風来梨のブログ

このブログは、筆者であるワテの『オチャメ』な日本全国各地への探勝・訪問・体験記です。

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路線の思い出  第362回  宮原線・宝泉寺駅

路線の思い出  第362回  宮原線・宝泉寺駅 〔大分県

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在りし日の宝泉寺駅舎
そう言えば駅はあまり撮ってない
あの時は列車ばっかりで
周囲が見えてなかったなぁ

《路線データ》
        営業区間と営業キロ         輸送密度(’79) / 営業係数(’83)   
      恵良~肥後小国 26.6km          109  /   1860 
          廃止年月日                転換処置         
          ’84/12/ 1                    大分交通バス
廃止時運行本数
       豊後森~肥後小国 3往復(土曜 4往復)
       豊後森~宝泉寺 下り2本・上り1本(内 1往復は休日運休)

宝泉寺駅(ほうせんじえき)は、かつて大分県玖珠郡九重町大字菅原に設置されていた国鉄・宮原線の駅である。 宮原線の廃止に伴い、1984年12月1日に廃駅となった。 廃止時点で、島式ホーム1面2線を有する有人駅(旅客駅)であった。 地上より高い場所にあり、駅舎よりトンネルを潜り階段を上った所にホームがあり、現在もトンネル・階段が残っている。 豊後森駅から当駅の間で区間列車も設定されていた。

廃線後に駅舎は撤去され、跡地には九重町によって1986年に鉄道記念館が建てられて、鉄道の模型地図などを展示した観光案内所として利用されていた。 その後、戦争資料館、竹工芸展示、昆虫館等に使用されたが、2004年に閉館となっている。 閉館後はバス停留所の宝泉寺交通センターとして利用されるのみで、本格的には活用されない状況が続いた。

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現在は駅舎風の建物に建て替えられて
地元温泉組合が運営する
観光物産館となっている
※ 観光物産館のウェブサイトより

だが、2017年7月に宝泉寺温泉旅館組合によって、宝泉寺交通センターを改装した観光物産館『宝泉寺駅』がオープンする。 木造2階建てで、1階では地元の農産物や商品等が販売され、2階では旧宮原線に関する鉄道資料の展示が行われ、食事スペースも設けられている。

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川の傍の露天風呂・壁湯温泉
※ 秘湯紹介サイトより

駅の周辺は九州でも有数のいで湯の里で、『九重九湯』の主力である宝泉寺温泉を始め、壁から湯が湧く露天風呂の壁湯、菅原道真由来のいで湯にて足元から温泉が湧出する川底温泉がある。

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敷き詰められた足元より湯が湧き出る
菅原道真ゆかりの湯・川底温泉
※楽天トラベルより



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ローカル線の光と影
人気のないブログの唯一の拠り所
『廃止ローカル線』ネタに
すがりつくタワケ

この人気のないブログの唯一の武器である廃止となったローカル線めぐり。 閑古鳥が鳴き始めた時、タワケはこの唯一無二の武器にすがりつく。 ・・で、今回は九州・廃止ローカル線の雄で、地元の人でも「みやはら線なんて乗った事ない」と、路線名さえ把握されずに言わしめていた旧国鉄・宮原線の駅をネタに挙げようか。

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『撮り鉄』一辺倒で
こういう駅写真を撮る目が
なかった小僧の頃
※ グーグル画像を拝借

この宝泉寺駅は宮原線の中心駅の位置づけにあり、宮原線の定期的な1日の乗客の150人程の2/3を占める1日当たり100人の利用客があった。 駅員さんもいて、硬券の切符も販売していた。
そして、平日にはこの先の肥後小国までの3往復の他に、下り2本・上り1本の区間列車も設定される沿線唯一の稼働駅であったのだ。

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宮原線の駅で販売していた
硬券乗車券・入場券

それでも、地元民にさえ路線名を覚えてもらえなかったローカル路線の中心駅は、周辺と絡めて見つめてみると、駅と土手上の線路だけが周囲から浮いた存在だった。 それは、周囲は『宝泉寺温泉』という九州でも有数のいで湯の里の中心で、宮原線があった30年以上前でさえ、トランクケースを転がす外人観光客がかっ歩し、車や観光バスが頻繁に行き交う温泉旅館街だったのである。

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『撮り鉄』以外に見えてなかったから
駅撮りでもそれなりに熱いのが撮れたけど
他は何も見えなかったなぁ

宮原線の在りし頃のワテは文字通り『ローカル鉄』以外に見えてなくて、こういう温泉街があった事もおぼろげにしか頭に無かったのである。 だから、宮原線在りし頃は宮原線の追っかけでこの地を5回訪ねたが、悲しい事に宝泉寺温泉郷には一歩たりとも踏み入れる事がなかったのである。
でも、肥後小国寄りの奴留湯や小国の湯の里は入ったよ。

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隣駅の麻生釣は
宮原線の寂れようを表現するには
絶好の情景だった

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宮原線のメインの撮影場所は
湧蓋山と眼鏡橋の廣平橋梁だった
コレを撮る為に麻生釣での駅寝が必須となる
即ち『バックパック』を志す
キッカケとなったのだ

