風来梨のブログ

このブログは、筆者であるワテの『オチャメ』な日本全国各地への探勝・訪問・体験記です。

TOP >  路線の思い出 >  路線の思い出 451~500 >  『路線の思い出』   第467回  樽見鉄道・樽見駅

『路線の思い出』   第467回  樽見鉄道・樽見駅

『路線の思い出』  第467回  樽見鉄道・樽見駅 〔岐阜県〕

r467-t.jpg
吹き抜け構造で駅寝は
事実上不可能だった樽見駅

《路線データ》
     営業区間と営業キロ              運行本数(’21)   
    大垣~樽見  34.5km      大垣~樽見 下り9本・上り12本
                    大垣~本巣 下り10本・上り7本(土・休日1往復増)
                    大垣~神海 2往復
                    本巣~樽見 下り3本・上り1本

r467-mipion.jpg
樽見線建設に携わった
根尾村の有志の銅像がある樽見駅
でも銅像主の知名度は
ローカルみたいですね
※『マピオンネット』より

樽見駅(たるみえき)は、岐阜県本巣市根尾樽見字下川原にある樽見鉄道樽見線の駅で、同線の終着駅である。 島式ホーム1面2線を有する駅で、線路は駅の北で合流して数十メートル先まで続いており、かつては客車列車の機関車の付け替えにこの線路が使われていた。 

r467-w (1)
路線バスもロクにない片田舎の終着駅で
このように広い駅前広場がある理由は
ダム建設資材運搬の為の側線跡だったからである
※ ウィキペディア画像を拝借

駅前広場は小さな村の中心でしかない駅にしてはかなり広いが、これは中部電力の上大須ダム建設の際に、樽見線で運んだ資材をトラックに積み替える為の側線が敷設されていた跡地である。 普段は無人駅であるが、淡墨桜のシーズン中(桜ダイヤ期間中)のみ駅員が配置される。 初代駅舎の頃は自動券売機を設置していた。

r467-tm.jpg
ログハウス調の樽見駅初代駅舎
この駅舎なら駅寝可能だね
※ 『東海マガジン』より

その初代駅舎は、地元観光物産館との合築で古民家風の屋根が特徴的であったが、2007年4月28日に起きた不審火による火事で全焼している。 翌2008年4月に焼失した駅舎に替えて、新しい駅舎『うすずみふれあいプラザ』が建てられている。

r467-asahi (1)
不審火で全焼し
立入禁止となった初代駅舎

r467-asahi (2)
火災の火元が判らぬ深夜の不審火で
放火の疑いもあるという
※ 上下いずれも『朝日新聞デジタル』より

当駅の開業は1989年の3月25日であるが、国鉄時代の樽見線が1956年に大垣~谷汲口までを開通させ、その2年後の1958年に谷汲口より国鉄時代の終点であった美濃神海(樽見鉄道への移管後は神海)までを延伸開業してからは、樽見線が国鉄再建法の施行により第一次廃止対象線に指定されるなどして、路線名となっていた当駅までの延伸工事は凍結されていた。

r467-tc.jpg
路線名の駅に到達したのは
路線開業から30年余りたった
1989年3月の事だった
※『鉄道チャンネル』より

それから30年余り、1984年に第三セクターの樽見鉄道に経営移管されて工事が再開し、その延伸工事が完成し樽見まで全通したのは、平成に入った1989年3月の事であった。 なお、樽見は、旧根尾村の中心集落であった。 駅周辺は旧根尾村の玄関口であり、駅前には小規模ながら商店街があって住宅も点在している。

r467-yukisakinabi.jpg
島式ホームだが片方の線路が
錆ついているのを見ると
片面のみ使用の折り返し運用のようだ
※『ユキサキナビ』より

到着列車は、板所トンネルを出てすぐに当駅に着く。 駅構内は、本巣市根尾樽見と根尾板所に跨っている。



r467 (2)
今回の『撮り鉄』での№2をば・・

第三セクター後に訪れたこの線の『撮り鉄』は、見るも無残なデキだった。 それがこの駅の『思い出』である。 それは、天気からアプローチに通った道路から、『撮り鉄』のアングルまで最低・最悪の選択をしたからである。

