風来梨のブログ

このブログは、筆者であるワテの『オチャメ』な日本全国各地への探勝・訪問・体験記です。

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路線の思い出   第339回  赤谷線 赤谷・東赤谷駅跡

路線の思い出  第339回  赤谷線 赤谷・東赤谷駅跡 〔新潟県〕

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訪れる事ができずに悔いが残る
赤谷線の終着駅・東赤谷
※ 鉄道ジャーナル紙の掲載写真より

《路線データ》
  営業区間と営業キロ   輸送密度 / 営業係数(’83)   廃止年月日   転換処置
新発田~東赤谷 18.9km    703  /   1233      ’84/ 4/ 1    新潟交通

廃止時運行本数
           《平日》       《土曜》        《休日》
新発田~東赤谷  下り5本・上り6本   下り6本・上り7本   下り5本・上り5本
新発田~米倉   下り1本         下り1本         下り1本・上り1本

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在りし頃の赤谷駅
※ ウィキペディア画像を拝借

赤谷駅(あかたにえき)は、かつて新潟県新発田市赤谷にあった旧国鉄・赤谷線の駅である。
赤谷線廃止に伴い、1984年4月1日に廃止された。 島式ホーム1面2線を有したが、駅舎反対側の1線のみの使用で列車の行き違いは行われていなかった。 駅廃止時まで業務委託駅であった。

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東赤谷駅で佇む気動車
乗りたかったなぁ・・
※ 鉄道ジャーナル紙の掲載写真より

東赤谷駅(ひがしあかたにえき)は、かつて新潟県新発田市赤谷にあった旧国鉄・赤谷線の駅である。
赤谷線廃止に伴い、1984年4月1日に廃止された。 当駅への進入直前に33‰という急勾配があった為に、列車はスイッチバックして駅構内に入るという変わった駅構造であった。

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東赤谷駅の線路配置図
※ グーグル画像から拝借

旅客ホームは島式1面2線で、当時の国鉄では唯一のスイッチバックの終着駅であった。 スイッチバック運用の駅であった為に、廃止時まで駅員が常駐していた。

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典型的なローカル線の
終着駅だった東赤谷駅
※ ウィキペディア画像を拝借

また、日鉄鉱業の専用線が2本存在した。それとは別に当駅から日鉄鉱業赤谷鉱山専用鉄道が出ていた。
この鉄道は開業当初は軌間1067mmであったが、1957年(昭和32年)には軌間610mmで敷設し直され電化もされていた。 当駅の新発田寄りにはイギリス製の転車台があったが、大井川鐵道の千頭駅に移設され今なお現用されている。



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終着駅がスイッチバック・・
かなりポイントの高い廃止路線だったのに・・
※ グーグル画像を拝借

この路線も山陰地方にあった倉吉線と同様に、ワテにとっては痛恨の未乗線区である。
それは廃止日が1984年3月末で、この日に東北の三陸3線と日中線、北陸の赤谷線と魚沼線、関東の相模線・寒川支線、東海の清水港線の計8線がイッキに廃止された日であったのだ。

また、この後に廃止される北海道の廃止路線も廃止に向けてカウントダウンがなされていて、いつ廃止になるか予想がつかず、こういう「いつ廃止になるか判らない状況」だと、どうしても北海道の廃止路線を優先してしまうのである。 小僧のワテも「右に倣え」で、この日は北海道の廃止路線を訪れていたのである。

まぁ、当時小僧だった事もあって、もちろんの事であるが車なんて免許すら持ってないし、またアウトローなロクデナシ道に開花しつつあったものの、一応学生だったので日程を作るには余分に学校をサボる以外に手はなかったのである。 もちろん、日本全国に散らばる廃止線を、全て追っかける為に必要な金を持ってなかったのは言うまでもないのである。

悔しいけれど、廃止ローカル線を追っかけるには、まだ収入のない学生である「小僧としての能力の限界」という現実が着いて回っていたのである。 でも、それでも必死になって追っかけていた廃止路線がほぼ全て『廃止淘汰』という帰結となって、鉄への熱が醒めて久しく時が経ってから、訪れる機会がやってきたのである。