宮原線での活動の地は、湧蓋山を背景に眼鏡橋の連なる麻生釣~北里で温泉とは離れてしまうし、当時宮原線の追っかけの為に学校サボってやってくる不貞高校生だったワテにとって、『温泉地=旅館=金がなくて立ち寄れない』の図式が頭にこびりついて疎遠になっていた事もあるし。 まぁ、この時のワテの定宿は、この宝泉寺の次の駅で高原の山小屋・麻生釣駅だったしィ。

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この山小屋じゃなかった駅舎が
宮原線を追っかけていた
当時のワテの常宿ですた

でも、この路線に訪れる際は必ず宝泉寺止りの始発列車に乗っていたので、駅だけは訪れた回数の5回訪れた事がある。 だから、夜明けの駅のシーンは撮れたよ。 でも、もう一歩踏み込んでこの駅を撮っていれば・・と、これらの写真を見返す度に悔いが頭を過る。

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始発で宝泉寺に立ち寄るのが
宮原線追っかけ旅の導入パターンだった

宮原線が廃止となって久しく時が経って、この地を訪れる目的が「宮原線の遺構の追っかけ」と変わった今でも、『バックパッカー』という旅スタイルで路線在りし小僧の頃と同じく駅寝や野宿主体の旅をしているが、小僧の時には『温泉地=旅館=金がなくて立ち寄れない』の図式が頭にこびりついて踏み入れる事ができなかったのに、金に余裕があると平然と立ち寄れるようになったよな。

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小僧の頃は届かなかった
旅館のプライベート風呂
※ 川底温泉の旅館のウェブサイトより

それ故に、この事に限らず「心に余裕がある」って事は、行動世界がグンと広がる事なんだ・・と解らされたよ。 それからは、旅の目的の主体が『鉄道』から『ヤマ』に変わっても、合間を見つけたなら『鉄道』を追っかけるし、『鉄道』・『ヤマ』以外でも『温泉』や『野鳥撮影』など、旅を目いっぱい楽しむ事にしている。

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「秘湯めぐり」という
新たな旅プロデュースが加わった
※ 九州の温泉紹介サイトより

だからこの地を訪れる目的が「宮原線の遺構の追っかけ」と変わっても、この地を訪れた時は、必ず秘湯めぐりを付け加えているのである。 中でも冬に訪れた壁湯温泉の共同浴場では、雪の露天風呂での絶景を堪能したよ。 泉温が39℃と低く冬の野天風呂はキツイと思われるかもしれないが、足元湧出の温泉が寒さを振りほどいて心地良くしてくれる。

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壁湯も共同浴場も混合玉石の湯でした
「あっ・・浴槽の床が割れたまま放置」
ではなく
ここから温泉が湧出してるのだ

そして、この旅では『雪景色の露天風呂』という新たなる絶景に魅せられる事ができた。
小僧の頃に見えてなかった景色が次々と現れて、更に旅が好きになる。 また、旅に出たくてうずうずしてくる。

ブルートレインの『撮り鉄』から始まったワテの旅は、いろいろなアレンジと方向転換、新たなる発見を注ぎ足して、今最高の旅のプロデュースができるようになった気がする。 まぁ、一般の他人から見ればハチャメチャな行動様式なのだが。

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駅寝で一夜を明かした朝に撮った
茫洋たる高原をゆく列車風景
『バックパック』のスタイルが
今の旅のプロデュースにつながった

ワテの生涯の糧となった『旅』の形の始まり、それが偶然にも『駅寝』や『野宿』といった『バックパック』という、今の旅スタイルがギッシリとつまっていた宮原線の5回の『追っかけ旅』だったのだ。


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No Subject * by hanagon
宮原線は本数少なくて乗り潰しに際しては優先的な路線になりました。ここは乗るより撮る・途中下車する・方がいい路線だったかもしれませんねぇ。宝泉寺に温泉街があることは当時も知ってはいたのですが、九州国鉄完乗に気がいっていて今考えるともったいなかったです。
足下湧出の温泉は、本当の温泉処でないと経験できないですよね。私は東北地方だけですかね。

Re: No Subject * by  風来梨
hanagonさん、こんばんは。

> 宮原線は本数少なくて乗り潰しに際しては優先的な路線になりました。ここは乗るより撮る・途中下車する・方がいい路線だったかもしれませんねぇ。宝泉寺に温泉街があることは当時も知ってはいたのですが、九州国鉄完乗に気がいっていて今考えるともったいなかったです。
> 足下湧出の温泉は、本当の温泉処でないと経験できないですよね。私は東北地方だけですかね。

私もこの宮原線は九州の『我が青春のローカル線』で、1984年11月末の路線廃止までに5回通いました。
この頃は自由も利かず金もない高校生だったので、ハチャメチャの限りを尽くして訪れました。

でも、仕方がないとはいえ『撮り鉄』だけに気がいってしまって、周辺の情景はほぼ撮りそびれました。
今思えば勿体なく、そして悔しい思いがしますね。 宮原線を訪ねれただけでも幸運なので、贅沢過ぎる悔いなのでしょうけど。

