2019-12-03 (Tue)✎
『日本百景』 秋 第407回 仙人池 再び・・ その2 《真砂沢~剱沢渓流~近藤岩》 〔富山県〕
朝の光が少しづつ
剱の尖峰を照らしていく
仙人池 再び・・
時が経つ(歳を喰う)のは早過ぎるというか残酷なもので、前回仙人池に訪れた時からもう20年経ってしまった。 あの頃は『奇跡の体力』の最盛期で、今回の所要時間の半分で駆け抜ける事ができたが、今はヘタるだけヘタれてしまったよ。
これだけヘタれると、何度か通った仙人池へのルートも「ほとんど初めて歩いた感覚」となるのだ。
それは、若き頃に保持していた『奇跡の体力』が終焉を迎え歳を喰うと共にヘタレが加速して、実際にヤマに訪れてはその事をイヤという程に思い知らされ続けて、「あの『奇跡の体力』は夢まぼろしだったのだ・・」と諦めが頭の中を支配し始めた証なのだろう。
ワテの身体はヘタレても
ヤマの情景は絶景のままなのだし・・
もし、あの『奇跡の体力』の残像がまだ頭の中にこびり着いていたなら、「こんなハズではない」という思いに苛まれているだろうし・・。 それでは、何度か通ったこの仙人池へのルートを、20年の時を経て「初めて歩いた感覚」で伝ってみようと思う。
行程記録 ・・記してて涙がこぼれそうになった行程記録
《1日目》 JR富山駅より鉄道利用(1:05)→立山駅よりケーブルとバス(1:00)→室堂
(0:30)→雷鳥平(1:50)→剱御前小屋(1:00)→剱沢(4:40)→真砂沢小屋前
《2日目》 真砂沢小屋前(1:40)→近藤岩・二股(3:20)→仙人池
《3日目》 仙人池(3:00)→仙人温泉(4:30)→仙人ダム(1:20)→阿曽原温泉
《4日目》 阿曽原温泉(6:40)→欅平より渓谷鉄道利用(1:20)→宇奈月温泉駅より鉄道利用
(0:30)→黒部宇奈月温泉駅
※ 前回『第406回 仙人池・再び・・ その1』の続きです。
夕景は撮れなかったけど
朝の絶景は(ワテ基準で)バッチリ!
真砂沢に着いたのが真っ暗闇となった18時過ぎで、「遭難フラグ」はためく真っ暗闇の沢へ炊事用の水を汲みに行って、飯作って食って寝るだけに終わったよ。 前に訪れた時は15時半に着いたので、紅葉の絶景を写真に撮れたが、今回は前回より2時間半も遅くなっちまったよ。 ワテのヘタレは、底知らずの恐るべき退化進行速度で推移してますな。
翌日の行程は仙人池までのコースタイムで4時間足らずで、しかもヘタレたワテにとって影響が小さい『登り』なので、「明日は明るい内に仙人池に着けるだろう」とゆっくり目の5:20に目覚ましをセットする。
・・で、前は+5℃位で心地よかったけど、今年のテント内は「例年より暑い10月」のハズなのに、キッチリ2~3℃まで下がっているよ。 でも、疲れてたのか、割とぐっすり寝れたよ。 まぁ、ここでの気温1℃の違いは、結構大きく感じるからねぇ。
寒さで5時前に目が覚めて、早く起きても真っ暗闇なので目覚ましをセットした5:20まで微睡む。
起きてダラダラと朝飯のパンをかじり、6時をまわって少し空が明るくなり始めてからテント撤収なとの出発準備を整える。 それでは、朝メシのパンをカジりながら撮った朝の絶景おば・・、ごろうじろ。
剱沢 夜明けのグラデーション
気温が̟±0℃近くまで下がった夜明け時
美しいグラデーションの空の下
剱が朝日に輝いた
登り始めた陽の光は
周囲の山々の頂を
ほのかなかぎろい色に染めていく
振り返ると後立山の峰々が
シャドーで黒光りしていた
登り始めた陽は周囲の山々に
少しづつ朝の光を与えていく
やがて剱の峰全体が朝の光に照らされる
:
その時が出発の時だ