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淘汰されたローカル鉄道から
背後にそびえる名峰へと
ターゲットが変わっていった
※ グーグル画像を拝借

それは、ワテが『廃止ローカル線』に変わって熱中した事が名峰への登山であり、この赤谷線の終着駅だった東赤谷駅は、『憧れのヤマ』である飯豊連峰の最も奥深きヤマ・朳差(えぶりさし)岳の登路の一つだったのである。

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朝靄が乱反射してより神秘の峰に・・

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朳差岳とその真ん前建つ朳差避難小屋

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ヤマはイブキトラノオが満開だった

そして、この東赤谷からの登山ルートは、かつて隆盛を極めた日鉄・赤谷鉱山の跡から、「下っていく程に更に山奥に入っていく摩訶不思議な尾根」として魅惑的に映った《胎内尾根》のルートだったのである。

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成りは無様だが
間違いなくこの頃が最強だった

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もちろんこの時は
テントを担いで・・だよ
ちなみにオレンジの
小さい方がワテのテント

この頃は『奇跡の体力』の最盛期であり、難所が連続するバリエーションルートを極める事を一つの勲章として捉えていたのである。 そう・・、この駅でチョロっと語った「大無間山から風イラズを経て、大井川鉄道の秘境駅・尾盛へ下り立つルート」を歩く事を夢見て、それが実現する可能性が最も高かったのがこの頃なのである。

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この頃保持していた『奇跡の体力』は
ワテにヤマの夢を観させてくれたよ

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「下っていく程に更に
山奥に入っていく摩訶不思議な尾根」
をも踏破で来そうな程に・・

まぁ、この胎内尾根のルートも、結局はこの時に索敵(下調べ)に訪れただけで、実現する事はなかったけど・・ね。 でも、このルートを下山に使うと町に出る足が皆無で、下山地の日鉄・赤谷鉱山跡よりバス停のある赤谷駅の集落地まで20kmは歩かねばならず、日鉄・赤谷鉱山の跡と東赤谷でビバークしなきゃなんないだろうし・・で、送迎の手はずを整えないと歩く事が不能なルートなのですね。

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上から見下ろすと近い感じがするが
赤谷のバス停まで15時間はかかる

でも、この奥にある湯ノ平温泉は、現在は飯豊の秘湯として釣りや温泉付きのキャンプ場となってるらしいし・・。 秘境ブームは山に向かって・・でなく、里に向かって広がったようですね。

・・で、その胎内尾根の事前索敵(放浪山旅の最中だったので、事前索敵する時間は大いにあったのデス)に訪れた時であるが、当時は「ヤマにお熱」で『鉄』である事を自身の『黒歴史』として隠し覆す行動に出ていたものの、やはり必死になって追い続けたモノ・・、そして撮る事も乗る事も叶わなかった路線の赤谷線の遺構は気になる存在だったのである。

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駅名標に標された次の駅が
『新発田藩』と『会津藩』という
胡散臭い駅跡モニュメントだったよ・・
案の定フェイクでした

車で東赤谷まで入るが、途中に『赤谷の駅』という貨車駅舎を置いたモニュメントがあり、これでワテの赤谷線の廃線跡探索に火が点いたのである。 これはてっきり赤谷駅跡のモニュメントだと思っていたが、後で調べると赤谷駅の一つ手前の新山内駅付近で、このモニュメントは路線跡を整備したサイクリングロードの終着点のようですね。

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かつてホームがあった側から見ると
駅だった事が判るが・・

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道路側から見ると
廃屋にしか見えない
※ 上下2枚いずれもグーグル画像を拝借

そして赤谷駅のみ、駅舎が唯一現物で存在しているのである。 何でも集会場として使われているらしい。 これは随分と後に知った事なので、写真は撮れなかったよ。 まぁ、こういう所がナンチャッてな『○鉄』で、3度訪ねるまで白糠線の上茶路駅跡を発見できなかったワテの廃線探索における『クオリティ』なのであるが・・。

