風来梨のブログ

このブログは、筆者であるワテの『オチャメ』な日本全国各地への探勝・訪問・体験記です。

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よも”ヤマ”話  第169話  浅草岳

よも”ヤマ”話  第169話   浅草岳  〔福島県・新潟県〕  '97・ 7
浅草岳 1586m【名峰百選 67峰目】

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途中の展望台・剣ヶ峰より望む
浅草岳本峰

  浅草岳 あさくさたけ (越後三山只見国定公園)
浅草岳(あさくさだけ)は越後山脈に位置し、新潟県魚沼市と福島県南会津郡只見町に跨る第四紀火山である。 標高1,585.5mで、一等三角点『浅草岳』が置かれている。 越後三山只見国定公園に属している。

地質は、玄武岩と安山岩からなる成層火山である。 噴火活動時期がおよそ170万年前~150万年前と相当古い為、侵食が進んで火口は消失して確認されていない。 特に福島県側である南東面は、南西側に続く鬼ヶ面山と共に雪崩による侵食によって典型的な雪食地形を形成しており、成層火山の円錐形の形状が認められる北側、北西側の斜面と非対称な山容となっている。 衛星峰の鬼ヶ面山には巨大な岩壁がある。

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浅草岳の稜線から望む
秋の鬼ヶ面山岩稜
※ 別の時に撮ったモノです

江戸時代から越後と会津を結ぶ交易道として、旅人が往来した六十里越と八十里越がある。 
優美な曲線を描く浅草岳と、連聳して褐色の岩壁を削立させている鬼ヶ面山は、その両街道に挟まれた山塊である。 浅草岳は昭和に入ってからようやく登山者を迎えるようになり、1971年に国鉄只見線が開通し、2年後には六十里越を越える国道(国道252号『雪わり街道』)も開通して、温泉も数多く掘削されて奥只見は山峡の隠れ里から秘境観光地へと生まれ変わった。

山麓はブナの原生林が残り、林床には日本海側多雪地帯に分布するユキツバキが多く見られる。
新潟県側の山麓には新潟県立浅草山麓エコ・ミュージアムや奥只見レクリェーション都市公園・浅草岳公園が整備されている。

登山ルートは会津・越後側双方に数か所あるが、一般的なのは会越県境の会津側にある田子倉からのルートと、登山ブームから後に開削された越後側のネズモチ平からの最短ルートだろう。 また、只見・入叶津から知られざる秘沼をめぐる沼ノ平コースもある。 一等三角点の頂上は、草原にいくつかの池塘が光りをたたえ、眼下に広がる田子倉ダム湖と只見沢へ落ち込む鬼ヶ面山東面の断崖に目を奪わる。
浅草岳から鬼ヶ面山を縦走して、六十里越の車道へ下山するコースも魅惑的だ。



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浅草岳・田子倉~沼ノ平 縦走ルート 行程図

   行程表           駐車場・トイレ・山小屋情報
JR只見駅前よりタクシー利用 (0:30)→旧JR田子倉駅・浅草岳登山口 (2:00)→剣ヶ峰
(1:30)→浅草岳 (0:25)→淺草岳避難小屋跡 (1:40)→沼ノ平 (1:40)→入叶津登山口 
(1:00)→叶津集落 (1:00)→JR会津蒲生駅より鉄道利用(現在は代行バス運行)
(0:10)→JR只見駅
  ※ JR田子倉駅の廃止に伴い、JR只見駅から田子倉登山口までのアプローチはタクシーの
    利用が必須となった
    ・・のハズだが、何故か2日行程になっちゃった

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秋色に染まった浅草岳
※ 別の時に撮ったモノです

浅草岳のそびえ立つ『奥只見』一帯は、“秘境”ブームで脚光を浴びつつあるとはいえ、地域的には“陸の孤島”の感が否めない所である。 従って、交通機関は至って不便で、たとえ新幹線を使ったとしても、その日の内に浅草岳に登るのは不可能だ。

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旧田子倉駅にあった名所案内
確かに登山口まで300mと
日本で登山口に最も近い駅だが
この山に登るのに鉄道に乗った奴って
ワテ以外にいないのでは?

