風来梨のブログ

このブログは、筆者であるワテの『オチャメ』な日本全国各地への探勝・訪問・体験記です。

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私の訪ねた路線  第37回  山陽本線

『私の訪ねた路線』  第37回  山陽本線 〔兵庫県・岡山県・広島県・山口県・福岡県〕
 

ヘッドマークがいいねぇ
特急【はやぶさ】
 
《路線データ》
     営業区間と営業キロ       輸送密度 / 営業係数(’15)    運行本数
 神戸~門司・兵庫~和田岬 537.7km    38534 /    95      時刻表を見てください

   《路線史》
この路線は、神戸から下関の全てを私鉄の『山陽鉄道』により建設されている。 建設の経緯としては、1888年の兵庫~明石の開業に始まり、翌年に東は神戸、西は竜野まで延伸される。 その後も順次延伸し、1891年に岡山、1894年には広島へと路線を延ばし、1901年に下関まで開通させている。

この『山陽鉄道』は1906年に『鉄道国有法』により国有化され、官営鉄道『山陽本線』となる。
なお、支線の和田岬線は、貨物支線として1890年に開業している。 路線の変革としては、複線化は戦前より行なわれているようである。 また、電化は1930年代より手掛けられ、30年の歳月を要し1964年の横川~小郡を最後に全線電化が完成している。

山陽本線での変革といえば、1942年の関門トンネルの開通であろうか。 世界初の海底トンネルで開通したこのトンネルによって、鉄道連絡線への乗り換えを余儀なくされていた九州が、乗り換える事なしに直通の鉄道で渡る事が可能になる・・という画期的な事であったのだ。

もう一つの変革といえば、山陽新幹線の開通であろう。 1972年には岡山まで、1975年には博多まで開業した新幹線は、山陽本線の運行状況を一変させた。 新幹線の完成により、山陽本線は広域輸送の任を解かれたのである。 それに代わって、地域輸送と新幹線からの接続輸送という新たな任務が与えられたのである。
 

かつての花形
【さくら】号も過去のものに
 
1975年の新幹線の博多開業を機にほとんどの優等列車が廃止され、今では寝台列車を残すのみである。 その寝台列車も極端なまでに集約され、かつては鉄道ファンの憧れであり路線の花形であった『ブルートレイン』も、今や二つの列車の名称を半々に図案化したヘンテコなヘッドマークを掲げ走っていて興醒めである。  その『ブルートレイン』も、2009年3月のダイヤ改正で全て運行廃止となってしまった。
 
最後に、岩徳線の短絡区間についてだが、これは少し複雑な経緯がある。 それは岩徳線が一度本線化されて、また支線に戻されたという経緯を持っている事である。 1934年の岩徳線開通により、距離の短い岩徳線が山陽本線に編入され、既存の柳井経由の路線は『柳井線』として分離された。

しかし、岩徳線ルートには当時の蒸気機関車牽引では障害となる長大トンネルが存在し、複線化では平行しての長大トンネルの掘削より『柳井線』経由のルートの方が工期的に有利であった事から『柳井線』経由で複線化工事が進められ、複線化の完了(1944年)をもって再び『柳井線』が本線に編入され、岩徳線は支線の立場に落とされていったのである。
 

もしかして、コリはビーナス?
電車寝台 特急【金星】
 
新幹線に広域輸送の任を取られたとはいえ、山陽本線は東海道本線に次ぐ我が国第二の主要幹線である。 それゆえに、鉄道旅行や鉄道撮影に趣を求めるのはキツいかもしれない。 どちらかというと、西に向けて始める旅の“通り道”として最初に通る線との位置付けであろう。
 


 

今となってはレアな
和田岬駅・スタンプ
 
   《乗車記》
山陽本線は、在来線では我が国第二の巨大路線である。 従って、この路線が全線を通した乗車記を語る性質でない事は言わずもがな・・であろう。 例え語ったとしても、あまり面白くもないと思うし。
従って、兵庫から出る支線の和田岬線の事を語ろうと思う。
 
