2023-05-24 (Wed)✎
『日本百景』 春 第553回 槍の穂先へ(の戦い) その4 〔長野県・岐阜県〕
雪を乗せた穂高の山々と梓川
上高地 かみこうち (中部山岳国立公園)
上高地(かみこうち)は、飛騨山脈(北アルプス)南部の長野県側・梓川上流にある景勝地である。
中部山岳国立公園の一部ともなっており、国の文化財(特別名勝・特別天然記念物/天然保護区域)に指定されている。 標高は約1,500m。 全域が松本市に属する。 宿泊施設や温泉があり、上高地自体が観光地であるだけでなく、穂高連峰や槍ヶ岳への登山基地ともなっている。
明神にある『穂高奥宮』と
穂高岳前衛峰の明神岳
『かみこうち』の名称は本来『神垣内』との表記だが、後に現在の『上高地』表記が一般的となった。 『神垣内』とは、穂高神社の祭神『穂高見命 ほたかみのみこと』が穂高岳に降臨し、この地(穂高神社奥宮と明神池)で祀られている事に由来する。
槍ヶ岳・春山 行程図
行程記録 どこまでもナメきって・・ でも、結果を残すのは大したものだと
自分を褒め称えたくなるですト
《1日目》 沢渡駐車場(0:20)→上高地バスターミナル(2:00)→徳沢(1:00)→横尾
(2:20)→槍沢ロッジ
《2日目》 槍沢ロッジ(1:40)→大曲(2:50)→殺生ヒュッテ分岐(1:30)→槍岳山荘
槍ヶ岳へはコースタイムで往復1時間であるが、槍岳山荘より上り1時間・下り45分
《2日目》 槍沢ロッジ(1:40)→大曲(2:50)→殺生ヒュッテ分岐(1:30)→槍岳山荘
槍ヶ岳へはコースタイムで往復1時間であるが、槍岳山荘より上り1時間・下り45分
かかっちゃったよ
《3日目》 槍岳山荘(0:40)→殺生ヒュッテ分岐(1:40)→大曲(1:20)→槍沢ヒュッテ
《3日目》 槍岳山荘(0:40)→殺生ヒュッテ分岐(1:40)→大曲(1:20)→槍沢ヒュッテ
(2:20)→横尾(1:00)→徳沢
《4日目》 徳沢(1:00)→明神より上高地散策(1:15)→上高地バスターミナル
《4日目》 徳沢(1:00)→明神より上高地散策(1:15)→上高地バスターミナル
(0:25)→沢渡駐車場
※ 前回『第552回 その3』の続き
下から見上げると
意外に小っこい槍の穂先
《3日目》 槍からの下り・・
下りはピーカン照り焼きとの闘い
朝日に染まる周囲の山々を撮り、朝飯タイムとなる。 当初は夜食並みのメニューを食って空で下る腹つもりだったが、なぜか食欲が湧かず、昨日低ケットウと闘ったバターロールパンで済ます。
また、「さすがに2度目の轍は踏むまい」と、持ってきたケットウ値と闘う薬を飲む事を控える。
延々と続く裏銀座の白峰
トイレやパッキングなどのひと通りの準備を終え、山荘の館をでたのが6時前。 けれど、朝の美しい情景を魅せられてカメラに手が伸びて、30分以上バカ撮りに時間を費やす・・と、起きてからここまでの約1時間が前回『第552回 その3』の記事である。
これよりこの雪の急坂を降りていく
思わず唾を飲み込む情景だ
思わず唾を飲み込む情景だ
山の情景撮影の楽しいひとときを終えると、眼前から急下降で降りていく傾斜を伝って槍沢まで降りていかねばならない。 イザとなったならば、恥も外聞もなく『伝家の宝刀・クマ下り』を発動するしかないだろう。 雪山の下山では毎度のように駆使する、『伝家の宝刀』というにはあまりにも安いタワケの必殺技である。
下りの『戦い』は急傾斜ではなく
フレア・ゴースト乱発の
強い日差しであった
さて、登り時に『ケットウ値』と大バトルをした見た目の傾斜が40度位の急傾斜を降りていく。
傾斜は登ってくる多くの人のパワーを吸い取って踏み段をこしらえたが如く、完璧に階段状となっていた。
まぁ、あれだけ皆が登りで「へ~へ~」と喘いで立ち止まると、雪床も階段状となるのだぁね。
お陰で、のっけから抜く予定だった『伝家の宝刀』は抜かなくても良くなったよ。
槍の穂先を振り返る
でも、『オッカナビックリ』、そして『ヨチヨチ』と歩いていると、50歩位で後続に抜かれたよ。
同じ二本足で、アイゼンもコチラは少しお安いものの、10本爪以上のモノを履いている。
条件は同じなのに、ワテが中間地点に差し掛かる頃には、もう一番キツい傾斜を降りて殺生ヒュッテの分岐まで進んでいますな。 それは、『動物の種として違う』と思える程に下る速さが違うのである。
不思議だねぇ。
いくら遅くても槍の穂先が
徐々に小さくなっていくので
進んでいる事を自覚できる
おぉ・・穂先が小さくなったよ