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かつてはこのような駅情景だったのが・・
※ 鉄道ジャーナル紙の掲載写真より

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資材置き場&バス転回場となっていた
無人地帯・東赤谷駅跡への
バスの乗り入れは廃止されたみたい
※ グーグル画像を拝借

そして、東赤谷の駅跡。 見事にザラ場の荒地となっていたよ。 恐らく、資材置き場&廃線後数年は入っていた廃止転換バスの転回場に使われていたのだろうね。 もう、スイッチバック駅だった遺構は跡形も消えていたよ。 ネットで調べたら、スイッチバックの上に駅があった事を示す石垣があるそうだ。

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この石垣の上に東赤谷駅があり
列車はこの切通しをスイッチバックで
登っていたようである
※ グーグル画像を拝借

この先からは、この地に来た本来の目的である『胎内尾根登山ルート』の探索である。
ここは日鉄・赤谷鉱山跡まで延びていた日鉄・赤谷鉱業専用線の線路跡で、途中で引き上げて鉱山跡の登山口までは行ってないものの、何と舗装されてあったよ。 そして、線路施設跡と思われるケーブルを埋め込んだ溝が道に沿ってずっと連なっていたよ。

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マツムシソウは東赤谷辺りの標高でも
咲いているかも・・ね

また、所々に錆びて赤茶けたトロッコ鉄道規格の鉄橋がかかっていたりしたよ。 また、トロッコ規格の小さなトンネル跡も散見されたよ。 まぁ、当時は鉄道遺構を追うなんて事は『黒歴史』として避ける気持ちが強かったので、もったいなくも写真は撮らなかったけど・・。

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この頃は花の写真や

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ヤマの情景写真は撮ったが
鉄関係は意固地になって撮らなかったなぁ
勿体ない事に・・

・・で、なぜに「途中で引き上げた」のかであるが、何か虚しくなってきたんだよね。
そして、当時はまだ『温泉の湧くキャンプ地』として手の入る以前の無人の山奥地帯で、奥まで行っても何の見込みがない事が明白だったからである。 でも、今は綺麗な温泉&登山小屋が建てられ、シーズン中は管理人も入る有料のキャンプ場となり、釣り&バーベキューのメッカとなっているそうな。

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ヘタリきった今は
この花の冠名である「イイデ」へは
正規のルートで登る事にするよ
でも正規ルートの『石転び沢』でさえ
かなりキツイのであるが・・

今度行く時は、恐らくこの山奥の秘湯めぐり・・だろうね。 ここからヤマに登るのは、今は体力的に無理だしィ。 その時は、赤谷駅の駅舎や日鉄・赤谷鉱山鉄道の遺構の写真も撮る事にするよ。



そろそろ落ち着いて来たね
アクセス数もコメント数も・・

これからはどう展開していこうか・・
でも新たな企画なんて考えてないしィ



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No Subject * by hanagon
東赤谷、懐かしいですね~。今はもう痕跡もなくなっていましたか。
ここは二度訪れていまして、最初は赤谷線に乗って往復。終点スイッチバックには興奮しました。
https://hanagon60.blog.fc2.com/blog-entry-640.html
この路線が廃止されたしばらく後に、念願の国鉄線全線完乗を果たせたので、早めに乗っておいて良かったと思いました。

二度目は廃線後、飯豊山登山の折にバスでここまで来て、登山口の湯の平温泉方面へテクテク。当時まだ駅舎は残っていた記憶がありますが、よく見なかったのを後悔しています。

Re: No Subject * by  風来梨
hanagonさん、こんばんは。

> 東赤谷、懐かしいですね~。今はもう痕跡もなくなっていましたか。
> ここは二度訪れていまして、最初は赤谷線に乗って往復。終点スイッチバックには興奮しました。
> https://hanagon60.blog.fc2.com/blog-entry-640.html
> この路線が廃止されたしばらく後に、念願の国鉄線全線完乗を果たせたので、早めに乗っておいて良かったと思いました。
>
> 二度目は廃線後、飯豊山登山の折にバスでここまで来て、登山口の湯の平温泉方面へテクテク。当時まだ駅舎は残っていた記憶がありますが、よく見なかったのを後悔しています。