足下湧出の温泉で最近入った温泉が、三江線めぐりの時に沢谷で入った千原温泉ですね。
『路線の思い出 196回 沢谷駅』
https://furai58.blog.fc2.com/blog-entry-1207.html

憧れの宮原線 * by きゃみ
こんばんは。
前にも話したかもしれませんが、宮原線は小学生の頃の憧れ(笑)の路線でした。図書館でよく写真を見てました。
宝泉寺駅跡には資料館があるのですか?これは是非行ってみたいです。豊後森か恵良からバスがあればいいのですが・・・

Re: 憧れの宮原線 * by  風来梨
きゃみさん、こんばんは。

> こんばんは。
> 前にも話したかもしれませんが、宮原線は小学生の頃の憧れ(笑)の路線でした。図書館でよく写真を見てました。
> 宝泉寺駅跡には資料館があるのですか?これは是非行ってみたいです。豊後森か恵良からバスがあればいいのですが・・・

宮原線は、私にとっても「我が青春のローカル線」でした。 廃止となる1984年の11月末まで5回通いました。 廃止後も、廃線跡には3~4回訪れています。

宮原線の資料館は、この宝泉寺駅跡に建つ物産館の2階と、肥後小国駅跡の『道の駅・小国』にありますが、いずれも資料館としてはかなりショボいです。 言わば、「展示してるだけ」です。 それとバスは、豊後森から宝泉寺まではあると思います。 麻生釣はコミュニティバス化されて、予約しないと走らないと思います。 以前は日に3便あったようですが、撤退しちゃいました。

肥後小国へは、熊本からのバスのメインルートとなっていて、本数は1時間に1本程度あるようです。 北里から県境を越えて麻生釣の現在は、バスの運行は全くないようです。

コメント






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No Subject

宮原線は本数少なくて乗り潰しに際しては優先的な路線になりました。ここは乗るより撮る・途中下車する・方がいい路線だったかもしれませんねぇ。宝泉寺に温泉街があることは当時も知ってはいたのですが、九州国鉄完乗に気がいっていて今考えるともったいなかったです。
足下湧出の温泉は、本当の温泉処でないと経験できないですよね。私は東北地方だけですかね。
2020-01-25 * hanagon [ 編集 ]

Re: No Subject

hanagonさん、こんばんは。

> 宮原線は本数少なくて乗り潰しに際しては優先的な路線になりました。ここは乗るより撮る・途中下車する・方がいい路線だったかもしれませんねぇ。宝泉寺に温泉街があることは当時も知ってはいたのですが、九州国鉄完乗に気がいっていて今考えるともったいなかったです。
> 足下湧出の温泉は、本当の温泉処でないと経験できないですよね。私は東北地方だけですかね。

私もこの宮原線は九州の『我が青春のローカル線』で、1984年11月末の路線廃止までに5回通いました。
この頃は自由も利かず金もない高校生だったので、ハチャメチャの限りを尽くして訪れました。

でも、仕方がないとはいえ『撮り鉄』だけに気がいってしまって、周辺の情景はほぼ撮りそびれました。
今思えば勿体なく、そして悔しい思いがしますね。 宮原線を訪ねれただけでも幸運なので、贅沢過ぎる悔いなのでしょうけど。

足下湧出の温泉で最近入った温泉が、三江線めぐりの時に沢谷で入った千原温泉ですね。
『路線の思い出 196回 沢谷駅』
https://furai58.blog.fc2.com/blog-entry-1207.html
2020-01-25 *  風来梨 [ 編集 ]

憧れの宮原線

こんばんは。
前にも話したかもしれませんが、宮原線は小学生の頃の憧れ(笑)の路線でした。図書館でよく写真を見てました。
宝泉寺駅跡には資料館があるのですか?これは是非行ってみたいです。豊後森か恵良からバスがあればいいのですが・・・
2020-01-26 * きゃみ [ 編集 ]

Re: 憧れの宮原線

きゃみさん、こんばんは。

> こんばんは。
> 前にも話したかもしれませんが、宮原線は小学生の頃の憧れ(笑)の路線でした。図書館でよく写真を見てました。
> 宝泉寺駅跡には資料館があるのですか?これは是非行ってみたいです。豊後森か恵良からバスがあればいいのですが・・・

宮原線は、私にとっても「我が青春のローカル線」でした。 廃止となる1984年の11月末まで5回通いました。 廃止後も、廃線跡には3~4回訪れています。

宮原線の資料館は、この宝泉寺駅跡に建つ物産館の2階と、肥後小国駅跡の『道の駅・小国』にありますが、いずれも資料館としてはかなりショボいです。 言わば、「展示してるだけ」です。 それとバスは、豊後森から宝泉寺まではあると思います。 麻生釣はコミュニティバス化されて、予約しないと走らないと思います。 以前は日に3便あったようですが、撤退しちゃいました。

肥後小国へは、熊本からのバスのメインルートとなっていて、本数は1時間に1本程度あるようです。 北里から県境を越えて麻生釣の現在は、バスの運行は全くないようです。
2020-01-26 *  風来梨 [ 編集 ]