風来梨のブログ

このブログは、筆者であるワテの『オチャメ』な日本全国各地への探勝・訪問・体験記です。

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路線の思い出  第379回  予土線・土佐大正駅

路線の思い出  第379回  予土線・土佐大正駅 〔高知県

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昔も今もモダンな駅舎の土佐大正駅
意固地になって写真を
撮らなかったのが悔やまれる
※ ウィキペディア画像を拝借

《路線データ》
営業区間と営業キロ          輸送密度 / 営業係数(’15)
      北宇和島~若井 76.3km           256  /  425    
運行本数(’20)
         窪川~宇和島  4往復(土・休日はトロッコ列車1往復運行)
         江川崎~宇和島 3往復
         近永~宇和島  下り3本・上り2本

土佐大正駅(とさたいしょうえき)は、高知県高岡郡四万十町大正にあるJR四国・予土線の駅である。 島式ホーム1面2線をもつ駅で、ホームから地下道を渡ると山小屋風の駅舎がある。 2016年3月26日の改正で、十川駅の行き違い設備の使用を停止して棒線化された為、江川崎〜川奥信号場間で唯一の行き違い可能駅となった。

駅舎の中にはバス会社である四万十交通が入っており、このバス会社が切符の販売の受託もしている簡易委託駅である。 2015年度の1日平均の乗降人員は60人との事。 元は大正町の町の中心駅であったが、2006年に大正町が窪川町及び十和村と共に町村合併して四万十町となって町の中心は旧窪川町となり、旧役場跡の町の地域振興局(町の役場支所)のみとなっている。

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町の交通の便は地元のバス会社に
委託されたコミュニティバスのみ
しかも週一(いち)運行だったりする
※ ウィキペディア画像を拝借

また、交通の便も、JR予土線の当駅前から地域集落を結ぶハイヤー系のバス会社と、週に1便のみの運行の町のコミュニティバスのみとなっている。



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かつて撮った
予土線・深田駅での中坊『○鉄』
今より上手かったりして

この駅は遥か昔の中坊時代に、宇和島寄りの深田駅で「撮り鉄もどき」をしただけで、後半の新線区間にあるこの駅は車内で完全爆睡していたようで、車窓の記憶は全くない。 最も、乗ったのも大方35年も前の事で、車窓を眺めていたとしても記憶は完全に「セピア色」になっている事だろうし。

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「荒涼の月」の名シーン
※ 四国カルストにて

でも、鉄道より気持ちが離れていた頃に車で四国をめぐる旅て立ち寄った事があるのだ。
それは、四国の名所を訪ねる旅を兼ねて、車でないと達成不能なある目的の達成を兼ねて通った道すがらの事である。

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四万十市に入っても
ヨサクの酷さは変わらない
※ ウィキペディア画像を拝借

その目的とは、偉大なる酷道『ヨサク酷道』コト、国道439号線の踏破である。 この国道は徳島市から四国の中央山岳部を完全横断して、四万十市(四万十町とは別の行政体)の中村までを結ぶその手のマニア(いわゆる『酷道マニア』)の聖地のような国道である。

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ガードレールの代わりの樹林帯
もちろん下は崖・・
※ 別に訪れた時に撮影

道はほほ全区間で舗装はされているものの、山岳区間はほぼ全てすれ違い困難な狭隘道路で、しかも峠道のつづら折りのカーブが続き、とどめはガケでもガードレール無とフルハウスな道である。
実質は田園地帯の『広域農道』の方がはるかにマシという酷道中の国道である。

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杓子峠の「ガードレール無」は
結構レベルが高い
※ 別に訪れた時に撮影

そして、この国道は『四国大陸』のその手の方々には有名な峠のほとんどを通過する道でもある。
中でも剣山の『見ノ越』と徳島・高知県境の『京柱峠』、そしてこの土佐大正駅の先にある『杓子峠』は、国道マニアなら押さえておかねばならない必須の峠となっている。

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ヨサクの餌食となった車もあるらしい
※ グーグル画像を拝借

この時のワテは『見ノ越』で剣山に登り、早明浦で「四国の母なる川」の吉野川の源流部の滝をめぐり、『四国カルスト』の絶景を望んだ後に、この道を大横断して最後の目的地である『足摺岬』に向かうべく、最後の難関の『杓子峠』に挑む前の「トイレ休憩&もろもろ」で立ち寄ったのがこの土佐大正駅である。

ヨサク酷道・景勝地めぐり
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見ノ越は剣山の登山口
写真は剣山より次郎岌

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吉野川源流地帯の早明浦では小金滝

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上の滝の上部デス
落差は上下で110mあります

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四国カルストで夕日の絶景に魅せられて

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ラストは四国の果て・足摺岬で
金色の朝日を拝む

それは、今の様に道の至る所に『道の駅』やら公衆便所、そしてコンビニ(街には出回っていたが、山峡の田舎町にはまだ無かった)がある訳でなく、一度峠に入ると峠を抜けきるまで数時間は全く補給ができないのである。

