2018-03-17 (Sat)✎
路線の思い出 第252回 氷見線・雨晴駅 〔富山県〕
雨晴駅舎
昔ながらの国鉄駅な駅舎だ
《路線データ》
営業区間と営業キロ 輸送密度 / 営業係数(’15) 運行本数(’18)
高岡~氷見 16.5km 2537 / 507 高岡~氷見 下り18本、上り19本
北国の駅は雪景色もいいね
※ ウィキペディア画像を拝借
雨晴駅(あまはらしえき)は、富山県高岡市渋谷にあるJR西日本・氷見線の駅である。
相対式ホーム2面2線を持ち、列車交換が可能な駅である。 2015年の1日平均乗車人員は67人との事である。
北陸広域鉄道部管理下の簡易委託駅である。 信号機の自動化に伴って駅職員の配置が廃止となり、地元の観光協会や自治会が雨晴駅振興会を結成して、1991年7月1日から駅務を受託している。
土日に城端線と通しで運行される
観光快速列車〔ベル・モンターニュ・エ・メール〕号
※ ウィキペディア画像を拝借
構内には観光案内所が併設されており、自転車の貸出を行っている。
快速ベル・モンターニュ・エ・メール号(土日休日運行の臨時列車で、城端〔新高岡〕~氷見に2往復運行)の停車駅で、同列車は当駅近辺の海岸を眺望し得る地点で乗客サービスの為に停車する。
この路線自体は遥か昔の北海道からの帰阪の時、城端線に立ち寄った際に「ついでに乗っておこう」と考えて1往復しただけで、ほとんど憶えていない。 ぢ・つ・わ・・、この雨晴駅の付近にある風光明媚な《雨晴海岸》も、路線乗車した時はその存在を把握していなかったのである。
その風光明媚な《雨晴海岸》を意識して訪問したのは、鉄道の熱が醒めて山へ移行した時の事である。
もちろん訪れたのは「マイカーで」であり、この後は《大境洞窟遺跡》という縄文・弥生の遺跡に立ち寄ってから白川郷に抜ける予定で、鉄道の写真は全く撮る予定を立てていなかったのである。
立山連峰の山屏風を撮れたのは
雨晴海岸ではなく岩瀬浜で・・であった
この時は、山旅放浪と同じく製作進行していた我がホームページ『日本百景』の項目に、この《雨晴海岸》から望む立山連峰の山屏風と朝の風景の写真を撮りに来たのである。 だが、その立山連峰の山屏風よりも撮りたいモノが、この《雨晴海岸》にはあったのである。
富山湾のホタルイカ漁を
ターゲットに来たのだが
※ 富山の観光ウェブサイトより
それは『富山湾のホタメイカ漁』であるが、結果から言うと撮り損ねたのである。
それは「神秘のホタルイカ漁が撮りたい」と思うだけで、それに対しての知識が全く持ち合わせていなかったからである。
この蒼白く光る『神秘のホタルイカ』が海岸縁を染める現象・・通称『ホタルイカの身投げ』は、産卵の為に浅瀬に寄ってきたホタルイカが波に運ばれて浜に打ち上げられるという、ホタルイカにとっては悲劇的な展開なのである。 要するにあの光は、ホタルイカが命の最後に力を振り絞って放つ灯なのである。
美しくも儚い神秘の光
通称『ホタルイカの身投げ』
※ 富山の観光ウェブサイトより
即ち、このシーンを撮るには、その産卵時期に湾の浜辺に居合わせなければならないのである。
それは何年もこの地にカメラを構えて、ようやくゲットできる『命の灯』という神秘なのである。
そんなのを、何も下調べもしないタワケが、おいそれと撮れる訳がないのである。
ホタルイカが不発に終わり
そのまま海岸縁で夜明けを迎える
打ち寄せる波と昇る朝日
そして薄っすらと山の影が
《雨晴海岸》で徹夜して富山湾を眺めていたが、何もなく夜明けを迎える。
取り敢えず朝日のシーンは撮る事が叶ったので、影となった立山連峰の山屏風を添えて撮る。
朝日を撮った後はさすがに徹夜で眠くなったので、車の中で仮眠を取る。
2~3時間寝て9時前に目が覚める。 目が覚めると、撮りたかったモノが撮れなかった”穴”が無性に悔しくなってきた。 要するに、目覚めて失敗が現実的になると、悔しい気持ちが”撮り足りない”気持ちとなったのである。
雨晴海岸に沿う区間は『撮り鉄』には
お馴染みの『お立ち台』撮影地だ
※ ウィキペディア画像を拝借
なので予定変更して、『撮り方』を知っていて”かつて取った杵柄”の氷見線を撮る事にしたのである。
路線完乗だけを目的に訪れた最初の時とは違い、この時は《雨晴海岸》が鉄道写真の『お立ち台』的な撮影地である事はおぼろげに知っていたのである。
この時は山旅放浪期だったので
アングルも山が写るように撮る
でも、”俄か復活”の撮り鉄では今イチなのしか撮れませんでした。 「リベンジに行かねばならん!」といつも思っているが、物臭さな性質と今年は三江線があるので、未だに行けず終いとなっている。
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