2018-02-03 (Sat)✎
路線の思い出 第244回 美幸線・仁宇布駅跡 〔北海道〕
冬季『冬眠中』で雪に埋もれていた
旧仁宇布駅の『トロッコ王国美深』
《路線データ》
営業区間と営業キロ 輸送密度(’79) / 営業係数(’83)
美深~仁宇布 21.2km 32 / 4780
廃止年月日 転換処置 廃止時運行本数
’85/ 9/17 名士バス 4往復
路線延長が完成したなら
交換駅となる予定だった仁宇布駅
仁宇布駅(にうぷえき)は、北海道中川郡美深町字仁宇布にあった国鉄・美幸線の駅である。
美幸線の廃線に伴い、1985年9月17日に廃駅となった。 1981年度の1日乗降客数は20人であった。
駅名の仁宇布は所在する地名からで、アイヌ語の「ニ・ウプ」(木があるもの)に由来する。
駅名の発音は「にうぷ」であるが、地元では「にっぷ」と呼ばれていて、当時の美幸線乗務の車掌も車内での案内放送では「にっぷ」と発音していた。
廃止時点で、島式ホームの駅舎側を片面使用した1面1線を有する駅であった。
ホームは線路の北東側(仁宇布方面に向かって左手側)に存在した。
仁宇布駅で折り返し待機中の
在りし日の美幸線列車
列車の発着に使用する駅舎側だけではなく、島式ホームの駅舎と反対側にも線路が敷設され側線扱いとなっていた。 島式ホームを挟む2線はホームの先で収束し、路線延長時には列車交換が可能な構造となっていた。 他にも、島式ホームの更に外側に貨物用の側線を1本有した。
在りし日の仁宇布駅舎
レンタサイクルや宿案内など
かなりの“営業努力”をしていたようだ
レンタサイクルや宿案内など
かなりの“営業努力”をしていたようだ
職員配置駅となっており、木造プレハブ造りの駅舎が存在した。 駅舎は構内の南東側に位置し、ホームの南端からスロープで降りて、構内踏切で連絡していた。 1981年時点で、職員は合計6人が配置されていた。 また、駅裏に日本鉄道建設公団の線路敷設基地が置かれており、構内にはレールや枕木が積まれていた。
駅跡は1998年より、美深町のNPO法人『トロッコ王国美深』の施設として使われている。
駅舎は路線廃止後に程なく撤去されたが、ホームや線路は現存して『トロッコ王国美深』の施設として使用されている。
駅舎跡にログハウス風の事務所が置かれ、当駅跡から辺渓駅方、高広の滝附近へ約5kmの線路が再利用され、エンジン付き保線用軌道自転車の運転体験ができる。 施設内には国鉄583系電車の中間車両が置かれているが、塗装が剥げ落ちるなどかなり朽ちている。 また、廃駅となった智東駅の貨車駅舎が、2006年7月3日に移動されて設置されている。
『終』と記された車止めが
先が無い事を物語る
旧駅前広場部分には、『美幸線記念碑』なる蒸気機関車の車輪を模ったモニュメントの石碑が建立されている。 路盤は現在も更に北に続いていて、駅の在時には北見枝幸方へも北へ0.1kmほどの線路が敷設されていたが、『トロッコ王国美深』の施設として使用されるようになってからは、駅跡の北側までで線路は撤去されている。
せっかく北海道に来たのに『宗谷ラッセル』の撮影だけではモノ足りないので、『撮り鉄』の予定を変更して、旧国鉄美幸線の仁宇布駅跡から”美幸線ロード”を伝って北見枝幸や浜頓別に立ち寄る事にしたのである。
在りし日の美幸線列車
もう廃止になって33年も経つんですね
:
『乗り鉄&撮り鉄』で
日に4往復を駅外で撮り鉄する位に
バワーと情熱のあったあの頃
今は思い返しては枕を涙で濡らすのみ
でも、雪で完全に埋まってるであろう・・『美幸線の遺構めぐり』をするつもりは毛頭もなく、鉄道の遺構めぐりというよりは、冬の氷瀑となった《高広ノ滝》や北海道でも内陸の豪雪地帯である仁宇布の樹氷林目当てで、最後は浜頓別のクッチャロ湖でハクチョウを撮るつもりだったのである。
無料の高速バイパス道『名寄美深道路』が完成し、美幸線在りし頃とは様変わりした美深町市街より、道道49号『美深雄武線』に入る。 道道の入口は、ちょうど『名寄美深道路』の《美深IC》の降り口であった。
