風来梨のブログ

このブログは、筆者であるワテの『オチャメ』な日本全国各地への探勝・訪問・体験記です。

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『路線の思い出』   第486回  信越本線、越後ときめき鉄道・直江津駅

『路線の思い出』  第486回  信越本線、越後ときめき鉄道・直江津駅 〔新潟県〕

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直江津駅の新駅舎は
数年前に初めて見たよ
※ ウィキペディア画像を拝借

《路線データ》
信越本線
       営業区間と営業キロ           輸送密度 / 営業係数(’15)    
       高崎~横川   29.7km          7895 /  161      
       篠ノ井~長野   9.3km   
       直江津~新潟  136.3km      
         計     175.3 km

運行本数(直江津駅発着列車)
直江津~長岡・新潟  快速 下り3本・上り2本
              (うち上り1本は妙高高原始発で上下各1本が新潟始発着)
直江津~長岡     普通 上下とも12本(普通列車は全て長岡始発着)
              (他にも柏崎・柿崎より越後ときめき鉄道が仕立てる
              妙高高原への直通列車が上りに各1本づつあり)
新井・上越妙高~新潟 特急【しらゆき】5往復(うち2往復が新井始発着)
直江津~新潟     快速〔信越〕1往復(全席指定席)
 ※ 信越本線の犀潟より分岐する北越急行線の列車は大部分が直江津に乗り入れる
   概ね上下とも毎時1本(ラッシュ時2本)で越後湯沢直通の快速列車もある

えちごトキめき鉄道
営業区間と営業キロ
妙高高原~直江津 37.7km(妙高はねうまライン)   
        ※ 経営区間は新潟・長野県境からの0.3kmを含む38.0km      
          妙高高原より先はしなの鉄道・北しなの線に接続している   
          元はJR東日本の信越本線の直江津からの新潟県管内     
          
はねうまライン運行本数(直江津駅発着列車)
           直江津発着列車は上下とも毎時1~2本(ラッシュ時3本)
           特急【しらゆき】は上越本線の項目参照
           他にも北越急行線゜への直通運行アリ
                                     
直江津~市振 59.3km(日本海ひすいライン)     
        ※ 経営区間は新潟・富山県境からの1.0kmを含む60.3km   
          市振の2つ先のあいの風とやま鉄道の駅・泊までの運行    
          元はJR西日本の北陸本線で直江津からの新潟県管内       
          全線電化されているが、輸送量が小さい上に交直流の      
          デットセクションがある事から自社所有の気動車を
          単行で運行している

日本海ひすいライン運行本数(直江津駅発着列車)
         泊・糸魚川~直江津 普通 上下とも毎時1本(ラッシュ時2本)

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駅がえちごトキめき鉄道の
管理下に入ってからの
頚城三山(火打・妙高・焼山)の
イラストが入った駅名版
でも汚らしいチョン語の表記ヤメてよね
※ ウィキペディア画像を拝借

直江津駅(なおえつえき)は、新潟県上越市東町にあるえちごトキめき鉄道とJR東日本・信越本線の駅である。 当駅は上越市北部の海岸線に程近い直江津の市街地(旧直江津市)に位置している。
えちごトキめき鉄道の妙高はねうまラインと日本海ひすいラインの2路線が乗り入れる拠点駅で、北口側には同社の本社が所在する。 JR東日本の信越本線が乗り入れているが、駅舎や車両基地など構内施設の大部分は、えちごトキめき鉄道が管理を行っている。

JR東日本とえちごトキめき鉄道の共同使用駅であるが、経営分離後の施設管理を始めとした駅業務は、えちごトキめき鉄道が直営駅として行っている。 この為、JR信越本線の直江津駅としての運営も、えちごトキめき鉄道がJR側より委託されている。 2020年度の1日平均の乗車人員はJR東日本が1,559人で、えちごトキめき鉄道1,128人との事である。

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関西在住の者にとっては富山直通時より
乗り換えの手間が増えたのに値段が上がって
7分遅くなるなど究極の「役立たず」な
北陸シンカンセンが開業するまでの駅名版
※ ウィキペディア画像を拝借

国鉄時代から在来線の拠点駅として機能しており、1987年のJRグループ発足後も信越本線を管理するJR東日本と、北陸本線を管理するJR西日本との境界駅であった。 全ての特急列車が停車し、【はくたか】・【北越】・【トワイライトエクスプレス】などの特急列車は、当駅で乗務員の交代を行っていた。

