風来梨のブログ

このブログは、筆者であるワテの『オチャメ』な日本全国各地への探勝・訪問・体験記です。

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よも”ヤマ”話  第138話  知床連山縦走 その3

よも”ヤマ”話  第138話  知床連山縦走 その3 (知床・硫黄山~下山)〔北海道〕 '96・7
知床・硫黄山 1563m〔名峰次選 27峰目〕

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1500mそこそこの標高とは思えない
威圧感を示す知床・硫黄山

  知床・硫黄山 しれとこ・いおうざん (知床国立公園)
北海道羅臼町と斜里町にまたがる知床国立公園の知床半島に位置する活火山で、山頂部は斜里町に属している。 一等三角点に指定されており、そこの標高は1,562.5mである。 この峰は羅臼岳・天頂山と共に知床半島の活火山の一つで、山頂だけではなく山腹にも硫気孔が存在し、常に噴煙を上げている。
安山岩質の成層火山で、知床半島に存在する第四紀火山のうちで最も大きく、今から24万年前には火山活動を開始している。

輝石安山岩や複輝石安山岩・火山灰・溶岩や火砕物の噴出により、成層火山を形成し、山頂部に2つの火口がある。 両火口が接する火口壁上には、ナマコ山溶岩ドームと南峰溶岩ドームが生成している。
北西側中腹の爆裂火口(第1号火口)は、しばしば多量の溶融硫黄を噴出する特徴的な活動を繰り返す、世界的にも珍しい噴火形式である。 北西側からは、硫黄川とカムイワッカ川が流下している。

頂上には2つの爆裂火口が残り、北斜面をウプシノッタ川・カムイワッカ川がオホーツク海へ、南斜面をショージ川・ケンネベツ川・モセカルベツ川は根室海峡へ注いでいる。気候は冷涼で海から直接強風が吹きつける為に森林限界が500~800mと低く、上部はハイマツ帯となっている。

現地では、単に硫黄山(イワゥヌプリ)と呼ばれるが、近隣の弟子屈町にも硫黄山(アトサヌプリ)がある為、区別するために知床・硫黄山と呼ばれる。 自然環境が過酷な事もあって山麓には集落はなく、海岸線にわずかな番屋とカムイワッカ湯の滝などの観光地があるのみである。 なお、付近一帯は、2005年7月17日に開催された第29回ユネスコ世界遺産委員会で世界遺産に登録されている。

登山に関しては、活動火山ゆえの噴出物などでルートが不明瞭で、道標などのルート指標はほとんど印されていない。 噴出する有毒火山ガスに対する注意も必要で、ルートが不明瞭なのに加えて噴火口近くを通る事から、霧の発生などでの視界不良時に有毒火山ガスの噴出域に迷い込んでしまう危険もある。
また、手付かずの自然が残る未開の山域で、ヒグマが多数出没する地域であるのでその注意も必要である。



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知床連山縦走ルート《3日目》 行程詳細図

   行程表               駐車場・トイレ・山小屋情報 
《1日目》 斜里町・ウトロより車(0:30)→岩尾別温泉(3:00)→羅臼平(1:00)→羅臼岳
     (0:45)→羅臼平
《2日目》 羅臼平(0:40)→ミツミネ山幕営地(2:20)→二ッ池(0:50)→南岳
     (0:40)→知円別岳鞍部のグラウンド
《3日目》 知円別岳鞍部のグラウンド(1:50)→第一噴火口分岐(0:25)→硫黄山
     (0:20)→第一噴火口分岐(2:40)→新墳火口(1:00)→硫黄山登山口
     (0:25)→湯ノ滝バス停よりバス(0:35)→岩尾別温泉より車
     (0:30)→斜里町・ウトロ
   ※ 前話『第137話 その2』の続きです

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二等辺三角形のような
鋭い頂を突き上げる硫黄岳
※ 知床縦走ルート案内(ヤマレコ)より

 《3日目》 硫黄山からカムイワッカへ
今日は、“折り紙付き”の難コースを歩くので、気分が高揚して早く目覚める。 早く目覚めたなら、「これは幸い」と早々に出発する。 知円別岳鞍部からは、広く平坦なハイマツ帯のお花畑の中を進んでいく。 もしかしたなら、知床の名花・シレトコスミレを見つける事ができるかもしれない。 多少の緩やかなアップダウンはあるものの、ここまでは花を見ながらの快適な稜線歩きだ。 