真砂沢を出ると、剱沢左岸の一段高い土手の上を歩いていく。 足元は、沢の巨石が積み重なった所を削って造られた踏跡状の道だ。 時折、落石なのか大きな岩が転がっていたり、涸れ沢に積み重なった伏流沢のゴーロ岩を跨いだりせねばならないので、下りがキライなワテは他の登山者の倍の時間がかかる。
もう雪の塊さえも
見当たらない今年の剱沢
:
これは大自然から
人類に向けての警告だと思うよ
この歩きにくい河原のゴーロ岩帯を10分ほどゆくと、《ハシゴ谷乗越》から《黒部ダム》への分岐に差しかかる。 例年ではこの時期でも剱沢に万年雪のスノーブリッジが架かるのだが、ここ数年の異常気象で、雪が残らなくスノーブリッジのない状態になってるよ。 これは大気温暖化による地球規模での危機を、大自然が警告している姿なのだろうな・・って思うよ。
「かもしかの脚」さんに抜かれた地点での
日の当たり具合はこんなモノでした
:
まさかコレで連日カンテラ点灯
となる事はないわな
この分岐を越えて程なく、どこで泊ったのか? 一人の縦走登山者がゴーロ状の岩跨ぎに手こずるワテを爽やかなスマイルの挨拶と共にあっさりと抜いていった。 このお方、今日は阿曽原まで行くそうである。 荷物もテントを担いでいなさそう(担いでいてもツエルト程度の荷量)だし、「阿曽原まで行く」というだけあって、とにかく早い。 もしかしてこのお方・・、昨日は《剱御前小屋》から来たのでは?
まぁ、俗に言う!?「カモシカの脚」な健脚なら、夜明け前の4時半位に出ると、真砂沢を7時過ぎに出発した『下り三倍満』のワテをこの地点くらいで抜き去る事は可能だわな。 まぁ、『下り三倍満』のワテで、この地点から《阿曽原》まで15時間以上かかったのだから、『役牌のみ和了(あがり)』の健脚者なら、計算上では6~7時間程度で行けるのだろうね。
阿曽原って事は前にそびえる
あの山とを隔てる渓谷まで
行かねばなんないのね
まぁ、今日は短い行程だし、苦手の下りも少ないので、いくら遅くても昼過ぎには着けるだろう・・と、写真を撮りながらゆっくりといく。 あの「カモシカの脚」の方は、ものの5分でワテの視界から消えたよ。 それは《剱御前》からの下りで体験!?した、『ものの30分で30分の差をつけられる』現象の再来だったよ。
剱沢より見上げる剱本峰の秋姿
紅葉の織りなす十二単が
少しづつ朝の光で艶やかに
剱沢の上部は
完全に朝の光が届いて
朝の光で染まっていく様を
望遠で覗いてみた
紅葉の十二単を纏う姿を
アップで狙ってみる
写真を撮りながら歩いていくと朝のショータイムも終わりを告げ、最初に陽の光が当たった岩峰の頂稜部が、昼の光を示すシャドーの掛かったハイライト・・、つまり逆光気味の様相を呈してくる。
でも、時間はまだ午前9時前・・。 秋という季節・・、そしてヤマは、朝が終わると急速に時間の経過が顕著に表れるのだ。
まだ午前9時前だというのに
早くも西側の山の頂稜部が
シャドゥ気味に光り出した
東側の剱の岩峰も
昼の様相に変化していく
もう、正午前には早くも山の頂稜部に夕方の光を示す斜光がかかり、もう14時も過ぎると夕方に向かって一直線に暮れていくのである。 昨日の剱沢の下りで狂わされた時間の感覚は、真に『昼間の認識』の思い違いなのだ。 まぁ、『認識』とかいう前に、日が暮れて暗くなるまでに着いてなきゃならん訳であるが。 でも、それができないヘタレとなったワテ。
さて、ルートは岩盤に《四ノ沢》とペンキで書かれた沢の出合を境に、通っている左岸がヘツリ状に狭まっていく。 これよりはハシゴアリ~の、鎖場アリ~の、沢沿いの崖のヘツリアリ~のと、ルートが険しくなっていく。
