風来梨のブログ

このブログは、筆者であるワテの『オチャメ』な日本全国各地への探勝・訪問・体験記です。

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よも”ヤマ”話  第200話  裏剱・仙人池 act2 その2  (剣沢雪渓~仙人池)

よも”ヤマ”話  第200話  裏剱・仙人池 act2 その2 (剱沢雪渓~仙人池) 〔富山県〕  '98・10

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剱沢雪渓の氷体越しに望む
剱岳の大岩盤

  剱沢雪渓 つるぎさわせっけい (中部山岳国立公園)
富山県中新川郡立山町に位置し、剱岳 2999m の南側で、別山 2880m ・剱御前岳 2776.8m から剱岳の南東を削るU字谷(氷河地形)が剱沢で、真砂沢との出合にある標高1760m の真砂沢ロッジの上部にある雪渓が剱沢雪渓である。 白馬大雪渓や針ノ木大雪渓と並んで『日本三大雪渓』にも数えられている。

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秋の長次郎雪渓は
雪渓の上部が大きなクレバスとなって
登高は不可能デス
後に秋に挑んでクレバスにハマりかけた
経験者(タワケ)より

剱沢雪渓の途中には、北側の剱岳本峰へと詰め上がる長次郎谷(ちょうじろうたん)、平蔵谷(へいぞうたん)が伸び、そのいずれにも雪渓ができている。 長次郎谷は、陸軍参謀本部陸地測量部(現在の国土地理院)が測量を行なうべく剱岳に三角点を設置する為に、明治40年7月13日に初登頂(歴史に残る近代登山として初めての登頂)する際に山案内を行なった名ガイド・宇治長次郎(うじちょうじろう)の名を採った沢である。

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秋の平蔵谷は完全に
雪渓が崩壊して登高不能だ

平蔵谷は剱岳残雪期の入門ルートとなっているが、大正2年に日本山岳会の近藤茂吉を長次郎谷から剱岳へと案内し、剱岳から別山への初下降を実現させた佐伯平蔵を讃え、近藤茂吉が名付けたものである。
実際には、それ以前に宇治長次郎が谷を下っているが、すでに長次郎谷が横にある為、佐伯平蔵の名を冠した谷になったという。

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逆光にギラリと光る源次郎尾根
長次郎谷雪渓・熊ノ岩より

この剱沢雪渓から剱岳本峰へと突き上げる長次郎谷・平蔵谷、そしてその間の源次郎尾根は、『岩と雪の殿堂』と呼ばれる剱岳を象徴する景観になっている。 剱沢雪渓の登山道は近年の温暖化の影響を受け、夏の後半以降には雪渓のトラバースができずに迂回路を設けるなどの対策が取られているので、晩夏以降で特に秋の入山の際には注意が必要である。

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我が国にある氷河で最大の規模を持つ
剱・三ノ窓雪渓

ちなみに、剱岳では三ノ窓雪渓と小窓雪渓が近年に氷河に認定されてるが、剱沢雪渓も巨大で氷河の可能性はあるのだが、まだ流動のある氷体が未確認という事で、氷河とは認められていない。 だが、剱沢北股の源頭となる三ノ窓雪渓は国内最大の氷河であるなど、剱岳の形成する沢のほとんどが氷河の可能性を秘めている。



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裏剱・仙人池コース・2日目
〔剱沢~裏剱〜仙人池〕行程図

    行程表              駐車場・トイレ・山小屋情報
《1日目》 JR富山駅より鉄道利用(1:05)→立山駅よりケーブルとバス(1:00)→室堂
     (0:20)→雷鳥平(1:50)→剱御前小屋(0:40)→剱沢キャンプ場
《2日目》 剱沢キャンプ場(0:30)→剱沢雪渓取付(1:50)
→真砂沢ロッジ
     (1:30)→近藤岩・二股(2:20)→仙人池(4:30)→池ノ平
       途中の仙人峠より仙人池まで片道5分、池ノ平まで片道30分
《3日目》 池ノ平(0:35)→仙人池(1:20)→仙人温泉(1:20)→阿曽原温泉
     (4:30)→欅平より渓谷鉄道利用(1:20)→宇奈月温泉駅より鉄道利用
     (1:30)→富山駅
  ※ 前話『第199話 裏剱・仙人池 act2 その1』の続き

