風来梨のブログ

このブログは、筆者であるワテの『オチャメ』な日本全国各地への探勝・訪問・体験記です。

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路線の思い出  第410回  宮原線・麻生釣駅跡

『路線の思い出』   第410回  宮原線・麻生釣駅跡 〔大分県〕

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もう駅というより
山小屋だった麻生釣駅

《路線データ》
        営業区間と営業キロ         輸送密度(’79) / 営業係数(’83)   
      恵良~肥後小国 26.6km          109  /   1860 
          廃止年月日                転換処置         
          ’84/12/ 1                    大分交通バス
廃止時運行本数
       豊後森~肥後小国 3往復(土曜 4往復)
       豊後森~宝泉寺 下り2本・上り1本(内 1往復は休日運休)

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九州の国鉄式駅名表は真ん中に
県・郡表記がある古風な表示だった
※ ウィキペディア画像を拝借

麻生釣駅(あそづるえき)は、かつて大分県玖珠郡九重町大字菅原にあった国鉄・宮原線の駅である。
宮原線の廃止に伴い、1984年12月1日に廃駅となった。 廃止時点で、単式ホーム1面1線を有する無人駅であった。

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日本広しと言えども
日本に何千という駅はあれど
石積みの石室駅は
この駅以外になかったのでは?

駅舎であるが、駅舎側の線路が完全撤去された元島式ホームの肥後小国寄りにあったスロープを下り、駅舎側の線路跡を渡った所に山小屋と見紛うような石室造の駅舎があった。 駅舎は待合室と有人駅時代の駅務室及び宿直室からなり、駅務室部分は窓ガラスを含む全ての設備が撤去されて畳敷きの宿直室のみが残っていたが、長年の放置で畳の隙間から草が生える程に荒廃していた。

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駅に上る階段も雑草で埋もれていた

駅跡は現在、自然回帰が進行しており、駅の痕跡を辿るのは困難を極める。 近くを国道387号が通り、駅より100m程の場所の路側帯の隅に駅入り口の道が残っている。 ただし、車では駅跡には行けない。

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国道からの駅の入口

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舗装はされているものの
枯草で埋もれてスリップするので
車で入るのはムリ

当駅が映画『男はつらいよ 寅次郎わが道をゆく』(1978年)に登場している。 最寄りバス停の名称は「あそうづる」となっている。



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宮原線を訪ねた5回全てで駅寝をして
もはや我が『別荘』と化した
山小屋駅・麻生釣

ワテがローカル線を追いかけていた少年時代に『我が青春のローカル線』として位置付けて、北海道の廃止ローカル線と共に学校をブッちぎってでも通いつめた線、それが高原鉄道・宮原線で、訪れた時のメイン撮影地&宿泊場所がこの麻生釣駅跡だったのである。

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麻生釣駅から2.5km北里寄りに
竹筋コンクリートの眼鏡橋・廣平橋梁があった

そしてこの駅は、我が青春の数ページどころか、『我が青春記 宮原線・麻生釣編』として1冊の本が出せる位の思い出が詰まっている駅だ。 でも、その思い出は、同年代の高校生の鉄道追っかけ旅での思い出とは異なり、ハチャメチャな内容だ。 まぁ、学校をサボってまで必死に通い詰めるようなタワケ小僧だから成せる、思い出の数々なのであるが。

では、そのハチャメチャな「思い出」の中でも、同世代の高校生では考えも及ばない・・というか、マトモな高校生(学校をサボってやってくるこのタワケ小僧が「マトモ」な訳ないけど)なら絶対にしない『濃い』内容の「思い出」を書き記していこうか。

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チラチラと舞う雪の中
「どこからともなく列車がやってくる」
という情景を魅せていた

最初に宮原線を訪ねた時は冬で、その日は雪がチラチラ舞う極寒だった。 その夜は麻生駅の待合室のバケット椅子で寝たのだが、あまりの寒さにシュラフのみでは寝てられずに、駅舎の向かいにあった廃屋の中に入り、その時持ってきていた固形燃料(ロクデナシ小僧とはいえ、さすがに1年坊主ではワンゲロの備品・ホエーブスを拝借できなかった)に火をつけて暖を取ったのである。

