風来梨のブログ

このブログは、筆者であるワテの『オチャメ』な日本全国各地への探勝・訪問・体験記です。

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よも”ヤマ”話  第193話  大峰・奥駈 その3

よも”ヤマ”話 第193話 大峰・奥駈 その3 (大峰・八剣山~釈迦ヶ岳)〔奈良県〕 '98・ 5
大峰・弥山 1895m(前話に引き続き登頂)、大峰・八剣山 1915m(2度目の登頂)、
大峰・明星ヶ岳 1900m、仏生ヶ岳 1805m大峰・孔雀岳 1779m、
大峰・釈迦ヶ岳 1800m〔名峰次選 34峰目〕

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大峰・八剣山の頂上より望む
原生林の霧氷と熊野灘の海

 大峰・八剣山と釈迦ヶ岳 おおみね・はちけんざん と しゃかがたけ (吉野熊野国立公園)
大峰・八剣山は奈良県吉野郡天川村と上北山村の境に位置する山で、大峰山系の最高峰でもある。
その標高1915mで、奈良県および近畿地方の最高峰でもある。 この峰は大峰山脈の主峰であり、北方の弥山 1895m や南方の明星ヶ岳 1894m といった複数の峰が近接している。

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錫杖が突き立てられた
大峰・八剣山山頂での日の出

山上ヶ岳から連なる山脈全体を指して大峰山と呼ぶ事もあるが、宗教的な関連は大峰山寺のある山上ヶ岳ほどではなく、女人結界なども存在しない。

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冬に霧氷となった原生林

2004年7月にユネスコの世界遺産『紀伊山地の霊場と参詣道』に登録されている。 また、山域はシラベ純林及びトウヒ林を含む原始林で覆われており、この原生林は大正年代の1922年10月12日に国の天然記念物に指定されている。 更に1928年2月7日には、オオヤマレンゲ自生地としても指定を受けている。

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秀麗な三角錐を示す
大峰・八剣山と
国の天然記念物に指定された大峰原生林
※ ウィキペディア画像を拝借

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大峰・八剣山より望む
大普賢岳など
大峰・奥駈縦走路の前半部

山名は役行者が法華経八巻を埋納したと伝わる事から仏経ヶ岳(ぶっきょうがたけ)とも呼ばれるが、正式な山名は八経ヶ岳(はっきょうがたけ)という。 だが、名峰をして「はっきょう」とは『発狂』を連想させるなどいささか無礼であり、この呼び名は使わないで欲しいと切に願うのである。 従って、ここでは大峰・八剣山を採用している。

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釈迦ヶ岳は
大峰・南部の盟主たる峰だ

一方、釈迦ヶ岳 1800m は、奈良県南部の吉野郡十津川村と下北山村の境界にある大峰山系の山である。 通常では大峰奥駈道の南端の位置にそびえる山で、整備された登山路としての奥駈道は、この山より宿坊・前鬼宿を経て下北山村に下るルートが一般的である。

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古田ノ森の草原と釈迦ヶ岳
※ ウィキペディア画像を拝借

それはこれより南には目立った峰はなく、またこの峰より熊野大社まで続く奥駈道は荒れた難路となっていて、一般登山者の通行が困難だからである。

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頂上に鎮座する釈迦如来像は
強力の大男が
人力で持ち上げたモノらしい
※ ウィキペディア画像を拝借

山頂に一等三角点が設置されている堂々とした山容で、山名の由来は1924年に安置された釈迦如来の銅像からである。 山頂の釈迦如来像は、1924年に『鬼マサ』の異名で知られていた岡田雅行という強力の大男が、たった一人で道を切り開きながら銅像を3分割して担ぎ上げたと伝えられる。



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大峰・奥駈(大峰・八剣山~釈迦ヶ岳)の詳細図

   行程表           駐車場・トイレ・山小屋情報  
《1日目》 大阪・阿部野橋駅より鉄道(1:15)→下市口駅よりバス(1:30)→洞川バス停
     (0:15)→稲村ヶ岳登山口(2:20)→山上辻(0:50)→稲村ヶ岳(1:30)→山上ヶ岳
     (0:55)→小笹ノ宿跡
《2日目》 小笹ノ宿跡(2:00)→大普賢岳(2:45)→行者還岳(2:00)→石休場ノ宿跡
     (1:00)→聖宝ノ宿跡(1:00)→弥山小屋
《3日目》 弥山小屋(0:35)→大峰・八剣山(2:00)→舟ノ垰(3:50)→釈迦ヶ岳
     (1:00)→太古ノ辻(1:50)→前鬼
《4日目》 前鬼(0:40)→林道ゲート(0:30)→不動七重ノ滝展望台
     (1:20)→前鬼口バス停よりバス(2:25)→大和上市駅より鉄道
     (1:20)→大阪・阿部野橋駅
  ※ 前話の『第192話 その2』の続き