国鉄全線完乗されたのですか! それは凄い・・。 私は永遠の90%を維持する事に先述ダウンしています。(笑)
シンカンセンとかの新線は放ったらかしです。 私は乗れなかったので、赤谷線は羨ましさ満開です。

も一つ『すごい!』 湯ノ平温泉からの胎内尾根を登られたのですか? アレはキツいらしいですよ。 登りでコースタイム7時間とむいいますし・・ね。 今の私は全力をもって回避しますね。

私が追い求めてきたローカル線と、ヤマのバイリンガルの第一人者のhanagonとブログ交流ができて幸運です。

東赤谷 * by TOM☆彡
こんばんは
小生も残念ながら赤谷線は乗れていません。スイッチバックの遺構を見てみたいですね。

3年前、新潟交通の新発田営業所で”東赤谷”の行き先をみて感慨にふけりました。
https://tom64.blog.fc2.com/blog-entry-1924.html

Re: 東赤谷 * by  風来梨
TOM☆彡さん、こんばんは。

> こんばんは
> 小生も残念ながら赤谷線は乗れていません。スイッチバックの遺構を見てみたいですね。
>
> 3年前、新潟交通の新発田営業所で”東赤谷”の行き先をみて感慨にふけりました。
> https://tom64.blog.fc2.com/blog-entry-1924.html

東赤谷のスイッチバック・・、乗りたかったですね。 でも、同時期に廃止になるかもしれない北海道の一次廃止路線を優先してしまったので乗れませんでした。

東赤谷駅跡は広い荒地となっていました。 使い道は資材置き場とバスの転回場でしたね。

それと、2年くらい前までは東赤谷まで乗り入れていたらしいですね。 でも、今は集落のある赤谷止まりになっているようです。

No Subject * by ミヤパパ
ありがとうございます
懐かしいですね!
赤谷線赤谷駅、東赤谷駅
通学で通った赤谷線
今は、何も残ってないけど、赤谷線散策してます。
いくまで大変ですが!
思い出すと、涙腺が緩みますね
懐かしいですね!ありがとうございます

No Subject * by ミヤパパ
ありがとうございます。
赤谷線懐かしいですね。
私の生まれた故郷から、隣駅赤谷駅
と東赤谷駅涙腺が緩みますね!
もう面影もありませんが、会社退職したので、赤谷線散策してます。
行くまで大変ですが!私も写真撮るべきでした。悔やまれますね!

No Subject * by ミヤパパ
ありがとうございます。
赤谷線懐かしいですね。
通学に使わせて頂きました。
涙腺が緩くなりますね。
今会社退職したので赤谷線散策してます。

Re: No Subject * by  風来梨
ミヤパパさん、こんにちは。
故郷の路線の思い出がいっぱいつまった路線なのでしょうね。 都会(大阪)育ちなので憧れます。
ローカル線を追っかけるようになったのも、この羨ましさが原点なのかもしれません。

でも、赤谷線は、痛恨の未乗線区だったりするので、記事内容の半分は空想が入ってたりします。 

コメント






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No Subject

東赤谷、懐かしいですね~。今はもう痕跡もなくなっていましたか。
ここは二度訪れていまして、最初は赤谷線に乗って往復。終点スイッチバックには興奮しました。
https://hanagon60.blog.fc2.com/blog-entry-640.html
この路線が廃止されたしばらく後に、念願の国鉄線全線完乗を果たせたので、早めに乗っておいて良かったと思いました。

二度目は廃線後、飯豊山登山の折にバスでここまで来て、登山口の湯の平温泉方面へテクテク。当時まだ駅舎は残っていた記憶がありますが、よく見なかったのを後悔しています。
2019-09-05 * hanagon [ 編集 ]

