風来梨のブログ

このブログは、筆者であるワテの『オチャメ』な日本全国各地への探勝・訪問・体験記です。

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路線の思い出  第450回  士幌線・黒石平駅跡

『路線の思い出』   第450回  士幌線・黒石平駅跡 〔北海道〕

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国道下の掘割に設けられた
秘境駅・黒石平
※ 『東大雪アーチ橋友の会』の
ウェブサイトより

《路線データ》
  営業区間と営業キロ  輸送密度(’79) / 営業係数(’83) 廃止年月日  転換処置
   帯広~十勝三股 78.3km     359   /    1743           ’87/ 3/23       十勝バス
 
廃止時運行本数
         帯広~十勝三股 4往復《糠平~十勝三股 バス代行運転》
         帯広~糠平   1往復
         帯広~上士幌  下り1本

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駅を設置したかった場所が
急勾配上で上り列車が停車できず
その回避策として上り列車専用と
なっていた黒石平駅
※ ウィキペディア画像を拝借

黒石平駅(くろいしだいらえき)は、かつて北海道河東郡上士幌町字黒石平に存在した国鉄・士幌線の駅である。 士幌線の廃止に伴い、1987年3月23日に廃駅となった。 駅設置時から廃止時まで、簡易設置の板張りホーム単式1面1線を有する無人駅で、駅舎はなくホーム上に波板で囲われた待合所があるだけであった。

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ハンドボールのゴールマウス(待合所)が
あるだけで板張りホームの粗末な駅だった
※ 『プラットホームの旅』より

駅名の由来は、当地が十勝石(黒曜石)の産地である事から駅名を『黒石』と名づける予定だったが、青森県の国鉄・黒石線に黒石駅(弘南鉄道へ経営移管の上で、1998年4月1日の同社黒石線の廃止と共に廃駅となったが、弘南鉄道本線の黒石駅は存在している)が存在した為に、糠平の『平』を付け足して『黒石平』となった。

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1977年に電力所前(仮)上空から
撮られた写真では
50数件の社宅団地が確認できる
※ ウィキペディア画像を拝借

駅設置の理由は、黒石平には糠平ダムにおける電力所関係の住宅があって、それらの住宅居住者の利便を図ってのモノであるが、士幌線の線路は住宅が建てられた付近では急勾配となっていた為、この住宅と約1km離れた位置に当駅が設置された。

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坂の下に設けられた黒石平は
下りの糠平方面行きのみの停車だった
※ 『プラットホームの旅』より

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黒石平駅待合室に掲げられた
下り糠平方面行きのみの
時刻が記載された駅時刻表
※ 『プラットホームの旅』より

その後、住宅付近には電力所前仮乗降場が設置され、列車発車に支障のない下り勾配方へ向かう帯広方面行き列車のみ、電力所前仮乗降場に発着する事となった。

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社宅付近の士幌線線路が
急勾配上で坂を上る列車ができず
停車可能な帯広方面行き専用として
設けられた電力所前仮乗降場
※ 『プラットホームの旅』より

こういった経緯によって当駅停車は下り列車(糠平方面行き)のみで、電力所前仮乗降場には上り列車(帯広方面行き)のみ停車するようになったが、全国版の時刻表では電力所前仮乗降場の記載が省略され、上下列車とも黒石平駅に停車するように記載されていた。

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という訳で上下列車それぞれの
専用ホームが2ヶ所設けられたのである
※ 『プラットホームの旅』より

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電力所前仮乗降場の
待合室に掲げられた
上り帯広方面行きのみの
時刻が記載された時刻表
※ 『プラットホームの旅』より

上に記した通り、糠平ダムの電力所関係の家族が当駅の乗降客であったが、1978年に電力会社の社宅が上士幌町中心部へ移転した事によって、黒石平周辺は無人地帯となっていた。 1984年には社宅跡地に糠平電力館が建設されたが、2000年9月に閉鎖(建物も撤去されて現在は原野に還っている)されている。

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大自然の中に建てられた
ミュージアムは跡形もなく撤去されて
完全に自然に帰ったとさ
※ 電源開発のパンフレットより

駅跡の現状は、国道273号から掘割状となった所に設置された駅ホームへ下っていた階段は残っているが、ホームは残っていない。



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この駅には降りた事はないっていうか
『乗り鉄』との抱き合わせでは
限りなく下車が不可能な駅だったよ
※ 『プラットホームの旅』より

