《路線データ》
(記事関係路線のみ)
営業区間と営業キロ 運行本数 乗降客数
東京メトロ
半蔵門線 渋谷~押上 16.8km 毎時12~14本 2線で約83万人
副都心線 和光市~渋谷 11.9km 毎時14~16本
東急東横線 渋谷~横浜 24.2km 毎時16~18本 約46.8万人
渋谷駅(しぶやえき)は、東京都渋谷区道玄坂一丁目および同二丁目にあるJR東日本・京王電鉄・東京急行電鉄(東急)・東京地下鉄(東京メトロ)の駅である。 JR東日本、京王井の頭線、東急の2路線及び、東京メトロの3路線という4社の路線が乗り入れるターミナル駅である。 JR以外の各線はすべて当駅を起点・終点としている。
JR東日本の駅に乗り入れている路線は、線路名称上は山手線のみであるが、運転系統としては環状線としての山手線の他、山手貨物線を走行する埼京線と湘南新宿ラインが停車し、旅客案内ではそれぞれ別路線として扱われている。 特定都区市内制度における「東京都区内」および「東京山手線内」に属している。
また、総武本線・成田線に直通する特急「成田エクスプレス」、湘南新宿ラインと同じルートで東海道本線に直通するホームライナー(「ホームライナー小田原」「おはようライナー新宿」が停車する。
当駅の特徴は渋谷という地名が示す通り、山手線に沿った南北の細い谷の底を中心として、駅が形成されている。 当駅以外の首都圏の駅のほとんどでは、地上を走る郊外路線はJRに並行してホームを構えているが(品川駅、新宿駅、池袋駅、日暮里駅、横浜駅、北千住駅など)、当駅は前述した地形構造から、接続する各路線が安定した地形で路線敷設および当駅の接続を行うことが困難であり、多くの路線がJRと立体交差するように接続している。
例を挙げれば、東京メトロ銀座線は当駅の地上3階を発車して地下にもぐり、京王井の頭線と地下化前の東急東横線は都心部を走る路線でありながら次の駅にトンネルが存在する。廃止された東急玉川線は路面電車でありながら山手線の高架線と同じ高さに渋谷駅を構えていた。
こうした大正時代から続く増・改築により、多数の鉄道駅施設や商業施設、バスターミナルなどが立体的に絡み合い、連絡通路や階段が多く、利用者には分かりにくい構造となっている。
こうした状況から、耐震性の向上やバリアフリーの観点からも抜本的な改善が求められ、2013年3月16日の東横線ホーム地下化に伴う、東横線の高架式ホームの廃止に合わせて、当駅ならびに駅周辺の大規模な再整備が行われる事になった。
正直言うと、降りたくて降りた駅でないので、駅に関わる写真は全く撮っていない。
そして、この駅に降りた感想は、真に『東京蟻地獄』であった。
頂上の一角の『東京都』からの眺め
それは、最近毎年行っている5月末から6月の頭にかけての土日+有給1日を加えての定期山行で、東京都最高峰(といっても、歩くルートのほとんどが埼玉県)の雲取山 2017m への帰りで立ち寄った時の事である。
雲取山頂上より望む御来光
東京でありながら
最も東京〜離れた所
ヤマツツジが綺麗だったよ
登山ルートである三峰ルートの最寄駅である秩父鉄道の三峰口駅から東武鉄道の羽生に出ると、東武鉄道から地下鉄(東京メトロ)と東急東横線を経由して横浜に行く事が可能だと知って、しかも東武と地下鉄は直通して乗り換え不要との甘い蜜のような誘いに乗って、渋谷で「シブって」しまったのである。
でも、山の重くデカい荷物(この時は避難小屋泊だったから、テント無で食糧は食い尽くしたので空の16㎏位)を背負って乗り換えするのは、結構キツいのですよ。 だが実際は、東武鉄道も久喜から北はローカル線区で、羽生~久喜は30分に1本しかないなど運転系統が分断されていて、しかも秩父鉄道も熊谷で運転系統が分けられていて、久喜まででも3回の乗り換えが必要だったりして・・。
そして、久喜で乗り換えた東武の東急田園都市線直通急行は、かつて有料急行【りょうもう】や【きりふり】等の名称をつけて颯爽と走っていた面影は微塵もなく、東京メトロと共通運用のロンシー(ロングシート)で眠たそうな目(ライト)の『クマ目』ちゃんだったよ。 ホント・・、久喜から既に地下鉄に乗っている感覚だったよ。
情感の湧かない
眠たい目の『クマ目』ちゃん
※ ウィキペディア画像を拝借
そして、かつてのB準急の停車駅(東武動物公園~押上のみ優等列車)で走行して、気がつけば都内に入って地下に潜っていた。 そう・・、地下に潜って、ようやくこの車両の本来に適した路線状況になったのである。
この車両を見るにつけ、1km未満の駅間隔の地下鉄の各駅に停まって、4枚のドアを頻繁に開け閉めしてる姿しか想像できない「面白くもなんともない」車両なのである。
