2019-07-23 (Tue)✎
『日本百景』 夏 第388回 長次郎雪渓 〔富山県〕
鋭い岩峰が逆光にギラリと輝く
剱 岳 つるぎたけ (中部山岳国立公園)
立山連峰の中でひときわ嶮しく、氷河地形を顕著に示しているのが剱岳である。
山頂は氷食尖峰で、氷河が永い時をかけて多くの嶮しき谷を創りだしている。 これらの谷は、《長次郎谷》・《平蔵谷》など、これらの谷を世に広めた先駆者達の名前がつけられている。
剱岳の魅力は、何といっても“奥の深い”楽しみ方にある。 初心者ならば、室堂からお花畑を突っ切って剱の頂に立つコースがお勧めである。 山歩きに慣れた中級者ならば、剱沢雪渓を渡って仙人池・黒部渓谷に至るコースがいい。 剱沢の万年雪渓を突っ切って、裏剱の八ッ峰と仙人池を目指すのである。
雪と岩の殿堂・剱岳を見上げて・・
このコースの全般に渡って眺められる裏剱の景観は、とにかく“素晴らしい”のひとことに尽きる。
八ッ峰を映す仙人池や彩り鮮やかな池ノ平、そして夏の“まだ人知れぬ”池ノ平山のお花畑、秋の燃える紅葉と、魅力が盛りだくさんである。
「直に魅る」
氷河地形の熊ノ岩
そして、上級者ならば、楽しむ観点はやはり“直に魅る・・”であろう。 《長次郎谷》から標高差1000mの雪渓を乗り越えて頂上に立ったり、八ッ峰を“眺める”ではなく直に登るというのも上級者ならではの楽しみ方であろう。 また、一生涯をかけて、“幻の滝”・剱大滝にアタックするのも夢がある。
「直に登る」
バリエーションルートの長次郎雪渓
・・このように、どのレベルの登山者でも楽しめるのが、この剱岳である。
剱沢~長次郎雪渓登攀ルート 行程図
行程表 駐車場・トイレ・山小屋情報
《1日目》 JR富山駅より鉄道利用(1:05)→立山駅よりケーブルとバス(1:00)→室堂
(0:20)→雷鳥平(1:50)→剱御前小屋(0:50)→剱沢キャンプ場
《2日目》 剱沢キャンプ場(0:40)→長次郎谷出合(2:10)→熊ノ岩
(1:00)→長次郎谷・左俣ノコル(0:20)→剱岳(2:30)→剱沢小屋
(2:30)→室堂よりバスとケーブル(1:00)→立山駅より鉄道利用
(1:05)→JR富山駅
至る所に岩のオブジェが・・
《2日目》 長次郎雪渓を登高して剱岳頂上へ
朝、スペクトルに空が変わる頃には、出発準備を整えたいものだ。 たぶん、“一服剱辺りで日の出を・・”ともくろむ登山者達と同じ時間帯での出発となろう。 違う所は、もちろん進むべきルートだ。
一般ルートを取るなら、《剱沢雪渓》をトラバースして《剱山荘》へ向かうのであるが、ここは雪渓を真っすぐに下降していく。
雪と岩の殿堂・剱岳の核心部へ・・
ここで雪の状態を判断するといいだろう。 《剱沢》の雪渓が《長次郎谷》の出合まで続いていない場合、つまり出合まで雪渓を歩く事ができない程に雪渓が縮小していたなら、《長次郎雪渓》の登高はまず不可能だろう。 登高可能な時期としては、7月の下旬位までであろうか・・。
さて、雪渓の中を下ると、クレバスだらけの《平蔵谷出合》を経て約40分で《長次郎谷》の出合である。 さぁ、これよりバリエーションルートの始まりだ。
長次郎雪渓 詳細図
《長次郎》の雪渓は、出合からいきなり35°位の急傾斜となっている。 先は左にそれていて、出合からは上部は見えない。
最初は雪渓の幅が狭く
雪渓は上も下も見渡せない
この35°の傾斜を200m位登ると辺りがパッと開けて明るくなり、太陽の光と眩いまでの白銀・・、そして出合を隔てる黒部別山の背後に鹿島槍の双耳峰も見えてくる。 このあまりにも眩い光景に、「一歩間違えば・・」というバリエーションルートを通っている・・という事実を忘れてしまいそうになる。
天に向かって尖峰を
突き上げる八ッ峰
だが、気の緩みは禁物。 「一歩間違えば・・」という、傾斜40°近くの“天然のすべり台”の中にいるのだ。 高度感を取り戻したいのなら、下を振り返る事だ。
高度感を取り戻したいなら
後ろを振り返るといい・・
いつの間にか300mも400mも登っているのが判るだろう。 そして、まるで三角定規のように直斜線で出合へ結んでいる白銀の帯。 また、周りの岩壁がカール壁のように直立している。
