風来梨のブログ

このブログは、筆者であるワテの『オチャメ』な日本全国各地への探勝・訪問・体験記です。

TOP >  私の訪ねた路線 >  私の訪ねた路線  第61回  神岡線(神岡鉄道)

私の訪ねた路線  第61回  神岡線(神岡鉄道)

『私の訪ねた路線』  第61回  神岡線(神岡鉄道)  〔富山県・岐阜県〕
 

秋色満開の山峡をゆく
神岡鉄道線
西漆山(漆山)~神岡口(神岡鉱山前)
 
《神岡線・路線データ》
       営業区間と営業キロ        輸送密度 / 営業係数(’83)    
       猪谷~神岡 20.3km          256  /  522
           移管年月日                転換処置 
              ’84/10/ 1                神岡鉄道
移管時運行本数
猪谷~神岡 6往復〔土曜 7往復〕
 
《神岡鉄道・路線データ》
    営業区間と営業キロ       廃止年月日        廃止転換処置   
猪谷~奥飛騨温泉口 19.9km.    ’06・12・1      濃飛乗合自動車バス
                               富山地方鉄道バス  
移管先廃止時運行本数
             猪谷~神岡(奥飛騨温泉口)6往復
             神岡(奥飛騨温泉口~神岡口(神岡鉱山前)3往復
 

れを撮ったのは中学の頃
流れているボツなデキだけど
貴重な宝物
西漆山付近にて
 
   《路線史》
神岡鉱山から搬出される亜鉛の輸送を目的として建設された路線。 我が国の三大公害病の一つであるイタイイタイ病は神岡鉱山から流出したカドミウムが原因である事が知られ、沿線を流れる神通川支流の高原川は“鉱毒を運んだ川”という負の歴史を持つ。

沿線は急峻な山岳に囲まれた人口稀薄地帯で、鉱山の衰退により更に人口が減少し続けているとの事。
これらの事を受けて特定地方交通線の廃止候補にも挙げられたが、鉱石輸送とそれに伴い生産される硫酸の輸送に供する為に、鉱山主である三井金属鉱業も出資した第三セクターという形で経営移管した。 

だが、2001年の鉱石採掘中止(以後、同鉱山は濃硫酸の精製だけとなる)に加えて、2004年には濃硫酸さえも輸送コストの低いトラック輸送への切換が行なわれた為、収入の7割以上を占めた貨物輸送を失って経営が行き詰まり、また廃止時に積み立てた旧国鉄からの転換交付金も底を着く事もあって2006年11月末をもって廃止の決定がなされた。
 

目の前のセイタカアワダチソウ!?
入れてみましたが
割石トンネル付近
 
しかし、神岡町と周辺の町が合併してできた飛騨市の定例議会で同線の廃止問題が取り上げられ、新市長が神岡鉄道廃止後の同路線を不定期の観光鉄道として存続させる意向を表明し、先行きが不透明となりつつあるのが現状である。 

廃止路線を再生させるのは鉄道好きとしては喜ばしい事であるが、放置していた鉄道施設を再利用するのは安全上問題であるし、また三井鉱山からの寄付と路線の無償譲渡があるにせよ『2008年度の再開と5年後の黒字』はあまりにも楽観的過ぎて、現実では想定通り事が運ぶとは到底思えないのであるが。
 

カーブを伝う列車を狙う
西漆山(漆山)~神岡口(神岡鉱山前)
 
路線環境としては全路線の2/3がトンネル又は橋梁という山岳路線で、夏でもクーラーが要らない位、むしろ肌寒い位の気候である。 また、夏のシーズン中は、北アルプスの登山口である新穂高温泉より下山客輸送のバスも運行され、これらを上手く取り込めたなら少しでも運営が好転されたものを・・とも思えるのである。
 

 

トンネルからライトを照らして
出てくるシーンを狙ったのだが
割石トンネルにて
 
  《乗車記》
神岡線は、神岡鉱山という資源輸送の為だけに存在した鉄道であった。 それは、始発駅の猪谷の状況を見れば理解できるだろう。 人口二千人弱の閑村(現在は富山市に編入されている)の中にある、一日の利用客は100人以下の駅ある。 駅務関係も1990年に入ると運転要員を除いて無人化されている。
 

奥飛騨の秋模様
 
そんな県境の閑散駅から出る路線に、乗客など期待はできないだろう。 当然、第3セクター廃止直前の利用状況は、北海道の特定地方交通線の一次廃止対象路線と同等な程にジリ貧だったとの事である。
ワテが乗った時も、乗客の全てが鉄道ファンであった記憶がある。 他は学生、しかも小・中学生だったみたいである。 地元で耳にした話だが、高校生は町に出て下宿をする者がほとんど・・との事だそうである。
 

鉱毒災禍をもたらした
川とは思えぬ清流を渡る
神岡鉄道線
 
そんな、神岡鉱山の鉱毒災禍の影を引きずる暗い雰囲気が漂う始発駅から、1日6本列車が行き交う。
猪谷を出るとトンネルに入り、トンネルの出口付近で高山本線と分かれる。 高山本線が更に過疎地域の岐阜県・宮川村方向へ向かうのに対し、神岡線はこの辺りの主幹国道の国道41号線に沿って進む。
 
高山本線と分かれるともう一度トンネルに入り、富山と岐阜の県境を越える。 この辺りは、神通川から名前を変えた高原川が函状の渓谷を形成する風光明媚な所だ。 その景観は、トンネル間の一瞬だけではあるが眺める事ができた。
 

