風来梨のブログ

このブログは、筆者であるワテの『オチャメ』な日本全国各地への探勝・訪問・体験記です。

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名峰次選の山々 第27回  湧蓋山

名峰次選の山々 第27回 『196 湧蓋山』 大分県・熊本県 九重山系 1500m 
(阿蘇くじゅう国立公園) コース難度 ★ 体力度 ★
 

牧ノ戸峠より望む湧蓋山
 
この山に登ったのはまだ○鉄全盛期の頃で、当然山岳や登山の知識は全くなかったのである。
そして登った日は霧雨で、視界はゼロ・・、1500mと記された頂上標柱が立っていただけだった。
また、カメラが濡れるのがイヤで、最後の最後までカメラを出さなかった記憶もある。
 
そもそも、この山に登ろうと思ったのは、旧国鉄・宮原(みやのはる)線が1984年の12月に廃止となった事がキッカケである。 宮原線をゆく気動車の車窓から望む美しい三角推の山を、是非とも登ってみたいと考えたからである。
 

旧国鉄・宮原線と湧蓋山
この景色がワテの山の原点に
なったのかもしれない
 
一応、高校の頃はW・V部に所属していたので山の歩き方は知っていたが、1年間何もせずに脂身まみれに落ちた当時の我が身体で、何の訓練もナシに登るのである。 状況的には、「たぶん痛い目を見るだろうな」という流れである。 だが、運が良い事に、この湧蓋山は初心者向けの山だったって事である。
ここで大バテして「山なんて見るのもイヤ!」となっていたなら、たぶん今のワテはなかったやろうなぁ~と思うのである。 となると、末恐ろしいですねぇ。
 
という訳で、写真も撮らず、行程の記憶もなく・・の山なので、この項目に挙げるのはNGなのかもしれないが、宮原線の鉄道撮影で撮った湧蓋山の勇姿があるので、それを展示する事にします。
・・ていうか、この「宮原線の写真を掲載したい」という下心がバレバレですねぇ。
 

下心バレバレですが
後ろに写っている山は湧蓋山
でも、コレはかなり貴重な
『マイ重要文化財』写真なのよ

   ※ 詳しくは、メインサイトより『高原鉄道・旧国鉄宮原線』をご覧下さい。
   
   ※ 更に魅惑を求めるには、
     筆者オススメの『魅惑!?の鉄道写真集』から『宮原線』をご覧下さいね。
 
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No title * by オータ
宮原線…ああ!思い出しました。第一次廃止対象線ですね。乗ったことはありません。でも84年三月に大分まで行っていたので、乗ろうと思えば乗れたのか…今、気がつきました。残念です。

恥ずかしながら、当時はとにかく清水港線と日中線に乗りたくて…宇高連絡船のところで書いたコメントの続きになりますが、大阪から東京へ向かう途中、清水港線に乗りました。帰郷後、残りの18きっぷですぐに日中線へ行き、雪の残る新潟で野宿して赤谷線にも乗ったのです。

写真集を拝見しましたが、とてもローカル、うらぶれた感じでビックリしましたし、乗っておけばよかった…とあらためて思うことしきりです。終着の肥後小国駅だけは知っていました。豊後森からでていたのですか…後にクルマで別府から阿蘇の山麓を走ったことがあり、豊後森の街も立ち寄っていまして、思い出が甦ってきます。 傑作!

No title * by 風来梨
こんばんは。

この宮原線は、特に熱心に通いました。
私の思う「明日なきローカル線」にドンピシャだったから・・。

いつも麻生釣で駅寝して、翌朝の列車から撮る・・というパターンでした。 そうでもしなければ、1日3往復は無理でしたから。 でも、まだまだ撮り足りない・・、もっと別角度のアングルで撮っていれば・・という悔しい思いが今も心の中にありますね。

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No title

宮原線…ああ!思い出しました。第一次廃止対象線ですね。乗ったことはありません。でも84年三月に大分まで行っていたので、乗ろうと思えば乗れたのか…今、気がつきました。残念です。

恥ずかしながら、当時はとにかく清水港線と日中線に乗りたくて…宇高連絡船のところで書いたコメントの続きになりますが、大阪から東京へ向かう途中、清水港線に乗りました。帰郷後、残りの18きっぷですぐに日中線へ行き、雪の残る新潟で野宿して赤谷線にも乗ったのです。

写真集を拝見しましたが、とてもローカル、うらぶれた感じでビックリしましたし、乗っておけばよかった…とあらためて思うことしきりです。終着の肥後小国駅だけは知っていました。豊後森からでていたのですか…後にクルマで別府から阿蘇の山麓を走ったことがあり、豊後森の街も立ち寄っていまして、思い出が甦ってきます。 傑作!
2011-07-17 * オータ [ 編集 ]

No title

こんばんは。

この宮原線は、特に熱心に通いました。
私の思う「明日なきローカル線」にドンピシャだったから・・。

いつも麻生釣で駅寝して、翌朝の列車から撮る・・というパターンでした。 そうでもしなければ、1日3往復は無理でしたから。 でも、まだまだ撮り足りない・・、もっと別角度のアングルで撮っていれば・・という悔しい思いが今も心の中にありますね。
2011-07-17 * 風来梨 [ 編集 ]