2015年3月14日に北陸新幹線の長野~金沢が延伸開業した際に、JR東日本が管理していた信越本線の妙高高原~当駅と、JR西日本が管理していた北陸本線の市振~当駅は並行在来線としてえちごトキめき鉄道へ移管され、路線名を『妙高はねうまライン』(直江津~妙高高原)と『日本海ひすいライン』(直江津~市振)へと改称されている。

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かつては運輸区を備える
多くの側線を持つ駅であるが
JR東日本の駅務からの撤退で
その側線の存続も危ぶまれている
※ ウィキペディア画像を拝借

島式ホームに3面6線を持つ駅で橋上駅舎を有し、駅構内には上越市が管理する南北自由通路が設置されている。 構内には多くの側線が広がり、列車が留置されている光景を見る事ができるが、えちごときめき鉄道への移管に伴って、構内東側の直江津運輸区は長岡運輸区へ統合される形で廃止となり、駅舎および構内の施設と設備はえちごトキめき鉄道へ譲渡されている。 現在の所は側線撤去の予定はないが、駅周囲の開発計画が上がれば途端に撤去となる可能性もある。

改札口には経営分離前から自動改札機が設置されており、JR側の信越本線エリア内においてSuica等の交通系ICカードが利用可能となっている。 自由通路に面したコンコースにはみどりの窓口・自動券売機・JRの指定席券売機・屋内待合室・売店・コインロッカー・化粧室が置かれている。 なお、経営分離後のみどりの窓口は両社で分離されて個々にあったが、現在は1つの窓口で両社のきっぷを発売している。

駅構内図によると、バリアフリー対策として連絡通路と各ホームを連絡するエレベーター、改札外の自由通路と地上階の連絡用にエスカレーター・エレベーターがそれぞれ設置されている。 また、男女トイレのほかに多機能トイレが併設されている。 また、ホーム上には、学生向けの自習室が設置されているとの事。

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特急【はくたか】の頃の方が
今のシンカンセンより
何百倍も使い手が良かったよ
※ ウィキペディア画像を拝借

えちごトキめき鉄道への経営分離前はJR東日本の新潟支社が管理する直営駅で、周辺駅の管理駅として信越本線の関山~柿崎の直営駅を除く全駅を管理していた。 自由通路に面した『みどりの窓口』は窓口が2つ設けられていて、これが経営分離後も両社個別で『みどりの窓口』が存在した理由であろう。
また、北口にはJR東日本の旅行センター『びゅうプラザ』や『駅レンタカー直江津営業所』が置かれていたが、経営分離に伴って新設された上越妙高駅へと両営業所共に移転している。

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再訪した数年前まで
直江津駅舎はこの駅舎と思っていたよ
※『直江津駅・懐かしの旧駅舎』より

先代の駅舎は1940年竣工の3代目で、木骨真壁造(ハーフティンバー様式)が用いられた三角屋根のファサードが特徴的なデザインで、利用者や地域からは『三角屋根の駅』・『山小屋風の駅』として親しまれていた。

列車運行に関しては、信越本線の新潟・長岡方面から北陸新幹線の上越妙高への接続列車として運転されている特急列車【しらゆき】5往復の他、快速列車の一部と普通列車(上り2本)が、えちごトキめき鉄道への直通運転を行っている。

また上越線の越後湯沢・六日町方面からは、北越急行線全線を走行する快速列車と普通列車(平日18往復、土曜・休日19往復)のうち平日15往復、土曜・休日16往復が、同線終点の犀潟駅から当駅まで直通運転を行っている。 このうち1.5往復は超快速〔スノーラビット〕として運行され、妙高はねうまライン内へは同列車の越後湯沢駅発1本が、当駅から新井駅まで直通運転を行っている。

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朝の誰もいない自由通路は
寒い(真冬だった)し侘しいよ
※ ウィキペディア画像を拝借

自由通路(直江津駅自由通路)は上越市が管理しており、通路は《市道直江津駅線》に指定されている。 駅舎および自由通路は客船『飛鳥』をモデルとしてデザインされたもので、『あすか通り』という愛称が付けられていて、通路内には駅舎・通路と客船『飛鳥』のデザインを対比できるパネルが設置されている。 終日通行可能で、歩行者の他に自転車も通行できるが、自転車は安全の為に押して通行する必要がある。 また、南北の自由通路出入口には、エレベーターとエスカレーターが設置されている。