それは、JR只見線の運行本数が1日3本と極端に少なく、とても使えたものではないからである。
しかも、登山口から徒歩5分の「日本一登山口に近い駅」の田子倉駅が2013年の春に廃止となってしまい、事実上は車でアプローチしない限り登山が不可能な山となってしまったのである。

そして、この行程を無理矢理にでも実行するなら、下山してから只見なり田子倉なりへ向かう方法にも神経を使わねばならない。 なぜなら、前述のように田子倉駅が廃止となって、登山口と下山口が異なるこのような縦走行程が著しく不利になってしまったからである。

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実質は廃駅になった不利以前に
使えない鉄道と駅だったしィ
でも30年前は雪で閉ざされても
営業しているなど鉄道に根性はあったが
真冬の凍結した田子倉湖上から
只見線列車を撮ったのは
このタワケ以外にいないと思いマス

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真冬の田子倉駅上からは
こんな展望です
冬の田子倉湖と会津朝日岳を
撮ったのもタワケ以外にいないと思いマス
※ 判ってると思いますが
上の2枚は別の時に撮ったモノです

また、登山という事で、日の出と共に登山行動を開始する事が望ましいので、行程表では『只見駅からタクシー利用』としたが、実際は前夜の内にレンタカーなりで登山口まで赴いて、その日は車で仮眠して夜明けと共に登り始めて、帰りは只見駅まで戻ってタクシーを利用して田子倉に車を回収しにいく手立てを取るしかないだろう。 下手したら、下山口から里の会津蒲生に出るまでも2時間はかかるので、その日はタイムオーバーとなって「今夜は只見で泊って、翌朝車の回収」って事も有り得るのだ。

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只見駅にスタンプがあったけど
鉄道を使っての登山は
こんな笑顔には決してなれません!

これらの事から、浅草岳の登山は「車で登山口まで行って、登山口から山頂への往復行程」が現実的であり、全ての登山者が車でそれぞれの登山口(田子倉・入叶津・ネズモチ平など)へ向かい、山頂への往復行程を取っているのである。 だが、この山に登るのなら、是非とも神秘の湿原・《沼ノ平》へ足を運びたいものだ。

『日本百景』及び【名峰百選】にこの浅草岳を選んだ理由は、山頂からの素晴らしい眺めは元よりであるが、それ以上に神秘的なベールに包まれた《沼ノ平》の大湿原を抱いている山として、とても神秘的に感じたからである。 それでは、浅草岳と神秘の湿原・《沼ノ平》をめぐってみよう。

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田子倉登山口より
ターゲットの浅草岳本峰を
見上げてから出発する

アプローチが困難ゆえに山行の行程について長々と連ねたが、とにかく浅草岳に登ってみよう。
《田子倉登山口》に入っていくと、しばらくは高低差のない平坦な道が続く。 《幽ノ沢》を渡り沢を1時間ほど遡りかえると、頂上に至るまでの最後の水場・《大久保沢》を跨ぐ。 水筒に、水をしっかりと確保して登ろう。 ここからは、一転してキツい急登となる。 標高差950mで約4kmの道程である。

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急登を乗り越えると
田子倉湖と尾瀬の山々が望める
絶好の展望台の上に立てる 

ジグザグ急登で樹林帯を乗り越えると、眼下に《田子倉湖》が見渡せる稜線の上に飛び出る。 
稜線の上に出てから、しばらく岩場伝いに登っていくと、《剣ヶ峰》というピークの上に立てるだろう。

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鬼ヶ面山の山屏風の
絶景に圧倒されて

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何枚も同じショットを重ねる

この《剣ヶ峰》は素晴らしい展望台で、優雅な浅草岳の姿とは対照的に荒々しい稜線を魅せる鬼ヶ面山 1465m の大岩壁と、豊富な残雪を魅せる“雪国”越後の山なみが印象的だ。