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列車が通らなくなってから
この眼鏡橋は国の『重要文化財』登録された

でも、この境地に陥った高校生ならたぶんここまで(ここまで至らず徹夜するか、下手すると凍えて『額縁の人』となるかも)だろうが、このタワケは違った。 このタワケは簡単に『オチャメ』るが、『オチャメ』ると真価を発揮するのである。 まぁ、『真価』といっても、なりふり構わぬ「何でもアリ」となるだけであるが。

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15年ほど前
まだ焚火の廃屋はあったようだ
ちなみに焚火の廃屋は灰色の建物の奥にある
ボロボロの倒壊しかけの建物だ
※ グーグル画像を拝借

この時は、畳さえ陥没して軒下が剥き出しとなった廃屋に転がっていた半分に切られた灯油缶に、廃屋の床の板やなぜかあった藁ひご・クシャクシャに丸めた新聞紙を詰めて固形燃料を投下して着火して、簡易焚火を始めたのである。 これが大当たりで、土間に据えた灯油缶が暖炉となって、夜明けまで火を焚べつつ、ウツラウツラと眠る事ができたよ。

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この日は国鉄の気動車の中でも
稀少価値のキハ53が運用に就いていた

翌朝は、当時の国鉄でも少数しか在籍しなかった珍車のキハ53が入っていて、焚火までして寒さを凌いだ麻生釣の『ファースト・アプローチ』は、写真でも貴重な「思い出」となったよ。

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次の麻生釣での駅寝は
装備一式持参して満を持して
やってきたのだか

次は、始めから麻生釣での駅寝を見込んで、ワンゲロからホエーブスを持ち出して(卒業の後は借りパク←ロクデナシ道・免許皆伝)きたが、持ち水の計算を誤って夕飯分しか汲んでこず、水不足で朝食が作れなくなったのである。 仕方ないので、付近の金持ちの家にある鯉の泳ぐ池の水を借りパクして、カップメンを作り食う。 まぁ、まともな高校生でなくても、まともな人間なら朝食を我慢するなりして、こんな事はしないだろうね。

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『ローカル線の光と影』
カメラが壊れる直前に
一番星が撮れたよ

また、2台で計9回壊れて山で何度も「鉄とプラスチックとガラスのゴミ」と化した『Canon F-1』と違い、丈夫な『Canon AE-1+P』が唯一壊れたのもこの時だ。 この時は巻き上げてもセットアップできずに撮影不能となり、ネガフィルムを入れていた『PENTAX ME-Super』で撮ったので、メインの廣平眼鏡橋で撮ったモノが少しカラーバランスが野暮ったくなったよ。

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優雅な姿を魅せる湧蓋山と
アートな造形の眼鏡橋と

そして、このタワケをして他人を救った唯一の善行をした思い出も、この麻生釣である。 まぁ、普通の人から見れば、学校サボって来ているこのタワケの所業自体がケシカラン事で、『善行』なんて言葉は有り得ないだろうけど。

それは、宮原線の廃止が近づいてきた秋のある日、いつもの如く学習の秋たけなわのド平日に宮原線の惜別撮影旅行を敢行した時の事である。 当然の如く金がないので、4日間の行程の全てが野宿(駅寝)である。 木次線の撮影を経て、2日がかりで目的の宮原線にやってくる。

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宮原線の廃止が近づいてきた晩秋に
翌朝こういうのを撮るべく
5度目の麻生釣駅寝を試みるが

翌日の撮影場所に近い麻生釣で駅寝する事を決めて、シュラフ一式(この時はテントなし)をもって駅舎へ“入城”する。 我が『別荘』と化した麻生釣駅舎へ“入城”する前に、乗ってきた最終列車を見送ってから駅舎に入る。 この「最終列車の見送り」は、この後すぐに出演する彼がドツボに叩き込まれる事につながったのである。

駅舎へ“入城”してカンテラをかざすと、中学入りたて位の少年がバケット椅子の『My・ベット予定地』で寝息を立ているではないか。 そ~っと近づくと、この少年はおもむろに飛び起きてホームへ走り出した。
だが、最終列車はテールランプの赤い点となり、程なく暗い闇に吸い込まれていった。

