風来梨のブログ

このブログは、筆者であるワテの『オチャメ』な日本全国各地への探勝・訪問・体験記です。

TOP >  よも”ヤマ”話 >  ~’91・6 山旅放浪以前 >  よも”ヤマ”話  第16話  湧蓋山

よも”ヤマ”話  第16話  湧蓋山

よも”ヤマ”話  第16話  湧蓋山 1500m 〔大分県、熊本県〕 ’89・10 〔名峰次選 6峰目〕


牧ノ戸峠より望む湧蓋山

  湧蓋山 わいたさん
大分県玖珠郡九重町と熊本県阿蘇郡小国町にまたがる第四紀の火山。 活火山ではない為、山体地形は侵食がやや進んでいる。 放射年代によれば約50万年前~40万年前の噴火で誕生したとされる。

九重連山の北西にやや離れて位置する独立峰で、標高は1,499.5m。 頂上は僅かに大分県側に属する。 その山容が秀麗で均整の取れた円錐形の美しい形をしている事から、大分県側からは『玖珠富士』、熊本県側からは『小国富士』と呼ばれ、我が選定した〔名峰次選〕の山でもある。

標高は九重連山の山群より低いが周囲に遮るものがない為、南北に延びた平らな草原となっている山頂からは360度を見晴らす事ができ、九重連山、阿蘇山、由布岳などをはじめ、天気が良ければ祖母山や雲仙岳まで見渡す事ができる。




湧蓋山・はげの湯ルート 行程図

   行程表
小国町市街よりR369を大分方向へ約15kmで岳ノ湯。 車は岳ノ湯の民宿に駐車
岳ノ湯 (0:10)→はげの湯 (0:10)→林道の駐車可能地(登山口) (1:00)→湧蓋山
下山は往路を戻る (1:10)→岳ノ湯



はげの湯から見た湧蓋山
※ ウィキペディア画像を拝借

あっ・・、『第15話』の《大杉谷》より1ヶ月先に登ってるよ・・。 この山に登ったのはまだ『○鉄』への思いが糸を引く過渡期の頃で、この山へのルートは全く把握しておらず、登山の道具も全く持って来ていなかったのである。

そして登った日は行きは霧雨、帰りは大粒の雨で、視界はゼロ・・、1500mと記された頂上標柱が立っていただけだった。 また、カメラが濡れるのがイヤで、最後の最後までカメラを出さなかった記憶もある。 登山道の記憶としては、林道の砂利道を雨の中で長々と歩いた事だけである。
 
そもそも、この山に登ろうと思ったのは、旧国鉄・宮原(みやのはる)線が1984年の12月に廃止となった事がキッカケである。 宮原線をゆく気動車の車窓から望む美しい三角推の山を是非とも登ってみたいと考えたからである。


旧国鉄・宮原線と湧蓋山
この景色がワテの山の原点になったのかもしれない
 
一応、高校の頃はW・V部に所属していたので山の歩き方は知っていたが、1年間何もせずに脂身まみれに落ちた当時の我が身体で、何の訓練もナシに登るのである。 それに靴も軽登山靴ですらない車を運転するべく履いていたズック靴で、状況的には「たぶん痛い目を見るだろうな・・このタワケ」という流れである。 だが、運が良い事に、この湧蓋山は超初心者向けの山だったって事である。


下心バレバレですが
後ろに写っている山は湧蓋山

でも、コレはかなり貴重な
『マイ重要文化財』写真なのよ

ここで大バテして「山なんて見るのもイヤ!」となっていたなら、たぶん今のワテはなかったやろうなぁ~と思うのである。  ・・となると、『偶然の幸運』って末恐ろしいですねぇ。
 
・・という訳で、写真も撮らず、行程の記憶もなく・・の山なので、『よも”ヤマ”話』と題するこの項目に挙げるのはNGなのかもしれないが、宮原線の鉄道撮影で撮った湧蓋山の勇姿があるので、それを展示する事にしよう。


この写真を掲載したのは
そのほとんど全てが”下心”でっす


コレも”以下同文”でっす

・・ていうか、この「宮原線の写真を掲載したい」という下心がバレバレですねぇ・・。

   ※ 詳しくは、メインサイトより『高原鉄道・旧国鉄宮原線』をご覧下さい。
      筆者オススメの『魅惑!?の鉄道写真集』より『宮原線』も見てね。
 

関連記事
スポンサーサイト



コメント






管理者にだけ表示を許可