2020-05-14 (Thu)✎
路線の思い出 第380回 只見線・越後須原駅 〔新潟県〕
ようやく長い冬が明けて
雪深い魚沼の里の駅にも春がやってきた
《路線データ》
営業区間と営業キロ 輸送密度 / 営業係数(’15)
会津若松~小出 135.2km 304 / 258
運行本数(’20)
会津若松~会津川口 6往復 ,会津若松~会津坂下 1往復
会津川口~只見 バス 下り6便・上り7便 、只見~小出 3往復 、小出~大白川 1往復
※ ’11年7月の豪雨災害により会津川口~只見の区間が不通となり、
この区間は現在バス代行輸送となっています。
只見線の越後側の中心駅だった越後須原も
交換設備の線路が剥がされて棒線駅に
※ ウィキペディア画像を拝借
越後須原駅(えちごすはらえき)は、新潟県魚沼市須原にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)只見線の駅である。 単式ホーム1面1線を有する駅で、かつては島式ホーム1面2線の構造を有し列車同士の行き違いが可能であったが、駅舎側の線路が撤去されている。
なだらかな三角屋根を持つ駅舎は、コンクリート造りで開放的。内部には待合所と駅事務室があり、待合所には出札窓口が設けられている他、公衆電話、トイレなどが設置されている。 かつてはPOS端末設置の簡易委託駅であったが、現在は越後湯沢駅管理の無人駅である。 2008年の1日平均の乗車人員は60人との事。
元駅員配置駅だった為に
駅舎内はかなり広い
※ ウィキペディア画像を拝借
駅の周辺は2004年に町村合併で魚沼市となった旧守門村の中心部で、駅前に農協のスーパーや郵便局に設置されたATMがあり、村の暮らしの中心となっている。
町村合併前の旧村・守門(すもん)村の
名の由来は魚沼の名峰・守門岳から
なお、旧守門村の名称の由来は、旧村域の北東端にそびえる名峰・守門岳 1537m からである。
波間川ダム湖より
西日本の各地で桜だよりが入ってくる
4月の上旬でも雪深い会越国境は
ようやく雪解けが始まったばかり
今回は本当に掲載したい駅が只今現像中で、5/22の現像上がりまでのつなぎをせねばならない内なる理由で、掲載時期が遅すぎて外してしまった感はあるが、3月末から4月初めの残雪の只見線の駅を取り上げよう。
今回の記事の性格は「つなぎ」なんだけど
結構『力』が入っちゃった
:
波間川ダム湖畔の氷上で憩うカモの親子
なぜ只見線を取り上げたかというと、現存路線で、まともに写真を撮っていて、鉄道ネタとして記事展開ができるのは、只見線以外に見当たらなかったからである。
ここ数年の『撮り鉄』は
廃止になった三江線と
只見線がほとんどだしィ
この所の『路線の思い出』は廃止線に逃げるか、前回のように鉄道ネタから離れた話題となる事が多かったしィ。 まぁ、前回の『ヨサク酷道』ネタも、思い出しながら書くと楽しかったけど・・ね。
さて、今回の掲載写真は、お題に挙げた越後須原駅が最寄りの写真は1/3程度で、大白川や入広瀬・上条が最寄駅である写真も多いが、『路線の思い出』で取り上げた事がない越後須原駅にしたのである。
線路の盛土の雪が消えているのは
只見線が脈打っている証ですね
まぁ、越後須原駅の思い出としては、名峰・浅草岳からの下りで、下山口の『ネズモチ平』よりヒッチハイクで大白川駅まで乗せてもらった時に周知の通り1日3往復しかなく、しかも大白川駅にテナントで入っている蕎麦屋がシーズンオフで閉店していて干上がって、仕方なく『農協Aコープ』が駅前にある事を知っていたこの駅・越後須原へ行って只見方に折り返した位である。
ちなみに浅草岳の登りは田子倉から登ったので、レンタカーは田子倉に置いていて、只見からタクシーで田子倉に回収しに行ったのであった。 なぜ、こんな回りくどい事をしたかというと、頂上付近の雪が深くてアイゼン無しでは下りがキツく感じて、安全なルートの『ネズモチ平』にエスケープ下山したからである。