長次郎雪渓の核心部分
これだけ揃えば、嫌でも気が引き締まるだろう。 雪渓の傾斜がますますキツくなり、右側に《八ッ峰》のⅣ峰・Ⅴ峰がそびえたってきたなら、前面に巨大な氷河遺跡である《熊ノ岩》が見えてくる。
怪獣の歯茎のような・・
《八ッ峰》のⅣ峰・Ⅴ峰が
逆光にギラリと輝く
氷河遺跡の熊ノ岩
雪渓は《熊ノ岩》で二手に分かれ、左側は深いクレパスとゴルジュ(雪渓の中の滝)を形成しているので、右側から《熊ノ岩》にアプローチする。 《熊ノ岩》に取り付き、右の上部より流れる沢滝で喉を潤してから、《熊ノ岩》上部にある草付きを目指してこの沢滝のルンゼを登っていく。 この区間だけは、アイゼンが邪魔だ。 少しでも疲労を少なくする為にも、アイゼンは外していこう。
熊ノ岩の上は
絶好の休憩テラスだ
登り着いた《熊ノ岩》の上部は格好の展望台だ。 あまりにもダイナミックな剱の《八ッ峰》岩峰群、一直線に左右2つの雪渓を突き上げている《長次郎雪渓》、標高差700mに及ぶ白銀の帯、荒々しい岩峰を並べる《源次郎尾根》から剱本峰への稜線、全てが一般のルートでは見ることができない光景だ。
《熊ノ岩》はこのルートで唯一、リュックサックを下ろして休憩できる所なので、じっくりとこのチャンスを享受しよう。
熊ノ岩で両足を伸ばして
座れる有難さを実感しよう
さて、ひと息着いたなら、アイゼンをしっかりと着けて登高再開だ。 ルートは左側に突き上げる《左俣雪渓》を取るのであるが、《熊ノ岩》から《左俣雪渓》までのトラバース区間が高度感と傾斜がこれまでで最も強く感じる難所となる。 それは、《左俣》の下に大きなクレパスとゴルジュが口を開けていて、そこに一直線に傾斜が連なっているのが目に入る為であろう。 実際も強烈な傾斜で、斜度45°はありそうだ。
この尖峰はゴーストも
いい表現方法となるね・・
トラバースを終えると、三段に起伏したように見える《左俣雪渓》を忠実に登高していく。
適当に三段の目星をつけて、立ち休憩(腰を下ろすのは禁物。 尻をつけると滑り落ちてしまう)を交えながら登っていこう。 そして、三段目(私にはこのように見えたので、コース説明に活用している)を登りきると、雪渓の最上部だ。
左の頭上に剱岳本峰が
見えてくると終わりも近い
雪渓は20m位の丘を経て、《左俣ノコル》から落ちる岩盤で途切れている。 この丘の上に登り着いた時の充実感。 それは言葉では表現しきれない。
長次郎雪渓の頂点にて・・
雪渓が尽きる
長次郎雪渓の頂点にて・・
雪渓の頂点で
大の字に寝そべってみた
尖峰も今日のワテを
称えてくれた・・かな?
最も充実した気持ちで魅た
後立山の山なみ・・
コレを登って来たんだなぁ・・
この時の私は、この嬉しさを雪渓で大の字に寝転がるなど“体”で表現したのだが・・。
《長次郎雪渓》登高の喜びを十分味わったなら、剱岳に向けて登っていこう。
これよりこの岩の
「てっぺん」に登っていく
鹿島槍の双耳峰を見ながら・・
雪渓最上部から《左俣ノコル》まではほんの一投足だ。 岩肌を20m程登って剱岳の主稜線に出る。
剱岳主稜線の《池ノ谷》側(北面)は、ほぼ垂直に切れ落ち迫力満点だ。
池ノ谷を見下ろして・・
だが、あまり乗り出すと転落の恐れもあるので、程々に・・。 後は左に進路を取り、北面を意識しながら着かず離れずの要領で岩峰をよじ登ると、“帽子”と呼ばれる頂上部の小雪渓を越えて岩にはめられた『通行禁止』のレリーフ板の横から祠の立つ剱岳 2998メートル 本峰に出る。
剱岳頂上特設ギャラリー
剱岳頂上にて・・
:
髪が逆巻いているのは
風がアゲインストだったから・・
剱岳の頂から
北アの山の全てを望む
黒部別山を望む
長次郎雪渓・左俣雪渓と後立山連峰
雲海に浮かぶ立山連峰
薬師岳方面を望む
立山連峰から始まる
剱沢の雪渓を見下ろして・・
長次郎・左俣に突き上げる雪渓
剱の頂から望む鳴沢岳
剱岳の展望には、月並みな言葉ては表せぬ感動があった。 それは、一つの事をやり遂げた者だけが味わえる感動であると思う。 頂上で感動をかみしめたなら、下山に取りかかろう。
カニノヨコバイを下る
鹿島槍の双耳峰が凛々しく・・
北アのシンボル・槍も見えた!