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最初だけお花畑の中をゆく
快適な稜線歩きだったが

しかし、知床・東岳の分岐に登り着くと状況は一変する。 道は外輪山上に出て、典型的な稜線の痩せ尾根道となる。 知床・東岳や硫黄山とその下に広がるだだっ広い火口原など、辺りの眺望は素晴らしいものの、両サイドがスッパリと切れ落ちた幅わずか1m位の稜線上を伝わねばならない。 まず、難コースの序曲は、知円別岳の東面にある崩壊地を巻くようにトラバースする事から始まる。 

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この先の知床・東岳の分岐からは
過酷な難ルートとなったので
写真など撮る余裕はありませんでした

この知円別岳の東面は頂上から崩壊が続いており、こちらから登るのは到底無理だろう。
また、反対側の西面は、ハイマツのブッシュ漕ぎを強いられるだろう。 知円別岳は苦労してまで登る程の山でもなさそうだし、ここは気軽に“パス”しよう。

さて、この崩壊地のトラバースだが、硫黄山の外輪山の一角らしく、硫黄の混じった粘土質の粉石砕土で、足を踏み出すごとにめり込んで崩れるのである。 そして、崩れていった砕土が、コロコロと東岳との谷の方へ転がり落ちていくのをまの当たりにすると、さすがに緊張する。 

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下から火口原の噴煙が上がる
痩せ尾根を伝う

この崩壊地を何とか越えると、下に火口原のグラウンドが広がる、痩せ尾根地帯を通るようになる。
グラウンドを覗くと、吸い込まれそうな感じがする。 痩せ尾根上を伝っていくと、先を塞ぐかのように岩塊のドームが尾根上に立ちはばかっている。 当然、これを越えなければならない。

ただでさえ痩せ尾根上に立っているこのドームを、ハング気味に巻くようにトラバースせねばならない。 ここも、なかなかの難所である。 ドームの間をくぐり、この足が竦むトラバースを乗り越えると、しばらくは幅の広がった砂礫地の下りが続くが、程なく次の難所が待ち構えているのである。 それは、雪渓のトラバースである。

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オッカパケ岳から望む硫黄岳の雪渓は
大した傾斜に見えないが実際に
登ってみると半分命賭けの登高だったよ
※ 知床縦走ルート案内(ヤマレコ)より

ただの雪渓のトラバースならいいのだが、雪渓を渡った先の道が不明瞭で、この雪渓を渡ったとしてもこの先の見当がつかない。 幾度か往復しても道は見当たらず、仕方なしに辺りを見渡すと雪渓の上部の岩ガレに小さな赤ペンキの丸印が見えた。 どうやら、あの上に登るみたいだ。 しかし、道が判ったとしても、アイゼン無しでこの崖のような雪渓を登るのは到底不可能である。 

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核心部分の雪渓登りですが
半分命賭けの雪渓登りで
写真を撮ってる余裕など
以下同文で花の写真おば・・

どうやらここは、雪渓の縁にあるイバラをつかみながらよじ登るしか手がなさそうである。 
本来の道は、雪渓で埋められているのであろう。 登山シーズンでこれなのだから、ほとんどこの雪渓は消える事はなさそうである。 この逆コースは、この崖のような雪渓の下降となり、雪渓装備一式を備えてもなお滑落の危険があり、単なる夏山装備では通過は不可能であろう。 従って、逆コースからの縦走は止めといた方が無難だろうね。

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サシルイ岳で望んだ峰の直下に
ようやくたどり着く

この難関中の難関を越えると、ようやく硫黄山の前衛の峰に立つ事ができる。 ここから、鎖付きの崖を100m程下り、火口原への分岐(現在通行禁止のグラウンドコースからの合流点)のある窪地に下り着く。

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ホントすごい急傾斜だわ・・
「登るのパスしようか」と思った位の
※ ウィキペディア画像を拝借