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弥山より近畿の山の盟主
大峰・八剣山を望む
この山行を通じて
初めての晴天の朝だったよ

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今日の行程は大峰・八剣山から
釈迦ヶ岳までを歩く
大峰・奥駈の核心部分だ

 《3日目》 八剣山・釈迦ヶ岳を連ねて前鬼へ下山
朝、テントを出てかぎろい色の空を望めたなら、「幸運であった」と思うべきだろう。 それは、大峰山の南部域から熊野にかけての一帯は、年間降水量が4000mmとも云われる我が国でも有数の多雨地帯だからである。

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昨日の夕方までずっと雨だった
特に昨日は道中ずっと
土砂降りの雨だった
1日は確実に降られるのが
大峰・奥駈道を行く者の定め

だが、雨の多い地域だからこそ、より素晴らしい山岳風景を望めるのである。 入道のように頭をもたげた大普賢岳、そしてそれをスライドさせる三段の山なみ、その奥には台形の立て屏風を成した稲村ヶ岳と山上ヶ岳と、昨日一日かけて歩いてきた道程が雲海の上に映し出されている。

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大峰・八剣山より望む
大普賢岳など奥駈の山々

対面には日出ヶ岳を盟主とした台高の山なみが、ずっしりと節々を大地に伸ばしている。
また周囲の山々も、1500m足らずの山なみを多く連ねる山塊とはとても想像しえない威風堂々とした山岳風景を魅せている。 真に素晴らしくなかなかに去り難いが、今日も長い行程ゆえに遅くとも6時には出発できるように準備したい。

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八剣山の頂で朝の写真が
撮れる位の早立ちが望ましい

弥山を出ると一度鞍部に下って、数ヶ所あるオオヤマレンゲ自生地の保護柵をくぐりながら登っていく。 大峰連山最高峰・八剣山 1915m の頂上だ。

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頂上に突き立てられた錫杖と
背後の釈迦ヶ岳を借景に
贅沢なアリバイ写真を撮る

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大峰・八剣山より望む
雲海に光る熊野灘

この頂上の展望の素晴らしさはワテの拙い文章では表現し難く、初冬に訪れたこの記事を参照頂くとしよう。

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これより歩く奥駈道
南部の峰々を望む
美しい三角錐を魅せるのが
大峰南部の盟主・釈迦ヶ岳だ

大峰連山最高峰の上に立って、これから向かう釈迦ヶ岳への山なみのうねりを眺めたなら、いよいよ大峰連山の核心部へ向かって足を踏み入れる。

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その端正な三角錐の峰に魅せられて
望遠で引っ張ってみると
奥駈道のうねりを目にする事ができた

八剣山の頂上からは、シラベやトウヒ林のワラ状となった倒木帯を下り気味に伝っていく。 
道端の所々に“行”を奉納したお札を飾った岩屋や大木を見るにつけ、「宗教色の濃い山なのだ」と感じさせられる。

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八剣山からはワラ状となった
シラベやトウヒの倒木帯を
下り気味のトラバースで伝っていく

樹林帯の少し開けた所は《禅師ノ森》・《楊枝ノ森》などと、たいてい『森』という名称がつけられていて、また庭園状を成しているので、これらの『森』を目安に休憩を入れていくといいだろう。

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1500~1600mの山域とは思えぬ
重厚な山なみを見ながら歩いていく

八剣山南面の大岩壁がそそり立って見える程に歩いていくと、《舟ノ垰》と呼ばれる船窪状の所に出る。 
前面には、こんもりとそびえる仏生ヶ岳が行く手の嶮しさを物語っている。

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垂直に立つ岩塔《大嵓》を
直立させる奇怪な容姿の七面山

また横に迫り立つ七面山は、大きく崩れ落ちた《大嵓》を従えた奇怪な姿を魅せている。 
《舟ノ垰》から少し先で七面山への玄人好みの道を分けて(『七面山遥拝石』という白い石柱で道を示してある)、《楊枝ノ森》という森林庭園を抜けると、いよいよ仏生ヶ岳の急登に取り付く。

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このログハウス調の避難小屋は
近年に建てられたのだろうね
※ 『大峰山の山小屋一覧』より

なお、《楊枝ノ森》にはキレイな避難小屋があって未確認だが水場もあるそうなので、前鬼までの長丁場を2日に分ける事もできるが、ワテが訪れた時は避難小屋など無かったから、後に建てられたのだろうね。

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樹林帯で見通しの悪い中を
仏生ヶ岳までイッキに登っていく

樹林帯の中の標高差200mの急坂に汗を搾り取られる事だろう。 だが、ある程度登りつめると、八剣山南面の大岩壁が樹間より望まれて心強い。 この登りはより深くなった森の中で終わりを告げ、仏生ヶ岳 1805m の仮の頂上を示す札の横を通る。 縦走路は、仏生ヶ岳の本当の頂上は通らないようである。