まずは、この樽見までのアプローチに使った道路であるが、舗装はされてはいるものの、道の上を川が流れるが如くの流水帯がある『洗い越し』で名を馳せた国道157号線の温見峠越だったのである。 福井県と岐阜県の県境である温見峠は、延々とガードレールのない離合困難な狭隘道路が続く『酷道マニア』必須の道である。

恐らく、この道を通る奇特な奴は、『酷道踏破』を生き甲斐にする『酷道マニア』か、峠が登山口となっている能郷白山 1617m へのマニアックな山を目指す登山者位であろう。 ちなみに、このヤマがそびえる県境の一帯は積雪2mを越える豪雪地帯で、初夏となる6月の上旬まで頂に雪を被った姿が濃尾平野から望める為に、『白山』の称号が授けられている。

r467-arikoshi.jpg
この初体験に思わず
車を止めて写真を撮ったよ

まぁ、地図を見て『デンジャラス道路』である事は把握していたが、まさか砂防ダム沿いに続く登山道でしか体験した事のない流水となった道路を、徒歩でなく車で渡るとは思わなんだよ。 それに大雨が降れば、この洗い越しは『鉄砲水』状態となり更にデンジャラスだろうね。

次に天気だが、『酷道』走行中は降っても小雨だったのが、駅に着いて車寝しようと座席のリクライニングを倒した途端に土砂降りの雨となったよ。

r467-w (3)
こんな所でカンズメにあって
一夜を過ごす事となったら
普通の人なら闇夜の恐怖で
気が狂いそうになるだろうね
※ ウィキペディア画像を拝借

前述の通りこの土砂降りが酷道で峠越えの最中に降ったら、峠でカンヅメとなっただろうね。 
あんな真っ暗闇確実な峠でカンズメとなったら、普通の人なら精神がもたないだろうね。
もっとキツい所で体験しているワテは、コレくらいは平気だけど。

r467-twa.jpg
このようにトイレに行く時
雨に濡れないように車を止める
※ 通常はやってはいけません

だが、駅のトイレに行くだけでもびしょ濡れになりかねない土砂降りだった。 もう、傘を差しても無駄な位に。 なので、車のドアを駅舎に直接つけて車を止める。 この時は10月の末で、夜に小用がしたくなる程に冷え込んできていたしィ。

r467-motosu (1)
回廊をモチーフにした建替え駅舎は
風雨吹きっさらしの吹き抜け構造で
徹底的に駅寝には不向きであった
※ 本巣市観光課のウェブサイトより

なせこのような事をしたのかというと、駅舎が駅寝が徹底的に不向きな吹き抜け建築で、この土砂降りの雨で駅寝しようものなら一瞬のうちにスプ濡れ必至の駅構造なのである。 また、車のドアを直接駅舎に着ける事ができるっていうのは、夜間のこの駅は人っ子どころか、駅周辺を車が通る事も皆無の秘境駅と化するからである。

そして、ラッキーだったのは、駅から2kmほど丘に上がった所に『うすずみ温泉・四季彩館』というクアハウス(宿泊も可)があって、土砂降りとなる車寝時までに風呂に入る事が適った事であろうか。

r467-w (2)
樽見線『撮り鉄』のアテを
考えなしに『地域で最も有名なモノ』
とした為に目も当てられぬ惨状に
※ ウィキペディア画像を拝借

翌朝は夜通し降り続いた土砂降りの雨も上がり、時折青空さえ広がる程に天気は回復していたが、『撮り鉄』の背景や構図を決める段階で、『樽見鉄道』から連想できる背景をムリ筋な『根尾谷大断層』にしてしまった為に、全くと言ってモノにならない『撮り鉄』となったよ。

r467 (1)
根尾谷大断層をアテにすると
探さないと列車が写っている事が判らない
「何を撮ったか判らない」デキに

掲載写真を見ての通り、とことんまで「何を撮りたいのかサッパリ判らない」デキとなったよ。
写真撮りとしてのプライドがあれば、こんな目も当てられない写真は恥ずかしくて掲載できないハズなのであるが、ワテは「『写真床』という写真界の底辺を這いずるウデである」という免罪符があるから気にしないのである。 写真界でのワテは、いわゆる『鬼ごっこ』で周りより能力が劣るゆえに何度捕まっても鬼にならない『ゴマメ』なのですね。