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夏の花も咲き始めていた

もちろん、《田子倉湖》も湖面を蒼く輝かせている。 《剣ヶ峰》を過ぎると、再びジグザグの急登となる。 《剣ヶ峰》から見たあの優雅に山裾を広げる姿からは想像できないような急登に汗を搾られるだろう。 やがて、『あと1.4km』の標識を過ぎて、3~4回ジグザグ登りをこなすと《湖見峠》に出る。
ここは、《田子倉湖》と《奥只見湖》を一番よく望める所・・との事である。

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湖見峠より奥只見湖を望む
ふと上を見上げると
雲が大空を駆け抜けていた 

ここまでくれば、あとひと息だ。 やがて道は草原へと変わり、広潤な気分満点で浅草岳 1586m の頂上に登り着く。 頂上からの眺めは、“素晴らしい”というような月並みな言葉では語れない。

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浅草岳頂上より
奥越後の山々を望む

地平線より次々とやってくる湧き立つ雲、越後三山や荒沢岳の山なみ、蒼く輝く《田子倉湖》や《奥只見湖》、残雪眩しい鬼ヶ面山の大岩壁、浅草岳の頂上から続く大草原がそよ風にたなびき、言葉を越えた『感動』がそこにはあったのだ。 この素晴らしき情景に魅せられて、「ワテが選んだ峰には『感動』がある」、「ワテの選んだ【名峰百選】に間違いはなかった」と、その確信をとても嬉しく、そして誇らしく感じたのである。
・・となるハズで、一般の登山者ならそうなる事は疑いの余地が無かったのであるが、山に登るべく前日の夜にやってきて車寝をしたタワケは、前夜は何故かよく眠る事ができずに寝不足の状態で朝を迎えたのだった。 この日の登山の予定は、田子倉口より空身の日帰りで浅草岳の往復であったが、とにかく眠かったのである。

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頂上では雨が降って誰も
いなかったので写真を撮らす
なので秋の冠雪時に登った時に
撮った頂上標柱おば・・

天気は朝からピーカンの好天だった事もあり、途中の田子倉湖を望む展望台の剣ヶ峰で昼寝をカマしてしまったのである。 で、目覚めると、あの青空はどっかにいって、灰色の雲が全天を覆っていたのである。 取り敢えず頂上を踏みに登高を再開するが、頂上に着いた途端に雨が降り出してきたのである。

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ヤマの天気は変わり
やすいモノというが
朝の快晴からは信じられない
天気の崩れようだったよ

取り敢えず雨から逃れる方法は・・と考える。 でも、考えるまでもなく、合羽着て来た道を下っていけばいいだけの事であるが、この時のタワケは剣ヶ峰に着いた時に見た登山地図に載ってあった《沼ノ平》が気になって、頂上にあった道標に示された避難小屋の方向・・、つまり来た道と逆の方向へ下って行ったのである。 書いてて思うが、このタワケは本当に何も考えていないのであった。

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そしてタワケは昼寝前に地図で見た
《沼ノ平》が気になったタワケは
「雨の日は来た道を素直に戻る」
というセオリーを無視して
アサッテの方向へ下っていく

で、来た道とアサッテの方向の池塘が点在する大草原を30分位(たぶん)下ると、《小三本沢》の源頭に建つ避難小屋があった。

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立派な建付けであった浅草岳避難小屋
今は老朽化の為に取り壊されている
ぢ・つ・わ・・この小屋に
”ナシナシ”で泊ったのが
2日行程となった理由

着いたのは、たぶん午後の昼下がりだろう。 この時のタワケの所持品であるが、菓子パンは3つあったが頂上で2つ食ったので残り1つ。 水は小屋の近くに流水があるので心配ナシ。 後はカメラと合羽とバビ紙(万用の魔法の紙=トイレットペーパー)だけである。

これだけの装備で、「雨宿り」と称してこの避難小屋の中で再び昼寝。 目覚めると、真っ暗闇だった。 これで、パン一切れと水だけの避難小屋泊まりが確定したのである。 書いてて思うのは、ここまでオチャメだと『アッパレ』と言ってもいいだろう。 もちろん、ライトもないしシュラフもない。
置かれた状況はソー○ンと変わりないのである。