黒石平駅は、路線在りし時には降りた事はない。 もちろん、電力所前仮乗降場も然りである。
それは、両停留所とも国道下の掘割が切られた中に設置されていて、『乗り鉄&撮り鉄』で訪れた小僧のワテにとっては、この両停留所はどうやっても『撮り鉄』不能な場所であったからだ。 もっとも士幌線の『撮り鉄』は、美しい白樺林のある清水谷周辺に決め打ちしていたしィ。

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ワテにとっての士幌線の撮影地は
ここ以外になかったよ

従って、仮乗降場である『電力所前』には多少の未練はあったものの、僅か5往復(上士幌〜糠平)とただでさえ列車本数の少ない士幌線の中でも、この両停留所はさらに1往復の通過で割り引かれて上下8本となっていて、十勝三股まで往復するとしたら下車は絶対的に不可能となっていたのである。

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士幌線は糠平より代行バス運行と
なっていたが壊滅的に接続が悪く
通して乗れば十勝三股までの往復で
まる1日が潰れたのである

ちなみに、車で来ていたとしても車を停める場所もなく、駅ホーム上に足跡を着ける以外に不可能だったろうね・・っていうか、この頃は車は疎か運転免許も持っていない『ティーンエイジャー(恥ずかしい程の死語)』だったしィ。

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何気に『ティーンエイジャー』の
時に撮ったお宝写真で
閲覧者の一本釣りを試みるタワケ

・・で、「JRには引き継がせまい」との思惑アリアリで、分割民営化1週間ちょっと前の1987年3月23日に士幌線が廃止され、士幌線に続いて豊かな自然の中を行き交った廃止対象のローカル線の大方が廃止・淘汰され、それによって『撮り鉄』のターゲットを失って鉄道への情熱も冷めていったのである。
こうして、ターゲットを鉄道から山や滝・自然情景にシフトしていったのである。

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それからは士幌線沿線にはよく訪れたが
その目的は石狩岳やニペソツ山など
東大雪の山々であった

だが、歳を食っていくにつれて身体がヘタレてきて、キツい山行程が厳しくなり、再び細々と『撮り鉄』に戻り出してきたのがこの数年である。 でも、廃止から30年以上の時が流れ、気づけばもうアラフォーどころかアラフィフにハマっちゃっているよ。 悲しいネェ、歳食って老いるのは・・。

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山の帰りに撮った
夏の水没したタウシュベツ

だが、細々と『撮り鉄』に戻り出したといっても、ローカル線を追っかけていた時のようなブリバリは身体が着いていかず、そして長期の休みも取れず、更に若き頃は廃止路線を追っかけるのに使った鉄道路線も、壊滅的に列車本数が割り引かれて利用に耐えない=旅に鉄道は使えない状態に様変わりしていたのだ。
なので、北海道の旅は車が必須となったのである。

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小僧の時に抱いていた
一心不乱に追いかける
情熱とパワーは失ったけど
撮る写真に物語を求める様になったなぁ

山旅放浪期はマイカーの車内が宿泊場所(つまり車寝)となったので、フェリーでマイカーを持ち込んで山中テントと車寝の繰り返しだったし、山旅放浪を終えて観念(就職)した後は、年末年始・GW・盆休みの年3回の1週間の休暇以外に北海道には行けなくなったよ。 まぁ、不動産屋を喧嘩して辞めた時に、1ヶ月半ほど山旅放浪を復活させたけど。

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この橋に宿るオーラの
1/100は表現できた・・かな

また、ネットの発達でいろんな撮影名所を映像として見る事ができて、休みが少ないにも関わらず、訪れて撮ってみたい場所がどんどん増えてきたのである。 その一つが士幌線のタウシュベツ橋梁で、かつてのブリバリだった頃を思い出して、ヘタレた身体に鞭打って真冬に日の出前の真っ暗闇の林道歩きや、真冬の駅寝に挑んだよ。 但し、テント駅寝だけど。 まぁ、かつて取った杵柄(旅のスタイル)は、バカと云われても捨てる事も変える事もできないのだよね。

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夜明け前・真冬の氷点下18度の林道を
鼻水垂らしながら歩いてゲットした
御来光とタウシュベツに潜む竜の化身

長々と話は反れたが、山旅放浪期とそれを卒業して社会人になってからのGW休みに北海道を訪れた時に、タウシュベツ橋梁のついでに士幌線が音更川に架けたアーチ橋群も訪ねる事にしたのである。
そして、その時に30数年の時を経てようやく訪れる事ができたのが、この黒石平駅である。

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濡れた草が滑って
普通の靴では降りれないので
登山靴に履き替えたよ
※ 山旅放浪の時代に撮影

