2022-11-28 (Mon)✎
『日本百景』 秋 第536回 剱沢・秋景 その4 (真砂沢・紅葉) 〔富山県〕
剱沢と真砂沢は
雪渓の下で合流する
真砂岳と真砂沢 まさごたけとまさごさわ (中部山岳国立公園)
飛騨山脈北部の立山連峰の富山県中新川郡立山町にある標高2,861 mの山で、日本で43番目に高い山である。 中部山岳国立公園内にあり、山域はその特別保護地区の指定を受けている。 山頂部の山容は台形に近く、北側の標高2,861 mと南側の2,860 mの小ピークからなる。
真砂岳はワテがワールドカップ級の
オチャメをカマした思い入れの峰だ
黒部川水系剱沢南股の支流の一つである真砂沢の源流となる山であり、真砂沢の上部の真砂沢カールでは夏の終わりにも雪渓が見られる。 山体は花崗岩からなり、東面の内蔵助川源頭部には内蔵助(くらのすけ)カールがある。
右側の崖が氷河の
源頭となる内蔵助カール
:
このカールを尻セードで下りたワテ
↑
だからオチャメるんだよ
周辺は日本海側の豪雪地帯で、山の上部は高山帯に属し下部は亜高山帯に属する。 直近10年に、山頂直下おいて調査した平均気温は年平均で-1.6 °Cを示し、この気温はシベリアなどで永久凍土が不連続に分布している地域の気温に相当するという。
立山連峰と内蔵助カール
雲に隠れた位置くらいに
内蔵助氷河がある
なお左側が御前沢氷河
※ 鹿島槍ヶ岳の頂上より望む
これは氷河が現存する可能性がある気候で、南に隣接する立山東面の御前沢氷河が1.5 kmほど南南東にある。 内蔵助カールには20~30 mほどの積雪があり、これは越年性雪渓(万年雪)であり、この雪渓が氷河であるかの調査が行われ、2018年に氷河と確定している。 この氷河の下となる内蔵助カールの雪渓は、日本で最古(約1700年前)の越年性雪渓(化石氷体)と見られている。
なお、この内蔵助カールの氷河は一般登山者が歩く事のできる唯一の氷河となっているが、かなり厳しいルートで、通る者も少なく道が荒れ始めて難路になりつつある。 また、冬季に雪で完全に閉ざされる事や寒暖差が大きい事で、国内では指折りの紅葉を見る事ができる。
剱沢から黒部ダム縦走路 行程詳細図
※『剱の谷へ紅葉狩り』より転用
行程記録 ※ 今回も『行程』と言うには不様過ぎるな・・
《1日目》 富山地鉄・立山駅よりケーブルカーと高原バス利用(1:10)→室堂(3:40)→剱沢
《2日目》 剱沢より剱沢へ紅葉狩り(1:10)→剱沢〔連泊〕
※ 平蔵谷出合まで空身で片道1時間
《3日目》 剱沢(3:50)→真砂沢小屋前
《4日目》 真砂沢小屋前(0:10)→真砂沢出合(1:40)→ハシゴ谷乗越(1:40)→内蔵助平
(2:20)→内蔵助谷出合(1:40)→黒部第四ダムよりトロリーバス利用
(0:15)→扇沢よりバス(0:35)→JR・信濃大町駅
※ 剱沢で引き返した今回の山行と過去の山行をムリヤリ引っ付けた為、日程が1日増えてマス
※ 前回『第535回 その3』の続き
ハシゴ谷乗越に登る最中で
魅た剱沢雪渓
通常なら《4日目》として、剱沢を渡って黒部ダムへと抜けていく行程を記述するべきであろうが、この真砂沢で一泊しての紅葉の鮮やかさを是非とも記事として語りたく、真砂沢小屋に着いた《3日目》の午前中(朝早くに剱沢のテント場を出たので、午前中には真砂沢に着く設定である)から、翌朝の出発までを1つの記事にしてみた。
真砂沢出合で望む
別山を彩る紅葉
けれど、行程的には全く前に進んでいないので、ただ単に写真を貼り付けまくる記事となるだろうね。
でも、剱の紅葉は、『写真床』であるワテの撮影技量をあざ笑うかのような素晴らしいもので、何が言いたいかといえば「ワテの『写真床』のウデでも剱の紅葉があれば、写真玄人のウデと誤魔化す事ができる」という事ですね。
真砂沢出合に着く直前に
滝の左岸(右側)の崖を
懸垂気味(ロープ付)に下降すると
岩コロが転がる
河原そのものの真砂沢出合に着く
:
綺麗に整地されて石畳の
通路となってる涸沢に比べて何もないし
小屋も閉鎖されている
周囲は燃えるような紅葉が広がるのに
小屋は全て閉まり人っ子一人いない
ワテの見立てでは、登山者やそのテントで混みあい、小屋などの人工物が建つ涸沢よりも剱沢の紅葉の方が魅せる力があると思うよ。 だが、こんな素晴らしい紅葉であるにも拘らず、冬季に完全に雪に埋もれるなどの豪雪地帯(一説によると、剱沢の谷は室堂の『雪の大谷』の5mを遥かに凌ぐ10m以上との事)で、その雪に備えてこの山域の山小屋は紅葉の最盛期を前にして、全て小屋が閉じて荷下ろしをするのである。
谷を埋め尽くす豪雪を想定して
堅牢な石垣に囲まれた真砂沢ロッジは
この燃える紅葉を前にして
早くも『冬眠中』を宣言した
『close札』が掛かっていた