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カンテラなし・シュラフなし・食料菓子パン一つ
使えるグッズは魔法の紙・バビ紙
(トイレットペーバー)のみ
のタワケを救ったのは残置ローソクと
※ ウィキペディア画像を拝借

でも、ラッキーな事に小屋に残置ローソクとマッチがあって、光は確保できたのである。
そしてこれまたラッキーな事に、星新一の「ショートショート」ノベルが一冊転がっていたのである。
剣ヶ峰の平たい岩の上で昼寝して、この避難小屋でも昼寝したので、この先は食糧菓子パン1ケだけの長い避難小屋ライフが待っていたのである。 まぁ、これだけ寝りゃぁ、夜は晩くまで寝つけないだろうしィ。

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ヒマ潰しの友・星新一の
ライトノベルだったよ
※ アマゾンの画像を拝借

・・で、眠くなるまで、このライトノベルを読みふける。 ぢ・つ・わ・・、このタワケの生涯において、小説を一冊最後まで読み切ったのは、後にも先にもこれだけなのである。 まぁ、ワテは活字嫌いだしィ。 漫画以外の本は、写真集・地図・趣味雑誌・時刻表しか読まないし。

なお、この避難小屋は老朽化の為に数年前に取り壊されたようであるが、この小屋は登山地図等からは黙殺されていたが、どうしてどうして、とても立派でしっかりした無人小屋であった。

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朝目覚めたら雨だったけど
いっときすると雨が上がり出発する
雨が止まなかったら
連泊する気だったのか?

  普通の空身日帰り登山者なら有り得ない《2日目》
で・・、小説を読みふけって、疲れて寝入って目覚めた翌朝。 空はポツポツの雨だった。
ちなみに、この時は時計も持ってなかったりして。 朝の雨を見て小屋の中でボーっとしてると雨が上がったので、「いい機会」と小屋を出発。 ちなみに、まだ残りのパンはキープ中である。

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コバイケイソウが満開だったよ

小屋からは沢に沿ってコバイケイソウなどのお花畑が続くが、やがて潅木帯に入り緩やかに下っていく。 1時間半ほど潅木帯を下ると、《沼ノ平》経由と《沼ノ平》を避けて平石山の尾根道を直接下るルートとの分岐に出る。

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今は沼ノ平への道は
荒廃の為に閉鎖されてマス

平石山経由だと1時間ほど短縮できるが、ここは念願の《沼ノ平》に向かうべく左へ進路を取る。
なお、現在の《沼ノ平》ルートは、豪雨被害などで荒廃して進入禁止の処置が取られていて、平石山経由の尾根道以外に下山路がない状況となっている。

《沼ノ平》へは道は明瞭についていて道標も整備されていたが、訪れる者は皆無なようで元々湿地帯の道はヌタ場と化していた。 分岐から《沼ノ平》までは予想外の急下降で、時には尻をつけねば下れぬ所もあった。 標高差にして300m近く下ると、清水を豊富に流す沢を徒渉する。 この沢は避難小屋前で見た優しい小沢・《小三本沢》である。 澄んだ清らかな水、そして豊富な水は遙かな自然を創造する。
そう、この清らかな水によって、《沼ノ平》の大湿原は創造されたのだ。

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 神秘のベールに包まれていた
沼ノ平の池塘群が見えて来た

《沼ノ平》・・。 コウホネなどの水生植物が咲き乱れる沼ノ周りに、枯れた樹木が一重、二重と重なり、近寄りがたい神秘的な雰囲気をかもし出している。

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神秘のベールに覆われた沼々には

また、あまり人が近寄らないのか、道は完全なぬかるみとなって足をからませて行く手を遮る。
自然がその力の全てを出して、この神秘の沼を護っているのかもしれない。

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コウホネなどの水生植物が
水面を埋め尽くしていた

この他、涼風吹く“風穴”や湧泉の沼などを見ながら、沢を寄せ集めて“河川”となった《叶津川》を徒渉して(ちなみに、この山域は桟道などの整備は全くなく、全て岩を飛び伝っての徒渉だ)、平石山の山裾を斜めに登っていくと、平石山経由の道と合流する。 合流地点から約40分、枯れ草の盛る道を下っていくと、国道289号線の果て・・にある《入叶津》の登山口に出る。