さて、いくら遅くてもいつかは辿り着くものである。 それが今のワテの信奉する『蜘蛛の糸』で、これが成立しないとワテは何も成し得なくなってしまう。 前の鹿島槍の冷池でも、遅くなって夜間に突入しようが「歩いてさえいれば、いずれ着く」という気持ちがあったから行けたのだ。 まぁ、夜間に突入しないのが大前提であるのだが・・。
下から見上げると緩やかに見えるが
斜めにアングルを取ると結構な
傾斜である事が解かるよ
話は脱線したが、この急下降を『伝家の宝刀技』の『クマ下り』発動なしに降りれたのは以外だった。
華麗に抜かれてダブルスコアをつけられた先ほどの事は忘れて、ちょっと浮かれたよ。 あまりにもいい天気だったので、『伝家の宝刀』の発動ナシに下れた気分の良さも手伝って、カメラタイムを取る。
狙いは、トンガリコーンのように突き出る槍の穂先だ。 でも、これをし過ぎたせいで、この後にまたもや闘う事が義務づけられる。
こんなのを撮っていると
雪目にもなるわなぁ
下りはすごぶる遅いにも拘わらず、カメラファインダーを覗きながら下っていると、目がチカチカしだす。
そう・・、軽い雪目になってしまったのだ。 そして、昨日からの顔面の皮膚がまた痛くなってきた。
猛烈な日焼けである。 まぁ、「去年は何もなかったから」といって、雪山でサングラスなしの『UVケアに対して全く対処せず』なら、こうなるのも当たり前なのだが・・。
もしかしたら
コイツが70分70万円?
:
この後左の岩峰まで行って
滑降して自爆したみたい
こうして、顔の痛さにちょっとは真剣に降りる気になって少し足を速めようとした矢先、早く降りなければならない状況が発生する。 上でスキーをしていた奴が転んで、『HELP』を出したのだ。
どうやら、コケて足のくるぶしがモゲたらしい。 完全に『北海道ではタダ、上高地界隈では1分1万円で平均70万円』が確定の事態になっておられたようである。 でも、滑り落ちたら死ぬような所に滑りにくる心根が、ワテにはどうも理解できんのだが・・。
滑り落ちたら死ぬかもしれない傾斜で
滑りに来る神経が理解できんわ・・ワテは
その『HELP』は、「下の槍沢までいって救助連絡を取って下さい」というもので、ワテを抜いて先に降りていってしまった人には『HELP』できなかったようである。 そのよう訳で、この猛烈に下りが遅いワテに、早く降りる事が期待されたのであった。 云わば何ともいえない無謀な期待で、例えるなら『十万馬券のような確率の期待』なのである。
UVケアナシに写真を撮りまくったタワケは
雪目+酷い日焼けで顔が腫れ上がり
滑り落ちたら死ぬかもしれない所に
滑りに来たタワケは足がモゲたのであった
でも、頼まれたからには、コチとらも少しは努力する。 それは早く下るのは無理なので、携帯がつながらないか登ってくる人たちに聞いてみる事だった。 昨日テントなどを槍沢にデポって登ってきた事もあって、槍沢ヒュッテの電話番号は控えていたのである。 ちなみに、携帯がキラいなワテはもってきていない。 持って来ても、最低通信能力の『柔らかい銀行』のモノなので、持ってきたとしてもムダであるが。
ワテを最初に抜いた登山者
:
連絡を託された所で降りるのが遅いワテは
一計を案じて後続に抜かれる時に
携帯でロッジにこの事を通報して
もらう事を試みたが電波はつながらなかったよ
逆に登ってくる人にも
携帯で連絡を取ってもらうように
お願いしたけどつながらなかったよ
でも、谷地形の槍沢谷は、最もつながると評判の『アウ(au)』でもだめみたいだった。
4~5人に聞いても「つながらない」との事なので諦める。 そうこうしている内に、失点間際のサッカーのDFのように『足が止まって』きた。 そして、連続3人に抜かれたので、ワテが課せられた使命をワテを抜いた方々に託す。 そして、4人目にワテを抜いた人が、「上の人は連絡が着いたようだよ」と教えてくれたので、任務完了と相成った訳である。
4人目に抜かれてしばらくすると
ワテが3回飛ばしたのが
バリバリと旋回していた
:
でもアレ・・白と青の塗装の
中部航空の機体だから
1分1万の70万確定だわ
暫くすると、4人目にワテを抜いた方の云う通り、『1分1万円で病院直行便』がバリバリと音を立てて旋回しているのが見えた。 まぁ、70万円+2~3ヶ月の入院なのはお気の毒だが、“山で滑る”というタブーをしてシクじった末路であるので致し方ないであろう。
ナシ崩し的に任務は完了したし
後はダラダラモードで
日焼けが腫れて顔がヒリヒリするも
写真撮りとしての本文は忘れまへん!