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いよいよ剱沢の雪渓へ・・

 《2日目》 剱沢雪渓を通って裏剱・仙人池へ
朝、夜明け前に起きて、もし星が夜空に見渡せたなら、テントを張ったまま一服剱までいってみよう。 
一服剱まで約1時間位だ。 そして、剱岳と鋭角的な“二ッ耳”を魅せる鹿島槍ヶ岳が朝の薄紅色の空に染まる絶景を目に焼きつけよう。 これこそ、山の醍醐味である。

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記述文では書いたけど往復1時間は
『奇跡の体力』があったれば・・こそで
今なら立ち寄る事は
時間的に到底ムリな事だぁね
なので『よも”ヤマ”話 第52話』の写真をば・・

この素晴らしき眺めを存分に味わったなら、剱岳へと登っていく登山者達にエールを送って《剱沢》に戻ろう。 《剱沢》に戻ったなら、テントを片付けて出発だ。

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今はテント場より夜明けの剱を
撮るのが精いっぱいだぁね

  ※ 但し、一服剱立ち寄りは若く体力がある方のみ実行可能で、ヘタレた現在のタワケでは
    一服剱立ち寄りどころか、真砂沢で一泊を入れないとムリですので悪しからず・・。

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今日は長丁場で歩いている最中に
朝日が昇る位の早出が必要だろう
それでも今のヘタレでは
1日で仙人池まで行けないかも

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早起きは三文の得・・
早出すると朝日に輝く
剱の岩塔を魅る事ができるよ

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剱沢雪渓最上部
近年の温暖化で
雪渓上部はほぼ崩壊している

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最上部から500m下った所で
ようやく雪渓が姿を魅せてくれた

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高巻き道にはこんな難所も
あるので注意が必要

《剱沢小屋》前の涸れ沢を下っていくと、やがて《剱沢雪渓》の白銀の帯が見えてくるだろう。
この雪渓は比較的平坦でアイゼンなしでも歩いていけるが、秋ともなると雪渓が崩壊して雪渓上は歩けないので、剱沢雪渓下降の終始で、左岸(雪渓の右側)につけられた高巻き道を行く事となる。

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秋の平蔵谷は完全に雪渓が崩壊して
所々クレバスとなるなど
到底立ち入る事ができない

雪渓最上部から距離にして500m程下部へと下ると、剱岳の大岩盤に昇り竜の如く一直線に突き上げている雪渓が崩壊した沢を見る事ができる。 これが《平蔵谷》だ。 何でも平均傾斜35°、《平蔵ノコル》付近の最上部に至っては45°とも50°ともいわれる急傾斜だ。

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出合でさえ雪渓が潰れている
平蔵谷出合をズームアップ
平蔵谷は元より
剱沢雪渓自体が崩壊して歩行不能だ

「これが剱岳の最短ルートだ」と言われても、さすがに登っていく気にはなれないだろう。 
また、このルートを行くのであれば、それなりの装備と気構えが必要だろう。 ちなみに《平蔵谷》は残雪期のみに通れるルートで、雪渓が崩壊したならタダの崖で恐らく登る事は不可能であろう。

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この年は紅葉が遅く
それほど色着いていなかったが

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色着いた剱の谷は絢爛絵巻となりマス
※ 別の時に撮影

秋ならば、この辺りからそろそろ錦の帯を山肌に掲げてくるだろう。 雪渓の奥を望むと、後立山連峰の山なみが雄々しくそびえ立っている。 広い雪渓の中央に荷物を下ろして、カメラ片手に駆けまわりたくなる風景が次々と惜しみなく現れる。

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雪渓の減退で出合でさえなくなった
長次郎谷出合

以前の長次郎谷
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始めて剱沢を歩いた時は
長次郎谷は雪渓として存在していた

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谷全体も雪渓が熊の岩の手前まであった
これでも雪渓登高は不能である
※ 上との2枚は別の時に撮影

絶景の中を進んでいくと、紅葉の両側を飾られた明るい雪渓の谷筋が視界に入ってくる。
これが《長次郎谷》の雪渓である。

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長次郎谷の源頭部より
剱沢へ連なる雪渓を望む
行程の詳細は
下のリンクをクリックしてネ

この雪渓は『日本百景 夏 第388回 長次郎雪渓』の記事にてチャレンジしているので、興味のある方はどうぞ。 また、いずれの『よも”ヤマ”話』でも書き記す予定である。

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雪渓を渡って左岸から右岸に渡る
ここが雪渓上に立つ唯一の所だが
近くにクレバスがあって
崩落の危険がありかなりおっかないよ

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雪渓を渡ると沢は開放的となり
沢瀬が流れる音も聞こえてくる