駅前のAコープで買い出しして
大白川や上条で駅寝するパターンが
ワテの旅で確立された
もう、只見線の越後側はこの数年は何度も通っていて、温泉はそれぞれ入広瀬・越後須原・魚沼田中が最寄りのクアハウス3ヶ所、スーパーは越後須原と入広瀬に『Aコープ』2ヶ所、道の駅は入広瀬と上条の間に1ヶ所と、コインランドリー以外は全て把握してたりするのである。 ちなみにコンビニは、小出の市街地か上条から長岡方向に北上して、只見線から離れないと無かったりするのである。
ようやく深く覆っていた雪が解け始め
農道の砂利道が姿を現わした
『駅の思い出』とは相いれないヨタ話はこの辺で止めといて、『撮り鉄』の思い出おば・・。
3月末から4月の始め・・、西日本なら桜が満開に咲き誇る頃でも雪深い会越国境のこの地では、ようやく雪に埋もれていた農道の砂利道が雪の間より姿を現わしだす頃である。
雪の里のありふれたシーンなんだけど
去年の同じ時期に三江線で
満開のなごり桜を魅せられたから
このシーンにはジーンときたよ
もちろんこの頃は、まだ会越国境を越える国道252号の『六十里越』は、深い積雪で閉鎖されたままで、只見線の3本のか細い脈が会越国境越えの唯一の手段となるのである。
越後須原より西は
より春めいた情景が広がる
その雪深い只見線沿線地域でも、越後須原を境に小出側が春めいた情景が広がるのに対して、この駅より奥はまだ春までひと月・・の雪深い情景となる。
この時の最大の目的は
ダム湖の湖面の氷結割れのシーン
だったけどひと足遅かった
大白川の北にある波間川ダムは、3月末にようやく氷結した氷が割れて、湖水が姿を現わすのである。
だが、目的としていた湖面の氷結割れのシーンには、ちょっと遅れて見逃してしまったけど。
「まだまだ春は遠いな」と思わせる
魚沼の里の情景と・・
あと、沿線の里風景も越後須原から奥は、「まだまだ春は遠いな」という情景が見られる。
線路の盛土だけが雪から露出している情景は、「雪国の長かった冬開けと、すぐそこまで来ている春の到来を待ちわびる情感を醸し出せたかな~」なんて思っている。
波間川の流れの澱みに氷が乗る
「春までもういっとき」の情景と
春めいてきた魚沼の里にも
川の流れに氷が浮かぶ
冬の残り香が見られた
そして、この時期でか撮れない情景も狙ってみた。 それは、波間川の流れに僅かながら氷が浮かんでいたり、川に氷の澱みがあったりする中を列車がゆくシーンと、夕張線でお気に入りとなった撮り方の『雪景色と光跡』のシーンである。
真冬も同じ所で狙ったんだけど
跨線橋が雪でてんこ盛りとなっていて
撮るの怖かったよ
:
従ってこのシーンは春限定ですね
ちなみに『乗り鉄&撮り鉄』でコレを撮るなら
大白川駅での駅寝が確定しまっす
夕張線ほどは決まらなかったけど、コレはコレで『二番星』位はOK・・だよね。 まぁ、ワテの写真のウデは、写真界の底辺を這いずる『写真床』なので、甘めの評価でお願いしまっす。
組み写真を想定して撮ったのだけど
一枚一枚が雪深い里の
「春遠からじ」を現わしてたので
ついバラしちゃいました
まぁ、駅は越後須原にしたけど、今回の記事ネタは、春が待ち遠しい只見線の情景を『撮り鉄』した事が、『路線の思い出』となるのかな。
武漢ウイルスでの安倍さんの対応は
落第点で「もうなるようにしかならん」
ってのが現状ですね
ウイルス感染も怖いけど
日本の国が生きていくなら
その後の対応が重要となってきますよ
今は少しでもシナから離れていかないと
シナへの全世界的な制裁が始まったら
全世界から「ウイルスを撒き散らしたシナ」
への利敵行為と捉えられて
国際社会で思いっきり叩かれますよ
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