道北地域の主幹線道路・国道40号線は、よく除雪されて路面のアスファルトが現れていたが、道道に入ると途端に雪で白く埋まったアイスバーンと化していたよ。 旧美幸線の途中駅の東美深や辺渓があったと思しき所は畑となっているらしく、完全に雪に埋もれた原野となっていた。
仁宇布へ向かう道道49号は、畑作地帯を越えて峠状のサミットを越えていく。 雪はサミットに入る頃より激しくなり、道は雪で埋まり始めていた。 道道49号はそれなりにキツい上下でサミットを越えていくが、道脇には『トロッコ王国まであと○km』といった案内看板が500m毎に設置されていて、かなり集客に力を入れているようである。
豪雪でアイスバーンとなった
急坂・急カーブ
慣れてなければかなりキツイよ
美しい樹氷ロードだけれど
道道はサミットを越えて急な下り坂となり、その下り坂の中間位に《高広ノ滝》がある。
美幸線在時は滝前には何もなかったが、今はこの《高広ノ滝》付近がトロッコの折り返し地点となっているらしく、滝前に駐車場が設けられ、あずま屋と障害者用を含む公衆トイレが設置されていた。
恐らく、トロッコ王国の軌道自転車からも、トイレ利用ができるようになっているのだろう。
それでは雪の《高広ノ滝》をひとつまみ。
高広ノ滝 落差50m
氷瀑までにはなっていなかった
左の滝の対で
高広ノ滝と呼ばれている
《高広ノ滝》から幾分緩やかにはなったが急な下り坂を下りきると、現在は『トロッコ王国美深』の本部となっている旧仁宇布駅前に出る。 旧仁宇布駅前は、周辺地帯で唯一と思しき信号機が設置される道道120号・美深中頓別線との交点で、ここで美深~雄武の道道49号と歌登や北見枝幸へ向かう”美幸線ロード”の道道120号・美深中頓別線とが分岐していて、町道《仁宇布駅停車場線》が旧仁宇布駅に向けての脇道を通す『変則4サロ』となっている。
目を凝らして見ると後ろに
雪に押しつぶされそうになった
583系が見えるかと
町道に入ると50m程て、トロッコの整備場がデンと乗っかった旧美幸線・仁宇布駅ホームが雪に埋もれていた。 朽ちてボロボロの583系の中間車両は完全に雪に埋もれていて、「こうすればボロボロになる」という見本のような放置プレーだったよ。
プレハブの平屋建てだった旧駅舎は既に取っ払われて、廃止ローカル線の木造駅舎を模したトロッコ王国の受付事務所が『コタンコロ・カムイ駅』と名を変えて建てられていた。 でも、当然の如く冬季は『冬眠中』で、軌道を含むトロッコ王国の施設は完全に雪の原野となっていた。
さて、駅前で分岐した道道は、美深雄武線より道道番号の大きい道道120号線がメイン道路となるようだ。 除雪の度合いからしても、かなり差があるようだ。 この道道120号は先に述べた通り、美幸線の建設予定線跡にぴったりと並走する”美幸線ロード”で、途中の北見大曲では美幸線の『第2大曲トンネル』として建設されたトンネルを道路用に拡張して転用し、『天ノ川トンネル』と呼ばれている。
ムリヤリ『天ノ川』と名付けられた
旧美幸線・第2大曲トンネル
トンネルの両側には織姫と彦星の名を冠した駐車公園が”ムリヤリ”設けられている。
その徹底度はなかなかのモノで、両側の駐車公園にある公衆トイレは星型の尖がり屋根を持ち、両サイドの渓谷を渡る橋にそれぞれ『牽牛橋』と『織姫橋』と名付け、「それぞれの橋に挟まれるトンネルが”天ノ川”トンネル」という「力の入れよう」だ。
この『天ノ川トンネル』で大曲峠を越えると歌登町域(現在は枝幸町に編入されている)に入るが、集落はそれなりに点在していた。 歌登に至っては銀行や信用金庫の出張所やスーパーもあり、”もしも・・”の事であるが、未成線が開通していたならば「日本一の赤字線」を脱却していただろう・・と思う。
旧天北線跡と並走する国道275号線の沿線と比べても、遥かに沿線人口が多そうだったよ。
人口希薄地帯の先行開業だったから
『日本一の赤字線』だったのかも
歌登からは枝幸に向けて道道番号は『12』に昇格し、主要道道として国道並みの全日除雪指定道路となり、宗谷支庁第二の規模を持つ枝幸町へと向かっている。
P・S クッチャロ湖のハクチョウは今イチですた。 宜しければ、前回までのクッチャロ湖訪問で
- 関連記事
スポンサーサイト
No title * by なべ