ここまで来ると、見上げる位置に硫黄山がドンと居座っている。 ちょっと上の下山道分岐に荷物を置き、硫黄山を往復してこよう。 

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硫黄山の登頂は1500mそこそこの
峰とは思えぬ険しさがあった
※ ウィキペディア画像を拝借

硫黄山へは、崩れそうな岩の積み重なりを慎重に登っていく。 頂上まで、約20分である。 
晴れた日の硫黄山 1563メートル 頂上からの眺めは、岬へ続く未開の知床の山なみの眺望は元より、「もしかしたなら、知床岬をも・・」という期待を抱かせるものなのだろうが、ワテが登った時は残念ながらガスに巻かれて視界は全くなかった。 硫黄山で“最果て”の雰囲気を充分に味わったなら、下山に取りかかろう。 

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ワテが登った時の硫黄山頂上は
ガスで『白無の世界』だったので
ウィキペディアで頂上の写真おば・・
※ ウィキペディア画像を拝借

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硫黄山から望む知床の山なみ
※ ウィキペディア画像を拝借

頂上からの下りも、崩れやすいガレ場なので慎重に下ろう。 デポした荷物を回収して、道標の指し示す通り左手に下っていく。 急な沢筋の砂礫地を下っていくと、やがて雪渓に取り付くようになる。
ここからこの雪渓を下っていくのだが、この雪渓の長さは約3kmと長大で、沢筋の道のほとんどが雪渓下りである。 延々と続く雪渓の下りにうんざりする頃、ようやく雪渓が途切れて、雪解け水がそのまま沢の流水となる河原状の上を伝っていく。 

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尖った岩の「足にくる」
沢筋を延々と下っていく

しばらく、この河原を下っていくと沢にロープが張ってあり、道は左側に迫る土手に上がるように促されている。 この土手の頂点まで急登し、尾根上の潅木樹林帯のトンネルを急下降していく。 この下降も距離が長く、先程の長大雪渓を含めて、到底「1500m級の山を下っている」とは思えない。 尾根の上部で見えた尾根の端まで下っていくと、ようやくこの潅木帯のトンネルから解放される。 トンネルから抜け出すと視界が開けて、眼前には荒涼とした火口原が広がる。 

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『賽の河原』が如くの
荒涼とした眺めの新噴火口付近

ここは《新噴火口》と呼ばれる所だ。 あるガイドでは、ここから下山目的地の『湯ノ滝バス停』まで、所要40分と記してある。 しかし、これはとんでもない事で、この《新噴火口》の岩ガレ場を下るだけで裕に40分はかかる。 このように、他のガイドが簡単に書き流しているのを鵜呑みにしてやってくると、「とんだ目」に遭うコースなのである。

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途中には煙を上げる
噴火口が多数見られる
※ 知床縦走ルート案内(ヤマレコ)より

また、疲れからくるコースアウトの懸念も大きくなる。 緊張する下山行程の疲労感が吹き出してくるのがこの辺りで、疲れてコースを外してしまうと周囲に漂う有毒ガスの中毒に陥ってしまう懸念があるからだ。 疲れを感じても、気を引き締めていこう。

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道を外して火口原に入ってしまうと
火山ガス中毒で行き倒れるよ
※ ウィキペディア画像を拝借

《新噴火口》のガレ場を下りきると、待ちに待った《カムイワッカの湯滝》が下方に見えてくる。
《カムイワッカの湯滝》では、観光客が沢の湯で沢遊びをしているのが見渡せる。 また、『知床林道』のダート道も見えてくる。

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この頃は湯滝の滝釜まで
沢を遡って本当に温泉に
浸かる事ができたのだが・・
この山行の後にYHに連泊して
湯滝めぐりをしたしィ

しばらく、カムイワッカ沢の右岸を伝っていくが、やがて樹林帯に入ってつづら折りの坂を下っていく。 これを下りきると、『知床林道』にある《硫黄山登山口》に飛び出るように着く。 以前は、この先の『知床大橋』(何の変哲もない橋である)までバスが通じていて、《硫黄山登山口》にもバス停があったのだが、ここ数年は《カムイワッカの湯滝》から先が通行止となっているので、『湯ノ滝バス停』まで1.5kmの林道歩きが必要だ。