沢筋が厳しくなる分岐点の四ノ沢出合
その最大の難所が、激流となった沢の真上をヘツる所だろう。 下の沢が早瀬となって岩をかむ激流が目に入って緊張するし、なおかつ時を経て岩が崩れたのか沢に削られて丸くなって「落ちた」たのか、足の踏み場が消えて丸太3本を括って渡してあったのである。
三本括った丸太の桟道が
縦になって「一本の幅」になってるしィ
確か20年前は足の踏み場が十分にあって、それ程危険には感じなかった所だが、今回は「結構厳しい」と感じたよ。 だって、ワテ22㎏のテント装備一式担ぐハンデがある上に、ヘタレまくった身の上なんだしィ。
でも、(『オチャメ』な目に遭うなど)身の危険が押し寄せると冷静になれるワテ唯一の「褒められる点」が功を奏し、それ程の恐怖感もなくこの難所を通過する。 でも、何度も言うように、『オチャメ』な目に遭って冷静になるより、『オチャメ』な目に遭わない事が肝心なのであるが・・。
ヘツリの難所を越えた直後の沢
前方の山の頂稜部に今日の終点の
仙人池ヒュッテが見える
この函状のヘツリを越えると沢は再び広い河原状を成し、紅葉に魅せられながら歩いていける。
それでは、秋のピークを迎えた剱沢の紅葉の絶景をごろうじろ。
難所を越えてでも魅たかった情景
山野全体が艶やかに色着く剱沢の紅葉
でも小屋は営業を終えて人はいない
剱沢の紅葉は年によって色合いが変わる
今年は黄葉に染まる傾向のようだ
張り出した岩やシャドーの峰を入れると
紅葉情景はより引き締まる・・かな!?
紅葉に魅せられながら歩いていくと、デカイ岩が沢の中央にデンと居座っている沢の合流点が近づいてくる。 沢はすっかり広くなって広い中洲状の河原の中を歩くようになる。 目標に乏しい河原がルートの為か、道迷い防止の為に前人がケルンを積んで道を示してくれている。
眩しい位に反射する沢の河原をゆく
道が判り辛く所々にケルンが積まれていた
広い河原状の眩しい位に白く明るい沢で、丸みを帯びて腰掛けるに丁度いい岩が多数転がっている。
なので、正面の山稜部に点として乗っかる目的地の仙人池ヒュッテを確認しながら、周囲の紅葉の絶景を撮る『写真休憩』としましょうか。
振り返るとピークの紅葉風景と
誰もいない沢
一度陰って再び陽の光が雲間から射し
得も言えぬような奇跡の色合いを魅せてくれた
この河原を抜けると、程なく沢の中央にデカい岩塊がデンと居座っているのが見えてくる。
この岩が、昔に天然の『岩小屋』と言われた《近藤岩》である。 小屋の無い頃、木こりなど山に入る者が一夜の宿として、何とか雨風を凌げるこの大岩の袂に身を寄せたのだろうか? 今では考えられない事なのであるが・・。
3階建てのマンション位にデカい岩塊・近藤岩
そして、今は便利になり過ぎて、山小屋が開いてないとこの地にはやってこれない人がほぼ全てとなってしまった。 でも、困難を越えた先に最高のモノがあるのは、スポーツでも勉学でも何でも、そしてヤマでも同じなのだ。 困難(ワテの『困難』は『オチャメ』なのだが)を越えたからこそ、この絶景を味わう事ができたと思いたいワテである。
これよりこの標高差500mを登って
仙人池の絶景に再び会いにいく
近藤岩より北股から流れる沢に折れてゆくが、その前に今日最後の難関が待ち受けている。
掲載写真が多くなりすぎた事もあるので、この先は次回に・・という事で。 今日最後の難関など続きは、次回の『第408回 仙人池 再び・・ その3』をごろうじろ。
もう12月になったけど
全般的に紅葉の色着きが遅れて
今が里の紅葉のピークみたいだ
執筆が遅れて12月に秋の記事を
書く身としては助かるよ
- 関連記事
スポンサーサイト