Re: No Subject

hanagonさん、こんばんは。

> 東赤谷、懐かしいですね~。今はもう痕跡もなくなっていましたか。
> ここは二度訪れていまして、最初は赤谷線に乗って往復。終点スイッチバックには興奮しました。
> https://hanagon60.blog.fc2.com/blog-entry-640.html
> この路線が廃止されたしばらく後に、念願の国鉄線全線完乗を果たせたので、早めに乗っておいて良かったと思いました。
>
> 二度目は廃線後、飯豊山登山の折にバスでここまで来て、登山口の湯の平温泉方面へテクテク。当時まだ駅舎は残っていた記憶がありますが、よく見なかったのを後悔しています。

国鉄全線完乗されたのですか! それは凄い・・。 私は永遠の90%を維持する事に先述ダウンしています。(笑)
シンカンセンとかの新線は放ったらかしです。 私は乗れなかったので、赤谷線は羨ましさ満開です。

も一つ『すごい!』 湯ノ平温泉からの胎内尾根を登られたのですか? アレはキツいらしいですよ。 登りでコースタイム7時間とむいいますし・・ね。 今の私は全力をもって回避しますね。

私が追い求めてきたローカル線と、ヤマのバイリンガルの第一人者のhanagonとブログ交流ができて幸運です。
2019-09-05 *  風来梨 [ 編集 ]

東赤谷

こんばんは
小生も残念ながら赤谷線は乗れていません。スイッチバックの遺構を見てみたいですね。

3年前、新潟交通の新発田営業所で”東赤谷”の行き先をみて感慨にふけりました。
https://tom64.blog.fc2.com/blog-entry-1924.html
2019-09-09 * TOM☆彡 [ 編集 ]

Re: 東赤谷

TOM☆彡さん、こんばんは。

> こんばんは
> 小生も残念ながら赤谷線は乗れていません。スイッチバックの遺構を見てみたいですね。
>
> 3年前、新潟交通の新発田営業所で”東赤谷”の行き先をみて感慨にふけりました。
> https://tom64.blog.fc2.com/blog-entry-1924.html

東赤谷のスイッチバック・・、乗りたかったですね。 でも、同時期に廃止になるかもしれない北海道の一次廃止路線を優先してしまったので乗れませんでした。

東赤谷駅跡は広い荒地となっていました。 使い道は資材置き場とバスの転回場でしたね。

それと、2年くらい前までは東赤谷まで乗り入れていたらしいですね。 でも、今は集落のある赤谷止まりになっているようです。
2019-09-09 *  風来梨 [ 編集 ]

No Subject

ありがとうございます
懐かしいですね!
赤谷線赤谷駅、東赤谷駅
通学で通った赤谷線
今は、何も残ってないけど、赤谷線散策してます。
いくまで大変ですが!
思い出すと、涙腺が緩みますね
懐かしいですね!ありがとうございます
2023-08-04 * ミヤパパ [ 編集 ]

No Subject

ありがとうございます。
赤谷線懐かしいですね。
私の生まれた故郷から、隣駅赤谷駅
と東赤谷駅涙腺が緩みますね!
もう面影もありませんが、会社退職したので、赤谷線散策してます。
行くまで大変ですが!私も写真撮るべきでした。悔やまれますね!
2023-08-05 * ミヤパパ [ 編集 ]

No Subject

ありがとうございます。
赤谷線懐かしいですね。
通学に使わせて頂きました。
涙腺が緩くなりますね。
今会社退職したので赤谷線散策してます。
2023-08-05 * ミヤパパ [ 編集 ]

Re: No Subject

ミヤパパさん、こんにちは。
故郷の路線の思い出がいっぱいつまった路線なのでしょうね。 都会(大阪)育ちなので憧れます。
ローカル線を追っかけるようになったのも、この羨ましさが原点なのかもしれません。

でも、赤谷線は、痛恨の未乗線区だったりするので、記事内容の半分は空想が入ってたりします。 
2023-08-10 *  風来梨 [ 編集 ]