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食糧を調達していなければ
峠を抜けるまで呑まず食わずとなる
※ グーグル画像を拝借

そして、例の如くこの頃は『○鉄』であった事を自身の『黒歴史』として隠すしょうもない考えに憑りつかれていたが、駅に立ち寄ると時間の許す限り列車の発着を見届ける「過去の性分」もあって、駅に立ち寄ってはやってくる列車を写真も撮らずにボーっと見送るアホなマネを繰り返していたのである。

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この駅でも自身の『黒歴史』と
「かつての性分」とのせめぎ合いで
写真も撮らずに列車を眺めるだけの
「ムダ」をしていたよ
※ ウィキペディア画像を拝借

この土佐大正駅でも、同じように30分程の待ちでやってくる列車を待って、なにをするでもなくボーっと列車の駅への発着シーンを眺めていたよ。 でも、この頃に駅舎に目覚めていれば、こういう感じで立ち寄ってボーっと眺めるだけの駅も数多くあるので、結構貴重な駅写真の手持ちが豊富だったかもしれないね。


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今回は武漢ウイルス以外のネタを・・
お待たせいたしました!
ようやく完成しました!

『死亡フラグ』はためく
ドン引き必至のスペクタルな内容と
『写真床』としては上出来の掲載写真の数々

でもスマホへの対応は
素人ではできそうにないし
Google検索でダメ出し喰らってるので
パソコンで見る事をお勧めします




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No Subject * by onorinbeck
これは、めっちゃ雰囲気のある駅舎ですねーーー!
僕も見てみたい!(^^)!

No Subject * by 鳳山
四国は山地が多いので四県とも意外と孤立しているんですよね。特に土佐は流刑の地になったほど。予土線は四万十川沿いにその山岳を縫うように走っているんですね。景勝の地も多いんでしょうね。

Re: No Subject * by  風来梨
onorinbeckさん、こんばんは。

> これは、めっちゃ雰囲気のある駅舎ですねーーー!
> 僕も見てみたい!(^^)!

この頃は、鉄道が好きだった事を「オタク扱いされる」と隠していた時期でして、
多くの駅を訪ねても眺めるだけで、写真を撮らずにいました。 この土佐大正駅も
その一つです。

だから、近々ヨサク酷道と四国カルストを訪ねるついでに、この土佐大正駅や予土線
の『撮り鉄』の旅の企画を考えてます。

Re: No Subject * by  風来梨
鳳山さん、こんばんは。

> 四国は山地が多いので四県とも意外と孤立しているんですよね。特に土佐は流刑の地になったほど。予土線は四万十川沿いにその山岳を縫うように走っているんですね。景勝の地も多いんでしょうね。

この路線は清流・四万十川沿いを行き、シーズンはトロッコ列車が走るようですね。
その土佐が流刑地となったのは、讃岐・阿波・伊予の3国との境が『ヨサク酷道』でも判る通り、往来の困難極まる峠地形だからなんですよね。

『ヨサク酷道』はその手のマニアは元より、歴史探求の面でも地勢学上の重要な証を立ててますね。

コメント






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No Subject

これは、めっちゃ雰囲気のある駅舎ですねーーー!
僕も見てみたい!(^^)!
2020-05-12 * onorinbeck [ 編集 ]

No Subject

四国は山地が多いので四県とも意外と孤立しているんですよね。特に土佐は流刑の地になったほど。予土線は四万十川沿いにその山岳を縫うように走っているんですね。景勝の地も多いんでしょうね。
2020-05-13 * 鳳山 [ 編集 ]

Re: No Subject

onorinbeckさん、こんばんは。

> これは、めっちゃ雰囲気のある駅舎ですねーーー!
> 僕も見てみたい!(^^)!

この頃は、鉄道が好きだった事を「オタク扱いされる」と隠していた時期でして、
多くの駅を訪ねても眺めるだけで、写真を撮らずにいました。 この土佐大正駅も
その一つです。

だから、近々ヨサク酷道と四国カルストを訪ねるついでに、この土佐大正駅や予土線
の『撮り鉄』の旅の企画を考えてます。
2020-05-13 *  風来梨 [ 編集 ]

Re: No Subject

鳳山さん、こんばんは。

> 四国は山地が多いので四県とも意外と孤立しているんですよね。特に土佐は流刑の地になったほど。予土線は四万十川沿いにその山岳を縫うように走っているんですね。景勝の地も多いんでしょうね。

この路線は清流・四万十川沿いを行き、シーズンはトロッコ列車が走るようですね。
その土佐が流刑地となったのは、讃岐・阿波・伊予の3国との境が『ヨサク酷道』でも判る通り、往来の困難極まる峠地形だからなんですよね。

『ヨサク酷道』はその手のマニアは元より、歴史探求の面でも地勢学上の重要な証を立ててますね。
2020-05-13 *  風来梨 [ 編集 ]