こんばんは。美幸線とは懐かしいですね。私も行ったことがあり、駅奥の橋から出発していく列車を撮った事があります。当時駅員が常駐しており、人がいなくても几帳面に見送る姿は映画の1シーンを見ているかのようでした。。。
No title * by 風来梨
きゃみさん、こんばんは。
仁宇布から先の道道120号線"美幸線ロード"沿いは結構集落があったのが意外でした。 元々鉱山があり、町営の歌登軌道もあった鉱山街だった名残りでしょうか。
でも、興浜南線・北線と美幸線をつなげる『オホーツク縦貫線』構想・・、実現すればさぞかし素晴らしかったでしょうね。
今でもこの路線を夢見て空想して、ブログの書庫に『オホーツク縦貫鉄道の夢』というのを38話に渡って書いちゃってます。
宜しければ、どうぞ・・。←宣伝
仁宇布から先の道道120号線"美幸線ロード"沿いは結構集落があったのが意外でした。 元々鉱山があり、町営の歌登軌道もあった鉱山街だった名残りでしょうか。
でも、興浜南線・北線と美幸線をつなげる『オホーツク縦貫線』構想・・、実現すればさぞかし素晴らしかったでしょうね。
今でもこの路線を夢見て空想して、ブログの書庫に『オホーツク縦貫鉄道の夢』というのを38話に渡って書いちゃってます。
宜しければ、どうぞ・・。←宣伝
No title * by 風来梨
なべさん、こんばんは。
私も仁宇布駅から2~3km戻った所で撮りました。
でも、1日4往復では壮大なヒマで、数時間に及ぶ撮影列車待ちで仁宇布駅の待合室で待機していると、「寒いっしょ」と駅員さんが駅務室の中に入れてくれました。 そこで美幸線の写真のアルバムを見せてもらった思い出があります。
あの頃の鉄道には暖かさがありましたね。 そして、「旅をするなら鉄道」と言える位に魅力的でした。
私も仁宇布駅から2~3km戻った所で撮りました。
でも、1日4往復では壮大なヒマで、数時間に及ぶ撮影列車待ちで仁宇布駅の待合室で待機していると、「寒いっしょ」と駅員さんが駅務室の中に入れてくれました。 そこで美幸線の写真のアルバムを見せてもらった思い出があります。
あの頃の鉄道には暖かさがありましたね。 そして、「旅をするなら鉄道」と言える位に魅力的でした。
写真を使用させてください * by 美幸鉄道 小西
初めまして
4月より事業を開始させていただく美幸鉄道の小西と申します
美幸鉄道設立記念乗車券の台紙や美深駅で発売予定の様々な美幸線グッズに写真を使用させて頂きたく許諾申請させていただきます
4月より事業を開始させていただく美幸鉄道の小西と申します
美幸鉄道設立記念乗車券の台紙や美深駅で発売予定の様々な美幸線グッズに写真を使用させて頂きたく許諾申請させていただきます
Re: 写真を使用させてください * by 風来梨
美幸鉄道 小西さん、こんばんは。
どうぞ、ご自由にお使いください。
一応、参照先としてこの『風来梨のブログ』
https://furai58.blog.fc2.com/
又は私のホームページ『日本百景』
http://nihon100kei.la.coocan.jp/
内のコンテンツ『魅惑の鉄道写真集』の美幸線
http://nihon100kei.la.coocan.jp/tetudou1.htm#t1
のいずれかを記載して頂ければ幸いです。
なお、PCメールは個人情報漏洩を防ぐ為に滅多に使いませんので、お返事はこのブログのコメント欄に代えさせて頂きます。
どうぞ、ご自由にお使いください。
一応、参照先としてこの『風来梨のブログ』
https://furai58.blog.fc2.com/
又は私のホームページ『日本百景』
http://nihon100kei.la.coocan.jp/
内のコンテンツ『魅惑の鉄道写真集』の美幸線
http://nihon100kei.la.coocan.jp/tetudou1.htm#t1
のいずれかを記載して頂ければ幸いです。
なお、PCメールは個人情報漏洩を防ぐ為に滅多に使いませんので、お返事はこのブログのコメント欄に代えさせて頂きます。
日本一の赤字路線・・・乗車してみたかったですが叶わず。真っ先に廃止されてしまいましたね。
北見枝幸まで開通して興浜線と接続していたら、さぞかし乗りがいのある路線になっただろうなと夢に思います。