この支線は、上記に記するように元々は貨物支線であった。 そして今は、和田岬にある三菱重工・神戸造船の通勤客の為だけの路線といっていい状況で運行されている。 それは、運行ダイヤを見れば判る事だと思うが、朝の7時~9時の出勤時と夕方17時~20時の帰宅時のみの運行(残業者向けに21時と22時に1本づつある)で、昼間は改札を含めて閉鎖されているのである。 また、工場の操業が休業となる休日は、朝夕1本づつの2往復となるのだ。
 
このように、ここまで割り切って運行されている路線なのだ。 この事から、「通勤者以外でこの路線に乗車する者は、JR全線の完乗を目論む者以外にない」と揶揄されている路線である。 筆者も特別に全線の完乗を目論む意思はなかったが、動機としては路線の完乗目的で乗っているのである。 即ち、それほどまでに乗車目的の見つけ辛い路線なのである。
 

今もあるのかな?
和田岬線の改札にあった
兵庫駅のスタンプ
 
とどのつまり、2.7kmの路地裏のような所を通る何もない路線なのだ。 乗って数分経ったかな?と思うと、終点の和田岬に到着したのであった。 だが、以前はこんな路線でも見るべきものはあった。
DE10と座席を全て撤去して乗降口をホームのある片側1ヶ所だけに集約したゴンドラ改造の旧型客車で、機回しもせずに後押し(プッシュ・ブル)で運行していたのだ。
 
やがて時代が変わって気動車化されたが、この時もキハ35のホームのない側の扉を撤去するなどゲテモノ化されたキハ35+キ“ク”ハ35という形式が導入されていた。 だが、2001年の電化で、このようなゲテモノ車両は淘汰されて、国電の103系が入線しているようだ。
 

和田岬の周辺には
史蹟名勝が結構あるようだ
 
また、終点の和田岬の駅舎は、以前は港町・神戸を意識した洒落た造りの駅舎だったが、取り壊されて駅舎もない簡素な駅となってしまった。 また、この地区では「運河を活かした街づくり」を提唱中で、途中の兵庫運河に架かるこの国では数少ない旋回橋(船舶航行時には回転扉のように廻って開く可動橋)が『街づくりの邪魔』との事で、路線自体の2012年中の廃止が検討されているようである。
 

2012年の来る日が来たなら
この入場券はレアものになるかもね
 
だが、固定されたとはいえ、廃止により日本最古の水平式可動橋として重要文化財級の旋回橋を取っ払う方が、後々に後悔の念を残すように思われるのだが。 

  ※ 詳細は『魅惑の鉄道写真集』より『山陽本線』を御覧下さい。
                            



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No title * by KAYZ
おはようございます。

兵庫のスタンプは昔のものですね。
今は支社スタンプが窓口近くに設置されています。

あと和田岬の1つ目のスタンプ、
「国鉄」の部分が削られたものを持っています。
廃止されればこういった切符やスタンプは貴重なものになりますね( ‥)/

No title * by 風来梨
KAYZ様、こんばんは。

コメントありがとうございます。
願わくば、廃止されないでいて普通のスタンプのままであって
ほしいですね。

そちらのブログさんにも伺いました。
道の駅とかスタンプとかに詳しいですね。
そして、スタンプ押印も丁寧におされていますね。
私は、かなり押印失敗がありますので羨ましい限りです。

コメント






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No title

おはようございます。

兵庫のスタンプは昔のものですね。
今は支社スタンプが窓口近くに設置されています。

あと和田岬の1つ目のスタンプ、
「国鉄」の部分が削られたものを持っています。
廃止されればこういった切符やスタンプは貴重なものになりますね( ‥)/
2011-07-06 * KAYZ [ 編集 ]

No title

KAYZ様、こんばんは。

コメントありがとうございます。
願わくば、廃止されないでいて普通のスタンプのままであって
ほしいですね。

そちらのブログさんにも伺いました。
道の駅とかスタンプとかに詳しいですね。
そして、スタンプ押印も丁寧におされていますね。
私は、かなり押印失敗がありますので羨ましい限りです。
2011-07-06 * 風来梨 [ 編集 ]