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樹林帯の際まで出ると
背後に端正な三角錐を魅せる
釈迦ヶ岳が望めるようになる

この頂上から少し歩くと、樹林帯の際に出て見通しが良くなる。 ここで馬ノ背状に連なる山の先に、ようやく釈迦ヶ岳がピラミタルな山容を魅せてくれる。 でも、そこまではまだまだ距離がある。

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孔雀岳の背後に
釈迦ヶ岳の山体が望める

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大峰山の西側は
奇怪な容姿の山々が連なっている

樹林帯の際を数回上下しながら、この馬ノ背状の尾根筋の直下を巻いていく。 いつの間にか孔雀岳 1779m というピークを越えて少し下り気味となると、八剣山~釈迦ヶ岳の間では唯一の水場の《鳥ノ水》に出る。 暑くてダレてきたので、秘密兵器の『スティック・カルピス』を飲んだよ。 ちなみに、今は有りふれたカルピスも、この頃はようやく自販機で缶が出始めた高級飲料だったりするのである。

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長い縦走路の道中では余力のある
出だしは写真を多く撮ってるが
終わりの部分は
ダレてほとんど撮ってないね

この水場を過ぎると、一度大きく切れ込んでから釈迦ヶ岳への「最後の踏ん張り所」が待ち受けている。 
キレット状に切れ落ちた《孔雀覗》の悪場を鎖片手に下りていくと、《小尻返し》・《貝ズリ》・《両部分け》などの岩場をトラバース気味に伝っていく。 東側の《前鬼川渓谷》の源流部に向けてそそり立つ『五百羅漢』の巨石群は、真に圧巻の眺めである。

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五百羅漢岩の巨岩群が
そそり立つ釈迦ヶ岳へ

この鎖場のある巨岩の基部下りは、右手前方に《阿吽の狛犬》という岩塊を見ると終わり、これより徐々に高度を上げて《掾ノ鼻》と呼ばれる巨大岩盤の上に出る。 ここから見上げる釈迦ヶ岳は、真に端正な三角錐の“山”の姿を示している。

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なぜか釈迦ヶ岳方向はあまり撮らず
八剣山方向をよく撮ってるよ
大普賢山や行者還の山など
奥駈道北部の山なみが見渡せた

迫力ある威容に生唾を飲み込んだなら、ダケカンバの茂る急傾斜を「釈迦の手のひら」へ向けて一心不乱に登りつめるだけだ。 岩の切れ間から這い出るように登り着いた釈迦ヶ岳 1800m の頂上は、一等三角点が示す通り遮るもののない大パノラマが広がる。

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『奇跡の体力』最盛期は
こんなに太ってますた
コリは我が持論の
「過ぎたる脂肪は力なり」
の証明になりますね

頂上には山名の通り『釈迦如来像』が、「この雄大な眺めは我の手の内だ」と言わんばかりに片手の手のひらを上に開けて立っている。

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釈迦如来像は逆光で判別不能な
黒影の写りとなりますた

弥山・八剣山からの山なみ、高野の山なみ、南奥駈にそびえる緑濃き山々、節々に重量感を感じさせる台高の山なみと、四方山なみの絶景である。 しばし、絶景が広がる山頂でそよ風に当たりながら、山を踏破した充足感に身を委ねよう。

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釈迦ヶ岳に着いたのは午後
を周っていて大峰・八剣山は
逆光でくすんでいた

  ※ 続き(釈迦ヶ岳より先)は、次話の『第194話 その4』にて


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前回の続き
だが日本の企業も厚い雇用者保護と
海外企業発の大不況に備えて
内部留保を重視して物価高に
見合う程に給料を上げる気配がないし

政治屋共も如何にして
税金を取るかにヤッキとなり
働く者から税を搾取して批判をかわす為に
パヨク政党がガナる
『働かない弱者』を支援するのである

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要するに働く者や給料となる企業の儲けに
対しての税率を上げて取り立てて
穀潰しでしかないのに『弱者』を標榜する輩に
手厚い保護や支援をする悪循環なのだな
これじゃぁ給料も上がるまいよ

だからこそこの状況で生きぬく為に
日本式雇用の最大利点である雇用の
安定と保証を目一杯享受しつつ
今の日本式雇用の弱点である給料が安いと
いう事に対処していかねばならないのだ

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そういった状況でワテは上がらない給料に
期待したり能力もないのに
高い給料を求めて転職に打って出て
自滅する愚かな奴は
無能より使えないと思うのである

それは少し仕事ができても生活を維持する
人としての能力が欠如しているからだ
最も生活維持能力さえない奴に
有益な仕事ができるハズがないのである

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経済全体を衰退に陥れる『働かない弱者』
となる恰好の予備軍だからである






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