリ
撮影経験:国鉄時代に焼石~飛騨金山で8000系の特急【北アルプス】の撮影経験アリ


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ウヨクのイチ押し議員の一人である
杉田水脈とやらが簡単に自爆しているけど
やってる事がアホ過ぎて
パヨクの援護射撃をしてるのか?と思える位だ

何でもチョンの成りすましアイヌ
(在日チョンのアイヌ成りすましで俗に言う『在ヌ』)が
チマチョゴリとかいう乳出しミンジョク
チョンの汚らしいミンジョク服を
アイヌの伝統とホラを吹かした事に対して

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考え無しに文句をつけて
『民族差別』『人権侵害』と
返り討ちにあっているのである

奴らパヨクは日本に不法滞在して居座って
50年に渡って日本を乗っ取ろうとしている奴らで
ウヨクの考え無しのアホとは
年季の入り方が違うのである

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おまエラウヨクがジャニーズの未成年性被害で
ガナっている『人権問題』で逆に叩かれて
民意も益々パヨク寄りになるなど
パヨクが利する為に行動しているが如くである
恐らく杉田水脈は次の選挙で落ちるだろうね

この事でチョンの成りすまし『在ヌ』を問い質すなら
本当の生粋のアイヌの末裔を探し出して
本当のアイヌ民族服を着てもらって
成りすまし『在ヌ』の宣う事やチマチョゴリがウソ
偽りである事を公衆の門前で暴露する事である

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これで成りすまし『在ヌ』のチョンに
『大ホラ吹き』のレッテルを貼りつけ
二度とアイヌに成りすまして
ホラを吹いて出歩けないように
しないといけないのである

同時にチョンの汚らしいミンジョク服も
『嘘で人を騙す』道具となり二度と使えなくなる
=奴らの武器を1つ潰す事ができる訳だ
ここまでやらないと
奴らの武器の1つでさえ潰せないのだ

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正直言うとこんな事を繰り返しても
途方も無い労苦で金と時間のムダだし
パヨクの反撃もあるだろうから
底なしの泥仕合となるだろう
次回に続く







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No Subject * by hanagon60
特急北アルプス、実は1回だけ乗車した事があるのです。
名古屋赴任時、実際に北アルプスからの下山後、高山~岩倉の区間でした。(岩倉から先は自宅最寄りまで各停です)
当時は山にハマっていて鉄道から遠のいていた時期で、この列車も乗ろうと思って乗ったわけではなく、ちょうど北アルプス号が来たからでした😅
やってきた車両はまさにこの8000系でワクワク。鵜沼連絡線に入った時にワクワクは頂点に達したと記憶しています。
しかし。残念ながらやっぱり写真撮っていない(涙)
なんともったいない。。

Re: No Subject * by  風来梨
hanagonさん、こんにちは。 お返事が遅くなってスミマセン。

私も8000系が存在してる当時は、何かキハ58と混ざった中途半端な感じで、「1枚撮ってればそれでいいや」と深追いしなかった
事が『1枚しか撮ってない』という結果となって、今にして思えば「もっと撮っておくべきだった」と後悔してますね。

そしてこの1枚の写真を撮った後くらいから『鉄』への熱が冷めて、撮り鉄から離れてヤマがターゲットとなり、後釜の8500系は、
会津鉄道で乗った〔Aizuマウントエキスプレス〕に乗るまで、代替えされていた事さん知りませんでした。

鉄道から離れていた約20年間(それでも行った出先で駅跡なんかを訪ねるなど踏ん切りが悪かったですが・・)で鉄道は旅に使うに耐えれない程に廃れていってしまってましたね。 夜行や急行は全滅し、東京在住の人しか使えないシンカンセンが蔓延ってきていましたね。 それによって本線さえ分断・廃止となる始末で・・。 旅でシンカンセンは使えないから、ますます気持ちが鉄道より離れたのを覚えています。

でも、歳くって、車の運転が億劫になってきて、気がつけば不便極まる鉄道と狭っ苦しい高速バスに活路を見出す以外に術がなくなってきていましたね。

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No Subject

特急北アルプス、実は1回だけ乗車した事があるのです。
名古屋赴任時、実際に北アルプスからの下山後、高山~岩倉の区間でした。(岩倉から先は自宅最寄りまで各停です)
当時は山にハマっていて鉄道から遠のいていた時期で、この列車も乗ろうと思って乗ったわけではなく、ちょうど北アルプス号が来たからでした😅
やってきた車両はまさにこの8000系でワクワク。鵜沼連絡線に入った時にワクワクは頂点に達したと記憶しています。
しかし。残念ながらやっぱり写真撮っていない(涙)
なんともったいない。。
2023-10-21 * hanagon60 [ 編集 ]

Re: No Subject

hanagonさん、こんにちは。 お返事が遅くなってスミマセン。

私も8000系が存在してる当時は、何かキハ58と混ざった中途半端な感じで、「1枚撮ってればそれでいいや」と深追いしなかった
事が『1枚しか撮ってない』という結果となって、今にして思えば「もっと撮っておくべきだった」と後悔してますね。

そしてこの1枚の写真を撮った後くらいから『鉄』への熱が冷めて、撮り鉄から離れてヤマがターゲットとなり、後釜の8500系は、
会津鉄道で乗った〔Aizuマウントエキスプレス〕に乗るまで、代替えされていた事さん知りませんでした。

鉄道から離れていた約20年間(それでも行った出先で駅跡なんかを訪ねるなど踏ん切りが悪かったですが・・)で鉄道は旅に使うに耐えれない程に廃れていってしまってましたね。 夜行や急行は全滅し、東京在住の人しか使えないシンカンセンが蔓延ってきていましたね。 それによって本線さえ分断・廃止となる始末で・・。 旅でシンカンセンは使えないから、ますます気持ちが鉄道より離れたのを覚えています。

でも、歳くって、車の運転が億劫になってきて、気がつけば不便極まる鉄道と狭っ苦しい高速バスに活路を見出す以外に術がなくなってきていましたね。
2023-10-23 *  風来梨 [ 編集 ]