r467-motosu (2)
桜があっての薄墨桜も
※ 本巣市観光課のウェブサイトより

r467 (7)
桜がなければ支える
ポールの白さだけが目立つ
倒れかけの老木でしかなかった

その他、桜がなければ倒れかけの老木でしかない薄墨桜に立ち寄ったり、根尾川に架かる橋梁でも長い橋梁を単行で渡る気動車を広角で撮って自滅したり、根尾谷断層と列車が入るアングルが全く見つからすふて腐れて、以降の索敵(撮影場所探し)をおざなりにして墓を前景に撮ったりと散々なデキだったよ。

r467 (4)
長い鉄橋に単行列車の組み合わせは
これほど不細工なデキとなるのを
コレが現像から上がった時に知ったよ

r467 (5)
墓をアテに撮った『撮り鉄』写真って
ウェブ上を探してもなかなかないのでは?

r467 (3)
さすがに続く2枚目は
墓が目立たぬように
撮るべく踏ん張ったよ

恐らく、フイルム間違いで全ボツとなった『ファースト北海道旅』に次ぐデキの悪さだと思うよ。

r467 (8)
齢一ケタの小坊の方が
撮るのが断然上手かったりして

小坊の近鉄の駅撮りでも、もう少しマシなのを撮ってたしィっていうか、基本的な『撮り鉄』のウテは小坊の時より確実に退化してるしィ。 40年かかって進歩どころか小坊の時よりウデが退化するなんて、ある意味『天然記念物』級だぁね。

r467 (6)
コレが今回の『撮り鉄』で
最もマシなヤツ
でも『三番星』さえ
撮れなかったのは久方ぶりだよ

この時はケンカして不動産屋を辞めてブーなった時に出た最後の放浪の時で、当然金を惜しんでこの日は養老の滝近くの『道の駅』で車寝して家に帰る。 この時は家に帰れば仕事探しせねばならないのが判っていたので、あまり帰りたくなかった(放浪を続けていたかった)事をハッキリと覚えているよ。


にほんブログ村 鉄道ブログ 駅・駅舎へ
今のウチの勤めてる会社
たぶんもってあと10年
長くても15年が限界だね

それは車の動力がエンジンから
電気モータに変わると
生産のほぼ全てである主力製品が
不要となるからである

にほんブログ村 鉄道ブログへ
今でも自動車メーカーの全てが
ハイブリッドや電気自動車の製造に
切り替えてエンジン車は労働者の強い
アメを始めとした海外以外に
需要がなくなっている

そんな中でこのクソ会社は
今頃になって『次期主力製品』の
アイデアを現場を始めとした
社員全てに求め始めたよ

にほんブログ村 写真ブログへ
恐らく次期の主力と目していた
駆動モーターの開発に失敗したか
電気の技術がなくてできなかったのだろう
できたとしても後発なら納品価格を
徹底的に落とさねば売れないだろうね

ワテには次期主力へつなぐ
製品のアイデアはあるし
そのアイデアは電気自動車へとシフトしていく
自動車業界にとっての必須アイテムで

にほんブログ村 鉄道ブログ 駅・駅舎へ
しかもそれはまだロクに
製品開発をされてないみたいなので
次期主力製品開発までの
時間稼ぎはできるだろうね

にほんブログ村 鉄道ブログへ
でもワテは『スーパーオチャメ』で
非正規に格下げとなった事だし
こんなクソ会社の存続に力を貸す気などないしィ
親資本のトヨタも自社系列のアイシンは助けても
外様のこの会社は見捨てるだろうし・・ね

PVアクセスランキング にほんブログ村
そして会社の家畜化した現場正規社員には
アイデアなど出せやしないだろうね
それに人を粗末に扱うこのクソ会社は
潰れた方が世の為だとも思うしィ
それに10年後はワテ定年となってるしィ




関連記事
スポンサーサイト



コメント






管理者にだけ表示を許可