・・で、1~2分走ったかと思えば一斉に乗降扉を開いて、各駅で約半数の乗客を入れ替えつつ、「いくつ駅に停まったのか?」の感覚も解らぬままに渋谷駅に着く。 もう、車両の一番端っこで、都会の鉄道では邪魔でしかないデカいザックにしがみついて時が経つのを待ちわびたよ。 意識ももうろうとなって、危うく乗り過ごす所だったし・・。
・・で、降りた渋谷駅は、真に『東京蟻地獄』だった。 そう・・、イタイ格好(「イタイ」と言っても、この駅や秋葉原周辺のアニメショップで見かける格好じゃないよ・・、ヤマのデカザックを担いで・・だよ)で彷徨い歩くと、周囲の人だかりが全てワテを蟻地獄に誘い込む天敵に見えるよ。
そして運悪く、東武の『クマ目』の最後尾の一番隅っこに陣取ったので、東急への乗り換えはホームの先端付近まで目一杯歩かねばならなかったのである。 そして、エレベータは背負うザックのデカさに気が引けて使えず、エスカレーターもザックが幅を取るので接触すると喧嘩沙汰になりかねないので諦めて、階段の手すりを持って(荷を担ぐ身には、手すりのある端ほど昇り降りしやすい)登っていく。
半蔵門線は地下3階、改札口は地下1階、
東急東横線は地下5階なのであった
※ 渋谷駅案内ウェブより
でも、乗り換える東急の東横線は、一番下の階にあるのだ。 しかし、ズブズブの埼玉県内にある羽生駅の券売機は東武自社線内の押上までしかなく、一度最も上の階の改札口まで上がって、横の乗り越し券売機で清算せねばならなかったのである。 その上で、東急の券売機で渋谷~横浜の乗車券を買い直さねばならなかったのである。
都外より来たエトランゼは
一度ここまで昇らなねばならない
※ ウィキペディア画像を拝借
そう・・、東京に住む普通の利用客なら、東武~東京メトロ~東急の通しの乗車券や定期券を持っているだろうから、直接東京メトロの半蔵門線から東急東横線に乗り換える事ができるが、エトランゼでしかも埼玉県内からやってきたなら、この試練が待っていたのである。
それで、地下3階の半蔵門線から階段で地下1階の改札まで上がって、乗り越し精算機で押上~渋谷の東京メトロの運賃を精算して、改札口を出て、東急の券売機を探して渋谷~横浜の切符を買って、エレベーター・エスカレーターとも使えないので、東急東横線のある最も下の地下5階まで階段を、手すりを持ちながら下らければならなかったのである。
地下3階⇒地下1階⇒地下5階・・
累計標高差にして50mは越えてるよ
※ 交通新聞社ウェフサイトより
これだけの事をすると、乗り換え時間に20分はかかったと思う。 都会の電車の乗り換えで20分・・、真に恐ろしや『東京蟻地獄』である。 コリは大人しく北千住で乗り換えた方が数段ラクだったかも・・。
いや、行きと同じく西武の特急で高田馬場まで出て、山手線に乗り継いで東京に出た方が数段ラクだったよ。
特急料金は余計にかかるけど、放浪時代と違って1000円位どうって事ないし・・。
『特急』に地下鉄車両って・・
※ ウィキペディア画像を拝借
・・で、何とか東急東横線ホームまで降りきって、初めて乗った東急東横線に、またゲンナリとする。
それは、特急として乗ったのはまたもや地下鉄車両だったのである。
しかも『特急』の評定速度は
旧国鉄美幸線より4km./hも遅いし・・
自社線で最速の種別である『特急』と名乗らせるからには、せめて自社線の精鋭の車両を使って欲しいよね。
でも、来たのは横浜地下鉄の地下鉄そのままの車両だったよ。
キハ22を使った遜色急行の方が
ずっと優等列車らしい風格があったよ
※ 美幸線の終着駅・仁宇布にて
そういえば、秩父鉄道の三峰口からの車両も元都営地下鉄の払い下げ車両だったよな・・。
なぁ〜んか、東京の私鉄に魅力を感じなくなる車両運用だったよね。
渋谷駅は私にとっては幼い頃から馴染みのある駅なのですが、確かに迷路のような複雑な構造でした。駅の中をよく見ていますと、板壁の連絡通路が残っていたり、階段の石さえ磨り減りながらどこか重厚であったり、様々な時代が継ぎ足されたような構造でした。
改めて今この駅を訪ねますと、随分と変わりましたね。東横線が地下に潜ったのが一番大きな出来事でしたが、振り返れば、井の頭線のホームが離れた方向に引っ込んでしまったり、埼京線のホームが離れたところにできたりと、駅の纏まりがなくなっていく方に変化してきたのではないかと感じています。
私は阪急の梅田に着くと、どうやっても阪神に辿り着けません。幾度迷ったことか…
風旅記: https://kazetabiki.blog.fc2.com