《長次郎谷》の出合から先の《剱沢》は更に明るく開放的となり、広潤な気分満点に歩いていける。
やがて、雪渓が薄れて退くようになっていくと、程なく《真砂沢ロッジ》前の広場に出る。

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ご覧の様に雪渓が崩壊して雪の塊が
乗っているだけの所もあるので
雪渓崩壊に巻き込まれる危険がつきまとう

  ※ 但し、秋は近年の温暖化で雪渓が完全崩壊しており、左岸から右岸に渡る1ヶ所しか雪渓上
    に立つ事はない。 温暖化による雪渓の減退は、かなり深刻な環境問題を孕んでいるよう
    である。

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真砂沢小屋は紅葉最盛期に
入る前に閉鎖・冬眠する
※ 別の時に撮影

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真砂沢ロッジよりは
沢のヘツリと河原歩きだ
※ 別の時に撮影

ロッジの建物の脇を下っていくと《剱沢》の河原に出る。 河原に下りてすぐにある《剱沢》に架かる鉄のハシゴを見送って直進する。 ちなみにこの鉄ハシゴは、《ハシゴ谷乗越》へのルートの入口である(鉄梯子は真砂沢小屋の営業時のみの設置)。 ハシゴを見送って沢の縁を飛び石伝いに歩いていくと、裏剱の末端から延びる雪渓を渡っていく。

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近年の温暖化で秋にスノーブリッジが
残る事がなくなってきている
かつては万年雪で秋でも架かっていた
南股のスノーブリッジ

この雪渓は《南股の雪渓》と呼ばれていて、例年秋のシーズン時期には《剱沢》に流れ込む支流に大きなスノーブリッジをかけるので通過には注意が必要だ。

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途中には沢の縁をヘツる
鎖場もあるよ

《南股の雪渓》を越えると概ね《剱沢》の右岸を伝っていくようになるが、沢に迫り出した岩をへつる鎖場があったり、大岩を高巻きしたりと結構“忙しい”道程である。 

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三ノ窓雪渓が見えてくると
仙人新道の登り口・二股は近い

この沢のそばを1時間半ほど歩いていくと下流方向の視界が開け出し、左側に《三ノ窓谷》の雪渓と紅葉に覆われた八ッ峰の絶景が見渡せるようになるだろう。 そうなれば、《二股》も近い。

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小屋が開いてる時は吊り橋が架かっているが
小屋が冬眠に入るとその翌日に吊り橋が
撤去されるのでその後は渡渉が必要となる

《二股》には巨大な岩小屋・《近藤岩》が《剱沢》の中央にデンと居座り、沢の流れを二つに割っている。 《二股》はシーズン中には立派な吊り橋が架かるが、小屋が閉鎖したその翌日に撤去されるので、小屋が閉鎖した後は沢を渡渉しなければならない。 支流ながら水量の多い《北股》を渡り、《近藤岩》のたもとを通って《仙人池》と《池ノ平》の分岐に出る。

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沢を直進すると池ノ平へのルートである
北股沢へと続くが道が荒れて廃道となっている
目指す仙人新道はこの辺りで
右手の樹林帯に入るので石にペイント
されている道標を見落とさないように

直進して《三ノ窓》の雪渓を絡んで《北股沢》へと続く道が、《池ノ平》へのルートである。
この道は上級者向けとの事なので、あえて回避しよう(現在は北股沢へ入る《池ノ平》へのルートは廃道化しているとの事)。 目指す《仙人池》へのルートは、右手の樹林帯の中へ入っていく。
階段状の急坂を登っていくと、ザレ状の道を経て尾根上に出る。 

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急登を尾根上まで這い上がると
氷河である三ノ窓雪渓が眼前に現れる

尾根上は樹木が薄れて所々視界が利くようになり、左手に《三ノ窓》の大雪渓と剱の《八ッ峰》が現れる。 また右手には、後立山の盟主・鹿島槍ヶ岳が双耳峰をそろえて対峙している。 その懐に向かって“幻の大滝”『剱大滝』を抱く《剱沢》が、緑を深く刻んでいる。

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右手には後立山の山なみ対峙している

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振り返ればこれまで歩いてきた
剱沢の谷が一望できる

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左手には裏剱の八ッ峰と
三ノ窓雪渓の絶景が・・
※ 別の時(ヘタレきった四半世紀後)に
撮ったモノですが
どうか掲載させてください!