だが、路線廃止から20年(山旅放浪期の末期に当地を訪れた時は2007~8年頃)の時を経た駅跡はすっかりと野に還っていて、駅下り口の階段の手すりがあるのみで、階段は鬱蒼とした草木のトンネルと化していた。

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往時の黒石平駅
階段の手すりだけは同じだったよ
※ 『プラットホームの旅』より
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このように輪廻転生していたよ
降りるの怖かったしィ
※ 山旅放浪の時代に撮影

もう、階段の手すりにしがみつきながら恐る恐る下る(階段の踏み段が滑って素では降りれない)と、案の定ホームは跡形もなく駅跡地と線路跡はジャングルとなっていたよ。

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階段下に朽ち果てて判読不明となった
駅跡を示す看板が立っていた
どうやら駅跡を示す文字と
十勝三股及び帯広への
距離が記載されていたみたいだ
※ 山旅放浪の時代に撮影

そして、秘境駅『鉄』の誰かが設置したのであろうか、階段下に朽ちて判読が不明になりかけた駅跡を示す立て札があったよ。 でも、この先を電力所前仮乗降場の跡地まで歩くのは、藪がかなり深く身の危険を感じたので見送ったよ。

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原野に還った情景をひとつまみ
といっても
幌加付近のだけれど

それで、国道上から眺める事のできるアーチ橋・第三音更川橋梁を見学して糠平へ向かう。 
その士幌線のアーチ橋群は『北海道遺産』に指定登録されていて、中でもオーラを放つ『幻ノ橋』タウシュベツは、この地域指折りの観光地となっている。

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国道の駐車スペースの前には
第三音更川橋梁の説明板があったよ
※ GW北海道の旅の時に撮影

なので、この第三音更川橋梁と並走する国道上では、訪れる観光客の為に駐車スペースが設けられ、安全・安心に訪れる事ができる。 但し、国道は第三音更川橋梁と半分被った位置にあり、黒石平の道路トンネル前の展望適地まで駐車スペースから250m程歩かねばならないけど。 でも、この第三音更川橋梁に、タウシュベツのようなオーラは感じなかったよ。

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30数年前に列車に乗って
この橋梁を通った事あるんだよなぁ
あまり憶えてないけど
※ GW北海道の旅の時に撮影

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だけどこの橋の出すオーラには
遠く及ばなかったね
※ GW北海道の旅の時に撮影

また、電力所前仮乗降場の跡は、本腰を入れて廃線跡遺構めぐりをしていないせいもあって発見する事ができなかったよ。

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電力所前仮乗降場の跡地は
発見できなかったが
往時は駅ホームへの階段は
黒石平の方が上で

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待合室は掘っ立て小屋なれど
『建物』があったので
電力所前の方が上だった
※ 上下とも『プラットホームの旅』より

何でも、50軒ほどの社宅があって小学校もあったというが、今はその跡地を示す基礎と小学校や社宅団地の跡地を示す石碑が2~3あるだけで、完全な原野に還っているとの事である。

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かつてはこんなミュージアムが
建っていたというが

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アクセス地図入りの
パンフレットもあったのに
閉館後跡形もなく撤去されて
原野に還った今は廃墟マニアの
聖地の一つとなっているらしい
※ 上下とも電源開発のパンフレットより

また、社宅移転跡に建てられていたミュージアム・『糠平電力館』も跡形もなく撤去されているという。 もう、この駅跡地と同じく原野に還ってますね。 気力が湧いて来れば、また訪れる北海道の旅で、この廃墟めぐりも旅の行程に加えようかと。


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ある一つの事が解ったよ
それは「学歴は心も生活も
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東京五輪の開催を進めて国民全てを敵に回すし
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No Subject * by ねむろ大喜
同じような風景を日々見ております^^)

Re: No Subject * by  風来梨
ねむろ大喜さん、こんばんは。

ご当地の東根室駅なんか、駅の構造がちょっと似てますね。
あと、以前に廃止となった標津線の無人駅なんかも。

でも、この黒石平は、ゴーストタウンそのものですね。 かつて50軒以上建っていた社宅住宅は全て撤去されて自然に還っています。

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No Subject

同じような風景を日々見ております^^)
2021-07-10 * ねむろ大喜 [ 編集 ]

Re: No Subject

ねむろ大喜さん、こんばんは。

ご当地の東根室駅なんか、駅の構造がちょっと似てますね。
あと、以前に廃止となった標津線の無人駅なんかも。

でも、この黒石平は、ゴーストタウンそのものですね。 かつて50軒以上建っていた社宅住宅は全て撤去されて自然に還っています。
2021-07-11 *  風来梨 [ 編集 ]