下山は、一般ルートの『別山尾根』だ。 しかし、相手は剱岳。 我が国随一の“岩の殿堂”である。
要所に鎖が掛けられているとはいえ、浮かれず・慌てず・慎重に下っていこう。
前剱にて・・
前剱の頂より立山を望む
そびえる岩の殿堂・剱岳
ここまで下ると雲海よりも下となる
湧き立つ雲が剱をドレスアップ!
カニノヨコバイを下り、落石で屋根が吹っ飛んだ平蔵小屋跡を見ると剱の核心部は終わる。
後は、前剱などで展望を楽しみながら下っていこう。
斜光と剱岳
斜陽に尾根筋を輝かせる剱岳
時が経つにつれて光と影の
コントラストが強くなっていく・・
やがて剱沢全体が影となって
落日の時を迎える
なお、下りルートの解説は、通るルートが『日本百景 夏 第202回 剱岳』と同じであるので、そちらを参照される事して割愛したい。 もし、前日がテント泊でテントをデポしてきたのなら、荷物を回収するべく《剱沢》へ戻らねばならないし、山荘泊なら《室堂》へ向かうべく直接《別山乗越》に進路をとってもいいだろう。 その際は、《室堂》発のバス発車時刻に留意しよう。 剱岳から《室堂》まで、荷物の整理を含めて下り約5時間半である。
光を浴びるハクサンイチゲ
最終バスは16時頃である。 逆算すれば、剱岳頂上を10時半までに下り始めないと、《室堂》の最終バスに間に合わなくなる。 また、煩わしい時間計算などやめて心地よい緊張を解かすべく、もう1日《剱沢》に宿泊するのもいいだろう。 とにかく、今日は1つの事をやり遂げた充実感に心を預けよう。
1日余分に剱沢に泊れば
朝の剱岳の絶景が拝めるかも・・
感動した情景を四半世紀の時を越えて
伝える事のできるフイルム写真で
心底良かった・・幸運だったと思う
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Re: No Subject * by 風来梨
さゆうさん、こんばんは。
> こんにちは。
> 上った者だけが見られる、素晴しい山岳写真を見せて頂きありがとうございます。
> 山の美しさと厳しさを見せつけられました。
> 紹介ありがとうございます。
登った者だけが魅られる情景・・。 コレが山を続けて夢中になれる理由ですね。 それを写真に撮れるのは、至福の喜びですね。 撮った本人が魅せられて虜になる情景・・、それは写真を見る人も虜にしますね。 そういう写真を撮っていきたいし、さゆうさんの魅せられる写真の虜になりたいです。
> こんにちは。
> 上った者だけが見られる、素晴しい山岳写真を見せて頂きありがとうございます。
> 山の美しさと厳しさを見せつけられました。
> 紹介ありがとうございます。
登った者だけが魅られる情景・・。 コレが山を続けて夢中になれる理由ですね。 それを写真に撮れるのは、至福の喜びですね。 撮った本人が魅せられて虜になる情景・・、それは写真を見る人も虜にしますね。 そういう写真を撮っていきたいし、さゆうさんの魅せられる写真の虜になりたいです。
No Subject * by 鳳山
剣岳、まさに剣のような山ですね。ごつごつして登りにくそう。ただその分登ったら絶景なんでしょうね。
Re: No Subject * by 風来梨
鳳山さん、こんばんは。
> 剣岳、まさに剣のような山ですね。ごつごつして登りにくそう。ただその分登ったら絶景なんでしょうね。
日本のアルピニスト憧れの山・・、それが剱岳ですね。
槍ヶ岳などの標高で凌ぐ山より、憧れの強い山みたいです。
それは、数多くのバリエーションルートや、氷河地形などの特別な山だからだろうと思います。 もちろん、頂上からの絶景は、登った者を虜にしますね。
> 剣岳、まさに剣のような山ですね。ごつごつして登りにくそう。ただその分登ったら絶景なんでしょうね。
日本のアルピニスト憧れの山・・、それが剱岳ですね。
槍ヶ岳などの標高で凌ぐ山より、憧れの強い山みたいです。
それは、数多くのバリエーションルートや、氷河地形などの特別な山だからだろうと思います。 もちろん、頂上からの絶景は、登った者を虜にしますね。
上った者だけが見られる、素晴しい山岳写真を見せて頂きありがとうございます。
山の美しさと厳しさを見せつけられました。
紹介ありがとうございます。