2011-05-28 (Sat)✎
『私の訪ねた路線』 第26回 宮津線 〔京都府・兵庫県〕
大河・由良川を渡る在りし日の
急行【丹後】号
丹後神崎~丹後由良
《路線データ》
営業区間と営業キロ 輸送密度 / 営業係数(’83)
西舞鶴~豊岡 84.0km 2590 / 435
移管年月日 転換処置
’90/ 4/ 1 北近畿タンゴ鉄道
移管時運行本数
西舞鶴~豊岡 11往復【内 特急1往復】
西舞鶴~宮津 1往復
西舞鶴~天橋立 2往復【内 急行1往復】
西舞鶴~天橋立 2往復【内 急行1往復】
西舞鶴~丹後山田 2往復
西舞鶴~網野 1往復【急行】
宮津~網野 1往復
宮津~豊岡 3往復
丹後山田~豊岡 1往復
《路線史》
1924年に舞鶴~宮津が開通した宮津線と、1929年より豊岡~久美浜を開通させた峰豊線が、互いに延伸して1932年に全通した路線である。 沿線に天橋立という『日本三景』を抱える路線ながら、1987年には国鉄再建法による第三次廃止対象路線として指定される事となる。 その事により1990年4月に、第三セクターの『北近畿タンゴ鉄道』に経営移管される。
この『北近畿タンゴ鉄道』は、国鉄再建法により工事凍結となっていた宮福線(福知山~宮津)を1988年に宮津線の経営移管に先がけて開業させており、それに接続する形となっている。 また、1996年には福知山~宮津~天橋立の電化も完成し、大阪・京都からの電車特急の乗り入れ運行が行なわれている。
この『北近畿タンゴ鉄道』は、国鉄再建法により工事凍結となっていた宮福線(福知山~宮津)を1988年に宮津線の経営移管に先がけて開業させており、それに接続する形となっている。 また、1996年には福知山~宮津~天橋立の電化も完成し、大阪・京都からの電車特急の乗り入れ運行が行なわれている。
《乗車記》
今や押しも押されぬ観光路線として再生している北近畿タンゴ鉄道の旧宮津線区間を回顧してみよう。
20年ちょっと昔は、この路線は特急・急行がバンバン走りながら、廃止対象の路線として指定されていたのである。 まぁ、経営学の見地からするなら、それほどまでに旧国鉄の経営がなっていないって事になるのだが。
さて、舞鶴市の市街地にある西舞鶴が起点となる。 西舞鶴を出た列車は、四所・東雲と舞鶴市でありながら、鉄道駅だけ別世界の建物のようなモルタル木造駅舎の小駅(現在は全ての駅が今様に改築されている)に停まっていく。 やがて、由良川は大河の流れとなり、河口近きを思わせる眺めとなると、程なく丹後神崎に着く。
田圃に囲まれただけの
何もない棒線駅が
名撮影地の玄関口だ
丹後神崎
丹後神崎は川岸の狭い耕地の中に駅舎のない棒線ホームがポツンとあるだけの棒線駅だ。 この路線の撮影を試みるなら、この駅は要チェックとなろう。 なぜなら、この駅を出てすぐに由良川の河口を長い鉄橋で横切るからだ。 大河となった由良川が日本海に注ぐ様と、鉄橋越しに望む返し波、そして長い鉄橋をゆく列車が雰囲気よく収まる鉄道撮影の名所である。
この巨大な川を渡ると宮津市に入り、程なく丹後由良に着く。 有人駅で近くに海水浴場もあり、わりと利用客もあるようだ。 丹後由良からは、線路は栗田湾の海岸線に沿って進むようになり、栗田湾を仕切る半島の付け根に栗田駅がある。 ここから半島の高台である栗田峠に登ると天橋立の『横一文字』の絶景が見渡せる。
栗田の次は、線内最大の駅・宮津だ。 駅舎は真正面の櫓に大時計が掛かる国鉄の駅らしい門構えをした駅であったが、他の駅同様に観光駅として名駅舎だった当時の見る影もなく改築されている。
「三人よれば文殊の知恵」で
おなじみの知恩寺
次の天橋立は、「3人よれば文殊の知恵」で有名な智恩寺や天橋立の文殊口などが近くにある観光の玄関口だ。 関西圏や京都からの優等列車も、この駅が終点の列車が多かったみたいである。 だが、山が迫る狭い海岸縁の敷地で、なおかつ国道のバイパスにも圧迫されてかなり狭苦しい駅であった記憶がある。
駅前の道も観光客がウロウロする4m1車線道で、観光バスなどが来ると途端に離合ができず停滞となっていたようだ。
傘松公園より
股覗きによる『斜め一文字』
次の岩滝口は丹後半島観光の玄関口で、天橋立を歩いた観光客の戻り駅となっているようだ。
この駅からバスで10分ほどで、天橋立の『斜め一文字』で有名な傘松公園と成相寺がある。
また、更に足を延ばすと、舟屋で有名な伊根の港や近畿の最北端である経ヶ岬など見どころがいっぱいだ。
舟屋で有名な伊根の漁港
さて、岩滝口を出ると、鉱山鉄道だった加悦鉄道の分岐駅であった丹後山田に着く。 今は合併前の町名(現在は岩滝町・加悦町・野田川町が合併し与謝野町となっている)であった野田川駅と改称されている。 この辺りは、TVシリーズの水戸黄門が名を偽る時に使って知られるようになった『丹後ちりめん』の特産地である。
近畿の北の端・経ヶ岬の灯台
次の丹後大宮・峰山・網野と、町村合併前の『1町1駅』の如く、町の中心集落毎に設けられた駅に停まっていく。 急行列車のほぼ全てが天橋立か網野までの運行で、この区間は全て町の中心集落であった事から、宮津以降は急行料金を取りながら各駅停車となっていたようである。
丹後半島・かまや海岸にて
網野は、丹後半島の裏側である間人(たいざ)海岸や丹後松島などの景勝地の玄関口となっている。
網野を出ると、鄙びた温泉が近くにある丹後木津(現 木津温泉)・丹後神野・甲山と停車し、ほぼ汽水湖状となった久美浜湾の畔を過ぎると、程なく久美浜駅に着く。 今は丹後大宮・峰山・網野・間人海岸のある丹後町・・そして久美浜とが合併して京丹後市となっている。
経ヶ岬より丹後松島へ
向かって続く海岸線
後は、県境をトンネルで越えて、但馬三江という古びたローカル線らしい木造駅舎の小駅を過ぎて、兵庫県の日本海側の代表都市である豊岡に到着する。
せっかく丹後半島まできたのだから
鉄道めぐりの後は丹後半島の情景を
訪ねてみては如何だろう
- 関連記事
スポンサーサイト