しばらくして、その状況を見届けた彼が半ベソをかいて戻ってくる。 どうやら、最終列車に乗るつもりが寝過ごしてしまったみたいである。 しばらくして、この少年は恐る恐るワテに訊ね事をした。 
「あの~、列車は発車してしまいましたか?」と。 ごまかしても仕方がないので、「今、乗ってきたのが最終列車だよ。 発車を見送ってから駅舎に入ってきたから」と正直に『死刑判決』を言い渡す。

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『全泣き』に近い彼の心情を表すべく
雨模様&手ブレ失敗写真おば

ワテのこの言葉を聞いて、少年は限りなく『全泣き』に近い顔で『肥後小国へ行く方法はないか?」と懇願してくる。 まぁ、ワテとて当時は、車の免許どころか原チャリ免許がいい所の歳(高校生)である。
懇願されたって、どうにもならんしィ。 だが、少々哀れに感じて、彼の為に少し考えてみる。
少し考えて、「もしかしたら、バスがあるかも・・」と返答してみた。

彼は少し“復活”して、「あの~、バス停はどこですか?」と訊ねてくる。 「国道に出て、300mほど宝泉寺側に行った所にあるよ」と答えると、また『半ベソ以上全泣き未満』となり、「付き添ってもらえませんか?」と懇願してくる。 仕方なしにカンテラを点けて(街灯の一つなく、外は月明かりのみ)、バス停まで付き添う。

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バス転換後の麻生釣バス停
当時はこんな立派な待合所
なんてなかったしィ

バス停に着いて、そのバス時刻表を目にした彼の目からは大粒の涙がこぼれ落ちた。 宮原線と同じく1日僅か3便で、最終は15時台であった。 予想できた事とはいえ彼にとっては最悪の結果が示され、動揺した彼は半ばすがりつくように「他に方法はありませんか?」と訊ねてくる。

すがられてもどうしようもなく、「そうだなぁ、ヒッチハイクするか、歩いていくしかないのとちゃう? でも、車通らんね」とつれない返事を返すしかなかったのである。 「もう、こうなったら今晩は、この少年の面倒をみるしかないだろう」と決めて、敢えてこのような返事を彼に返したのである。
その後すぐに、大粒の涙で瞼を腫らす彼をなだめに入る。 「今晩は駅で泊ろう。 怖ないって。 心配せんでも飯食わしたるし、寒くなくしたるから」

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人生でも数少ない『善行』で天晴な心意気を
宮原線での『一番星』写真で表しますた

・・前置きが長くなったが、という訳で彼にシュラフとシュラフマットを貸して、『My・ベット』のバケット椅子を譲ってあげて、ワテ自身は防寒着のジャージを下にはいて、ジャンバーの中にジャージを着込んで、駅の土間に新聞紙を敷いて寝るハメとなる。 結構、寒かったよ。 でも、人生で5本の指に入る慈善事業をして天晴れの心地であった。

翌朝、瞼を腫らす位に涙をこぼしてスッキリしたのか、それとも・・ワテの貸したシュラフが心地良かったのかグッスリと眠れたようで、ワテより早く起きて、ワテを起こしてくれたよ。 取り敢えず7:06の豊後森行が到着する前に、カップスープとカップメンやビスケットのリッツ(コレ、朝飯にはすごく重宝)で豪華なブレークファーストを取る。 この時の朝飯は、記憶に残る「美味い朝食」だったよ。

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朝霧の中をついて同宿した彼を救う
始発列車がやってきた

朝飯を食ってると、程なく7:06の豊後森行の時刻が近づいて来たので、ホエーブスの火を消してから「高原の朝靄をつく宮原線列車」を撮るべくスタンバイする。

一方、彼は昨夜はぐっすり眠れたようだが、寝過ごして予期せぬ駅寝に追い込まれた為か、「もう宮原線は結構・・」とばかりに、ホームでこの列車に乗るべくスタンバっていたよ。 

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彼が乗り込んだ上り始発列車は
豊後森に向けて峠を下っていく