蝶槍と蝶ヶ岳のコンビも
シッカリとフイルムに納めました
さて、気が抜けたら、再びダラダラモードとなる。 そして、意識が焼けた顔の痛みにまわり、ヒリヒリが気になりだす。 でも、何で首に巻いたタオルを被らなかったのか・・が、今の自分には謎である。
いつもは、タオルを頭に掛けた『敗残兵スタイル』で歩いているのに・・。 やはり、ピーカン照りとはいえ、温度は±0℃位だったからなのだろうか。
最後の急傾斜を下ると
90度左に折れて
大曲に降り立つ
ここまで下れば平坦となる
・・で、雪目で辺りがより白く見え、焼けた肌が腫れているのか薄目しか開けれぬまま、デンジャラスな急坂を下りきって安全な大曲まで辿り着く。 こうなったら、所構わず座って顔に雪を充てたり、ポカリ水をのんだりしながらゆく。 こうして、ほぼ最初に下り始めたワテは、気付けばしんがりに限りなく近くなっていたようだ。
シワシワのマイテントにたどり着いたのは
以外に早く午前中!?だったよ
※ 普通に考えると遅すぎマス
やがて、「どんなにダラダラ歩こうが、必ず到着するものだ」というワテの信奉する『蜘蛛の糸』格言の如く、槍沢ヒュッテの土手上にデポっていた『マイテント』前に着く。 到着タイムは10:14。
あれだけダラダラした割には、4時間を切って降り着く事ができた。
テントを撤収して槍の穂先と別れの挨拶
「see you again ~ また来るよ」
さて、テント撤収だが、約1時間掛けてダラダラと行う。 もう、上高地までイッキに降りる考えなど、霧散して消えてしまっていたよ。 「良くて徳沢、シンドければ横尾でバタンキュー」も折込済みである。
・・で、ちょうど1時間の11:14に槍沢ヒュッテのヘルパーさんにテントデポのお礼をして出発。
これからは急坂はないものの、ダラダラと長ったるい腐れ雪のルートが続く。 また、デポった荷物を回収したので、再び20kgを背負う事になる。 だが、樹木に囲まれて、ピーカン照りに蒸し焼きになる事はなくなる。 ダラダラを自らの生き方の標榜に掲げる筆者(タワケ)にとって、ダラダラ道は余計にダラダラと腐らせるのである。 もう、腐った果実のように、自らに甘ったるくダラケてしまうのである。
その成れの果てが、食った後には3××を越える事もある『ケットウ値』だろう。 まぁ、こんなけの数値を叩き出しながら平然としてられるのも、筆者の異常で強い体質(俗に言うゴキ×リ並みの生命力)がモノをいっているお陰だろう。 でも、タバコ・酒を飲まないし、最近はHbA1cがたまに病の値から脱出(6.2以下となる)する位にまで治ってるしィ。 体重も、ヤマの後は65㎏台まで落ちる程に痩せたし・・ね。
その、横尾までの下りだが、出発は11:14で横尾到着は14:00。 途中で大休憩をした訳でも、飯を食った訳でもないにもかかわらず・・だ。 ダレた登り時より時間がかかっていたりして・・。
コリは、『3△×を越えるケットウ値』よりも深刻な謎だ。 あらゆる数値計算を使っても、この謎は永遠に解けはしまい。
横尾でも、朝飯がバターロールパン3キレだけだった事もあって低ケットウ状態になっていた(以前から飲んでいた薬が効いていたのかも)ようで、横尾山荘に入るなりラーメン(700円)を注文する。
普通はハシタ金を惜しんで、こんな買い食いはしないんだけど。
もう、横尾に着く寸前はヘロヘロで「ここでストップ」が頭を支配していたが、ラーメン食って復活。
徳沢まで何とか歩けるようにはなったみたいである。 でも、『コスモの世界』といわれる人体がこんなに単純なのはどういう訳? もしかして、身も心もオフザけの筆者ならでは『クオリティ』!?