そして、真砂沢にある小屋は、冬季にその10mを超えるという豪雪に埋もれながらも耐えるべく堅牢な石垣に囲まれていて、冬は窓という窓を鉄板で塞いで守るのだという。 だから、この山域は自然の育みを守るべく、清く深い雪に閉ざされて長い眠りに着く。 それまでのいっときの間、名残りを惜しませるべくの情景が、この燃える紅葉なのだろう。 それでは、その素晴らしい紅葉をひとつまみ。
昼と夜の激しい
寒暖差の為だろうか
岩間の草地には夏の残り香の
高山植物が咲いていた
咲いていた花は
ミヤマキンバイだった
上部は紅葉の十二単を纏い
裾野には夏の残り香の高山植物の花々
:
夏と秋
錦のような秋絵巻に
可憐な夏の息吹が同居していた
小屋には『只今冬眠中』の札が打ちつけられ、その通りもはや登山シーズン外となって誰も・・人っ子一人おらず、紅葉の独り占め。 紅葉の名所では有り得ない光景が広がっているのだ。 そのプレミアム感は、恐らくこの剱沢でしか味わえないだろう。 そして、ワテはこの剱沢の虜となった。
剱の山肌が
紅葉の十二単を纏い
剱沢で鋭い刃先を魅せた
源次郎尾根の岩塔が
鮮やかな紅葉で美しく彩られ
この年の紅葉は
真に当たり年だった
山々が紅葉で染まる
絶景を独り占めにできる
我一人だけのパラダイス
角度を変えると違った
絵柄の紅葉十二単となる
なぜこんなに見事な
色合いを魅せるのだろう
この情景から10日も経つと
ヤマは雪化粧を纏って
冬眠の支度を始める
色着く岩塔の間に
八ッ峰の岩塔が
ちょこんと覗かせる
やがて斜陽の時を迎え
紅葉が影と光の妙を魅せ始める
真砂沢の秋の温度差は強烈だ。 日のある午前中から正午のテント内は30℃を超える真夏となる。
もう暑くて、沢のそばで水遊びしながら過ごした位だ。 前日に泊まった剱沢のテント場はヘタしたら氷点下にも落ちるので、温度差は35度以上になる事もある。 まぁ、今日泊まるテント場は、標高が1900mまで下がった真砂沢なので、下がっても氷点下までは行かないだろうけど。
月がくっきり魅せる
夜明け空で翌朝が始まる
剱の岩塔が夜明け前の光で
ほのかに染まる
しばし夜明けの芸術に酔う
鹿島槍の当たりから日が昇るが
鹿島槍が高すぎて
出発まで陽は姿を現さず
なので日ノ出は
剱の岩塔の染まり方で
判断するしかないだろう
ここまで岩塔が光ると
恐らく日の出後だろう
鹿島槍の当たりから昇る朝日は、鹿島槍のその高さから7時の出発時まで姿を魅せないでいた。
なので、朝日を浴びて輝く剱の岩塔を見て出発の頃合いを計る事にしようか。
陽が完全に空に上がるまでは
紅葉もまた
違った色合いを魅せていた
なお、出発してすぐに、真砂沢と合流して幅・水流とも多くなった剱沢を渡る。 それらについては、たぶんこの山行シーズ最終回の次回『第537 内蔵助沢・大タテガビンの紅葉』にて、乞う御期待・・してもらえるよね。 これまで結構力作だしィ。←少し弱気
前回の続き
:
それを考えると東京五輪は
100万を超える感染爆発を引き起こし
万を超える日本人を殺害し
また日本の経済をメチャクチャに潰して
日本人の多くを不幸たらしめた
最大最悪の疫病神災禍となったのだ
それもこれもチョンや
その宗主国シナの工作員となって
日本を棄損し日本をシナやチョンの
隷属化せしめる工作を続けるパヨクや
日本人に成りすまして愛国を装いながら
日本人を騙して乗っ取り
チョンの背乗り天皇を傀儡に立てて
天皇を操り人形としての
日本の隷属支配を企む天皇信奉右翼
その右翼の日本の破壊乗っ取り工作が
東京五輪の開催だったのだ
そしてその破壊工作が実行されて
何百万の感染者と何万の死者を出し
経済を停滞させる災禍を引き起こしたのだ
パヨク・天皇信奉右翼のどちらもチョンで
今の日本の政治屋はこのどちらかなので
誰がトップになっても
全く信用も期待もできない
今の岸田はパヨク思考だし
野党は全てチョン・シナの息がかかって
日本の国の為でなく
チョン・シナの為に行動している
また右翼の推す高市も
大将である安倍氏を地元で殺られる
ようなのに統治能力はないだろう
小野寺や岸も日本会議
即ち在日右翼の手先で
チョン背乗り天皇の傀儡での
支配を是としている奴らだ
だからこの状況を日本人の為の
政治に改める方法は
チョンの背乗り天皇をチョンと看破して
皇族を一網打尽に下チョンに追放する事だ
要するに日本の象徴を乗っ取った
憎き日本の仇敵として
マスニダなどに入り込んだ
チョンを含めて皆追放とするのだ
またチョンの背乗り天皇ヒロヒトが厳守を命じた
国防を否定する現憲法を速やかに破棄して
国防の権利と国に害をなす
外国人の即追放を定めた
当たり前の新憲法を樹立する事である
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