でも、彼はラッキーだったと思うよ。 下手すりゃ、秋の夜長を何もナシで夜明かしせねばならなかったのだから。

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小国に出るべくヒッチハイクはできたものの
強くなる雨の中で軽トラの荷台の上だった

まぁ、この他にも、ヒッチハイクに成功したものの軽トラの荷台に乗せられて、国道387号の旧道の峠を『イニシャルD』した事や、炎天下の中を肥後小国まで線路を歩いて『重要文化財』の竹筋コンクリートの眼鏡橋を現役時代に歩いて通った思い出など、まだまだ数多に思い出があるけれど到底一つの記事に書き切れないので、この辺で「現役時の思い出」は締めようと思う。

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列車が通っていた時は
何の話題にも乗らなかったのに
廃止になってから惜しむのは
人の持つ『業』なのだろうね

そして、宮原線の廃線から四半世紀という時が経って、廣平橋梁などの『竹筋コンクリートの眼鏡橋』が重要文化財登録されて、観光スポットと変わった。 真に、「無くなってからその価値を惜しみ持ち上げる」典型例だろうね。 でも、ワテの思い出がつまった麻生釣駅跡は、雑草が生い茂るままに自然回帰していた。 そう・・、『輪廻転生』という言葉そのままに。 

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ホームの石垣は雑木林で埋まっていた
人工物を呑み込むすざましい自然回帰力だが
なぜか上茶路駅のような感動は感じなかった

その荒れ具合に、写真を撮る事を躊躇ったよ。 なぜなら駅施設は元より、焚火をしたあの廃屋も撤去されて跡形もなく、「思い出」が全て消えていたのだから。 でも、唯一ホームの石垣は草に埋もれて残っていたよ。

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荒れ果てるままに「思い出」が
跡形もなく消えた光景に
写真を撮る気が全く起きなかったが
「撮らねばきっと後悔する」と思って撮る

そしてなぜか、工事現場に置かれている簡易トイレだけが残されていた。 でも、「ここで撮らねば、後で後悔するだろうな」と思って撮る。

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坂を上がった「思い出の地」は
『輪廻転生』という解をもって消滅していたよ
※ グーグル画像を拝借

・・30年という時が経って訪れた思い出の地は、同じく『輪廻転生』の解をもって無に帰していたのだった。 そしてその光景を目にして立ちすくむワテがいたのを鮮明に憶えている。


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Re: No Subject * by  風来梨
内緒さん、こんにちは。 写真は「※ ウィキペディアより拝借」などの※印のある写真を除いて、御自由にお使いください(※印のある3枚は、借り物なので掲載は不可です)。

ご使用にあたって、この記事 https://furai58.blog.fc2.com/blog-entry-1907.html 又は私のメインサイトの掲載ページ『魅惑の鉄道写真集 宮原線』 http://nihon100kei.la.coocan.jp/tetudou1.htm#t3 にリンクを貼って頂ければ有難いです。

ありがとうございます * by キハ48
風来梨さま
ご返答ありがとうございます。
またご快諾いただきありがとうございます。

真ん中辺りにある駅舎の画像ですが、駅舎前の樹木に石で囲いがしてありますが、これが残っていました。(石の囲いの真ん中に切り株あり)

風来梨さまのHPのおかげでいろいろ探訪でき、大変助かりました。
ありがとうございました。

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2021-04-02 * - [ 編集 ]

Re: No Subject

内緒さん、こんにちは。 写真は「※ ウィキペディアより拝借」などの※印のある写真を除いて、御自由にお使いください(※印のある3枚は、借り物なので掲載は不可です)。

ご使用にあたって、この記事 https://furai58.blog.fc2.com/blog-entry-1907.html 又は私のメインサイトの掲載ページ『魅惑の鉄道写真集 宮原線』 http://nihon100kei.la.coocan.jp/tetudou1.htm#t3 にリンクを貼って頂ければ有難いです。
2021-04-03 *  風来梨 [ 編集 ]

ありがとうございます

風来梨さま
ご返答ありがとうございます。
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真ん中辺りにある駅舎の画像ですが、駅舎前の樹木に石で囲いがしてありますが、これが残っていました。(石の囲いの真ん中に切り株あり)

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ありがとうございました。
2021-04-03 * キハ48 [ 編集 ]