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何の変哲もないトラス橋の知床大橋
昔はここまでバスが入っていた
※ 『道東ナビゲータ』より

でも、この林道に降り立った時、「難関たる下山行」を無事に終えた安堵感とハイレベルの縦走をやり遂げた充実感で、かなり興奮していたのを憶えている。 記憶には薄いが、『硫黄山登山口』の標柱にハイタッチして、「ヨッシャァ!」と雄叫びを上げたような、気のせいだったような・・。

そして、1.5kmの林道を伝って、林道の進入禁止ゲートにたどり着く。 このゲートは人の進入を阻む目的で設置された事もあるせいか、道路の通行止ゲートより高いバリケード状のモノで南京錠で施錠されていた。 もちろん、ゲートを開ける鍵なと持っておらず、20㎏(ヤマで消費した分軽くなった)のザックを担いだままバリケードをよじ登る。

でも、このバリケート越えは思ったより難関で、細いパイプ製のバリケートの頂点をザックを担いだまま跨がねばならないのである。 この時は『奇跡の体力』のホルダーとはいえ、このタワケの基本は「他の人より身体能力が著しく劣る」『運痴』なのである。 その『運痴』が重荷を担いだまま1.5mの空中でバリケードを跨ぐってのは、結構なミッションだったりするのである。 疲れていた事もあり、かなりてこずったよ。

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今は監視員がいるので
こんなバリケードのような
ゲートじゃないみたい
※ 写真のゲートは知床大橋のゲートです

何とかバリケードを乗り越えて知床林道の通行禁止領域を脱出し、観光客のタムロするカムイワッカ・湯滝側に”帰還”する。 その場にいた観光客はタワケのバリケード越えの醜態をハラハラしながら見ていたようで、無事着地するとどこからともなく拍手が沸き起こったよ。 一応、このタワケは「知床連山の縦走を完遂しました」という事で、ガッツポーズでその拍手に応えたよ。 このガッツポーズだけは鮮明に記憶に残っている。

『奇跡の体力』をもってして何とか、このキツい縦走を終える事ができた。 でも、今のヘタレならば、チト厳しいかも。 だけど、知床が『世界遺産』に登録されてこの頃とは段違いに整備も入っているし、硫黄山ピストンの入山者も増えている事から「(今でも)何とか行けるかな?」とナメた見通しを立てるこのクソタワケ。

後は知床林道のシャトルバスに乗って、車を預けている岩尾別YHに帰るだけだが、ここで問題が発生。 それは、このシャトルバスは30分毎の頻発運転なものの予約制で、無届登山のワテは当然にシャトルバスの予約をしていないのである。 だが、「捨てる神があれば何とやら」で、さっきのバリケード越えの醜態を見ていた観光客の一人が「自分は次のバスにするからこの方を乗せてあげて」と申し出てくれて、無事バスに乗れて事なきを得る。

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硫黄山とオホーツク海に
落ちるカムイワッカ滝
これも観光クルーズ船に
乗らないと魅るのはムリ
※ ウィキペディア画像を拝借

ちなみに、『世界遺産・知床』として観光地化されている《カムイワッカの湯滝》であるが、観光客に沢遡行は危険な為に、現在は入口から沢を100mほど遡った所で監視員付きで進入禁止処置が取られている。
この処置によって、《カムイワッカの湯滝》は水温30度前後の「生ぬるい沢遊びの場」となっている。

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この頃は上流の四ノ滝・滝釜の
温泉まで沢を登れたのだが
但し沢遡行すると沢用靴下から
強酸性の温泉がしみ込んで
足裏が軽く爛れます

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今は入口から100m先の
一ノ滝の先で進入禁止となり
ぬるい水の沢遊びをするだけの
つまらない観光地になっています
※ ウィキペディア画像を拝借

なので、「下山してから《カムイワッカの湯滝》で山の疲れを癒すのはムリ!」っていうか、もし行けたとしても下山で疲れきって、とても湯ノ滝への沢登りをする気にはなれないだろうしィ。


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ワテ自身も不幸続きだ
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そして『武漢ウイルス』で
日本人は1万人近く
世界総数では277万人の死者が出たという

これでも『令和』への改元は
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