風来梨のブログ

このブログは、筆者であるワテの『オチャメ』な日本全国各地への探勝・訪問・体験記です。

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私の訪ねた路線  第48回  由利高原鉄道

『私の訪ねた路線』  第48回  由利高原鉄道  〔秋田県〕
 

コスモスの咲く駅
黒沢にて
 
《路線データ》
       営業区間と営業キロ  羽後本荘~矢島 23.0km      運行本数  
          旧国鉄矢島線からの第三セクター移管線          14往復
 
   《路線史》
改正鉄道敷設法による「秋田県・本荘から矢島を経て院内へ至る路線」として建設された路線である。
路線建設は横荘鉄道によって行なわれ、1922年に羽後本荘~前郷が横荘鉄道・西線として開通する。 

横荘鉄道は、横手からの東線の建設・延伸も手掛けている。 1918年から1930年にかけて、横手から由利郡東由利村(現在は由利本荘市)の老方までの38.2kmも開業させている。 この横荘線計画は、釜石より横手を経て本荘を結ぶ『陸羽横断鉄道構想』という壮大な計画であったが、昭和恐慌や太平洋戦争などで実現せずに終わっている。

もちろん、西線の前郷と東線の老方は連結させる予定であった事は言うまでもない。 このように、横荘鉄道は横手・本荘の双方からかなりの区間の建設と延伸開業をしたのであるが、1937年の買収・国有化の際には鉄道敷設法に法った西線のみが買収され、東線はその対象とならずに分離される。 

分離後の東線は雄勝鉄道・羽後交通(横荘線)と経営会社が立ち代り、災害で路線や橋梁が倒壊する毎に路線が短縮され、1971年には全線廃止となっている。

買収された西線は国鉄矢島線と改称され、買収された年の暮れに西滝沢までが延伸開業する。
そして、翌1938年には、路線名称通りに羽後矢島までの既存区間が全通する。 だが、矢島以降の路線建設は完全に放棄され、鉄道建設公団のAB線にも挙げられる事はなかった。

こうして、運命の1980年・国鉄再建法の施行の年を迎える。 沿線に大きな街もなく、目だった産業もないこの路線は、第一次の廃止対象候補に指定される。 廃止承認が成された1981年には貨物営業も廃止され、臨時列車を走らせるなどの対策を実施したものの輸送密度は延びず、対策協議会でもバス転換の方向で集約されつつあったという。
 

由利高原鉄道の
開業記念スタンプ

だが、1984年に青森県の弘南鉄道が引き受けを表明した事で、地元主導の鉄道存続である第三セクター運営に方針転換される。 こうして1985年10月より、第三セクター鉄道・由利高原鉄道への転換となったのである。
 


 

やはり鳥海山をバックに
撮りたかったなぁ
吉沢にて
 
   《乗車記》
羽後本荘駅の母屋から離れた4・5番線が由利高原鉄道の発着ホームだ。 羽後本荘駅を出た列車は、羽越本線としばらく平行する。 奥羽本線との離れ際に薬師堂駅がある。 駅舎は建替えられたらしく綺麗な建物となっているが、他の途中駅も同じ造りなので、やや面白みに欠ける。
 

薬師沢までの乗車券
 
次の子吉だけは、なぜか旧国鉄時代からの駅舎だ。 この辺りから広大な稲作地帯となる。
鳥避けの柵だろうか、鉄の無粋な柵と国道とに挟まれた間を行き、程なく鮎川。 鮎川からは道路と離れ、奥の田園地帯を大きく巻いて黒沢に着く。
 

雨でくすんで今イチ
黒沢にて
 
黒沢の駅は地元の方々によりホームにコスモスの花が植えられて、ちょっとした花の駅となっている。
黒沢を出ると、程なく子吉川を渡る。 この橋梁は国鉄時代は有名な撮影地だったようである。
 
橋梁を渡り終えて右へカーブすると、由利高原鉄道に移管されてからの新設駅・曲沢に着く。
新設駅と言う事で、ホームの上に簡易の待合室があるだけの駅だ。 曲沢を出た辺りから、線路際に民家が多く見え始める。 それは次の前郷が、由利本荘市に合併される前に存在した由利町の中心駅であったからだ。 今も線内唯一の交換駅で、終点の矢島を除いて唯一の駅員配置駅である。 この駅で、全運行列車のほとんどが上下交換する。 
 
前郷を出ると、田園地帯に民家が点々とある典型的な田舎風景の中を行く。 新設駅の久保田を過ぎると、高台に登って森の中を突っ切るように進む。 森の中を直進して民家のある道路際に下りてくると西滝沢。
 

秋田は日本の米どころ・・
広大な田園地帯を仕切る
築堤の上を列車はゆく

西滝沢を出ると再び森の中に分け入り、そろそろに渓流と成り始めた子吉川を渡ると広大な田園地帯に出て、その田園地帯を仕切る築堤の上を進んでいく。 築堤を進んでいくと、築堤の上に設けられた新設駅の吉沢に着く。 何となくであるが、この駅が最も利用客が少なそうだ。 周囲は青々とした田園風景が続き、集落も300m離れた国道よりも奥にあるようだ。
 
そしてこの辺りから、空が透き通る程に晴れていれば鳥海山の勇姿を見る事が叶うだろう。 
いや、透き通るほどの晴れならば、全区間で鳥海山の勇姿が望めるかもしれない。 吉沢の田園地帯を過ぎると子吉川が寄り添ってきて、集落の数も増えてくる。 やがて川辺に着く。 この辺りは月山温泉という温泉が湧いているとの事である。
 
川辺を出るとトンネルで国道とクロスして、矢島の町の中央に位置する矢島駅に着く。 駅は観光物産館を併設しているようだが、先述のように駅の位置は中央であるが集落の状況からみると町はずれのようで、広い駅前ロータリーは閑散としていた。 また、旧国鉄の羽後矢島駅は新駅の脇に保存されているとの事だが、実情は放置状態で駅舎内は車の駐車場と化していた。

   ※ 詳細は『魅惑の鉄道写真集』より『由利高原鉄道』を御覧下さい。
 
 
 

 
 
        
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No title * by オータ
北海道に比べたら、東北のローカル線はよく残っていますヨ…
ま、人口も多いでしょうし、三陸鉄道のように営業努力もしているのでしょう。

No title * by 風来梨
こんばんは。

この由利高原鉄道の旧国鉄矢島線は、廃止線としてはまだ恵まれた方だったので、何とか生き残っているみたいですね。 でも、経営はしんどいみたいです。

そして今は、東北のローカル線が存亡の岐路に立たされているようです。 大畑線の下北交通・黒石線の弘南鉄道・南部縦貫などが廃止となり、今は十和田観光鉄道が新幹線開業で危機となっているようです。 また、震災の影響もありますし・・。

コメント






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No title

北海道に比べたら、東北のローカル線はよく残っていますヨ…
ま、人口も多いでしょうし、三陸鉄道のように営業努力もしているのでしょう。
2011-09-18 * オータ [ 編集 ]

No title

こんばんは。

この由利高原鉄道の旧国鉄矢島線は、廃止線としてはまだ恵まれた方だったので、何とか生き残っているみたいですね。 でも、経営はしんどいみたいです。

そして今は、東北のローカル線が存亡の岐路に立たされているようです。 大畑線の下北交通・黒石線の弘南鉄道・南部縦貫などが廃止となり、今は十和田観光鉄道が新幹線開業で危機となっているようです。 また、震災の影響もありますし・・。
2011-09-19 * 風来梨 [ 編集 ]