こうして15:04に徳沢に着くが、横尾~徳沢は平坦な道とはいえコースタイム1:10を45分で歩いちまった。 またまた、行動を起せば起こす度に謎を呼び起こすタワケの『クオリティ』であった。
これは、普段から如何に“ナンチャって”である事を証明する数値でもあるよね。
通常の人ならイッキに上高地までいってしまうのであろうが、筆者はここでバタンキューとする。
「上高地まで歩いても、どうせ車の中で泊まるだけだから、テントの方がマシさ」と、自らのテイタラクを取り繕いながら呟く。 でも、徳沢のテント場は、尋常な込み方ではなかったよ。 300張はあったんでないかい? そして、トイレ遠いしィ。
横尾~徳沢の河原が
穂高のベストホジション
《4日目》 この山行の全てが闘い・・
最後は負けたボクサー並みに腫れた顔面との闘い
昨日、ダレた身体と性根を叩いて徳沢まできたお陰で、あと6.4kmで済む。 朝7時前に出ても、9時過ぎには上高地に着くだろう。 ちなみに、今日は『想定外の日』(当然、昨日槍からイッキに降りる計画を立てていた)なので、朝飯がカンズメ1つのみであった。 これでは、途中でまた『低ケットウ』となってしまうだろうね。
少しづつ穂高が
小さく遠くなっていく
従って、明神に着くなり再び、山荘(というより旅館)に入って山菜うどんを食う。 でも、800円は高けえな。 まぁ、山だから、観光地だから仕方ないか。 腹ごしらえが終わると、余ったフイルムの処理に・・と、上高地の観光客向けの散策路コースに進路を取る。
明神池にはこの橋を渡るが
橋を渡った梓川西岸は
明神池以外に景勝地がない
梓川と霞沢岳
:
なので観光客は多いが見せ場の多い
梓川東岸の通常ルートを取るといい
でも、この時の顔は、すれ違う観光客が驚きかねない程に顔が焼かれて負けたボクサーのように腫れ上がっていたのである。 「この顔でよう行ったなぁ」と、自分自身関心する姿であった。
残雪の穂高と上高地の湿地帯
残雪の穂高を振り返り・・
まっすぐ進むと俗世間
霞沢岳から流れ出た
梓川支沢の源流を渡る
でも、さすがに観光客とすれ違う時は、手で顔を覆ったりしてしまったよ。 後は何事もなく、9時ちょっと過ぎにバ『河童橋』の袂に着き、上高地バスターミナルのバスも朝方なので待ちもなくすぐに乗れて、10時前にこれまたオチャメ放題の山行を終える。 後は沢渡で風呂に入って(フロで鏡を見て、顔面の腫れ具合に更にビックリ)、下道を伝って帰るだけだ。
穂高よ・・ひとまずさらば
春山山行を再開してからというものの、最初の皇海山の鋸山十一峰では何でもない所で転んで足の捻挫、妙高では雪庇を踏んで穴に落ちて肋軟骨損傷(軟骨にヒビ)、そして前回の鹿島槍では『伝家の宝刀・クマ下り』の使い過ぎによる指の凍傷、そして今回は電子レンジで焼かれたような猛烈な顔面日焼け火傷と打率10割の金字塔だね。 でも、すこしずつ損傷が軽くなってるから、次は『無傷』という凡打の期待も持てるかも・・という今日である。
俗世間との境目
『バ河童橋』
さて、明日からは、また『俗世間』との闘いだ。 「人は生きて行く事が闘いなのだから、これも致し方あるまい」と、そっと浮かんだ涙を拭いながら呟くですト。
ウヨクの奴らが犯行はシナの放った
工作員の犯行と主張する安倍氏の暗殺事件
だか実態はウヨクの内ゲバによる暗殺なのだ
それは在日チョンヤクザの天皇信奉ウヨクと
下チョン本国の宗教団体の統一教会との内ゲバだ
要するに親分に杯の忠誠を誓った
ヤクザの特攻なのである
だから『統一教会の存在』が犯行理由として
それ以上は決して口を割らないだろう
コレがパヨクやシナの工作員なら
組織的な犯行を企て
爆発物を使って目くらましをかけてから
銃乱射などで周囲にいる者もろとも殺害する
汚く卑劣な手法を用いるだろうし・・ね
それにパヨクに忠誠心などなく
この犯人のように
己一身で罪を被るような気概もない
それに簡単に口を割るので
犯行後実行犯も殺すのがパヨクの手口だ
それにアメリカの対応で
手いっぱいのシナが
更なる対応を余儀なくされる
安倍氏の暗殺を手掛けるとは思えないからだ
首相の座を追われて自民党の実権も
2Fや河野などの党内左派に渡っている状況で
党内での指導力を失っていた
安倍氏の殺害を目論むのは
却って寝た子を起こす愚策なのだ
だがウヨクはそういった
政治的な駆け引きは無視で
己か邪魔と思った者を
ヤクザの手口で1人1殺を手掛けるし
最大の違いは犯行後は口封じの為に
暗殺実行者を殺しにかかるのがパヨクや
シナの工作員の手口である
要するにパヨクは信頼や忠誠が存在しないのだ
:
次回に続く
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