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入叶津登山口
駐車場として整地されたようだが
トイレはシーズン中のみに
仮設トイレが設置されるのみだ
※ 別の時に撮影

この《入叶津》登山口は国道289号線に面しているが、この国道289号線の会越国境側は、道路マニア必須の『登山道国道』《八十里越え》のダート道の入口となっている。
そして、駅の方向は右に下っていくのだが、登山口にあった道標を見ると、駅まで6.7kmもあるでやんの・・。

これを目にして、昨日からの自爆のツケの疲れがドッと押し寄せてヘタり込む。 ここで、唯一の食糧の残りのパンを食する。 この時は、「あと3~4km下って集落に出ると店屋の一つも・・」と考えていたが甘かった。 店屋はおろか自動販売機も見当たらないでやんの。

食糧ないし、時間は判らんし、フイルムは撮りきってカメラは鉄とガラスとプラッチックの塊だしィ・・と、途方にくれる状況の中歩いていく。 この状況での救いは、道が舗装されていた事と、このタワケが能天気な事だけである。

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壊れた自販機には
このロゴが描かれていたよ
※ ウィキペディア画像を拝借

・・で、6.7kmを歩くが、店屋もなく、誰一人と合わず、集落はあったけど大きな庄屋みたいな家ばかりで、時計を覗き込む事も適わない。 おまけに自動販売機もあるにはあったが、古いファンタのロゴの描かれた壊れたモノだった。

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災害不通前の会津蒲生駅
大阪の蒲生(四丁目)は
10分に1本電車が来るが
ここは当時でも1日4本のみ

そうこうして、何とか6.7km歩ききって会津蒲生駅へ。 駅の時刻表を見ると1日4往復(現在は3往復)あった。 朝の時間帯に1本、正午の時間帯に1本、15時台に1本で最終は19時台である。 だけど、今の時刻判らんのよね~。 雰囲気的に正午の列車は乗りそびれたようだ。

これで15時台の列車まで最大3時間待ちとなる訳だが、ここでもラッキーな暇つぶしアイテム『駅の思い出ノート』があり、そしてこの時に流行っていたのか、物凄く絵の上手い絵師のような奴の書き込みがあり、デカい蛾を『デコッパチ』しながら読んでいると退屈しなかったよ。

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2011年の豪雨災害で不通となって
待合室も封鎖されていた

そして、列車がやってくる事で漸く現在時刻を把握し、それに乗ってマイカーを回収する長い日帰り予定山行は終わりを告げた。 でも、この列車、只見で40分も停車するでやんの。 お陰で、《入叶津》の登山口以来の空腹が解消されるのが、田子倉で車を回収して大白川に抜ける18時過ぎまでお預けとなったよ。

この時に発行してもらった車内補充券が、『キップ鉄』ならヨダレを垂らしかねない貴重な切符だったのである。 だが、この時は『放浪山旅』期で心が鉄道から離れて山に逝っていたので、この貴重な車内補充券も「タダの切符」でしかなく、アッサリと「無くしてしまった」のである。

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いつか来る復旧の時を待って
鉄道が復旧したら
もう一度入叶津に下って
只見線に乗る山行をしてみようかと

考えてみると、惜しい事したよ。 それは、この会津蒲生駅が災害により’11年7月以降不通となっている事、そしてもう一方の駅が廃駅になってしまった事である。 それはもうお解りであろう。
その車内補充券の券面には、『会津蒲生から田子倉』と書いてあったのである。 でも、こんな区間を乗った奴って、古今東西ワテだけなのでは?と思える珍切符なのである。 そして、もう発行が不可能な状況を考えると、廃止路線の切符に相当する貴重さなのである。


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