これらを見ながら登っていくと、樹木に覆われたピークを2つ程越えて進行方向が右に変わる。 
すると、谷を隔てて《仙人池ヒュッテ》の屋根が見えてくる。 こうなると、《仙人峠》は近い。 

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若気の至りでこの時は
仙人池ヒュッテを撮るのを
忘れてたので四半世紀後のモノを

後は尾根下を巻くような感じで伝っていくと、《仙人峠》の分岐に出る。 この分岐を左に進むと、情緒豊かな《八ッ峰》の情景を魅せてくれる《池ノ平》へと誘ってくれる。 《仙人池》へは、右に進路を取る。 高山植物の保護の為のロープで仕切られた道を下る事15分で、《仙人池ヒュッテ》に着く。 
たどり着いた《仙人池》では、時の流れを忘れさせる情景を魅せられる事だろう。

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仙人池での写真は
次回に取っておきたいので
四半世紀後のヘタレが撮った写真おば・・
身も心もヘタレて腐っているのに
何故か写真はそれなりのが撮れたりする

波紋一つない水面に投影される裏剱の《チンネ》・《八ッ峰》・《クレオパトラニードル》などの岩峰、池を取り囲む紅や黄色に色づいた樹木、岩を刻み“窓”をくり貫く長大な雪渓。 この情景に言葉はいらない。 時の流れを止めて、ただひたすら眺めていたい。

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池ノ平からの八ッ峰はより近くなるが
仙人池というアクセントは無くなる

なお、この《仙人池》一帯は幕営禁止との事なので、今日はキャンプ地のある《池ノ平小屋》まで行く事としよう。 又は今日は幕営を止めて《仙人池ヒュッテ》で宿泊するのもいいだろう。 但し、両方の小屋は、共に体育の日が含まれる週の週末を最後に閉鎖冬眠に入るので、小屋閉鎖後は池ノ平で幕営する以外に手はなく、この事からこの行程では幕営装備必須となるのである。 明日の朝、《八ッ峰》を眺める期待を胸に休むとしよう。

  ※ 続く仙人池の絶景は、次話の『第201話 その3』にて


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天皇信奉の日本人成りすましウヨクを
中心にパヨクの本拠であるマスニダ
叩く手段としてジャニーズの
未成年性加害事件を執拗に取り上げてるね

でもワテはこんなのどうでも
構わないし興味も全く無いから
ジャニーズが生きようが潰れようが
どっちでも構わないしィ

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でも加害者はとっくの昔に死んだジャニー喜多川だ
確か奴らは安倍氏に対するパヨクのネチッコイ罵倒を
「死者に鞭打つ似非日本人」と言ってなかったっけ?
それとも安倍氏はダメでマスニダ関係で
敵であるジャニー喜多川ならOKってか?

ホントパヨクと天皇信奉ウヨクは
やる事なす事全く同じで
さすがは同一種族であるチョンの
日本人成りすましだと納得できるよ

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一応考え違いしないで欲しいが
ワテはジャニー喜多川を擁護する気は
毛頭もなくどうなろうが構わないし
マスニダがこの事件で
潰れるならラッキーと思っているしィ

それにこの手の事件は
『喉元過ぎれば何とやら』で
ネタとしてもって2〜3ヶ月で
その後は話題にも上らないだろうね

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ウヨク共は西欧では未成年に対する
性加害及び人権問題は
絶対になぁなぁでは済まされずに
国際問題となると言うが
その西欧諸国もレイプに対しては寛容なのである

それは大男である西欧の男の好物は
小柄な女で対象は日本人の清楚な女性や
マレーシアとかの西寄りの
東南アジア系の貧しい国の女性である

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そしてこの女性達には人権など存在しない
扱いで平気でレイプしまくるのだ
逆に貧しい立場のこういう東南アジアの女性達も
金で喜んで身体を売るのでどっちもどっちだけど

だから大男の西欧の野郎には小さすぎるロリや
未成年は性の対象とならない訳である
西欧の大男が小柄な女性を手ごめにするのと
同様に小男である日本の男は
ロリや未成年を手ごめにする訳だ

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要するにやってる事は全く同じで
突き詰めて言えは自分より力が弱く
抵抗なく犯しやすい相手を
ターゲットにしてるに過ぎないのである

そして西欧は日本を叩く手段として
『(己は手を出す事のない)
未成年に手を出すのはけしからん』
とほざいてるだけなのだ

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要するに日本を御する
政治的脅迫手段に過ぎないのだ
でも対抗手段が見当たらないので
奴らの言いなりでもあるのだが



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