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やっぱり駅舎は故郷を
感じさせるこんな駅舎がいいなぁ
※ ウィキペディア画像を拝借

国鉄時代からこの直江津駅とは関わりがあったが、それは鉄道駅としての利用ではなく、直江津港から出港する北海道行のフェリーへの乗船準備の買い出しやら駅前商店街での食事など、『アサッテ』の方向な理由での駅利用であった。

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ビルの上から見下ろした直江津駅
駅前には放浪旅に
必要な店屋が揃っていた
※『鉄道ジ□ーナル』(一部伏せ字)より

それは、駅前に牛丼屋やらコンビニ・『8番ラーメン』などの大衆食堂が入っていて、商店街に向かって少し歩いていくと、ほか弁屋とコインランドリーがあったのだ。 そして、この商店街を抜ける判りやすい位置に銭湯もあったのである。 即ち、放浪旅の『三種の神器』である『ほか弁屋』・『コインランドリー』・『銭湯』の3つが備わっていて、なおかつフェリーで北海道に渡る拠点でもあったからである。

だが、鉄道駅としては最後に語るネタの時まで、この駅の改札口を出入りした事は無かったんだよね。
だから、記事の最後に語る数年前のネタの時まで、この駅は三角屋根の駅舎しか目にした事なかったんだよね。

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廃止ローカル線を追っかけてた時の
北海道へ渡る唯一無二の手段であった
大阪~青森の特急【白鳥】

なぜなら、国鉄時代は国が運営する『国鉄』という一つの経営母体で、青森へは特急【白鳥】・新潟へは急行【きたぐに】と、この駅を跨ぐ数多くの優等列車が運行されていて、北海道へ渡るのにこの駅で降りる必要など全く無かったのである。 要するに、乗り継ぎしなくても新潟や青森まで行く事ができたのである。

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『山旅放浪』から社会人に復帰した時も
週末の越後や東北の山への御用達列車は
大阪~新潟の夜行急行【きたぐに】だった
※ ウィキペディア画像を拝借

この頃はガキの歳で、車はおろか免許すら持ってなかったし、鉄道が陸路交通の雄であった時代で長距離夜行バスなどもなく、もちろん飛行機なんかに乗る金も持ってなかったので、周遊券による鉄道旅が唯一の選択肢だったのである。 ちなみに東北シンカンセンの青森延伸は、ワテが鉄道から山へ移行して久しく経った2002年12月で、関西から北海道へ渡るルートとしては対象外だったし、今も「飛行機の早割より倍近く高くて3倍遅い」と全く持って使えないけど。

そして、分割民営化でJRになってからも、会社の境界駅として路線を乗り継ぐ事が必要となったものの、同じJRグループ内でしかも信越本線と北陸本線という主要幹線という事で、乗り継ぎ列車同士の接続は概ね良好で、接続の列車待ちで駅舎の外に出る必要などなかったのである。

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東日本フェリーのファンネルマーク
廃止ローカル線の追っかけから
『ヤマ』にターゲットが変わって
渡道手段も鉄道からフェリーに変わり
直江津港が渡道における起点となったよ
※ ウィキペディア画像を拝借

そのうちに、追っかけていた廃止ローカル線がほぼ全て廃止・淘汰という帰結になって鉄道より心が離れはしたが、ターゲットが『廃止ローカル線』から大雪・日高・暑寒別などのヤマに代わっただけで、北海道へはより足が向くようになったのである。 そして、この頃から「10ヶ月フリーターとして働いて2ヶ月放浪する」という『山旅放浪』期に突入したのである。

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毎年のように『山旅放浪』に
出てはフェリーに乗って
北海道のヤマに行ったなぁ
※ 東日本フェリーのパンフレットより

そこで上に記したが如く、北海道での下界の宿と足代わりとなるマイカーを渡すべく、フェリー発着港のある直江津が北海道の拠点となったのである。 そして、この頃(1990年台)になると鉄道は陸運交通の雄から外されてジリ貧となっていく。 それは、高速道路網の整備により、より安い運賃の夜行高速バスが各地で運行を開始したからだろう。

