風来梨のブログ

このブログは、筆者であるワテの『オチャメ』な日本全国各地への探勝・訪問・体験記です。

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私の訪ねた路線  第44回  岩日線

『私の訪ねた路線』  第44回  岩日線  〔山口県〕
 

四半世紀以上も前に押した
ヘタクソな押印のスタンプ
 
《路線データ》
       営業区間と営業キロ          輸送密度 / 営業係数(’83)    
        西岩国~錦町 32.7km            1235  /   534        
         移管年月日                転換処置 
          ’87/ 7/25                    錦川鉄道

移管時運行本数
                            岩国~錦町  7往復《休日6往復》
                            岩国~河山  下り1本
 
  《路線史》
路線名にも示されるように、本来は岩国と山口線の日原を結ぶ『陰陽連絡線』の一つとして建設された路線である。 1960年に河山まで、1963年には既存区間の錦町まで開通する。 そして、錦町以北も『岩日北線』として、1967年に建設が着工される。

だが、1980年の国鉄再建法の施行で、既存区間が第二次廃止対象候補に指定される。 それに伴って、『岩日北線』の延伸工事も凍結される。 この路線が錦川に沿っての谷あいを走る事で沿線に主となる街がなく、また集落の大半も川の対岸にある事から鉄道の存続は難しいと思われたが、地元の強い存続運動を経て、1987年7月に沿線市町村主導型の第三セクターにて運営を引き継がれた。

沿線にこれといった観光地もなく、また目立った産業もなく運営に苦戦すると思われたのだが、不思議に廃止や経営危機の声をあまり聞かない。 また、有効に機能しているかは定かでないが線内の御庄駅は山陽新幹線の新岩国駅の最寄り駅であり、これを活用しているならそれなりの需要はあるもの・・と思われる。

運営に関しては、積極的なイベント列車運行をして行楽客を開拓しているようである。
 

 

南桑駅に到着したキハ20系
 
  《乗車記》
岩国駅母屋寄りの1番線が岩日線の発着ホームだ。 第三セクターに移管されてからは0番線が作られたようだが。 岩国駅を出発した列車は、岩日線の分岐駅の川西までは岩徳線上を行く。 元は岩国駅で鹿鳴館時代のようなモダンな建物の西岩国駅を経て、分岐駅の川西に着く。
 
川西は橋上駅で、ラッシュ時は岩徳線列車と岩日線列車が次々に発着し、学生達の下車駅として賑わう。 また、岩国の名所である岩国城址や錦帯橋、宇野千代の生家なども徒歩圏内で、休日にはこの駅を始点に岩国駅まで名所を連ねて歩く1DAYハイクのイベントも催される。
 
次の御庄は、山陽新幹線の新岩国の最寄駅。 新幹線ホームへは400mの連絡通路がつながっているが、当時は同じ国鉄でありながら接続駅指定がなされずに、新幹線利用客もほぼ全てが岩国からのバス利用であったという。 今も若干の鉄道利用があるが、バス利用が主である事は変らない。
 

生涯2度しかない
貴重な筆者の流し撮り写真
しかも車両はキハ20系列の
ロマンスカーキハ26だし
でも列車速度は30km/h位だしィ
 
次の南河内は、庇だけで待合室もない棒線駅だが、春になると菜ノ花が満開となり、今は春の開花シーズンはイベント開催駅となっているとの事である。 次の行波は、当初は乗降場として設置された駅で、国鉄時代は時刻表には掲載されなかった駅である。 国の重要無形民俗文化財である岩国・行波の神舞を奉納する荒玉神社が駅の目の前にある。
 
次の北河内は列車交換可能駅。 この辺りから、そろそろに山峡に分け入っていく。 名所としては、ニリンソウやシャクナゲの群生地が徒歩圏内にあるらしい。 北河内を出ると、錦川が線路高架の真下に寄り添うようになり、清流鉄道のクライマックス区間が始まる。 椋野の駅の上からは、清流・錦川と対岸に寄り添う旧家の純和風な情景が広がる。
 
次の南桑が錦川に最も寄り添う駅だ。 この線を訪れた当時の私も、錦川に最も近いこの駅を撮影地に選んで下車したのである。 だが、なぜか当時厨房の私は、清流と鉄道をアングルに収める事をしなかったのである。 とどのつまり、何も考えてないだろ?って事である。
 

この時はまだ川を入れて
など頭になかったです ハイ
 
次の根笠も庇のみの駅だが、周囲にはイベント会場が密集している。 まずは、タングステン鉱山であった玖河鉱山跡のテーマパークの《美川ムーバレー》、国の天然記念物指定を受けた《岩屋観音窟》、直径12mの観光用大型水車なとのがある。 但し、駅からはいずれも3~5km離れてはいるが。
 
旧美川町の中心で、河山鉱山の積出駅であったのが河山だ。 撤去されているとはいえ、積出側線を擁した線内最大の駅であった。 駅舎からホームまで離れていて、側線を跨いで駅母屋に出る典型的な鉱山駅となっている。 だが、鉱山の閉山は遠く昭和46年の事で、それ以来貨物営業も廃されて、駅としての地位は低下し続けているようだ。
 

錦町駅周辺をウロウロしてたら
列車がやってきたので
慌てて1ショット
川を入れればいいのに
 
次の柳瀬は、河沿いにある庇のみの棒線駅で、目だったスポットは残念ながら見当たらない。
柳瀬駅を出るとトンネルに入りそれを抜けると、長く寄り添ってきた錦川を渡り終着・錦町に到着する。
国鉄時代の錦町は、それは殺風景な築堤駅であったが、今は洋風の建物に改築されている。
 

国鉄時代の錦町駅
えらく殺風景な駅でした
ちなみに今の錦町駅はコチラ
 
また、最寄の温泉であるそうづ峡温泉へは、観光遊覧車・トコトコトレインなるものが、錦町から延伸されるはずであった岩日北線の完成路盤跡を利用して40分かけて結んでいる。

   ※ 詳細は『魅惑の鉄道写真集』より『岩日線』を御覧下さい。




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