水面に映る岩を撮ってみた
 
県境のトンネルを越えると、最初の駅・飛騨中山だ。 国道から少し坂を上がった高台に駅が設けられていた。 また、トンネルの出口に駅がある為に中山の集落は駅からは全く見えず、秘境駅然としていた様である。 駅はバラックの待合所があるだけの棒線駅であった。
 
飛騨中山を出ると、再びトンネルに入る。 このトンネルは《第四中山トンネル》と呼ばれ、延長は2km以上あり、次の茂住との間のほぼ全てがトンネルとなっていた。
 

ローカル線の
寂しい雰囲気が出て良し
西漆山にて
 
茂住駅は創世記は有人駅だったらしく、駅務室の跡がある立派な駅舎があった。 そして、交換設備もあったらしく、駅舎へは撤去された線路跡を跨ぐ構内踏切の形となっていた。 それは、この駅の対岸に神岡鉱山の茂住坑があって、鉱石輸送を荷っていた為である。 今の鉱山坑跡は《スーパーカミオカンデ》(東京大学宇宙研究所設立のニュートリノ検出装置)の施設に供じられ、鉱山の里から宇宙天文学の里となっている。
 
だが、肝心の利用客の元となる集落は川を挟んだ対岸にあり、主幹国道の国道41号も対岸を走り、川を渡す橋があるとはいえ神岡線だけが対岸に取り残された構図で、利用客はジリ貧であった。
茂住駅を出るとまたもや延長3km以上ある《茂住トンネル》に入り、駅間の大半がトンネル内となる。
 
次の西漆山は山間の小駅で、自然の中に囲まれた秘境駅然とした駅であった。 この駅も対岸に国道が走る“取り残された”構図であるが、集落はこの西漆山側に段々畑状に形成されていて、集落の小・中学生等の利用客が多少あったみたいだ。 駅には地元寄贈の文庫コーナーが設けられていた。
 

アンダーにして山峡の
暗い雰囲気が出せたかな
 
西漆山を出ると、暫く清流の高原川を見ながらゆく。 大きな橋梁でカーブしながら高原川を跨ぐ所が、有名撮影地の一つとなっていたようである。 川を渡ると、路線3大トンネルの最後である延長3km余りの《割石トンネル》に入り、これを越えると神岡鉱山の鉱石の搬出駅であった神岡口に着く。
 

撮影名所となった
高原川を跨ぐ大カーブの鉄橋
 
駅は国道に沿った築堤の上にあり、国道から通路トンネルを渡ってホームに上がる構造の駅形態であった。 そして、鉱山稼動時は鉱石の搬出駅として、亜鉛鉱山の閉山後は生成される濃硫酸輸送にと貨物輸送で賑わったのだが、コストダウンと貨車などの輸送設備の老朽化から2004年10月で貨物輸送が廃止となり、それが鉄道収入の8割を占める同鉄道の終焉へとつながっていったのである。
 
次の飛騨船津は神岡町(現 飛騨市)の中心駅だが、線路は山沿いの高台に押し込められたような所に位置し、町集落をトンネルと鉄橋で潜り抜けていた。 そのトンネル間を渡す町集落上に架けられた橋上に駅が設けられ、巨大な高架階段を有する無人駅となっていた。 そして、駅舎には町の美容室がテナントとして入り、皮肉にもこの高架階段の利用者のほとんどが美容室の顧客だったようである。
 

景観は第一級であった神岡線
 
そして、次は終点の神岡である。 駅舎は平屋建ての長い駅舎で、転換後は駅舎が建て直されるまでは喫茶店がテナントとして入っていた。 また、すぐ隣の村が北アルプスの登山基地である新穂高温泉を擁する上宝村(現 高山市)で、夏シーズンはこの神岡まで登山バスの運行設定がなされていた。
 
だが、いつしか鉄道は不便との烙印が押され、駅を経由せずに直接富山へ抜けてしまうようになっていたのである。 こういう顧客をきっちりつかんでいれば、それなりに収益改善につながっていたものを・・と思うと残念でならない。
 

澱みがなくなると
幾何学的な水鏡となる
鉄道以外にも撮影を楽しもう
 
   ※ 詳しくは、メインサイトより『魅惑の鉄道写真集』の『神岡線』と
     『撮影旅行記』より『滝と鉄道の旅』と『紅葉と鉄道の滝』を御覧下さい。
           
 
 
 
関連記事
スポンサーサイト



No title * by オータ
ここは行けれなかったです。高山本線も高校の研修旅行で一度乗ったきりです。キハ20がイイですね。傑作!

No title * by 風来梨
神岡線も、北アルプスの下山口(不思議に、いつも下山口になっていた)の新穂高温泉からのバス便が神岡(奥飛騨温泉口)を通るので、山から下りたらよく乗りにいっていました。

全線が高原川に沿う人口希薄地帯で、輸送実績は北海道二次廃止線以下だったとか・・。 車窓から眺めていたら、これが妙に納得出来るほどに集落がなかったです。

コメント






管理者にだけ表示を許可

No title

ここは行けれなかったです。高山本線も高校の研修旅行で一度乗ったきりです。キハ20がイイですね。傑作!
2011-10-31 * オータ [ 編集 ]

No title

神岡線も、北アルプスの下山口(不思議に、いつも下山口になっていた)の新穂高温泉からのバス便が神岡(奥飛騨温泉口)を通るので、山から下りたらよく乗りにいっていました。

全線が高原川に沿う人口希薄地帯で、輸送実績は北海道二次廃止線以下だったとか・・。 車窓から眺めていたら、これが妙に納得出来るほどに集落がなかったです。
2011-11-01 * 風来梨 [ 編集 ]