鉄道は夜行列車の淘汰を皮切りに直通の優等列車を次々に廃止し、もはや飛行機には到底敵わずに料金も高速バスの倍以上で、旅の若者が見向きもしないムダの権化であるシンカンセンの延伸を進めて更に赤字を増大させて、その責を在来線に押し付けて減便を繰り返し、最悪は幹線を名乗る路線ですら廃止や経営放棄(第三セクター化)に至るという、絵に描いたような『自滅』の道を辿ったのである。

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だがこの船会社も鉄道と同じく
滅びの道へ進みだしたのである
船会社と同様に鉄道が
落ちていったその理由とは・・

もう、鉄道は旅の手段としては、「全く使えない」という現実が見えだしたのである。
この「使えない」という現実は、平日利用のビジネスマンにも認識されて更に利用客が減って赤字が増えていく。 この対処法は、悪化する一方の『整備シンカンセン計画』を凍結して、不採算シンカンセン路線を早急に廃止する事なのだが、「『整備シンカンセン計画』は国の進める事業である」という錦の御旗の下で鉄道を根幹から滅ぼす事が推し進められている。

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鉄道を赤字沼に引きずり込んだ主原因は
高速道路網整備など交通事情の変化であるが
その次の理由は在来線ではなく
利用が見込めないのに利権にトチ狂った政治屋共が
強制的に推し進める『整備新幹線』だったのだ
※『レスホンス』より

そして、その格好の責任の転嫁先が在来線となったのである。 でも、支線という『枝』はおろか、幹線という『幹』さえ切り捨てた本体は、『枯れて倒れる』という末路が待ち受けているのだ。
事実上、シンカンセンは東海道・山陽の東京~博多と、東北の盛岡までと上越の東京~新潟以外は必要ないのだ。 まぁ、辛うじて黒字となった九州シンカンセンの博多~西鹿児島も含めるとしようか。

話は反れてしまったが、ワテが『山旅放浪』期に突入してからは、このように鉄道が自滅していく真っ只中にあったのである。 だが、鉄道から心が離れて注視しなくなった20年で、鉄道は再起不能に近い筋で自滅していたのである。

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急行【きたぐに】も廃止となり
今や剱・立山に行くのも大いに苦労するよ

そして、その鉄道が『自滅』した影響は、『山旅放浪』から足を洗って会社勤めとなり、週末の休日を利用した山行など、再び鉄道を使うようになったワテ自身に直撃で帰ってきたのである。 それは、「夜行列車がない!」、「列車本数が少なすぎて使えたモノではない!」、「周遊券などの旅人御用達のキップが全部打ち切られた!」、「接続が悪すぎて鉄道で目的地にはたどり着けそうにない!」、「列車待ちで数時間は週末旅行には致命的!」etc・・である。

となると、鉄道に変わる代行手段を考えなきゃならなくなるが、それが鉄道を窮地に追いやった夜行の高速バスであったのだ。 だが、夜行バスは座席が狭くて寝辛く、それに座席定員も50名位だから、計画の1か月前に予約せねばならないのだ。 ヤマに行くのに予約は相反するのだ。 なぜなら、予約した日が悪天だったら諦めるか、悪天を突いてムリヤリ登る(もちろん遭難フラグが立つ事もある)しかない訳で・・。 だから、雨にたたられる事が多くなったんだと思うよ。

あらら・・、直江津駅の話題から大いに反れてしまったな・・。 でも、この駅に明確な思い出がないしィ。 だが、再び鉄道に戻ってきた数年前に、遂にこの直江津駅の『無人改札』をくぐる時がやってきたのだ。 なぜ『無人改札』かというと、駅に着いたのが夜行バスを降りた午前5時過ぎで、直江津駅は早朝の営業時間外の無人駅扱いだったからである。

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大阪を前夜に出て
新潟県中南部にある
小出駅始発の只見線列車に
乗れる事自体が奇跡だと思う

それは、1日の運行が僅か3便しかなくて、関西に住む者なら到底乗る事が叶わぬ只見線の小出発の始発列車乗れる『奇跡』の手法が、直江津に朝5時に着く『ウィラー・エクスプレス』の夜行バスの大阪~直江津経由の長岡行であったのだ。 この夜行バスを直江津で降りて、北越急行で六日町に向かって上越線に乗り継げば、40分待ちと余裕で只見線の小出始発に乗り継げたのである。

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関西在住で前夜発で只見線の
始発に乗れる奇跡の夜行バス
『ウィラー・エクスプレス』だが
その7時間半はもの凄く身体にコタえるよ
※ ウィキペディア画像を拝借

でも、コレ身体にかなりコタえるよ。 『ウィラー・エクスプレス』の夜行バスは安いけど4列シートで車内トイレナシ(途中の車内で水は飲み辛い)だし、2時間毎にトイレ休憩があるので、休憩ごとにドヤドヤしてオチオチ寝てられないしィ。 ホント寝る事自体が『行』みたいなバス車中だったよ。

このバスに乗ると、只見線の只見までの車中は貪るような爆睡となるね・・、たぶん。 だから、只見線に初めて乗る方にはお勧めしませんよ。 その時に見たのが、やたらエスカレーターに段がある橋上駅舎の新『直江津駅』だったのですね。

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新駅舎全体を始めて見たのは
この記事を書いている最中に目にした
ウィキペディアのこの画像なのですね
※ ウィキペディア画像を拝借

この時は確か冬だったからしんしんと雪が降る夜明け前の真っ暗闇で、新築された駅全体の姿を見たのは、今回の記事に書く時に参照した直江津駅のウィキペディア画像なのですね。 この画像から察するに、クルーズ船の多層デッキを模したのが、あのエスカレーターの段差な訳ですね。

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・・って事はコリは
車両搬入口を模したモノですかね
※ ウィキペディア画像を拝借

その船は、今は売却されてパナマ船籍に変わってるんだって。 どうせ模写するなら、直江津港を母校とした東日本フェリーの『へすていあ』とかにしたらいいのにね。 ちなみに、我が『山旅放浪』を支えてくれた東日本フェリーは、2003年に会社更生法を申請して倒産し、2006年12月に日本海航路が休航となり、翌2007年1月25日に航路廃止となっちまったよ。

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直江津~岩内・室蘭の航路に
就航していた『へすていあ』
今唯一の日本海航路である
新日本海フェリーより便利だったよなぁ
船内の食堂も安かったしィ
※ ウィキペディア画像を拝借

あの廃止ローカル線・岩内線が通っていた岩内港行きなど、暑寒別など日本海側のヤマに行く時に重宝したのに・・ね。 そして、所有の全ての船を負債相殺の為に売っ払って、2009年11月に会社解散・消滅と相成りますた。 今は大間~函館の航路のみ、合併吸収先の『津軽海峡フェリー』(合併吸収時は『道南自動車フェリー』)が細々と引き継いでいるよ。 要するに、今の鉄道の現状を模した『船会社版』が、この東日本フェリーなのですね。


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副業やセミリタイヤに向いて
いないっていうか不可能で
「諦めましょう」と言えるのは
ワテの見立てでは以下の通りである

まずは自宅を持たない又は
住宅ローンを抱えている奴である
理由は言わなくても解りますね

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次に定年の5年前までに子供が独立
しないでいる扶養義務のある奴である
50を過ぎた定年前に子供の進学で
何千万といる奴に金など
貯めれるハズがないのである

勤務先への通勤時間に
1時間以上かけてる奴も当てはまる
コレは副業に充てる時間がなく
物理的に不可能で「休日だけ副業」なんて
甘い考えでいると過労でプッ倒れるよ

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首都圏の会社に勤めてる奴も当てはまる
東京は何かにつけて物価が高過ぎて
個人による低資金での
起業や副業の展開はムリである

高学歴な奴で企業勤めのホワイトカラーで
会社の中枢部に入れなかった奴や
会社の組織から干されている奴
会社中枢部に入る出世マンは
セミリタイヤや副業の必要はないしィ

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限りなく厳しいかというと
ブライドだけが高く頭を下げる
商売には向かないし貧乏の経験が
ないので貧乏生活に耐えれない

それに大学では生きる術は
教えてくれないので困難に遭遇すると
簡単にパニクって潰れる
仕事が原因で自殺する奴の多くが
高学歴者だという事も理由の一つである

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事を進める事が出来ない奴
起業やセミリタイアを甘く見ていると
首に縄を持っていくハメになるよ

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金のない暮らしは体験しないと
金のない状況では簡単にパニクって潰れる
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